10、Kopernikanische Wendung(=対象が認識に依存する)
『許す範囲内で、劇団の情報網と人を貸してやる。だが俺は、お前に協力する以外に自分の為に動くぞ』
ルルーシュは数日前に兄から告げられた、その言葉の真意を考える。
同日、ブリタニア軍の、それも総督府に近い人間からタレコミがあった。
ナリタ連山にある日本解放戦線を落とす、という軍の内部情報を。
良い機会かと試しにあちらへ連絡を取ってみれば、どうやら解放戦線は騎士団を甚く嫌っているらしい。
聞かぬ存ぜぬ邪魔をするな、と取りつく島もなかったようだ。
(ならばせいぜい、利用させてもらうさ)
すでに計画は立てた。
目標は総督コーネリアを捕らえることだが、気掛かりなイレギュラーがある。
(あの白兜…。今回ので破壊出来れば良いんだが)
キョウトから援助された、純日本製KMF"紅蓮弐式"。
何度か使ってみたが、あちらの最新鋭らしい白いKMFと同等以上の力を持っていた。
見込み通り、カレンの腕も機体との相性も悪くない。
(放課後、劇団の移った場所へ行ってみるか…)
地下坑道と繋がっているという話だから、C.C.も連れて行けるだろう。
総督府のある、ブリタニア軍シンジュク中枢基地。
その入り口付近で、カナードは目の前の人間たちをさてどうするか、と無意味に考えていた。
ブリタニア皇族というものは、かなり規模が大きい。
現98代皇帝には子が100人以上いるという話だから、大きくないわけがなかった。
カナードは第9皇子で継承権は12位、考えてみれば随分と高い。
が、8年もの間皇室を離れていた(実質的には行方不明であった)ため、一般には顔を知られていない。
ちなみに顔を知られているのは5位以内の継承権保持者と、総督や副総督として名を挙げることが出来た者のみだ。
イコール表に出ていない皇族も多いのだが、それもまた知られていなかったりする。
(皇族証を外に持ち歩く馬鹿がどこにいる…?)
詰まる所、彼は当人を知らない兵士たちに足止めを食らっていた。
なら名字まで名乗れば良いだろうと思うが、返って来るのは「面倒だ」の一言に決まっている。
彼の半歩後ろでそろりと愛刀の柄に手を掛けたシュヴァーンは、無表情を装いながら内で笑った。
(一瞬でも刃を向ければ、反逆者。俺に対する刃でも、それは不敬罪)
シュヴァーンはブリタニア人ではない。
東欧の人種でアジア人ほど明確な違いがあるわけではないが、ブリタニア人でないことは明白。
目の前にいる兵士たちの半分は、自分に対する敵意と蔑視だと判断出来る。
(第2皇女は純血派…らしいな)
血に拘るのは馬鹿らしいと思うけど。
さて、主が痺れを切らすまで、あと5秒くらいだ。
ヴィレッタ・ヌゥは総督府へと続く基地の入り口で、何やら悶着一歩手前の者たちを見つけた。
(なんだ?)
監視の兵士たち6名ほどに対しているのは、たったの2人。
ブリタニア人ではない青年と、半歩前にブリタニア人の青年。
「何の騒ぎだ…?」
呟いてそちらへ足を向ける。
ヴィレッタは、故第3皇子クロヴィスの直轄部隊の人間だった。
いわゆる"純血派"の過激な部類に入る人間で、KMFのパイロットであるため位は騎士候。
純血派は皇族を第一とし、属国人種の名誉ブリタニア人制度などを忌避している。
平伏した国の人間は弱いのであって、軍に入ったところで役に立つことなど有り得ない。
そんなわけで、彼女が最初に持った感情は、分かりやすい嫌悪だった。
しかし、このような場所で騒ぎになることは、当然ながら好ましくない。
そこで足早に近づくと、ブリタニア人の青年の顔が見えた。
「?!」
先ほども述べた通り、純血派は皇族を第一としている。
純血派も実力主義の煽りを受けているので、興味を向けるのは多くとも継承権20位以内の皇族とその母親だ。
実力者として台頭していたり庇護を受けているのも、やはりそこまでだろう。
それ以下の皇族は、居て居ないようなもの。
継承権は上の人間が消えれば(表向きは最初と変わらぬ数字だが)繰り上がる。
つまり、見知った顔の皇族は限られているのだ。
とにかく、ヴィレッタはブリタニア人の青年を見て、息が止まりそうになった。
(早く収めなければ…!!)
迷わず駆けて両者の間に入り、監視の兵士たちを怒鳴りつける。
「愚か者!何をしている!!」
彼らは一様に意味が分からないという顔をしたが、そちらへ構っている暇はない。
ヴィレッタは素早くブリタニア人の青年の前へ跪き、頭を垂れる。
「彼らの非礼をお許しください、第9皇太子殿下…!」
ナナリーへ"夕食までに戻る"と言伝を残し、ルルーシュはC.C.とゲットーの端へ赴いた。
地下坑道も危険がないわけではないが、騎士団が上手く他のテロリストを取り込めたおかげで妙な動きもない。
ルルーシュはシンジュク地下坑道をすべて頭に入れていたため、迷うこともなかった。
「今通ってきた道くらいは、お前も覚えておけよ」
「そうだな。便利そうだ」
「間違っても租界は出歩くな」
「…耳聡いヤツだ」
崩れかけた階段を上れば、そこは劇団の入ったオフィスビルの裏手。
裏口の扉を軽くノックすると、カチリとロックの外れる電子音が響いた。
「こんにちわ。ルルーシュ様」
出迎えてくれたのは、ライアーという金髪の女性だった。
挨拶を返し、ルルーシュとC.C.は中を見回す。
(相変わらず殺風景に近い…)
一晩で劇団ごと姿を消すくらい、訳ないだろう。
「あの、兄上は…」
ここへ来た理由を目的の人物だけで告げると、彼女は眉尻を下げ苦笑した。
「…あらら、入れ違い」
「え?」
ライアーが奥の部屋を見遣ったのに合わせ、2人もそちらを見る。
やって来たのは、カナードの二の騎士である金糸雀だった。
「こちらではお初にお目にかかります。ルルーシュ様」
そして彼女も同じく苦笑した。
「申し訳ありません。主はシュヴァーンと出掛けてしまいました」
「いえ、兄上でなくても良いのですが…」
騎士団の話だと告げると、心得ていたらしい彼女はどこかへ内線を掛ける。
ふいにC.C.がぐるりと首を巡らせた。
「ピザの匂いがする」
「…………は?」
聞き間違いかと疑ったのも、仕方がないだろう。
いきなりそんなことを言ったC.C.に、なんとライアーが乗った。
「お嬢さん、厨房行ってみる?」
「え、良いのか?」
「今日の夕ご飯は、仰る通りピザなの。腕の良い料理人が居るから味も三ツ星並!
ルルーシュ様、妹姫へのお土産にいかがです?」
「…は?」
「いや、コイツは次の作戦のことで頭がいっぱいだろう。私が持ち帰る」
「そうですか。ではこちらへ」
あっという間に打ち解けて通路の向こうへ消えた2人に、ルルーシュは思考が付いていかなかった。
「面白い方ですね。C.C.様は」
「非常識の間違いです」
即座に否定したのは、断じて間違っていないはずだ。
金糸雀はルルーシュを別の部屋へ通した。
しばらくして現れたのは、ファルケという軍人上がりらしい男と、アードラーというビジネスマン風の男。
すでに彼らについての紹介は受けており、初対面ではない。
金糸雀が最後に扉を閉めたことを確認して、ルルーシュはすぐに本題へ入った。
「4日後、ナリタ連山で騎士団を動かします」
ファルケは野太い声でム、と唸った。
「もしや…ナリタ連山に解放戦線の本部があるというのは、真実で?」
ルルーシュは頷き、広げられた地図を指差す。
「山1つを丸ごと要塞化しているらしい。落とすのは難しそうに見えるが…」
なにせ中身は旧時代、KMFの機動力と火力に為す術もないだろう。
頭の固い連中だ、とゼロの顔となっているルルーシュは息を吐いた。
「警告はした。協力も申し出た。受け取らなかったのはあちらの勝手。
逃げる暇を与える程度に、最大限利用させてもらうさ」
アードラーが肩を竦める。
「容赦ないですね、ルルーシュ様」
「フ、さすがに容赦出来る相手ではないのでな」
なるほど。
これが『ゼロ』か。
金糸雀、ファルケ、アードラーは、三者三様に同じことを思う。
世界で知らぬ者は居ないテロリスト。
たった1人で総督府へ乗り込み前総督を殺害し、たった一夜で全世界に名を轟かせた。
現総督コーネリアとの戦績は1勝1敗の互角。
寄せ集めのテロリストたちを『黒の騎士団』として纏め、今や日本解放戦線に並ぶ反攻軍となりつつある。
その首領がこのような少年であることを、誰が予想しようか。
「して、我々にしか出来ないことは?」
アードラーの問いに、ルルーシュは笑みを収め腕を組んだ。
「騎士団の連中の半分は、あちらに身元が割れていてな。どうも効率よく軍内部を探れない」
「ほう、例の第7世代KMFですか?」
「それだ。戦闘データもまだほとんど取れていない。今回の作戦で嫌でも取れるだろうが…」
ふむ、と考える素振りを見せて、アードラーは金糸雀を見遣る。
話題を受けた金糸雀はカレンダーを確認して、ルルーシュへ向き直った。
「今回の作戦に間に合う保証は出来兼ねますが、少なくともルートはあります」
くすりと笑って、彼女は言った。
「お伝えした通り、我らが主は騎士と共に出掛けてしまいました」
頷くが、ルルーシュには金糸雀の話が掴めない。
「出掛けた場所が、そのルートです」
そこでようやく、カナードという人間の立場を思い出す。
「もしかして…?」
目を瞬いたルルーシュに、彼女は人差し指を己の唇に当て若干声を潜めた。
「主が赴いたのは、総督府です」
←
/
閉じる
/
→
世界の、境界は。
2007.3.23