13、THE TOWER(正位置:発見、トラブル、突然)
ルルーシュは思った。
…ついにこの日が来たか、と。
関わったのは日本解放戦線、『黒の騎士団』、コーネリア率いる帝国軍。
ナリタ攻防戦と呼ばれる、つい先日に起きた軍事衝突。
そこで、友人の父が巻き込まれ亡くなった。
友人の名はシャーリー・フェネット。
ルルーシュやカレンのクラスメイトであり、同じ生徒会メンバーでもある明るい少女だった。
生徒会のメンバーは皆、彼女の父の葬儀へ参加した。
その日から、彼らの関係性に変化が生じた。
変化の兆しは、ほんの些細なところから。
葬儀の帰り道、家へ向かう最後の曲がり角で。
シャーリーは1人の女性に声を掛けられた。
「シャーリー・フェネットか?」
振り返ると、褐色肌で背の高い女性が立っていた。
「そうですけど…」
今は余計な人間と話したくない。
それがシャーリーの正直な気持ちだったが、相手は会話を続ける。
「少し訊きたいことがある。私はヴィレッタ・ヌゥ、ブリタニアの軍人だ」
見せられた手帳と、名前を聞いて思い出す。
確かこの女性は、ナリタで遺体検分所へ案内してくれた人物。
「私に、なにか…?」
断れる雰囲気ではない。
問えば、ヴィレッタという女性は通りの向こうに止めてある車を指し示した。
「あまり人に聞かれたくない。あちらで」
すぐに終わるというので、シャーリーは素直にヴィレッタに従った。
「…さて、何をする気なのか」
金糸雀は遠目に2人の姿を捉えながら、ゆるりと腕を組み考える。
ヴィレッタ・ヌゥ。
彼女は故クロヴィス前総督が直接指揮していた、直轄部隊のKMF操縦者だ。
しかし前総督が死に、コーネリアが新たな総督となってからは日陰の身。
それが先日、金糸雀の主とシンジュク基地で遭遇すると一転。
どうやら主のカナードは、あのヴィレッタという兵士を気に入ったらしい。
コーネリアが無関心であることを知った上で、彼女を配下に加えてしまった。
もちろん"劇団に"ではないから、エリア11駐留軍内部を探るための手駒だ。
こうして自分に尾行を命じたことが、良い証拠。
「…?」
シャーリーという名の少女が車から出て来た。
どうも青ざめているように見えるが、気のせいだろうか。
曲がり角の向こうに彼女の姿が消えるのを待ち、金糸雀はまだ停車したままの車へ近づいた。
コンコン、と窓ガラスを叩く音。
考え込んでいたヴィレッタは顔を上げ、次いで仰天した。
「か、金糸雀様?!」
自身が仕える第9皇子の次席騎士、金糸雀。
彼女はこちらを覗き込みヴィレッタの姿を確認すると、するりと隙のない動作で後部座席へ乗り込んだ。
…この車は軍の物だが、運転手は居ない。
従って、ヴィレッタが運転していたのだと分かる。
その彼女が後部座席に居るのは、先ほど少女と話していたためだ。
驚きに目を見開いているヴィレッタへ、金糸雀はにこりと微笑む。
「何をしておいでなのかと思って」
恐ろしいと思ったのは彼女に対してか、それとも第9皇子に対してか。
いずれにせよ、ヴィレッタは簡単には答えられない。
金糸雀は押し黙った彼女から前方へ視線を移し、1人言葉を紡いだ。
「ナリタ連山の作戦前日、貴女はジェレミア元辺境伯を訪ねましたね。
同日。彼と共に、河口湖の一件で左遷されたディートハルト・リート報道官を訪ねておられた。
そして今日は、先ほどの喪服を纏った少女に。
家族もしくは親類がナリタで亡くなられたと予想出来ますが、一体何をお尋ねに?」
ルルーシュの様子がいつもと違う。
そう最初に気付いたのは、生徒会長のミレイだった。
偶然が3つも4つも重ならなければ気付かない程に、些細な切っ掛けを元に。
「ルルちゃん!」
生徒会の執務が終わり、他のメンバー全員が帰った後。
ミレイはクラブハウスへ向かうルルーシュを追い掛けた。
呼び止められたルルーシュは、彼女の姿にきょとんと首を傾げる。
「会長?」
いつもと変わらぬ彼の姿。
それでも『違う』とミレイが断言出来たのは、7年前のルルーシュを少なからず知っていたからだ。
「ルルちゃん、何があったの?」
断定された問いに、ルルーシュは瞬きを返した。
ミレイはお構い無しに続ける。
「シャーリーのお父さんの葬儀の日。あの日以降、貴方の様子はいつもと違う。
カレンなんかは、いかにも"何かありました"的な様子だけど、それとも違うわね」
美しい紫を持つ眼が、すいと細められた。
それは彼が、相手の真意を見定めようとしている証だ。
たった1つの動作で威圧が増すのは、彼が皇族であるからこそ。
「…何が言いたいんだ?ミレイ」
ルルーシュは普段、決して彼女を呼び捨てにしない。
それに含まれた"暗黙の了解"が崩れる瞬間は、ミレイだけが知る秘め事。
彼女はそれを、わざと軽い動作で崩した。
(だって、相応しくないもの)
誰が通るか分からない学園の廊下。
あくまで自分たちは、生徒会長と副会長でなければならない。
だから笑顔で提案するのだ。
(私には、この学園の平穏を護る義務がある)
彼らのために。
「ちょっとね、提案があるの。事によっては私もフォロー出来るわよ?」
ミレイの言葉と行動に、ルルーシュは微笑むことで回答する。
「ああ、そのことですか」
だから彼も言葉遣いを普段の敬語へ戻し、クラブハウスへの道を何事もなかったように辿り始める。
当然のように、ミレイもそれに続くのだ。
長い廊下の突き当たりにある角を曲がり、彼らは足を止めた。
学園のクラブハウスは、ミレイに言わせれば…『聖域』。
ルルーシュは前を向いたまま、静かに口を開く。
「葬儀の日にスザクが言ったことを、覚えているか?」
「…ええ。『ゼロは卑怯だ。解放戦線の陰に隠れて、正面から戦おうとしない』でしょう?」
「正確だな」
「あんなに場違いなこと言われたら、嫌でも耳に残るわ。リヴァルたちも覚えてるから」
会話が途切れ、ルルーシュは視線だけをミレイへ向ける。
「俺が『ゼロ』の思想に近いことは知っているな?」
「ええ。貴方が『ゼロ』でも驚かないわ」
ルルーシュは笑った。
笑みの種類は苦笑と自嘲、そして侮蔑が均等に。
「あのとき、どれだけ言い返したくなったか。俺が言えた義理じゃないんだが、『お前はどうなんだ?』と」
「それは…?」
意味が掴めず問い返したミレイに、ルルーシュはふ、と笑みを零す。
「ナリタの麓の街。民間人が残っていたのは、帝国軍が避難を『勧告』に留めたからさ。
笑わせる。民間人を守るべきは、まず軍人であるのに」
感じていた"違い"が、ミレイの中で確信に変わった。
「ルルーシュ、貴方…」
日本へ人質として送られる前からずっと、彼はブリタニアという国を憎んでいた。
母である第3皇妃マリアンヌがテロで殺害され、妹のナナリーが光と足を失ってから。
対人環境が劣悪な皇室に生まれた、第11皇子。
ルルーシュが子供で居られる相手は、兄妹身内でもほんの一握りだった。
…隙を見せれば殺される。
ルルーシュに限らず、皇位継承権を持つすべての兄弟姉妹が。
だから"彼ら"は、仮面を被る。
あらゆる人間に対し、それぞれに有効的な『仮面』を。
(私も持っていた。格上の貴族たちに向ける、『無邪気さ』という名の『仮面』を)
ミレイは思い出す。
その、昔からルルーシュが被っていた『仮面』が1つ、剥がれ落ちている。
『恐れるほどの力は持たない』と見せた、『無力』という『仮面』が。
それが喜ぶべき事柄かどうか、ミレイにはまだ分からない。
「…1つ、聞くわ」
なんだ?と振り返ったルルーシュは、今まで使おうともしなかった"人を支配出来る笑み"で。
「枢木スザクは、『大事な友人』なの?」
返ったのは肯定ではなく、しかし否とも取れない回答だった。
「大事な友人のはずさ。少なくとも、今は」
何より、ナナリーが喜ぶ。
そう締めてひらりと手を振ったルルーシュは、かの妹の居る場所へと去って行った。
ミレイは彼を見送って、くるりと踵を返す。
(いいえ、それだけではないわ。『枢木スザク』と『ゼロ』だけでは、まだ)
仮面に隠さない、心からの言葉。
それを彼が発するようになった理由は、何?
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大アルカナ・塔
2007.8.6