18、THE TOWER(逆位置:独断、破壊、迷走する力)
シンジュク湾岸。
あと数時間もすれば、ここで中規模以上の戦闘が起きる。
…コーネリア軍による解放戦線壊滅作戦。
情報を受けた『黒の騎士団』は、軍の手の入っていない倉庫で作戦を立てていた。
(ここに居るのが、騎士団の全団員…)
カレンは自分たち幹部の後ろに並ぶ団員たちを見て、嘆息した。
創設時のメンバーがカレンを含めた扇グループ7名だったことが、嘘のように思えてくる。
キョウト六家のお墨付きを得たゼロと騎士団は、今や解放戦線を凌ぐ勢いだ。
以前と少し違うのは、ゼロの隣に当然のように囚人服の少女が居ることか。
(シーツー…イニシャルだけの女。あの子はゼロの素顔を知ってる…)
考えるだけでも、沸々と嫉妬に近い怒りが込み上げて来る。
カレンは軽く頭を振り、ガコンと音を立てて開いた倉庫の入り口を見遣った。
銃を持つ団員の間に挟まれ入ってきたのは、ブリタニア人の男。
その場に居た誰もが猜疑の目を向ける。
今にも文句が飛び出そうな団員たちを制して、ルルーシュ…ゼロは男へ声を掛けた。
「今回のブリタニア軍の作戦は、お前からの情報だと聞いた。まずは礼を言おう」
男の名はディートハルト・リート。
エリア11において、ブリタニア国営放送局の上層部に属していたという。
「しかし、だからと言って信用するわけにはいかない。何が望みだ?」
ゼロの言葉に、ディートハルトは満足げに笑った。
「さすがはゼロだ。今まで幾人もの犯罪者を見て来たが、貴方がもっともやり方を心得ている。
…私を騎士団に入れて頂きたい。私が望むのは、ゼロ。貴方の革命を記録することだ」
撮影、記録、放映。
報道に関することならば、何でも。
(この男…)
一筋縄ではいかない種類の人間であるらしい。
さてどうするか、とルルーシュが思案したその時、彼の横でC.C.が声を上げた。
「誰だ?」
倉庫のさらに奥へ向かって。
ゼロや幹部たちは元より、すべての視線がそちらへ動く。
灯りの届かない暗がりから現れたのは、2人。
ルルーシュとC.C.は思わず目を見開く。
「ゼロ。その男の素性と腕前に関しては、私が保証致しましょう」
例えるならば、研ぎ澄まされた刃が鳴らす音色。
鈴よりも強く鐘よりは柔らかに、確かな存在感を持った声が倉庫に響く。
誰もが新たな闖入者に驚いた。
「(おいゼロ、あれはどっちだ?)」
「(俺に聞くな。後ろの人間が判れば…)」
ルルーシュとC.C.の間で、場に似合わぬ妙な会話が為される。
一方で、カレンはふと眉を寄せた。
(あれは…まさか劇団の?)
現れた2人は漆黒に身を包み、目元から下を同じく黒のヴェールで覆い隠している。
だが響いた声が示すように、片方は女性だ。
光源が少なく確信は持てないものの、カレンは彼女が生徒会で顔を合わせた人物だと推測した。
「誰だてめぇ!」
ゼロが声に対して何も返さなかったことも起因するだろう。
短気な玉城が最初に怒鳴った。
女性は軽く首を傾げ、クスリと笑みを零した。
…彼女の動作に合わせて、長い髪が揺れる。
「これは失礼。騎士団の皆様とは初めてお目に掛かりますね。
私は『ゼロ』の翼、『ゼロ』の後ろを護る盤外のクイーン。"黒翼"とでもお呼び下さい」
その言葉でカレンは彼女について確信し、ルルーシュもまた確信を得る。
(…金糸雀じゃない。兄上か)
これでようやく言葉を返せる。
「あなたが出て来るとは思ってもみなかった。どういう風の吹き回しで?」
「一度、貴方の騎士団を見てみようと思いまして。作戦前に戻りますから、ご心配なく」
おそらくは本心であり、この日ならば全団員が集まると確信を持った上での行動だろう。
ルルーシュは呆れと安堵を声に滲ませる。
「それは良かった。あなたに何かあれば、私が非難される」
"黒翼"と名乗った女性がいったい何者なのか、騎士団の人間は疑問を隠せない。
…ゼロが彼女に投げる言葉には、明らかな敬意があったのだ。
作戦まで、全員にしばしの休憩時間が与えられた。
カレンは他の幹部と別れ、1人違う場所へ赴いたゼロの姿を捜す。
(ここかしら…?)
重い扉をなんとかこじ開けると、やはりガコンという音が響いた。
「誰だ?!」
途端に鋭い声が飛び、カレンはギクリと背筋を伸ばした。
「か、カレンです!あの、すみません…ゼロ」
反射的に返した言葉は、最後には相手に届かないほど小さくなる。
外からの弱い灯りに照らされた倉庫で、ゼロは腰を下ろし頭からタオルを被っていた。
(もしかして、仮面してない?)
自分はなんてタイミングが悪いのだろう。
カレンはもう一度謝り、出直そうとまた重い扉へ手を掛けた。
「…迷っているのか?」
その背に投げられた声は、柔らかなものだった。
手を止めて振り返れば、ゼロの体勢は何も変わっていない。
ただ声だけがカレンへ向けられる。
「今ならまだ、引き返せる。死者を出す恐怖も責任も、お前が負う必要はない。
普通の生活があるなら、誰に気兼ねすることもなくそちらへ戻れば良い」
仮面越しではないからだろうか。
まるで親が子供を説くような、そんな思いやりが声に宿っているように思えた。
だからこそ、カレンは静かに自分の心に問うてみる。
(私は、迷ってなんかいない。少し…不安になっただけ)
ナリタ連山の後、藤堂鏡志郎とゼロの会話を漏れ聞いてしまったから。
今なら他の誰も居ない。
…訊けるチャンスは、この瞬間だけ。
カレンは倉庫に改めて足を踏み入れ、扉の隙間を閉まるギリギリのところまで狭める。
「カレン…?」
ゼロの視線を感じ、ゆっくりと息を吸い込む。
「本当に、日本解放戦線を助けるんですか?本当の目的は、解放戦線の援護ではないんでしょう?」
「…なぜそう思った?」
「解放戦線の、藤堂鏡志郎と話していたのを…聞いてしまったので」
「ああ、」
『協力や援護を申し入れられても、期待通りに応えるとは限らない。
…我々は力無き者の味方だが、解放戦線は力無き者ではない』
ルルーシュは試すように彼女へ問う。
「お前はどう考えている?カレン。騎士団創設以前の私を、君は少なからず知っているだろう?」
カレンたち扇グループは、この人物が『ゼロ』と名乗る前から彼の作戦を敢行していた。
その後も枢木スザクの冤罪事件や河口湖のテロ事件、そしてナリタ連山。
『ゼロ』の行動を、彼女たちはもっとも間近で見ているのだ。
カレンは今までの戦闘を思い返しながら、おそるおそる口を開く。
「…騎士団には損害がなくとも、解放戦線は……コーネリアを誘き寄せる餌なのでは、と」
貴方は、ブリタニア人ですから。
何とも言えぬ複雑な表情で、カレンは唇を引き結んだ。
(この人は日本人じゃない。桐原公の仰った通り、ブリタニアへの憎悪は本物だ。
でも、この人の作戦には無駄がない。機械のように計算し尽くされた、冷酷な作戦しか)
自身の命令に従わぬ兵をその瞬間に切り捨ててみせた、コーネリアのように。
「カナリア、あれ」
「?」
戦闘が始まるこんな場所からは、さっさと退散するに限る。
コンテナが迷路のように積まれた港を歩いていると、1歩後ろに居たシュヴァーンが囁いた。
…ルルーシュが推測した通り、先ほど騎士団の前に現れたのは金糸雀に扮したカナードだ。
己の騎士が示した方向を見てみれば、そこには。
「へえ、意外と有能じゃないか」
ちょっと邪魔しに行ってみようか。
きょろきょろと辺りを見回す、アッシュフォード学園の制服を着た少女。
彼女を尾行していたヴィレッタは、1つ舌打ちを落とす。
(ちっ、見失ったのか)
少女の名はシャーリー・フェネット、ナリタ連山の戦闘で父を失った子供だ。
(私の消えている記憶の、一瞬前に映る子供。あの女の証明書入れから出て来た、写真の子供。
あの男子学生は必ず、『ゼロ』に関係しているはずだ)
ヴィレッタには、彼女しか持っていない『ゼロ』に関する情報があった。
それが、尾行するよう仕向けた少女に関係している。
「!」
背後に人の気配を感じ、ヴィレッタは振り向き様に隠し持っていた銃を構えた。
「私に銃を向けるとは…大した度胸ですね。ヴィレッタ」
相手を視認して、ヴィレッタはひゅっと息を呑んだ。
「カナリア様…!」
皇族に仕える騎士に対する不敬も、皇族への不敬と同じく重罪となる。
青ざめたヴィレッタへ、カナリアは意味ありげに笑んだ。
「今のところは、貴女の有益な行いに免じましょうか」
その視線が自分の後ろにあることに気付き、ヴィレッタもシャーリーへ意識を戻す。
少女の姿が、コンテナの向こうに消えるところだった。
「申し訳ありません、カナリア様。この咎めは、『ゼロ』の正体を掴んだときに…必ず」
ヴィレッタは頭を下げるが早いか、足音を忍ばせて少女の後を追って行く。
彼女の姿を見送って、カナリアの口調を外したカナードは肩を竦めた。
「さて、吉報か凶報か。音信不通もあり得るが…」
コンテナの向こう側に潜んでいたシュヴァーンは、構えていた銃を仕舞う。
「珍しいな。お前が銃を抜くのは」
「…さすがにこの位置は仕方ない。ところでさっきのは?」
少女とヴィレッタが去っていった方角には、コーネリアの敷いた布陣がある。
「ルルーシュの友人だろう。生徒会で見た記憶がある」
本当に退屈しない、と"黒翼"は笑った。
何の予備知識もないシャーリーの目の前で、騎士団とコーネリア軍の戦闘が繰り広げられている。
(恐い恐い恐い…!ルル、本当にここに居るの?本当に『ゼロ』なの?!)
コンテナとコンテナの間にある僅かな隙間に身を隠し、シャーリーは組んだ両手を握り締めた。
(ルルがパパを殺した『ゼロ』?本当なの?信じさせてよ、ルルーシュ…!!)
刹那、重量のある金属が落下する大音量が耳を劈いた。
気になってそちらを窺えば、KMFのコックピットがコンテナに引っ掛かり転がっていた。
(ナイトメア…?誰か、乗ってる?)
周りに銃声が無いことを確認して、シャーリーはそっと近づく。
おそるおそるコックピットの部分を覗こうとすると、カツンという靴音と女性の足が見えた。
傍に拳銃が落ちている。
「え…?」
無意識に拳銃を拾い上げて顔を上げれば、靴の主は見覚えのある女性軍人だった。
彼女はシャーリーなど目に入っていないらしく、コックピットから誰かを引き摺り出す。
「…!!」
それは頭から血を流し、気を失っている少年だった。
『ゼロ』の衣装と転がり落ちた『ゼロ』の仮面が、何よりの物証。
ヴィレッタは堪え切れずに笑い声を上げる。
「クッ、アッハハハハ!まさか本当に子供だったとはな!」
驚愕に言葉を失った少女へ、ヴィレッタは笑う。
「よくやったじゃないか。これでお前も、一般人から貴族になれるぞ?」
彼女は騎士団の人間に見つかるまいと、『ゼロ』を肩に担ぎ来た道を引き返す。
しかし後ろで、カチリと聞き慣れた音が聞こえた。
「…何の真似だ?」
自分でも、何をやっているのか分からなかった。
それでもシャーリーは、女性へ向けた拳銃を下ろすことが出来ない。
もちろん引き金に掛けた指も、外せない。
「だめ、るる、ルルーシュは、ゼロ、でも、ルル…は、」
未だ続く戦闘に掻き消され、銃声など誰も聞こえない。
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大アルカナ・塔
2007.10.28