17、THE CHARIOT(逆位置:自信のなさ、怯え、井の中の蛙)
それは、誰かにとって青天の霹靂で。
それは、誰かにとって癒しのようなそうでないような。
つまるところ、それが何なのかというと。
セシル・クルーミーはお茶を運びながら、雪でも降るのだろうかと考えた。
ミレイ・アッシュフォードは対外用の笑みを浮かべながら、母の人選を疑った。
アッシュフォード学園大学部、特別派遣嚮導技術部。
テロが起きていない本日の予定は、主任のお見合いであった。
ちなみに現在進行形。
「…何があったんだ?」
久々にやって来たカナードが手近な人間にそう問うくらい、特派の空気は微妙だった。
しかも彼の姿を認めた者が皆、ホッとしたような助かったとでも言うような表情になることがまた、微妙だ。
「…実は、主任があそこで見合い中でして」
「はあ?」
すべての単語に対して発した疑問符だった。
主任=あのロイド・アスプルンドが、
あそこ=特派内のランスロットに繋がるコンソールの前で、
見合い中=将来を考える女性と歓談している。
(あり得ない…)
非常に珍しいものが見られそうだったので、カナードはそちらへ近づいた。
階下で不安げにロイドとミレイを見上げていたセシルが、真っ先に気付く。
「殿下!すみません、何の応対もせずに…!」
彼女が小声であることからして、本当に見合い中らしい。
上を見てみると、確かに女性の方は華美にならない程度に着飾っていた。
「…本当に見合いしてたのか」
「そうなんですよ。ロイドさんにも、もう少し考えてもらわないと」
もちろん、こんな場所で見合いをしていることについてだ。
セシルが愚痴ったところへ、上から声が降って来た。
「あはっ、カナード殿下じゃないですかぁ。随分とお久しぶりで」
そこでロイドは、名案だとでも言うように見合い相手のミレイを振り返る。
「爵位が欲しいだけならさぁ、殿下を口説いた方が早いと思うよぉ?」
ミレイが驚くよりも早く、セシルの怒声が飛んだ。
「ロイドさん!!」
「冗談だよ、セシル君。ただ…ほら、この子アッシュフォード家でしょ?
何かしら殿下と面識があったと思うんだよね、昔」
「あら…そうなんですか?」
問われたミレイは彼女にしては珍しく、自分の次の行動を決められなかった。
固まってしまっている彼女に焦れて、ロイドがその手を取って立たせる。
「どぉ?こんな場所での見合いも、捨てたもんじゃないでショ?」
浮かべた意味ありげな笑みは、ミレイを勘ぐらせるに十分だった。
(何を探ろうとしているの?この男…)
アッシュフォード家には、大きな弱みがある。
掴まれてしまえば、その時点で命さえも危なくなるような。
ロイドに手を引かれ降りて来たその見合い相手に、カナードは目を瞬いた。
(誰かと思えば…)
ミレイはロイドやセシルが"殿下"と呼んだ相手を見て、どこかルルーシュを思い出した。
ドレスの裾が汚れることも厭わず、その前に跪く。
「大変お久しゅうございます、カナード殿下。
アッシュフォード家当主ルーベンの孫娘、ミレイ・アッシュフォードにございます」
当主の名前はそんな感じだったな、とカナードは思い出す。
本国にいた頃のアッシュフォード家当主は、母である第2皇妃とかなり気が合っていた様子だった。
そういえば第3皇妃も、どちらかと言えばその部類だったか。
「…覚えてる。あの母上のノリに付いていける人間は、貴重だからな」
許可が出たので立ち上がりドレスを確かめて、ミレイは改めてカナードを見る。
(想像した通りの姿だわ…。ルルーシュもそうだったけど)
ロイドがカナードの言葉に首を傾げた。
「ヴィア皇妃って、そんなに変わった方でしたっけ?」
「軍部で見合いなんてやってるお前に言われたくはないがな」
否定はしない。
「仕方ないじゃないですかぁ。先方がどーしてもって煩くて。うちの親族も煩くて」
女性であるセシルが、先に気を悪くした。
「彼女に失礼ですよ、ロイドさん。そんな気持ちでどうして受けたんですか?」
ロイドは悪びれもせずに告げる。
「だって、"アッシュフォード"でしょ?KMF開発の最前線を担っていた家だ。
そっち方面専門の人間としては、名前だけでもかなーり気になるよ?」
意味ありげな笑みを浮かべて、ロイドはカナードを窺い見る。
何を企んでいるかは知らないが、せっかくだからと乗ってみた。
「アッシュフォード。…確かにな」
サッとミレイの表情が一瞬青ざめたことを、見逃すはずもない。
…カナードはこれでも、自身が役者として一流であると自負している。
本当に、何を企んでいるのか。
ロイドはにんまりと笑って、セシルを手招きした。
「確か応接室が空いてたよねえ。ほら、アッシュフォード嬢も、8年ぶりに殿下にお会いしたんでしょ?」
ミレイは腹を括った。
「…ええ。殿下のお許しが頂けるなら、是非」
先に話に乗ったカナードも、考える。
(まあ、今日は夕方まで何もないか)
特派に来た理由は、ここに居れば面白いものがいろいろと見れるからだ。
「良いだろう。聞きたいことも幾つかある」
何を問われるのかと、ミレイは内心気が気ではなかった。
カナードとセシル、それにミレイの姿を見送ったロイドは、その場に残った1人へ声を掛ける。
「シュヴァーン卿は良いんですかぁ?」
問われたシュヴァーンは、応接室に入っていく主とミレイの姿を認めてから答える。
「必要であれば、後から言って来る」
彼の態度は、他の皇族や貴族にしてみれば言語道断だろう。
しかし、それが第9皇子とその配下の者の常識なようで。
「うーん、やっぱり殿下も変わった方だ。ブリタニアの常識が通じない」
本気で言ったらしいロイドの、それは褒め言葉であるらしかった。
(…弟殿下もそうだしねえ)
そして口には出さず呟く。
「ところで、最近あの女性を見かけませんけどぉ…」
「?」
「ほら、褐色肌で元は純血派に居た…」
シュヴァーンも今まで気にしていなかったが。
「ああ、ヴィレッタ・ヌゥ?アイツは単独で『ゼロ』を追うとか言ってたが」
素直にロイドも驚いた。
「そうなんですかぁ?まあ、あの人が来るとウチのパーツの成績が下がるんで、居ない方が良いんですケド」
「今度会ったら、言っておいてやるよ」
「あはっ、お気遣い感謝しま〜す」
セシルがでは、と頭を下げて退室した。
扉が閉まり外の足音が聞こえなくなったところで、カナードは向かいに座るミレイを見る。
浮かべられた笑みは皇族のそれで、慣れているはずのミレイでさえも身を硬くした。
発せられた言葉は、さらなる焦りを生じさせて。
「アッシュフォードの庭は、随分と脆そうだな」
ハッと目を見開いたミレイの視界に、カナードが指折り数える様が映る。
「第2皇子の特派が大学部に。高等部には善くも悪くも知られてる軍人が。
ブリタニア人であれば、身分証もたいしてチェックしないようだしな」
最初の2点は、ミレイにもよく分かっている。
皇族の名を出されてしまえば、爵位を持たぬアッシュフォードに断る術はない。
(じゃあ、3つ目は?)
カナードはミレイから視線を外し、何食わぬ顔で彼女にとって衝撃的な事実を語る。
「『Schwarze Vogel der Ruhe』は俺の劇団だ。よって、俺の部下がすでにお前たちと顔を合わせた」
ほんの数日前に観た、『Schwarze Vogel der Ruhe』の公演。
(あれは本当に素晴らしかった。でも、)
あのチケットを自分たちに渡して来たのは、誰?
(まさか、ルルーシュのことを…)
視線を膝へ落とし、力の限りドレスを握り締めている少女。
カナードはため息をついて言ってやった。
「早とちりは程々にしておけ」
ミレイは勢い良く顔を上げる。
多大な不安と少しの期待を込めて見てしまったらしく、カナードは呆れたような表情だった。
けれどミレイは、ドレスを握っていた手を少しだけ緩める。
「俺は、"鳥籠が脆い"と言っただけだ。中の鳥がどうこうとは言っていない」
それはつまり。
ミレイはおそるおそる、言葉を慎重に選び問うてみた。
「…ご存知なのですね?すでに亡いとされた、"閃光の鳥"を」
アッシュフォード学園を"庭"と呼び『鳥籠』に例えたのなら、分かるだろう。
"閃光"が何を意味するのか。
だがカナードの返答はミレイの予測通りにはならず、彼女を再び焦らせた。
「庭の門は軽い。鳥籠には誰でも近づける。鳥籠の格子は、ただの蔦で出来てる。
守られているはずの鳥は大きな翼を持て余し、外へ飛び立った」
「え…?」
公演のコピーにでも使えそうな文句だ、とカナードは笑う。
そしてミレイを試すように言葉を重ねた。
「俺が言えるのはここまでだ。何か言うことはあるか?」
彼の発した一字一句すべてが、ミレイに危機感を抱かせる。
目の前の人物の言う"鳥"を取り巻く状況は、彼女の手に負えるものではない。
(ルルーシュ。貴方、いったい何をしてるの…?!)
緩めた手を再び握り締め、震えの混じる声で尋ねた。
「殿下なら…どうなさいますか?大事な鳥が、鳥籠を抜け出していたら」
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大アルカナ・戦車
2007.10.20