15、THE FOOL(正位置:自由、興味、好奇心)
『Schwarze Vogel der Ruhe』が、屋外練習中にテロの襲撃を受けた。
ルルーシュがそう聞いたのは、彼らのアジトである住宅だった。
来る予定は無かったのだが、C.C.が「行くからお前も付いて来い」と強制的に引っ張って来たのだ。
少し頼みたいこともあったので、カナリアか兄が戻って来るのを待っていたのだが。
地下の厨房に入り浸っていたC.C.もさすがに驚き、駆け上がって来た。
「おい、ルルーシュ!」
「分かってる!ライアー、状況は…?」
劇団と外部を結ぶ連絡役である女性へ尋ねる。
問われたライアーは、鳴った携帯電話の着信を確認すると苦笑した。
「連絡が入りました。シュヴァーンが戻りますから、ルルーシュ様もご一緒に」
劇団の主でありルルーシュの異母兄であるカナードは、今ここには居ない。
(…騎士、だよな?)
シュヴァーンという名の男は、その兄の騎士であるはずだ。
ルルーシュが感じた違和感を捉える前に、裏口の扉の開く音がした。
扉を開けて後ろのカナリアを先に入れたのはシュヴァーンだったが、ルルーシュは意図せず眉を顰めた。
…血の匂いだ。
「怪我は…?」
尋ねると、カナリアは緩く首を振った。
「大丈夫です。血の匂いがしましたか?」
断定した彼女の言葉に、ルルーシュは頷くしかない。
「テロリストの返り血だ。ご心配なく」
カナリアを急かすように、後ろからシュヴァーンが答えた。
どこか苛ついているらしい彼に苦笑し、カナリアは別の人物へ声をかける。
「クラーン、そちらの方々を部屋へお通しして」
「はい」
ルルーシュとC.C.は、そこで初めてカナリアの後ろに何人かいることに気がついた。
しかしその客人を見たルルーシュは目を見開く。
「藤堂鏡志郎…!」
C.C.がルルーシュを振り返り、言われた相手とその周りの者が身構えた。
カナリアは身構えた者たちを片手で制し、ルルーシュへ尋ねる。
「ルルーシュ様、ご存知で?」
らしくない失言だったが、発言してしまったものは仕方ない。
こちらを見る相手を見返して、続けた。
「…日本解放戦線の獅子。『厳島の侍』と言えば、分かりますか?」
カナリアに続いて入って来たのは、藤堂と四聖剣だった。
ルルーシュは下手なことを言い出される前に、彼らに対し先手を打つ。
「今この瞬間のこと、俺たちは見なかったことにします。
カナリア。あの人が戻って来たら、一度連絡をくれるように伝えて貰えませんか?」
彼女が頷いたことを認めて、C.C.の手を引く。
「帰るぞ、C.C.」
「……分かった。しかし良いのか?」
C.C.の視線は藤堂たちに据えられている。
ルルーシュはちらりとそちらを見ただけで、すぐに扉へ向かった。
「構わない。後はカナリアたちに任せれば」
解放戦線と騎士団は、未だ共同戦を張るまでには至っていない。
この場で反逆の言葉を発するには、時期が早い。
威嚇の言葉を朝比奈や千葉が発する前に、さっさとこの場を後にした2人の子供。
些か呆気に取られていた彼らを、あの日本人の女性が引き戻した。
「こちらの部屋へどうぞ。座長は一度、お召し替えされますので。
その間に、お茶をお持ち致します」
「…ってその前に、確認。あの2人は?」
話題すら流されてしまうところを、朝比奈は辛うじて引っ張った。
クラーンは同じ笑顔で答える。
「座長と主のご友人です」
素晴らしく当たり障りのない答えだ。
(カナリア、シュヴァーン、それにこの…クラーン?だっけ。ほんと食えないね)
朝比奈は嫌みを交えた笑みで、問い返す。
「そうじゃないですよ。本当に、見なかったことにしてくれる相手なんですか?」
「ええ」
「何で言い切れる?あの子供、ブリタニア人だろ」
「主義者、という言葉をご存知ありませんか?」
「ブリタニアを嫌うブリタニア人?あの2人が?」
「その答えでは満足なされませんか」
「残念ながら」
初めて、クラーンが困ったように笑った。
「ですが…それ以外にお答えしようがありません。特にルルーシュ様は…私たちなどよりも、余程」
ブリタニアという国を憎んでおられます。
「なに…?」
朝比奈たちが呆気に取られたそこへ、カナリアが戻って来た。
今度こそお茶の準備の為に階下へ降りていったクラーンに、逃げられたと感じる。
仕方なく、朝比奈も示された部屋に腰を落ち着けた。
刺々しくもなく、かといって円滑でもない空気だ。
低いガラスのテーブルに、四方で向かい合うソファ。
幅の広い方に四聖剣の面々が思い思いに座り、カナリアは空いていた1人用のソファへ腰を下ろす。
テーブルを挟んで向かいに座っているのは、もちろん藤堂だ。
カナリアは不審感を露にしたままの四聖剣にクスリと笑い、たったの二言で場を覆した。
「ご心配なく。我々は『ゼロ』と協力関係にありますから」
さすがの藤堂も、思わずカナリアを見返した。
彼らの戸惑いを意に介する様子も無く、彼女は問う。
「これで満足なされました?先ほどのお2人についても、あなた方の情報についても」
いや、満足も何も。
それはおそらく、全員の脳裏に浮かんだ言葉だろう。
千葉が口を開いた。
「なぜ、と尋ねても?『黒の騎士団』に協力している理由を」
わずかに首を傾げたカナリアは訂正する。
「『黒の騎士団』ではありません。我々が手を結んだのは、あくまで『ゼロ』です」
「どう違う?」
なおも尋ねた千葉に、彼女はふっと微笑む。
「『ゼロ』と『騎士団』は、完全なる=(イコール)では結ばれない」
刹那、目の前のカナリアという女性に違和感を感じた。
しかしタイミング良く扉が開き、ティーセットを持ったクラーンが入って来る。
感じた違和感は、あっという間に溶けて消えてしまった。
…テーブルにそれぞれ置かれたのは、香りの良い紅茶とラズベリーのタルト。
些かわざとらしく咳払いをした仙波が、話題を変えた。
「…しかしカナリア殿。我々も人のことは言えませんが、殺す必要はなかったのでは?」
紅茶と菓子を前に相応しくない話題ではあるが、気になっていたのだ。
オーディション中に屋外ステージを襲撃したのは、弱小テロリストグループ。
6名ほどのグループで、舞台と劇団員へ向けてマシンガンや手榴弾を放っていった。
しかし場慣れしているのか、カナリアを筆頭とした劇団員の回避行動の迅速さは、見事と言わざるをえない。
怪我人は0、被害は屋外ステージのみ。
当然、観客や選考参加者たちにも怪我はなかった。
…基本的に、テロというものはヒット&アウェイだ。
今回のテロリストたちも例に漏れず地下坑道へと逃げたのだが、方角が悪かった。
彼らの逃げた方角に、藤堂たちが居たのだ。
『人が真剣に観ていたところを、よくも邪魔してくれたな』
『てゆーか、オーディション参加者って日本人だろ。名誉でもない。
そんな安っぽい精神で、日本を取り戻せると本気で思ってるわけ?』
思い返せば、随分と下らない理由で腹を立てた。
千葉と朝比奈は、何とも言えない気まずさを感じる。
その様子にくすりと笑みを漏らして、カナリアは仙波へ言った。
「残念ながら、あの方々は前科一犯です。1度目は警告だけに留めますが、2度目はありません。
それが我々の方針ですし、今までも…そしてこれからも、変わることはありません」
ナナリーを寝かせて部屋へ戻ったルルーシュを、珍しく起きていたC.C.が出迎えた。
その手にルルーシュの携帯電話を持って。
「さっき電話があったぞ。手が空いたら掛け直せ、と」
「?」
「黒鳥の主からだ」
「ああ…」
最初からそう言えば良いものを、C.C.は主語を抜いて話すことが多い。
とにかく携帯を受け取り、履歴を確認してみる。
確かに、以前チケットの裏に走り書きされていた番号が残っていた。
(あのチケットの日付は、再来週だったな…)
掛け直せば、相手はすぐに出た。
『悪かったな。騒ぎに巻き込んで』
「いえ、邪魔しに行っただけですから。…あの、本当に大丈夫なんですか?」
『…予定が大幅に狂った点については、大丈夫ではないな』
横からC.C.が口を挟む。
「それはどういう意味だ?役者にも参加者にも、怪我はなかったんだろう?」
通話口の向こうでため息が聞こえた。
『今回のオーディション合格者を、演目で空白になっていた役回りにする予定だったんだ。
一次通過の時点で、結構良い線のが居たんだが…。場合によっては、脚本直しもあり得るな』
「もう一度、オーディションを開く予定はないのか?」
『予定はあるが、結局のところ未定と同じだ』
C.C.は珍しく、神妙な顔をした。
「ふん…。劇団を支えるというのも、大変なのか」
彼女から携帯電話を取り返し、ルルーシュは本題に入る。
「それで、兄上。お願いしたいことがあるのですが…」
『?』
「妹のナナリーに、会ってやってくれませんか?貴方か、金糸雀に」
『…相変わらずだな。妹が第一なのは』
からかうような声音に、ルルーシュはムッと口を尖らせた。
「何とでも言って下さい。それで、出来れば夕食を一緒に…」
『夜か。明日か明後日なら、カナリアの時間が取れる。ただし、今回はシュヴァーンを同行させるが』
それはそうだろう。
劇団の座長であり看板女優の彼女に、万が一があってはならない。
今日テロに遭ったことを考えれば、当然だ。
『まあ、ヤツは騎士だから、扱いはそっちで構わない』
「分かりました。では明日の…18時で良いですか?」
『ああ。場所はクラブハウスの2階だったか?』
「そうです。途中まで、C.C.を迎えにやりますから」
プツリ、と通話を切った途端、C.C.が抗議の声を上げた。
「私をパシリに使う気か」
「当たり前だ、この居候。少しは働け」
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大アルカナ・愚者
2007.9.21