12、THE CHARIOT(正位置:自信、前進、攻撃的)
麗らかなる青空の下。
青い空と白い雲には似ても似つかぬ戦艦が、我が物顔で下界を見下ろしていた。
「エリア11へ向かう予定はないんですか?」
外の景色を眺めながら、1人チェスを指す男へ尋ねる声がある。
声の主は壁際の本棚に寄り掛かりながら、分厚い専門書を捲っている。
「いくら何でも、まだ"アレ"は追い込まれていないだろう?」
カタリとポーンの駒を動かして、言葉だけを返す。
その返答に不満があったのか、パタンと本を閉じる重い音が響いた。
「…それまで待つつもりですか。だったら僕だけ先行しても?」
許可を貰うのではなく、形だけの意思確認。
キングを掴もうとした指が、ピタリと止まる。
「ほう、"奴"が表に出て来たと?」
雲の塊が、戦艦を覆い隠した。
シトシトと雨が降る。
洞窟からその様子を見つめながら、ルルーシュは静かに口を開いた。
「俺は雪が白い理由は知らない。だが、白い雪は…綺麗だと思う」
言葉を渡す相手は、自分が何色か忘れてしまった雪だと言った。
C.C.はルルーシュの言葉にそっと目を伏せる。
(礼を言われたのも初めてだが、雪が白い理由を"知らない"と答えたヤツも、初めてだ)
聞いた人間はみな、何かしらの理由を付けたがった。
雨音に紛れて、足音が聞こえた。
ルルーシュは仮面を被り、『ゼロ』へ戻る。
「ゼロ!ご無事ですか?!」
「…カレンか。KMFは破壊されたが、この通り無事だ」
紅蓮弐式は、白いKMFとの戦闘で輻射波動を内蔵した右腕を破損。
一刻も早く修理を行うために、彼女は己の機体をキョウトの技術者へ引き渡した。
…移動のために騎士団が確保していたジープは、随分と役に立っている。
カレンはゼロの無事を確認したも束の間、彼の後ろに居た女性に気配を硬化させた。
「…誰?」
問われたC.C.は、カレンに対し意味ありげな笑みを向けた。
カレンはそれを挑発と受け取ったが、ゼロの言葉の方が早い。
「案ずるな。彼女は私の仲間だ」
「…そう、ですか」
言われてしまえば、反論の機会は失われる。
C.C.はばさりと髪を払い、洞窟の出口へ足を踏み出した。
「私は先に戻るぞ、ゼロ。まだ騎士団の連中と馴れ合う気にはなれん」
カレンの睨むような視線を気にも止めず、彼女はさっさと雨の中へ消える。
(本当に、唯我独尊を地で行くヤツだな)
ルルーシュは、自分もそうだとは思っていない。
不満そうなカレンへ労りの言葉を掛け、状況を聞く。
「騎士団の被害は、重傷者が数名と軽傷者多数。死亡した者はいません」
結局コーネリアには逃げられてしまったが、ゼロは宣言通り『奇跡』を起こした。
騎士団の人間を1人も失うことなく、ブリタニア軍を破ったのだ。
カレンはジープを走らせながら、強く思う。
(私たちを率いて行けるのは、この人しか居ない…!)
どんな策を講じたにせよ、ゼロ以外にブリタニア軍を破れる者は居ないのが現実だ。
騎士団の者は、別の洞穴で雨を凌いでいたようだ。
ジープが止まったその入り口横には、見慣れないKMFが5機。
「ゼロ!無事だったか!」
扇や井上といった古参メンバーが駆け出して来た。
しかしルルーシュは、そちらを見てすぐにまた5機のKMFを見上げる。
(これは…無頼・改か?)
騎士団にこのタイプのKMFは無い。
ルルーシュの疑問を察したらしく、扇が洞穴を示す。
「ああ、これは解放戦線の藤堂さんと四聖剣の皆さんの機体だ。ゼロに礼を言いたいと」
「…礼を言われることをした記憶はないな」
本心から呟き、ゼロはカレンと共に洞穴へ入る。
それを待ち構えていたように、立ち上がった人影があった。
続いてその1歩後ろで、4つの影が立ち上がる。
「貴殿が『ゼロ』か」
「いかにも。日本解放戦線、藤堂鏡志郎と四聖剣の方々…とお見受けするが」
ルルーシュも彼らを正面から見返した。
藤堂は頷きを返す。
「『黒の騎士団』のおかげで、片瀬少将や解放戦線の者が退避することが出来た。少将に代わり、礼を言う」
ルルーシュは軽く首を横に振った。
「いや、礼を言うべきはこちらの方だ。結果として、コーネリアには逃げられてしまったがな」
ゼロの後ろで彼らを見守っていた扇が、カレンへ小声で訪ねる。
「…よく分からないんだが」
「ごめんなさい。私も必死だったから、あまりよく分かってないの…」
ただ、ゼロの考えた策を逸早く悟ったのは、後から戦場に加わったこの藤堂という男だ。
四聖剣の朝比奈(名前は後で知った)が、藤堂へ声を掛ける。
「藤堂さん、そろそろ」
彼らも騎士団も、長居している暇はない。
騎士団も解放戦線も、表立っては動けない存在なのだ。
「どうやら引き止めてしまったようだ。
それでは、解放戦線のご健闘を祈る、と片瀬少将にお伝えしてくれ」
「伝えておこう。こちらも、騎士団とゼロの新たな勝利を祈る」
それぞれが簡潔に礼を交わし、邂逅が終了を告げる。
扇やカレンといった騎士団の幹部たちも、事前にゼロから受けていた指令通りに撤収作業を再開させた。
騒がしくなった洞穴の入り口で、藤堂は足を止める。
同じく入り口から作業を見ていたルルーシュは、何だろうかと気配で彼の様子を窺った。
「貴殿はどう思う?『奇跡』は起こるから『奇跡』なのか。それとも、」
これは今回の勝利の話ではない。
察したルルーシュは、視線を団員へ向けたまま答えた。
「不可能を可能とされたとき、人はそれを『奇跡』と呼ぶ。
しかし他人から見て『奇跡』となるものも、当事者にすれば『奇跡』ではない場合がある。
今回の"ナリタ連山の奇跡"は、貴方の"厳島の奇跡"とまったくの別物ではない」
『奇跡』は起こすものだ。
"厳島の奇跡"と呼ばれる7年前の戦闘をそう言い切った者は、ゼロが初めてだった。
藤堂は思わず苦笑を漏らす。
「なるほど。思っていた以上に現実的な人間のようだ」
回答に満足したのか洞穴を出ようとする背に、ルルーシュは言葉を投げる。
「1つ、貴方には言っておこう。解放戦線は今回、我々の情報をすべて無駄にした。
故に次はない。協力や援護を申し入れられても、期待通りに応えるとは限らない。
…我々は力無き者の味方だが、解放戦線は力無き者ではない」
覚えておこう、と残して、解放戦線の獅子は今度こそ去った。
合法に見えて非合法な店舗は、シンジュク租界にも溢れている。
うち武器弾薬を扱う店の1つに、風変わりな客が訪れた。
「銃を買いたい?ダメダメ、うちは正規の証明書を持ってる人間にしか売らないんだ」
その客は、風貌からして中華連邦の人間かと思われた。
バイザーで目元を隠した、ひょろりと背の高い男だ。
帝国を敵視する中華連邦の人間に武器を売るなど、もっての他である。
しかしその客は、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべて店主を見返した。
「へえ、『黒の騎士団』には売ってるのに?武器も弾薬も大量にさ」
7日前に、幹部が直々に協力要請に来たんだ?へえ〜。
ふぅん、アンタ主義者?
コーネリア総督になってから稼ぎが減って…わお、半減?
あ、キョウトとかいうとこにも横流ししてるんだ。
なるほど、解放戦線も『黒の騎士団』も良いお得意様だよねえ。
え、なに?
なーんだ、売ってくれるんだ。
最初からそう言ってくれれば、ボクも何も言わなかったのに。
…男は上機嫌で店を後にした。
店主は1人冷や汗を流していたが、ふと思いつき店の電話機を取る。
「もしもし?ああ、夜分遅くに申し訳ない。いえ、実は妙な男が来ましてね…」
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大アルカナ・戦車
2007.7.23