Sympathizer09... お嬢様のお仕事

ここは一流の店のみが集まる、ユニオンでも最高級と言われる街角。
当然、一般市民は近づくことすら躊躇するような場所だ。

「お嬢様でしたら、こちらのブローチなどもお似合いですよ」
「うーん…ステキなんだけど。アタシ、ちょっと危険なお仕事してるのよね。
ブローチだと落としちゃうかもしれない」
「なるほど。では、こちらのピアスなどいかがです?」
「そうねえ…確かに、ピアスなら落とさないわね」

アタシ、紫色の服が多いの。
だからそれに合う色、持ってきてくれる?

店員が奥へ下がるのを見送り、ネーナは座り心地の良いソファで足を組み替えた。
さりげなく出されていた紅茶のカップに手を伸ばし、一流の名に恥じない香りを楽しむ。
(はあ、落ちつく。たまんないわ…)
こればかりは、王留美の下で働いていなければ得られなかった待遇だろう。
一流の服を纏い、最高の宝石を身に着け、一流のホテルで過ごす。
スローネのままではきっと、同じ休暇でもこのような過ごし方は有り得ない。

きっと、2人の兄たちと一緒に。
ファーストフードでお茶をして、他愛も無いお喋りで楽しんでいた。

思い描いた"あったはずの日常"に、自然と口角が上がる。
そんなネーナの姿は、誰が見ても良家の娘だ。
しかし彼女の想いは別にある。

(王留美。あの小生意気な娘、さっさと死ねば良い)

自ら手を汚さず、虐殺を起こし続ける王家の当主。
それが駄目とは言わないが(自覚はある)、兄の仇の横で笑う女は、ネーナには血に飢えた化け物に見えた。
(あーもう、ヤメヤメ!せっかくのお休みにあの女のこと考えるなんて、最低だわ!)
そこでふと思い出した。
(そうだ。確か、メモリーに残したはず…)
携帯端末を取り出し、アドレス帳を捲る。
(あ、あった!)
後は、相手が番号を変えていないことを祈るばかりだ。
最後のボタンを押すと、軽快なコール音が端末の向こうで響き出す。



購入したばかりのピアスを付け、ネーナは宝石店を後にする。
秋物のコートを買おう、とずっと前から決めていた。
少し重いドアを押し開ければ、カランカランと綺麗な音色が響く。
「いらっしゃいませ」
すぐに店員が飛んできて、扉を開けるとネーナを招き入れた。

「こちらの毛皮などいかがですか?完全な一点ものでございます」
「わぁ、ステキね!でも毛皮って、なんか踏ん切りがつかないのよ…」
「初めて購入される方は、皆様そのようにお答えになりますよ。躊躇する、と言いますか…」
「あ、そうなんだ。ちょっと着てみてもいい?」
「ええ、どうぞ」

鏡の前に立ち、毛皮のコートに腕を通す。
後ろで店の扉の開く、綺麗な鐘の音が響いた。

「あら、結構似合うじゃない」

振り向くと、30分前の電話相手がこちらを見て微笑んだ。
別の店員が(どうも責任者らしい)奥から飛んできて、新たな客に頭を下げる。

「これはフレイお嬢様!ようこそおいで下さいました」
「ごめんなさいね。今日は待ち合わせなの」
「いいえ、とんでもございません。もしや、そちらのお嬢様と?」

そう、と頷いた女性は、ダークグリーンと白のワンピースを可愛らしく着こなしている。
彼女はネーナに近づくと、その姿を鏡で確認して何事か頷いた。
「このコートを着るなら、靴を変えた方が良いわ。
ねえ主任、前に店頭に出しておられたブーツは?」
「畏まりました。ただいま」
品物を取りに責任者が奥へ消え、ネーナは呆れたような笑みを浮かべた。

「さすが、アルスターのお嬢様は違うわね」

ひょっとしてこの街、全部アナタはお得意様?
女性はくすりと笑む。
「まさか。私のお気に入りはこの店と、通り向こうの宝石店」
「あ、やっぱり。アタシ、あそこでこのピアス買ったわ」
こんな高級ブティックで、こんなお嬢様な会話を交わしてる。
不思議なものだと思いつつ、ネーナは改めて女性を見た。

「ごめんね、フレイ。急に電話なんかして」

フレイ・アルスター。
ネーナが呼び出したこの人物は、誰もが知る資産家の一人娘だ。
彼女は気にしないで、と苦笑する。
「私がやってるのはお店の経営くらいで、面倒なことは全部"彼"がやってくれてるわ。
だから、逆にこうやって外に出ることが私の仕事」
つまり暇なのよ。
あっさりと言って退けたフレイは典型的なお嬢様だが、嫌みではない。
ネーナが彼女と知り合ったのは2年程前。
一流の人間のみが入れるバーで、たまたまカウンターで隣り合った。

ブティックを後にし、フレイお抱えの車で街を後にする。
「ディナーはどこが良い?今の時間なら、どんな店でも予約が取れるわよ?」
「アタシが詳しくないの知ってるくせに、聞かないでよ」
これだから本物のお嬢様は、とネーナは毒づいてみせた。
それさえも、彼女は肩を竦めるだけでいなしてみせる。
…王留美のように。

「どう?仕事は。上手く行ってる?」

美味しいパフェのお店があるの!と顔を輝かせてから、フレイはネーナへと問うた。
甘い物好きのネーナは、一二もなく賛成してから答える。
「いちおうは、ね。ここ最近は…我慢のしどころだわ」
王留美に対して、殺意を抱く回数が増えている。
最近は『イノベイタ―対策』で彼女は紅龍を側に置かないから、なおのこと。
(そう、今なら簡単に殺せる)
殺さないのは、自分の立場が悪くなるからじゃあない。
ハア、とため息を吐いたネーナに、フレイは小さく吹き出した。
「なによ」
「今のため息、まるで遠くの人に恋してるみたい」
「…そんな余裕、ないわよ」
本心だった。
ただ彼に…自分を救った刹那・F・セイエイには、一度は会っておかなければならないけれど。

「替わって上げましょうか?」
「え?」

話が掴めずフレイを見返すと、彼女は紛うことなく強者の笑みを浮かべていた。
次の言葉は、悪寒でない予感をぞわりと走らせる。

「世界に影響を及ぼせるのは、何も王留美だけじゃないわ」

お望みなら、私が貴女の雇い主になってあげる。

お嬢様でも世界征服


ー 令嬢であることが、私の仕事 ー



08.12.23

アルスター家は、王家やクライン家とはまた別に影響力を持ってます。
フレイの経営してるお店は酒場以外は真っ当で、主に「飾」と「食」。

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