5、idea(=物事に関する考え)
『日本』のかつての象徴であったキョウトの街は、静かだった。
キョウトゲットーへと租界から出て、ルルーシュは必然的に眉を寄せる。
ゴーストタウン。
そんな言葉が似合う街だった。
シンジュクゲットーは、度重なる掃討作戦により廃墟同然。
こちらは廃墟までは行かずとも、人の気配がなく不気味だ。
逆にキョウト租界はシンジュク租界とは別の発展を辿ったらしく、どこか優雅で高級嗜好である。
テロなどとは無縁なのか金持ちばかりという雰囲気が漂い、嫌な気分だ。
キョウトはゲットーの向こう、山側が"古都"としての『日本』を残していた。
喜ばしいことだが、おそらくブリタニア側の気まぐれだろう。
表情を変えるでも無くゲットーを一瞥したC.C.は、ルルーシュを見返る。
「それで、目的地は?」
問わずともすでに、ルルーシュは手持ちの携帯電話で正位置を確かめていた。
C.C.は彼の顔を下から覗き込む。
「なんだ、不満そうだな」
「…別に」
(まあ、その理由は分かるが)
確か、旧枢木家の敷地は"古都"の目と鼻の先だ。
C.C.はそっと笑う。
ゲットーは、古都のすぐ傍にまで広がっていた。
キョウト租界以外はすべて、ゴーストタウンと言って差し支えないようだ。
「ここか?」
「ああ」
廃ビル…高さから言ってアパートだろうか…の立ち並ぶゲットー入り口で、ルルーシュは立ち止まった。
「指示を出せ。私が先に行く」
返事を待たずC.C.は廃ビルへ歩き出し、念のためと懐に入れていた銃を取り出した。
言って聞く人間でないことを分かっているルルーシュは、軽くため息をついたが止めない。
携帯電話へ視線を落とすと、目的地を示す十字はこの先を示している。
「…そこから5つ目のビルだ」
「分かった」
ジャリ、と砕けたコンクリートの破片が音を立てた。
足を踏み入れた廃ビル内では、日の傾き始めた空がほとんど見えない。
ルルーシュはC.C.と同じく銃を構えながら、暗闇の増す建物の展開図を思い描く。
今居るフロアは2階。
1階も2階も内部から破壊されたかのように、外壁と幾つかの支柱を除いて全体がボロボロだ。
歩く度に粉塵と黒い煤が舞う。
「どっちだ?」
「…正面」
先が分からない廃墟。
瓦礫に道を塞がれるなど数多く、思うように進めない。
上への階段を見つけ3階を覗き見たC.C.は、訝しげに目を細めた。
人の気配がする。
階段のすぐ目の前は瓦礫で埋まり、右手に伸びる通路しか進路はない。
後ろを振り返れば、ルルーシュは小さく頷いた。
「人が居る。気をつけろ」
小声で言い置き、さらに足を進める。
下の階ほど損傷が激しくなく、通路の片側には一定間隔で部屋の入り口が残っていた。
そのうちの1つから、ふいに影が出る。
「ようこそいらっしゃいました」
迷うことなく銃を向け、ルルーシュとC.C.は影に目を凝らす。
もう30分は廃墟の中に居るためか、影を形として捉えるのは早かった。
影と同化するように音もなく立つのは、人。
声は少し高めで、男女の区別を付けにくい。
背の高さは、ルルーシュと同程度のように感じる。
色を増す暗闇の中で、影は洗練された美しい動作で腰を折る。
「わたくし、金糸雀(カナリア)と申します。以後お見知りおきを」
ルルーシュは眉を顰めた。
(カナリア…?)
思い出せない遠い記憶の中に、その名前がある。
いったい、どこで?
彼女の…名前からして女性だろう…笑う気配がした。
「どうぞお名乗りください。そして、どなたをお捜しなのか」
強い視線を感じ、ルルーシュは思わず拳を握った。
…偽れない。
彼女が信用に値するのかさえ分からないこの場で、捨てた本名を口にしても良いのか。
だが本当に求める人物が居るのなら、ここで偽ることは許されない。
ルルーシュは沈黙を破る。
「私は神聖ブリタニア帝国第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
捜しているのは第9皇子カナード・イーグ・ブリタニア、そして第10皇子キラ・イーグ・ブリタニアだ」
C.C.は驚きに瞠目した。
憎々しげに捨てたと言った、出自の名を告げたルルーシュに。
(危険過ぎる賭けだ…!)
銃のグリップを握り直し、C.C.は闇の向こうの人間を睨み据える。
相手はまた笑ったようだ。
「やはり…生きておられましたか。この地で」
「なに…?」
「強い憎しみは、時に生きる糧となる。いつだったか、キラ様がそう仰りました」
楽しげな笑いだった。
影からスッと片手が伸ばされ、思わず身構える。
「ではルルーシュ殿下。1つ…いえ、2つ謎解きをして頂きましょうか。
我が主をご存知の貴方ならば、お分かりになるはず」
準備はよろしいですか?と問われ、ルルーシュは頷く。
彼に倣うように、C.C.も銃を下ろす。
金糸雀という名の女性は、歌うように言葉を紡いだ。
「ではそちらのお嬢さん、ええ、貴女です。
貴女のすぐ隣の入り口を"1"としましょう。わたくしの隣は"5"ですね。
すべての"些細な役柄を演じる人"が動いた場面を、思い浮かべて下さい。
ルルーシュ殿下に向かい合う人物は、我が主。殿下は"結果を決する役柄の人"を、動かしました。
さて、では我が主は、次にいかなる役を演じる者に命じるのか。それをお考えくださいませ」
「分かりましたらその後に、答えの人物が動いた数字へ4を追加して下さい。
その部屋の奥に地図がございます。
ただし、答えの人物を逆に入力しなければなりませんのでご注意を。
なおこの場の制限時間は、わたくしの姿が消えてから20分間となります」
C.C.は目を瞬き、暗闇に浮かぶ女性をじっと見つめた。
はっきり言って彼女の言葉は、意味が分からない。
相手は少しだけ首を傾げたのか、影の中で髪が揺れたような気がした。
「貴方が真にルルーシュ殿下で在らせられるのならば、お分かりのはず。それでは…」
ご健闘をお祈り申し上げます。
そう言ってまた美しく頭を下げた女性は、ルルーシュとC.C.に背を向ける。
颯爽と去って行く彼女を、追うことはしなかった。
女性の姿が、闇に溶ける。
制限時間は20分。
ルルーシュはジャケットから携帯電話を取り出す。
それを見たC.C.は、素直に感心した。
「…さすがだな」
ピッ、と電子音を響かせた携帯電話は、先ほどの女性の声を流す。
あの女性は、録音するなとも記録するなとも言っていない。
「お前の立っている場所が、"1"?…ここに立っていてくれ」
「ああ」
「5…、そこから5つ目の入り口。順に数字が振られているということか…」
先ほどまで女性が立っていた位置に立ち、ルルーシュは音声の巻き戻しと再生を繰り返す。
「俺の向かいに居るのが兄上。どちらかは分からないが…両方かもしれない。
"些細な役柄を演じる人"?いや、それ以外にもあるな。俺が動かすのは、"結果を決する役柄の人"だ」
分からない。
相手の命じる人物が誰なのか。
同じく考えていたC.C.は、ふと思いついた。
「ルルーシュ。どちらの兄か、絞れないのか?」
顔を上げると、猫のような琥珀の眼と視線が混じる。
C.C.は思いつくままに言葉を繋げた。
「さっきの女は"我が主"と言った。つまり、示されたアレの主は、1人と考えられないか?
"向かい合う"と表現していることからして、お前の相手は2人じゃない」
有り難いC.C.の助言を元に、ルルーシュは顎に手を当てなおも考える。
(あの女の主を、C.C.の言う通り1人と仮定して。ならばどっちだ?キラか、カナードか)
少な過ぎる情報では、判断も難しい。
(答えの人物が動いた数字へ4を足す…答えの人物を逆に入力する…)
相手が次に命じる人間の名は、こちらも知っているということか。
(向かい合う…命じる…動かす…?向こうが1、ここが5。数字はあちらから)
もう、連想ゲームだ。
(動かす…命じる…、向かい合った俺も命じることが出来る?)
チカリ、と何かが光ったように感じた。
閃きか記憶か、答えに近いものが。
『黒の騎士団』へ指示を出す場合、ルルーシュは無意識のうちに全体をチェスに準える。
戦場は8×8の盤上、KMFや自分たちは駒。
現在、あちらの陣営のトップがコーネリア、こちらは自分自身だ。
だが軍ほど確固たる体勢を整えていない『黒の騎士団』には、まだ駒が足りない。
ルルーシュという黒のキング自ら、補おうと足を運んだのが今の状況。
「!」
視界が開けたように、謎掛けが解けた。
ハッと顔を上げたルルーシュに、C.C.は褒める意味で笑んだ。
「解けたなら、私にも分かるように説明してくれ」
残り時間は、7分。
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世界は、探さなければ。
2006.2.18