11、THE MAGICIAN(正位置:知恵、計画、訪問)
総督室へ、己の副官が慌てた様子で入ってきた。
「姫様!」
エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアは、副総督であり実妹のユーフェミアとの談笑を止め、彼を見る。
「どうした?ダールトン」
雛壇の下に控えていた筆頭騎士ギルフォードも、何事とかと顔を上げた。
彼が入りバタンと閉じた両開きの扉が、数秒後には再び開く。
何の許可もなく扉を潜ってきた人間を目に入れて、発しようとした咎めの声が驚愕に負ける。
コーネリアは驚きにガタンと立ち上がった。
「お前、カナード…?!」
8年前に見たきりの異母弟、第9皇子カナード・イーグ・ブリタニア。
成長期の半分(当時の彼はまだ13くらいだった)を知らなければ、記憶の姿とはまるで違う。
しかしコーネリアの中で、こちらを見上げる人間が真実第9皇子であることは、即座に繋がった。
彼は黒く長い髪を揺らして、美しく一礼する。
「あまりお変わりがないようですね。第2皇女殿下」
再びこちらを正視した彼の目に、ぞわり、とコーネリアは鳥肌が立った。
(母上とシュナイゼル兄上の、仰った通り…!)
思考の奥底で、警鐘が鳴る。
コーネリアの母は典型的な貴族で、自分の子を皇帝へ、と分かりやすい人間だった。
彼女にとって他の皇妃や皇子、皇女は邪魔者でしかなく、危険な芽は早く摘めとばかりに過激でもあった。
そんな母を好きなどとは思えないが、かといって嫌いでもない。
母親としての愛情はそれなりにくれたし、何より妹を産んでくれたのだ。
だから母である彼女の願いに沿いたいと考えるのは親不孝ではなく、むしろ義務だとも思っている。
自身の実力を以て、皇帝に。
コーネリアが帝国への忠義を胸にエリアを飛び回るのは、そのためだ。
皇族に限らず、先に産まれた人間の方が何かと有利である。
年齢による経験差というものは必ず付いて回るもので、誰しも例外はない。
だが経験差が役に立たない、誰もが必ず他者に対し抱く"恐怖"がある。
持って生まれる『才幹』だ。
コーネリアは腰を下ろし足を組むと、ゆっくりと息を吐いた。
動揺を押さえ込むには良い手だ。
「8年ぶり、か?エリア制圧の片手間に、お前たちを捜してはいたんだが」
カナードとその弟キラは、ようやっと10の齢を迎えた頃からすでに危険視されていた。
もちろんコーネリアの母も含めた、皇帝の座を狙うあらゆる人間に。
確固たる地位を持ち、後ろ盾も護る方法も持っていた彼らの母は、息子たちの力を隠そうとはしなかった。
その彼らは8年前、とんでもないことを言い残して国を出た。
皇帝の座を狙う皇位継承者たちには蜜のように甘く、喉から手が出るほど欲しいと思わせることを。
カナードは表面だけの笑みを浮かべた。
「ああそう。鬼ごっこはもう終わってるが?」
「…知ってるさ。鬼の前に自分で現れる馬鹿はいない」
「その通りだ」
すでに別の皇族に見つかった後。
そうでなければ、このような場所に現れはしまい。
厄介なことになったと内心で毒を吐きながら、コーネリアは彼の後ろに控える青年を見て眉を寄せる。
「それは、お前の騎士か?」
カナードは彼女が血族を重んじる人種だと知っていた。
ゆえに嘲笑う。
「人種に拘る意味が分からない。なんなら、そっちの筆頭騎士と手を合わせるか?」
コーネリアの眉がさらに不快げに寄る。
その様子に忍び笑いを漏らし、カナードは用件は終わったとばかりに雛壇へ背を向ける。
「待て」
静止が掛かったので、とりあえず上半身だけ振り返った。
「なにか?」
コーネリアは不快の表情を前面に出し、自分の隣を示す。
「我が妹には、一言の挨拶もなしか?」
次にカナードが浮かべた笑みは、8年前に見たものとまったく同じだった。
紛れもない、嘲笑。
彼はユーフェミアを一瞥しただけで、何の行動も起こしはしない。
「それは、私に対する侮辱とも受け取るが?」
コーネリアの声が冷たい温度を纏う。
だが次に響いたのは、堪え切れないといった風情の笑い声だった。
「ハハハッ!相変わらずの溺愛ぶり。確かに、武人としての実力者である第2皇女殿下には敬意を払おう。
しかし第3皇女は?学生である甘えは通用しない。副総督でありながら、飾りと言われているのを知っているか?」
明確な意志の元で、コーネリアは立ち上がり雛壇を降り始める。
カナードはそれを見ながら、言葉を止めようとしない。
「我らが母国は実力主義だ。それは誰よりもよく知っていると思ったが」
「貴様!!」
鋭い金属音と共に抜かれたレイピアの切っ先が、カナードの喉元で寸止めされる。
ユーフェミアの悲鳴が上がったような気がした。
寸止めされている切っ先は、コーネリアが腕を動かせば即座に血を飛ばすだろう。
けれどカナードは動揺の色さえ見せず、彼の騎士も動こうとはしない。
それどころか、呆れたような笑みさえ浮かべていた。
「殿下、そろそろ帰りません?興行まであまり時間がないし」
騎士から発せられた言葉に、総督主従はごく僅かだが気が逸れる。
その瞬間、キィンッ!と甲高い音が鳴った。
「「姫様!!」」
「お姉様?!」
弾き飛ばされたレイピアは、ガランという金属特有の音を上げて絨毯に転がる。
突如の衝撃に、剣を握っていた右手がびりびりと痺れた。
「カナード、貴様…っ!」
痺れる右手を抑えながら、コーネリアは事の原因を射抜かんばかりに見据える。
カナードの右手に握られていたのは、刃渡り30cmほどの抜き身の剣。
細くしなやかな曲線を描いた、アラビア地方のヒンジャル(短刀)だ。
彼も皇族、身を守る為の武器の1つや2つ、持っていても不思議はない。
問題はそんなことではなかった。
独特の蔓装飾が彫られた鞘に短刀を収め、カナードは昂然と笑んだ。
「少しは、俺の騎士の実力が分かったか?」
彼がいつ短刀を抜いたのか。
扉付近に控えていたダールトンですら、捉えられなかった。
主君の後ろに控えていたギルフォードも、第9皇子とその騎士に、確かに牽制されていたのだ。
今度こそ、カナードは彼らに背を向ける。
「俺はシュナイゼルの直轄部隊に入り浸ることにするよ」
部屋に残していったのは、コーネリアの管轄外だという宣言。
第9皇子主従には、一分の隙も存在していなかった。
ヴィレッタは総督府への玄関付近で、どうしようかと悩んでいた。
(…第9皇子カナード・イーグ・ブリタニア。第2皇妃ヴィア・イーグの息子)
悩む理由はつい先ほど、予期せず拝してしまった人物だ。
(確か、8年ほど前に行方不明になられたと聞いたが…)
所詮は騎士候の身分、皇族について詳しいことはあまり知らない。
知識として持っているのはデータのみ。
数分前、彼と基地の兵士たちの間に滑り込んだヴィレッタは、咄嗟に死を覚悟した。
皇族に対する無礼は、相手を知らなかったでは済まされない。
頭を垂れる寸前に、彼の半歩後ろでブリタニア人ではない青年が、剣を抜こうとしたのを見たせいもある。
あの人物が彼の騎士であったことは明らかで、だからこそ全身の血が凍えた。
「ああ…お前、さっきの兵士か」
ふいに掛けられた声に、ヴィレッタは反射的に敬礼を返す。
声の主は、一瞬前まであれこれと考え込んでいた第9皇子その人で。
礼のために伏せた顔を上げることも畏れ多く、尋ねられた事柄に答えることで精一杯だ。
「名前を訊いてなかったな。どこに所属している?」
「はっ、ヴィレッタ・ヌゥと申します、カナード殿下。
以前はクロヴィス前総督の直轄部隊に属しておりましたが…」
「…ふん、辺境に飛ばされたというところか?まあ、第2皇女は身内に徹底的に甘いからな」
優秀だろうが失敗した人間の直属であった者に、重要なポストを与えるわけがない。
ヴィレッタも、その通りであるコーネリアの方針を痛感していた。
(ああ、クロヴィス殿下ご存命の頃が懐かしい…)
と思ってしまうほど、今の彼女の戦場での位置は低い。
(この方はどうなのだろう…?)
今の時点では、第9皇子カナード・イーグ・ブリタニアの実力を知る者は居ないのだ。
「お前、特派の位置を知ってるか?」
「は…特別派遣嚮導技術部、ですか?」
「よく覚えてるな。あそこに行きたいんだが、ここには居ないんだろ?」
「…はい。聞いた話では、アッシュフォード学園の大学部に間借りしていると」
「アッシュフォード…?」
会話が途切れ、ヴィレッタはそっと顔を上げると第9皇子を窺い見た。
長髪の男性というのも珍しいのだが、黒髪となると尚のこと珍しい。
そつなく黒と紅で纏められた服装は正装とは言い難いが、色彩故に存在感は際立っている。
黒を好む人間の数は、絶対数からして少ないだろう。
中でも黒を着こなせる人間となると、尚更。
ヴィレッタは不敬に当たるかもしれないと危惧しつつ、口を開く。
「僭越ながら、特派へ行かれるのならご案内致しますが…」
彼の騎士の視線が、瞬間的に刺さってきた。
何も言わなかったのはおそらく、ヴィレッタが言わんとしたことを理解しているからだ。
…正規の軍人が居れば、大抵の問題は回避出来る。
アッシュフォード学園大学部に間借りしている特別派遣嚮導技術部は、大騒ぎだった。
大騒ぎというよりも、責任者であるロイド・アスプルンドが騒ぎ立てていると言った方が正確だろうか。
さすがに見兼ねたのか、副官セシル・クルーミーが諌める。
「ロイドさん、あまり騒ぐと他の方に迷惑ですよ」
「えぇー、騒いでないよ〜?それよりも、ほら!早く君たちもお迎えの準備しなくちゃ!」
「お迎え…?どなたかおいでに?」
「そう!ああもう楽しみで仕方ないよ。なんたって8年ぶりなんだから!」
第7世代KMFランスロットの実験に駆り出されていたスザクも、何事かと降りて来た。
「あの、どうしたんですか?さっきから」
「ああスザク君。なんだか偉い方がいらっしゃるようなの」
「偉い方…?ひょっとして総督閣下ですか?」
「違うよ〜コーネリア総督よりも、か・く・う・え!」
何を言われたのか瞬時に判別し兼ねたが、セシルは不敬罪にあたる上司の物言いに焦る。
ここには気心の知れた人間しか居ないはずだが、万が一もあるのだ。
「ロイドさん!」
「だって、本当のことだしねえ?」
暖簾に腕押しというのか、ロイドは堂々と言ってのける。
何事かと他のメンバーも集まって来た。
(コーネリア総督よりも格上…?じゃあ、シュナイゼル殿下とか?)
皇族に関してお世辞にも詳しいとは言えないスザクには、その程度しか予想出来ない。
そうこうしていると、格納庫の入り口に見覚えのある女性兵士の姿が見えた。
(…確か、純血派の)
良い記憶などではないので、スザクにはその程度の意識しかない。
その女性が見えない誰かへ敬礼したことを見て取ると、ロイドは僅かに姿勢を正し笑みを浮かべる。
現れたのは、一目で皇族と分かる存在感を放つ人間だった。
(ルルーシュに、似てる…)
セシルや他の研究者たちと同じく跪きながら、スザクはそんなことを思う。
ロイドは嬉々とした表情を隠そうともせず、その人物を見上げ言った。
「ようこそ特別派遣嚮導技術部へ。再び見(まみ)えること叶い、感慨無量ですよ。
第9皇子、カナード・イーグ・ブリタニア殿下」
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大アルカナ・魔術師
2007.4.7