16、THE MAGICIAN(逆位置:悪巧み、詐欺、放浪)
「ごきげんよう、C.C.様」
坑道に不似合いな涼しい声が聞こえ、C.C.はムッと眉を寄せた。
「私が"ごきげんよう"な気分に見えるか?」
相手は機嫌良く笑う。
「いいえ?ただのご挨拶です」
カナリアはいつものように、闇に溶け込む黒ずくめの服で現れた。
彼女の少し後ろに居るシュヴァーンは、対照的に白と灰で纏められた服装で。
C.C.はくるりと背を向けてクラブハウスへと歩きながら、内心で悪態を突く。
(まったく。主が主なら、騎士も騎士だ。本当に食えない…)
考えてみれば、この2人はカナードの筆頭騎士と次席騎士。
別に護衛の必要もないだろうと思うのだ。
(騎士は主の傍に仕えるものだと聞いたが…。まあ、こいつら以外にも手練は多いから問題ないのか)
C.C.が何度か『沈黙の黒鳥』拠点に入り浸った結果の、正直な感想だ。
知り合った団員の数は、聞いた団員数の半分に達したかどうか。
基本的に出会う団員は同じで、本当によく出来た組織だと感嘆してしまう。
部外者には、細部がまったく分からないのだ。
「…ところでC.C.様」
「なんだ?」
珍しく、向こうから話し掛けて来た。
カナリアはC.C.の服を指し、こう尋ねる。
「何故、ブリタニアの囚人服を愛用されているのでしょう?」
ルルーシュにも、何度か言われたことがあった。
「まあ、慣れているというのが1番だな。元が拘束服だから丈夫だ」
「では2番目は?」
話の読みが聡すぎるのも、少々問題だろう。
あの主にしてこの騎士在りか、と納得して、答える。
「これなら明らかに、"ブリタニア側から何らかの被害を受けた"と分かるだろう?」
実際にそうなのだから、嘘をつく必要もない。
カナリアも成る程と頷いた。
「騎士団への効果は、大きいでしょうね」
「これが意外とな」
少し気分を良くして、坑道からアッシュフォードの敷地へと出た。
ナナリーはことりと首を傾げて、ルルーシュへ尋ねる。
「お兄様。今日のお客様は、スザクさんではないのですよね?」
「ああ、そうだよ」
ルルーシュは時計を見上げて、そろそろかと呟いた。
「私も知っている方ですか?」
「そうだ。会ったのは、随分と前のことだけれど…」
ナナリーが再び口を開こうとしたとき、足音が聞こえて来た。
ほんの数秒後には、扉のノック音とガチャリと開く音が。
「連れて来たぞ。駄賃はピザ5枚で手を打ってやる」
途端に聞こえた不遜な言葉に、ルルーシュは眉を寄せ言い返す。
「2枚だ。いい加減、太るぞ」
「3枚。太らない体質だから気にするな」
まるで夫婦漫才のようだ。
カナリアは堪え切れずに吹き出す。
「本当に、仲がよろしいですね」
「「何でそう見える?」」
同じような表情で同時に言い返す様は、そうとしか見えないというのに。
ナナリーはリビングの入り口に顔を向け、再びルルーシュへ問う。
「あの、お兄様…?」
ごめんと一言謝ったルルーシュは、カナリアとシュヴァーンを中へ招き入れた。
ナナリーが2人の気配に気付いたことを見計らい、静かに話し始める。
「ナナリー、覚えてるかい?まだ母上がご存命だった時に、第2皇妃ヴィア様の招きで歌劇を観たこと」
「え…?」
まだ、光も足も失っていなかった頃の思い出だった。
「ヴィア様は、"子供には長過ぎるかもしれない"と仰っていたけれど。
俺もナナリーもずっと夢中になって観ていて、母上が驚いておられたよ」
ハッとして顔を上げる。
「もしかして、『白鳥の湖』…?」
ルルーシュは正解を示すように、彼女の手をそっと握った。
「そうだよ。実は、そのときに主演だった金糸雀さんの属する劇団が、シンジュクに来ていたんだ」
ああ、とナナリーは赤い過去よりもさらに前を思い出す。
自分も歌劇をやってみたいと、観終わってから母へ無茶を言ったのだ。
確か、主演女優の楽屋を訪れたときに。
驚く母の隣で、ヴィア皇妃がころころと楽しそうに笑っていた。
とても慕っていた、2人の異母兄と一緒に。
ナナリーは車椅子の向きを変え、身体ごとカナリアの方を見る。
「金糸雀、さん?本当に…?」
信じられないという表情のままの彼女に、微笑んだ。
「お久しぶりでございます、ナナリー様。マリアンヌ様に似て、お美しくなられましたね」
記憶に残る声が年を重ねれば、こうなるのだろう。
まさしく想像した通りの声だった。
ナナリーが笑みを浮かべる。
「本当に?!本当に、金糸雀さんなんですね!」
車椅子を器用に動かし、彼女はゆっくりとカナリアの前へ進んで来た。
カナリアはその場にしゃがんで、ナナリーの手に触れようと自身の手を伸ばす。
その手を、シュヴァーンが自然な動作で止めた。
「触れられたら、さすがにバレるだろ」
何のことだろうか、とルルーシュやC.C.、ナナリーは首を傾げる。
彼を振り返ったカナリアは、意味ありげに笑うと逆の手を軽く振った。
シュヴァーンは何かを諦めたのか、肩を竦めて1歩下がる。
一連の動作の意味を知ったのは、直後だった。
「!!」
カナリアの手に触れたナナリーが、ハッと息を呑んだ。
彼女は触れた手を、震える両手でしっかりと握る。
「ナナリー…?」
不思議に思ったルルーシュが声を掛けると、ナナリーは言葉を絞り出した。
「違います…!お兄様、この方は違います!」
「え?」
掴んだ手をそっと自分の額へ持って来て、彼女は懐かしさに涙を流す。
「この方は、カナードお義兄様です…!!」
カシャン。
咲世子の取り落としたフォークが音を立てた。
ルルーシュとC.C.も、何か持っていたなら確実に取り落としていただろう。
…開いた口が塞がらない。
"絶句"という言葉の正しい使い方を、身を以て学んだ瞬間であった。
「まさか…嘘だろう……?」
C.C.が、"カナリア"とナナリーを見つめ惚けたまま呟く。
答えたのはシュヴァーンだ。
「だから言ったろ?」
言われた当人はというと、堪えるように顔を俯け肩を震わせていた。
漏れ聞こえるのは、紛うことなく笑い声だ。
今度はナナリーが、不思議そうに"カナリア"の顔を覗き込む。
「あの…?」
握られた手をそっと外して、"カナリア"はナナリーの頭を撫でた。
「視覚的効果は抜群なんだ。しかし、見えない人間にはやはり駄目か」
声が変わった。
つい昨日聞いたばかりの声に、ルルーシュとC.C.は弾かれたように我に返る。
「まさか…嘘でしょう…?!」
ルルーシュはC.C.と同じ台詞を、驚愕冷め止まぬままに発する。
ナナリーは、今度はC.C.へ尋ねた。
「あの、C.C.さん…?何故そんなに驚いておられるんですか?お兄様も」
「何故も何も…」
永いこと生きて来たが、こんなにも驚いたのはいつ以来だろう。
「お前の目の前に居るのは、絶世の美女だぞ…?」
珍しく、世辞ではないと付け足して。
今度はナナリーがぽかんと口を開けた。
「本当に…?C.C.さんが言うなら、本当なんですよね?声も…」
ルルーシュはようやく、幾度か感じて来た違和感の正体に気が付いた。
(そうか、だから…)
呆れ顔で"カナリア"を見ているシュヴァーン。
彼に対し先日覚えた違和感は、間違いではなかった。
…騎士は、主の傍に仕えるものだ。
しかし目下の問題はそんなことではない。
未だ認めることを拒否している自分の視覚を宥め、深呼吸する。
「カナリア…じゃない、兄上。分かるように説明して頂けませんか…?」
額を押さえているのはC.C.も同じだった。
「出来れば、その声も戻してくれ。頭が可笑しくなりそうだ」
視覚に入るのは美女の姿、聴覚に入るのはテナーの男声。
"金糸雀"の姿をしたカナードは立ち上がり、軽く肩を竦めて笑う。
「妹に感謝しておけ。そのまま気付かないはずだったからな」
声が金糸雀のものに戻った。
話し方を変える気はすでにないらしく、彼(彼女?)は咲世子が勧めた椅子に腰を下ろす。
そういえば、このとんでもない事態から最初に脱却したのは咲世子だった。
テーブルの上にはいつの間にか夕食が並んでおり、改めて彼女の普通とは違う部分を見たというか。
咲世子はすべての準備を済ませると、シュヴァーンを隣の部屋へ誘った。
…その部屋はキッチンと繋がる広いスペースで、この家の家事を預かる彼女の城でもある。
シュヴァーンに軽く手を上げて許可を出し、カナードは自分の向かいに座る兄妹とC.C.に問うた。
「さて、どこから聞きたい?」
まずは自分に身近なところから聞いてみた。
「俺とC.C.が会ったのは、どちらですか?」
「昨日お前たちが会ったのは私だ。テロに遭ったのも」
どうやら、一人称も考慮してくれたらしい。
「お前がキョウトで会ったのはナーリエ。ああ、"ナーリエ"というのは金糸雀の愛称みたいなものだ。
"カナリア"という名前は、劇団の座長とオーナーの両方を示すからな」
「…では、生徒会に来たのは?」
「それも私だ。気付かなかったか?」
言われてみれば、あのとき彼女が告げた言葉に既視感を覚えた記憶がある。
続いて、C.C.がおそるおそるといった具合に尋ねた。
「なぜ化けようと思ったんだ?まさか趣味ではあるまいに」
「当たり前だろ。まあ発端は…母上以外にないんだが」
ルルーシュは第2皇妃ヴィアを思い出す。
(そういえばあの方は、少し変わった方だった気がする…)
突拍子もないことを言い出したり、妙なアイデアを実行したりしていたような。
兄の視線が遠かったので、ルルーシュは口には出さずにおいた。
ナナリーが食事の手を止めて、ことりと首を傾げる。
「カナードお義兄様。キラお義兄様は、お元気ですか?」
そういえば彼の弟については、何の話も聞いていなかった。
ルルーシュはカナードを見るが、彼は逆にナナリーの言葉に驚いたようだ。
「ああ、そういえばそうだな…」
呟かれたのは、まったく答えになっていない言葉。
腕を組んで考え始めた兄に、ルルーシュも何だろうかと手を止める。
「あいつは2年前に見つかったらしくて、座標は消えてるんだ。
今まで忘れてたが…誰が見つけたんだろうな?」
「誰がって…。もしかして、本国を出てから連絡も取っていないんですか?」
カナードはルルーシュへ、当たり前だと頷いた。
「そんな面倒なことを誰がやる?第一、『第2皇妃のコクチョウ』と常にセットで扱われていたんだ。
見つかるリスクは倍になるし、同じ人間に見つかってもつまらない。わざわざ本国を出た意味がなくなるだろ」
結局のところ、カナードの行動基準は"面白いかどうか"なのだ。
一方、キッチンを挟んだ隣の部屋では。
「…どれだけ武器仕込んでるんだ?その服」
「そうですね…。拳銃2丁とスペアマガジンが4つほど。
それからサバイバルナイフに、小型ナイフ10本というところでしょうか?
シュヴァーン様はいかがです?」
「俺か?剣1本に短刀2本、銃1丁、マガジン2。飛び道具は嫌いなんだ」
「あら、私は大好きですよ?何より手っ取り早いですし」
「それは否定しないけどな。ところで、この学園の見取り図とかあるか?」
「ありますよ。懐中電灯も使われます?」
主たちが団欒をしている間に、騎士は騎士で盛り上がる。
「…手慣れてるな、ホント」
「いろいろありましたから」
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大アルカナ・魔術師
2007.10.11