20、THE FOOL(逆位置:自分勝手、無責任、無自覚)
本音と建前。
金糸雀の言葉で金縛りが解けたは良いが、意味が分からない。
「…知ってますけど」
けれど、それが何だというのだろう?
困惑するカレンに、金糸雀は尋ねた。
「カレン様。貴女はルルーシュ様と、どのような話をされたのですか?」
「…それは、」
言い淀んだところへ、追い討ちを掛ける。
「私の推測に過ぎませんが…エリア11となったこの国と、ブリタニアについて。
かなり深い部分の話をなされたのでは?」
彼女の言う"深さ"がどの程度か分からないが、普通の学生がしないような会話だった。
カレンは思い返し、頷く。
すると、金糸雀がどこか呆れたように笑った。
「…貴女は正直過ぎますね。真っ直ぐなことは良いことですけれど」
本当に、意味が分からない。
彼女の笑みに、カレンは気分を害した。
「意味が分からないわ。それに、笑いごとなんかじゃない」
母が麻薬常用で逮捕されたことも、自分がこうして令嬢であることも。
騎士団に参加していることも、今日この場所に来たことも。
どれもこれも、『カレン』という人間が必死に生きている証でもあるのだ。
猫被りなど破り捨てて、金糸雀を睨み据える。
だが反して返ったのは、子供を諌める柔和な笑みだった。
「カレン様。帝国の属国であるこの地で、租界で、ブリタニアへの憎しみを口に出せるとお思いですか?」
白いチェスピースがコーネリアの立つ側に。
黒いチェスピースは、反対側に居るカナードの前に。
「まあ、こんなものか」
白は既存の数すべてを。
対する黒は、その半分程度の数に。
カナードは余った黒のポーンを手でくるりと回して、コーネリアを見た。
「これが、エリア11駐留軍と騎士団の大まかな戦力図」
誰が見ても、とても分かり易い。
コーネリアの筆頭騎士であるギルフォードが問うた。
「カナード殿下。貴方はナリタ連山でも、騎士団の布陣はこうであったと?」
それに頷いて、黒のキングを掴む。
「『ゼロ』はキング、紅いKMFはナイト。ルークもビショップもなく、他はポーンだけだ。
…いや、後から現れた奴はルークか」
表示されている地図を、ナリタ連山のものに切り替える。
カナードは左手に持っていた黒のポーンを、手前側の…しかし地図の隅に置いた。
「コーネリア。今までの敗因の2つ目が、これだ。主義者の存在を甘く見た」
黒の布陣から遠く離れた、だが白ではない駒。
ブリタニアという国と国是に反感を持つ、ブリタニア人。
治安の安定しないエリア11だからこそ、その数は他のエリアに比べて格段に多い。
そこで話を戻すように、カナードは右手に持つ黒のキングを布陣の最前線に置いた。
「『黒の騎士団』は『ゼロ』に始まり、『ゼロ』に終わる。
奴の頭脳が最大の武器であり、急所でもある。奴は自ら最前線に赴くからな。
おかしいとは思わないか?『ゼロ』は、自分の存在を誇示するKMFに乗っている。
己の存在が最大の弱点であると熟知しているのに」
討たれてしまえばそこで終わり。
最初から最後まで、背水の陣どころか断崖絶壁だ。
「…少ない兵士を鼓舞するためか」
コーネリアがようやく口を開いた。
「指揮官が自ら出て行けば、その下の者も出なければならない。
なるほどな。奴は確かに…指導者だ」
小さくため息をついたカナードは、彼女の意識を並ぶチェスピースへ戻させた。
「そこで納得すんじゃねーよ。よく見ろ。お前のところに無い駒が、騎士団にある」
コーネリアは改めて、自軍と騎士団を模したチェスピースを見比べる。
自軍を現す白に存在しない駒は。
「クイーンが、ない?」
「そう。キングを守る最強の駒だ」
「どういうことだ?私には…」
「第3皇女とでも言うつもりか?論外だな。ポーンにも劣る」
「っ、貴様!!」
コーネリアは威圧を持ってカナードを睨み据えるが、相手は皮肉な笑みを消そうともしない。
その左手には、いつの間にか白のクイーンがあった。
「まあ、敢えて言うなら特派のランスロットがクイーンだな。
データ収集のためだけに居るから、切り札とするには不安定だ。こいつの問題は、」
白のクイーンを相手の最前線に据え、黒のナイトをその目前に進めた。
「向こうのナイトが、お前のクイーンと互角であること」
黒の最後列にあるクイーンを取り、カナードは結論を告げる。
「キングを守るクイーンの有無。それがお前とゼロの差だ。
そして誰もが認めている通り、キングの頭脳差も」
クイーンに種類があることまで、教えてやる義理は無い。
(騎士団は発展途上だ。すでに出来上がっているブリタニア軍と違って)
これから先、ルークやビショップの空白を埋める者が現れる。
キョウトからの支援も充足するだろうし、盤外で活動出来る者たちも増えるだろう。
(さて、どこまで飛べるか)
『ゼロ』の"黒翼"として動くのも、悪くない。
未だ若鳥でしかないルルーシュがどこまでやり通せるのか、間近で眺めることが出来る。
もちろんその後ろを護る者として、張れる網は張っている。
今、この瞬間にも。
カレンばかりでなく、ミレイも驚いた。
金糸雀はなおもカレンへ尋ねる。
「どうでした?貴女はどこで、ルルーシュ様と話されました?」
「…学園から歩ける距離の、街中」
まさか。
まさかという単語だけが、渦巻いている。
「わざと皮肉ってたと言うんですか…?ブリタニアを、エリア11を」
クスリと笑い、ミレイを示した。
「ミレイ様。貴女の知るルルーシュ様は、どのような方ですか?」
問われたミレイは逡巡し、カレンを正面から見つめて答えた。
「ブリタニアという国を、皇族という存在を、心から憎んでいる。
ルルーシュのお母様はブリタニアという国に殺され、ナナリーは光と足を奪われた」
それは、賭けでもあった。
話題に上る当人を介さない中で、勝手に事実を話してしまうことは。
カレンは今度こそ言葉を失う。
『敵はブリタニア人ではない。ブリタニアだ!』
ゼロに初めて出会って言われた、その言葉を思い出して。
一度は完全に否定された疑惑が再び、カレンの内に浮かび上がる。
(声の記憶なんて当てにならない。でも、似ていたのは事実)
金糸雀を見遣ると、彼女は軽く肩を竦め苦笑した。
「ミレイ様もカレン様も、互いに話し合われては如何ですか?この隣の部屋をお貸ししましょう。
私という第3者など通さずとも、得られる答えがお有りのはず。…ただし、」
今この場で交わした言葉を、ルルーシュ様へお伝えすることを忘れずに。
金糸雀は黙り込んだ2人を隣の部屋へ案内して、退室のために軽く頭を下げた。
「盗聴の心配もご無用ですので、ごゆっくり」
願わくば、我が主の思惑通りにならんことを。
パタン、と扉が閉じる。
「…あの主にしてこの騎士あり、か。性質が悪過ぎる」
地下へ繋がる階段から、C.C.が顔を出した。
ちょうど受付に隠れる位置にある階段は、咄嗟に身を隠すには都合が良い。
C.C.の姿ににこりと笑みを返し、彼女は浮かべた笑みをC.C.の思う"食えない笑み"に変えた。
「ではC.C.様。ミレイ様とカレン様については、お任せ致します」
舌打ちが出てしまったのは、不可抗力だ。
(気配は消していたが…それはさすがと言うべきか)
C.C.が劇団のアジトにやって来ていたのは、偶然。
後から先の2人が現れた。
面と向かって会ったばかりのカレンが居たので、話の内容が気になったのだ。
聞き耳を立てていたことに気付かれていたとは、迂闊だった。
もっとも、金糸雀がやろうと企てている事柄に反対する理由はない。
「…お前の主も、本当に食えない奴だ。礼は言わないぞ」
そう。
指示を出したのは、彼女の主である"黒翼"に決まっている。
ここには居ないルルーシュの異母兄に向かって、C.C.は堂々と悪態を突いた。
金糸雀が去った後、カレンはどうすれば良いのかと困惑した。
(…気まずい)
初めに通された応接室と同じく、背の低いテーブルを挟んで向かい合うソファ。
向こう側に座るミレイをおそるおそる窺えば、彼女は静かに言葉を落とした。
「ねえカレン。貴女には、何を犠牲にしても護りたい人って…居る?」
「え…?」
「今のこの、それなりに平穏な学園生活とか。アッシュフォードという名前とか。
家族も友達も全部捨てても、後悔しないくらいに大事な人」
「……」
カレンは答えなかったが、答えを必要とする問いではないらしい。
(それなりに平穏な、学園生活。シュタットフェルトという名前。
入院して、次には服役が控えてるお母さん。それを、すべて捨てても…?)
思案したカレンの耳に、クスリという笑みが聞こえた。
「ここは女同士、意地をぶつけましょうか?
私が聞きたいことも知りたいことも、貴女が持っているような気がするの」
互いの逃げ場を失わせようというのか。
「…会長。本気ですか?」
なんということだろう。
"ルルーシュ"という人間の名前1つで、とんでもない方向に話が進もうとしている。
ミレイは生徒会で浮かべる悪戯な笑みを携え、答えた。
「私はいつだって本気。貴女が何者なのか、私が何者なのか、腹を割って話しましょ?
学園でまでギクシャクするのは嫌だしね」
それは同感だ。
生徒会の雰囲気は、病弱装いに疲れてきたカレンにも優しい。
「…そうですね。私も、生徒会は嫌いじゃないんです」
「ふふ、それなら勧誘した甲斐があったわ。あのルルちゃんが気を利かせたのも珍しいし」
(そう、あのとき。アイツは何を話そうとしたんだろう?)
話があると言ったのは、カレンも同様だった。
あの日に問おうと、返答次第ではタダでは済まなかったことを思い出す。
ゆっくりと思い出して、溢れ出す疑問を噛み締めた。
「会長」
「ん?」
「この場で出す話のすべては、他言無用でお願いします。
もし貴女と私の、疑問と回答が互いに望むものではなかったら、聞かなかったことにして」
ミレイは頷く。
「もちろんよ。胸の奥底に仕舞って鍵を掛けて、忘却という海に沈めるわ。
あ、何の話をするのか当ててみせましょうか?」
楽しそうに笑った彼女に釣られて、カレンも笑う。
「…じゃあ、せーので一緒に言ってみます?」
「あら、名案じゃない。一言で?」
「いえ、私はたぶん二言です」
「うーん?まあ、やってみましょうか。行くわよ?せーの!」
幾つもの重機が、辺りを行ったり来たりしている。
…瓦礫を取り除かれほぼ砂地になった、ナリタ連山の麓。
山の向こうをぼんやりと見つめるシャーリーは、背後から声を掛けられビクリと肩を竦めた。
「ルルーシュ・ランペルージ!アイツを知ってる人間、見ーつけた〜♪」
振り返れば、そこにはひょろりと背の高い男が立っていた。
年齢は自分と同じくらいかもしれない。
「何か、私に用ですか…?」
"ルルーシュ"という名前に、過剰に反応してしまう。
自己嫌悪に陥りそうになりながらも、シャーリーはその男へ気丈を装い問いかける。
男は手を自分の顔の横まで上げて、リズムを取るように拍手した。
「やった!ようやくアタリが来たよ!街中歩いても、ルルーシュ知ってるヤツほとんど居なくてさあ。
そっかぁ、ルルって呼んでるんだね〜ルルーシュのこと」
「!」
なに、この男は。
「妹が居て、生徒会の副会長で、チェスが得意?へぇ、良いこと知った。
ああもう、煩いよ!こんなとこでルルに助け求めたって、君、ルルに何て言う気?
他にもルルーシュを好きな子が居るのに、泥棒猫みたいにルルにキスして縋っちゃったんでしょ?
ひっどい女だね〜お前。ルルが欲しくて仕方がないんだ」
何が、言いたいの。
「ねえ、その拳銃さぁ…ルルのでしょ?…ん?騎士団とブリタニア軍の戦闘…?
ああ、そっか。ルルーシュが『ゼ」
「止めてっ!!」
血の気が引いて、青ざめる。
唇が戦慄いて、声が震える。
男は笑いながらシャーリーを覗き込み、訊いた。
「ねえ、誰を殺したの?」
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大アルカナ・愚者
2007.12.2