Sympathizer05... 誰かと誰かの出会い方

呆然と、そしてパッと身を翻して駆けていったフェルト・グレイス。
彼女を見送りながら、見られちまったと呟いた"ロックオン・ストラトス"。
きっとフェルトは、誰も居ない場所へ行き着いて泣くのだろう。
そう思った。

「卑怯な大人の代表だな、アンタ」

呆れれば良いのか軽蔑すれば良いのか分からなかったが、シンは"ロックオン"の背にそう投げた。
こちらを振り向いた"ロックオン"が、目を見開く。

「あんまりトレミーに厄介ごと挙げて欲しくないんだけど」

ただでさえ、アザディスタンの皇女という厄介が在るのだ。
これ以上、刹那とティエリアの負担を増やすわけにはいかない。
シンはそこでようやく、唖然とこちらを見る"ロックオン"の沈黙に気がついた。

「お前…、刹那、か?」

問われた言葉に、近い過去を振り返る。
「あれ?アンタと会ったの初めてだっけ…?」
情報だけなら簡単に掴めるので、すでに会った気でいたのかもしれない。
あまりにも"ロックオン"…ニール・ディランディと似過ぎている相手に対し、シンは口の端を吊り上げた。

「じゃあ自己紹介か。俺は刹那の双子の弟、シン・アスカ。
オレたちは、見分けがつかないアンタたちほど似てないよ」

そうだろ?"ライル・ディランディ"。
その名前は、わざと乗せられた響きでもって"ロックオン"…ライルへと届いた。
ライルは込み上げる苛立ちを呑み込み、シンと名乗った青年を改めて見遣る。

(確かに。言われてみれば…)

刹那ではない。
育った環境が違うのだろう、シンは色がとても白い。
それに、眼は赤褐色ではなくルビーのように輝く赤だった。
(…なんか、)
気味が悪い、と本能的に感じた。

「赤い眼は気味が悪いか?」

心の内を当てられ、ぎょっとする。
そんなライルを見透かしたのか、シンは今度こそ軽蔑を笑みに乗せた。

「オレの眼を見てどう思うか、反応は2つに1つ。もし気味が悪いと思ったなら…」

それはアンタに、後ろ暗いことがあるからだよ。

ギクリと心臓が凍り、表情が引き攣らなかったかとライルは内心で焦る。
ところがシンは一転し、少年のように笑った。

「あ、ちょうどいいや。"ライル"、ちょっと頼まれてくれない?」



ミーティングルームのある通路の、突き当たり。
随分遠い、と感じた頃に辿り着いたそこは、ただの行き止まりに思えた。

(…?なんだここは…)

一瞬、同一人物かとまで疑ったシンの変わり身は、演技だったのか本心だったのか。
彼はつい先刻までのやり取りをなかったもののように、ライルへ言った。

『オレ、急ぎで降りなきゃ駄目なんだ。だから、代わりに行ってくれない?』

刹那に頼まれてたんだけど、と。
わざとなのかと思ったが、シンは至って真面目だった。
『あ、あと個人的な意見。CBを利用してる、なんて大それた考えは捨てた方が良いよ』
利用されてる、の間違いだから。
またな、と手を振ったシン・アスカは、どうやらすべて素のようだ。
ぽかんと見送ってしまったライルは、結局彼の頼みごとを訊くはめになっていた。

(あいつは"ここで待ってれば良い"って言ってたが…)

こんな行き止まりの通路で、待ち人だろうか?
意味が分からず、ライルは手持ち無沙汰に行き止まりの壁と自分の来た通路を振り返る。
すると、行き止まりの壁に電子基板を思わせる光が幾重にも走った。
「?!」
シュン、と音を立てて、"壁"が横に開く。
(え、扉?!)
現れた人物に、さらに驚いた。

「教官殿?!」

相手もこちらに驚いたようだった。
「ロックオン・ストラトス…?シンに頼んだはずだったが」
「あ、ああ。アイツ、急ぎの用があるってんで、通りすがりの俺に頼んで行っちまったぜ?」
「…そうか」
嫌みを言われるかと思ったが、ライルが教官と呼ぶティエリアは気分が悪いと額を押さえた。
「おい、大丈夫か?」
半ば反射的に手を伸ばせば、ぱしんと叩き落とされる。
しかし調子が悪いことは確かな様子だった。
ティエリアは閉じた扉を振り返り、呟く。
「本当はシンの方が適任なんだが、仕方がないな」
ライルを見、ティエリアは言った。

「中に刹那が居る。あと10分経っても出て来なかったら、彼を呼んでくれ」
「…呼ぶだけで良いのか?」
「呼ぶしか出来ないだろうからな」
「は?」

本当に調子が悪そうだったので、ライルは疑問の答えを得ることを止めた。
だが通路の向こうへと去ったティエリアに、釈然としないものを感じずにはいられない。

(刹那がこの奥に居る?2人して、何を…?)

ぐるぐると考えながら、5分が過ぎ、10分が過ぎ。
15分経ってようやく、ライルは何か行動すべきだろうかと思い始めた。
さて、どうしろというのか。
(ノック?が、妥当か…?)
扉ならばいざ知らず、ただの壁だ。
何となく気が退ける。

「おーい、刹那。居るか?」

とりあえず、壁に向かって声を掛けてみた。
壁をノックするのと対して変わらない、ということはこの際放っておく。
呼んでみて数秒、反応がないのでもう一度…と思ったところであの電子基板が浮かんだ。
シュン、と開いた扉の向こうから現れた刹那は、ライルを見て首を傾げる。

「ロックオン…?」

なぜここに居る?と視線で問うてきたので、ティエリアにした説明に彼の項を追加してやった。
「ところで、この部屋は?」
尋ねてみると、入れば分かると言われ躊躇する。
「入っていいのか?こんな、隠すみたいにある場所…」
「構わない。いずれ、少なくともこの艦の人間には話す」
「…えぇと、じゃあ遠慮なく?」
部屋の中へ戻った刹那に続き、ライルは通路の壁にある部屋へと足を踏み入れた。
背後で扉の閉まる音がする。



最初に思ったのは、暗い、ということだ。
部屋自体はあまり広くない。
妙な感じがするのは、部屋全体にあの電子基板を思わせる光が浮かび、走っているためか。
あらゆるところに点在している光が、あちらこちらで点滅する。
ふと、暗い中に大きめのディスプレイが設置されていることに気付いた。

「…なんだ。ティエリアに文句を言い足りないのか?」

刹那の言葉に、ライルはまたもぎょっとした。
「せ、刹那…?」
驚いた気配にこちらを振り返ったらしい刹那(薄暗いので確証は無い)が、なぜかすまないと謝る。
「いや、なんで謝るんだ?」
「だから、すまない。ロックオンに言ったわけじゃないんだ」
「は?」
困惑するライルに対し、刹那は別の誰かへ声を掛けるという方法で答えた。

「『ラグナ』、部屋を明るくしてくれ」

途端、薄暗かった部屋が艦内と同じだけの光量に変わる。
どういうことなのか。
再度問う前に、ライルは露になった部屋の様子に驚いた。
(これは…)
機械、だ。
部屋全体がコンピュータのような。

「これは『ラグナ』。今のCBのマザーコンピュータだ。
機械とは言っても、その回路は人間の思考回路と同じだけ複雑な形をしている」

もっとも、本体はこれではないけど。
1つだけ設置されたディスプレイに、英文が独りでに表示される。
ライルは今度こそ、息を呑んだ。


>Retina, vein, only a different fingerprint patterns such as Stratos Lockon.
(網膜、静脈、指紋パターン等のみが違う、ロックオン・ストラトス)
>72 percent hit rate, without the 63 percent support.
(狙撃命中率72%、ハロのサポート抜きでは63%)
>Anti-government organization quit?
(反政府組織は辞めたのか?)

>If not quit.
(辞めてないなら認めない)


ライルは頭に来たので言い返した。
「ふざけるな。なんでお前に認められなきゃなんねえ?」
コンピュータに腹を立てるなんて馬鹿げてる、と冷静に分析しながら。
すると、瞬時にディスプレイの文字が変わる。


>Veda's a good choice when more Lockon.
(『ヴェーダ』の選んだロックオンより優秀になってみろ)
>I'll admit when.
(そうすれば認める)


言うなれば、これは口の悪いハロだ。
「おい刹那!なんだこいつは!」
半ば本気で腹を立て、ライルは刹那を振り返る。
刹那は再度すまないと言った。


「…口の悪さだけは、直らないらしい」

心と現実と0と1の交錯


ー 【マザー】?【ガキ】の間違いだろ! ー



08.10.25

データベースにラグナとの通信基盤を増設した感じ。
この後、ラグナはライルの端末にちょっかい出すようになりました(苦笑)

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