21、Relation(=原因と結果)
ナリタ連山の麓、土砂に埋まった街の上。
「ケータイには反応無しか?」
「ああ。繋がりはするが、すぐに切られる」
ルルーシュとC.C.は、ここ数日姿を見ないシャーリーを捜しにやって来ていた。
彼女は寮生なので、ルルーシュが姿を見ないだけならまだ分かる。
だが同室の女子生徒も姿を見ておらず、水泳部の人間も最近会っていないと首を振る。
もちろん生徒会にも、彼女は顔を出していない。
不審に思って調べてみれば、シャーリーは4日程前に外出届を出してから学園に戻って来ていない。
(結局、あの日に無くなった拳銃も見つかっていない。まさかとは思うが…)
シンジュク湾岸の作戦で、KMF越しに見た姿が本当にシャーリーなら。
C.C.と二手に分かれ、ルルーシュはロープウェイの発着場へ向かう。
(あの日、白兜にKMFを破壊されてからの記憶が一部抜けている。もしもあの間に、)
見つけたシャーリーの姿が本物だったのなら。
自分の抜けている記憶の中で、彼女が『ゼロ』を見ていたのなら。
(…綺麗事など言ってられない。覚悟はしてきたはずだ)
数え切れないだけの人間を殺してきて、知り合いを殺せないという言い訳など存在し得ない。
繋がらないことを承知で、もう一度シャーリーの携帯電話へ掛けてみる。
するとワンコールで通話が繋がった。
「っ、シャーリー?!シャーリー、どこに居るんだ?!」
帰って来たのは、誰とも知れぬ男の声。
『さあ?どこに居るんだろうね〜?』
途端に感じた違和感。
顔を上げれば、数m先にひょろりと背の高い男が立っていた。
肌の色と服装から見て、中華連邦の人間だろうか。
ルルーシュは通話を切り、男を睨む。
「貴様は誰だ。シャーリーはどこに居る?」
何が可笑しいのか、目を隠すグラスとヘッドホンを掛けた男は、顔の横で大袈裟に手を叩いた。
「ねえルル、ルルーシュ。ボク、チェスセット持ってるんだ。ルル、強いんでしょ?
ボクに勝てたら、シャーリーの居場所を教えてあげるよ」
適当にシャーリーという少女を捜し歩きながら、C.C.は考える。
(ルルーシュは、危うい。元から持っている性根が優し過ぎて、張り詰めた糸のようだ)
本当なら、クラスメイトの少女のことになど構っている暇はないのだ。
日本解放戦線が壊滅した今、『黒の騎士団』はエリア11最大の反攻勢力となった。
二乗で増えてゆく団員や、協力を申し出てくる主義者。
『ゼロ』という存在で上手く成り立っている騎士団は、つまり『ゼロ』が居なければ成り立たない。
(カレンや扇といった幹部連中は、まだ気付いていないようだが)
自分はブリタニア人だと『ゼロ』が騎士団で公言したから、主義者たちが集まる。
『ゼロ』がブリタニア人だからこそ、日本人とブリタニア人はいがみ合わない。
…いがみ合ってしまえばそこで終わりだと、彼らは無意識に悟っている。
重い音が聞こえて、その方向を見上げた。
ゆっくりとなだらかな山を登る、ロープウェイのリフト。
(ルルーシュ…?)
リフトの中に共犯者の姿を見つけ、何をやっているんだと眉を寄せる。
しかし同乗者を発見した途端、C.C.は目を見開いた。
(アイツは…っ!)
チェスは得意だ。
運動が得意の部類に入らないこともある。
基本的にルルーシュは、物事を順序立てて整理し、先を予測することの方が得意だった。
(それなのに、何だこれは。俺が負けてる…?)
マオと名乗った男と、リフトの中でチェス盤を挟み向かい合う。
着々と頂上へ登るリフトに合わせるように、マオの動かす白い駒が黒のキングを追い詰める。
負けない自信はあったが、状況は芳しくない。
マオは楽しそうに笑った。
「無理無理!ルルがボクに勝つのは不可能だよ!だって…」
また1つ、黒のキングの退路が断たれた。
耳に障る笑い声に、知らずルルーシュの視線が尖る。
それさえも面白がるように、マオは得意げに種明かしをした。
「だってボクが指してるのは、ルルの考えている手だもの!」
瞬間、ルルーシュの思考がチェスから離れた。
マオは驚きの声を上げる。
「すっごいね!今の一瞬で7つも仮定を上げるなんて」
「なに…?」
「すごいすごい!今度は11個!でも残念〜どれもハズレ!」
ガクン、という衝撃を供に、リフトが頂上で止まる。
積まれたチェスは生じた揺れで、盤と一緒に転がり落ちた。
「ねえ、ルル。ルルは"コレ"を知っているでしょう?」
外されたサングラスの奥。
こちらを見据える男の眼は不可思議な紅に染まり、見覚えのある紋様が浮かんでいた。
「…!」
呼応するように、ルルーシュの左眼で紅い鳥が羽ばたく。
2羽の紅い鳥はこちらを見据えた。
「ねえ、ルル。あの"泥棒猫"を返してあげるからさ、C.C.をボクに返してよ」
とっても良い条件でしょう?
にぃと吊り上げられた口も相俟って、童話に出てくる『猫』のようだ。
(泥棒猫…?)
妙な単語に眉を顰めるが、ルルーシュはふらりと現れた人影に意識を奪われる。
「シャーリー!」
マオのことはとりあえず放って、慌てて外へ出た。
シャーリーは学園の制服姿のままで、リフトの降り口から数段下りた階段に佇んでいる。
「どうして君が無断外泊なんか…。会長たちもかなり心配して、」
「ルル」
突然に発せられた声は、ルルーシュの言葉を遮った。
「本当に、ここに来ちゃった。ねえルル、どうして?どうしてなの?」
彼女は俯けた顔を上げないまま、何かを恐れるように言葉を吐き出す。
「どうしてここに来たの?どうしてここだと思ったの?どうして私を捜しに来たの?
どうしてルルは、ここが分かったの?!ここに来たことがあるのは私だけなのに、どうしてっ!!」
迂闊だった。
ルルーシュが咄嗟に思ったのは、それだ。
クラブハウスに住んでいるだけで、ルルーシュも基本的には寮生と同じ扱いを受けている。
だから外泊許可もなくシンジュクの外へ出るという行為は、あり得ない。
…あり得ないはずなのだ。
(やはり、シャーリーは)
結果として行き着く仮定を褒めるように、浮ついたマオの声が響いた。
「そうだよ、ルル。そのシャーリーって女はね、ルルが『ゼロ』だって知ってるんだ」
ビクリとシャーリーの肩が震えた。
それを面白がってか、マオはさらに続ける。
「なんでそう思ったかっていうのは、軍人の女がそう疑って聞いて来たからだよ。
でもだからってね〜、その軍人を撃ち殺しちゃうなんてびっくりだよね!」
「なんだと…?」
マオは麓で会ったときのように、顔の横で手を叩いた。
「泥棒猫も、そこまで行くと立派だと思わない?だからボク、言ってあげたんだ」
何を、とルルーシュがマオに気を取られた刹那、カチリという嫌な音が耳に届いた。
「"父親を殺したルルを殺して、自分も死ぬしかないね"って」
信じられないという面持ちを隠さず、ルルーシュはそちらを振り向く。
…こちらへひたりと据えられた、銃口。
その銃に見覚えがあるのは、シンジュク湾岸の作戦で失せた自身の持ち物であるからだ。
もっとも的中して欲しくなかった予測が、目の前に展開されている。
ルルーシュが取るべき道は、1つしかなかった。
ちょうどその場に居たのは、扇とカレンを筆頭とした幹部たち。
誰もが例外無く、突然の来訪者に唖然とした表情を隠せない。
「なかなか素敵な本部をお持ちですね」
長い黒髪と交わらない、異なる黒を着こなす女性が前触れもなく現れた。
…確か名は、『黒翼』と言ったか。
彼女の後ろには、対照的な銀髪を持つ青年が居る。
「なっ、てめぇ!どうやって入って来た?!」
「もちろん、入り口から」
「ちげぇよ!かなり厳重なロックがあったろーが?!」
がなる玉城を、カレンが手で制した。
「ちょっと黙って」
「カレン?!」
彼女はまっすぐに女性を見つめ、息を吐く。
「『ゼロの後ろを護る盤外のクィーン』。…私はそれを信用してる。
黒翼の方、まずはご用件を」
黒いヴェールの奥で、笑う気配がした。
「『ゼロ』が創り上げた騎士団を観に来ました。『ゼロ』が居なければ、動きませんから」
「なんだと?!」
今度は扇が玉城を止めた。
「よせ、玉城。…黒翼の。貴方が何者なのか、我々も知りたいのですが」
気配ではなく、笑い声が漏れる。
「当たり障りのないもので良ければ、お答えしましょう。チェスセットはお有りですか?」
「は?ああ、確か『ゼロ』が使ってたのが…」
扇の言葉を受けて、南がソファの隅に転がっていたチェスセットを見つけた。
それを受け取った"黒翼"は、ソファの適当な位置に腰掛けると駒を並べ始める。
カレンと扇がテーブルを挟んだ彼女の向かいに腰を下ろしたので、他の幹部たちも渋々と腰を落ち着けた。
…並んだチェスピースは、"黒翼"の側が白、カレンたちの側が黒。
「これが何を意味するか、分かりますか?」
"黒翼"の問いに誰もが考え込み、ややあって井上が答えた。
「もしかして、騎士団とブリタニア軍?」
ああ、と納得する。
同じく頷いた"黒翼"が、ピースの配置を迷いのない動作で動かした。
「その通り。黒があなた方、そして白がコーネリア軍」
規定の数そのままの白、対して半分にも満たない黒。
黒の先陣に置かれたのはキングとナイト、対して白はクィーンが先陣に置かれた。
「それぞれが何を意味するのか、分かりますか?」
「…黒のキングは『ゼロ』、ナイトは私の紅蓮弐式。白は…コーネリアはキングですよね?」
「ええ」
「じゃあこれは…まさか、白兜?」
顔を上げたカレンは、"黒翼"が再び頷くのを確認する。
なぜ白兜がクィーンなのかと問おうとして、扇の言葉に遮られた。
「黒翼の、貴女は我々を観に来たと言った。観て、どう思いましたか?」
そうだった。
そもそも、彼女がここを訪れた理由はそれなのだ。
"黒翼"は軽く肩を竦め、チェスピースをまた1つ動かした。
「はっきりと申し上げて、よろしいのですか?」
前置きをしてから、彼女はふっと目元を緩めて呆れたように微笑んだ。
「『ゼロ』が居なければ、三流のテロリストですね」
あまりの言葉に、カレンと扇までもが険しくなる表情を隠せない。
しかし"黒翼"は怯む様子もなく、逆に『ゼロ』と相対しているかのような威圧でもって続けた。
「だってそうでしょう?『ゼロ』が居なければどうする気ですか?『ゼロ』が殺されたらどうなさいます?
あまりにも幼稚だ、幹部ともあろう者が。『ゼロ』が已むなく姿を消したら、裏切ったなどと言い出すに決まってる」
言葉に応じて低くなった声音は、彼女の胸の内を写すかのようだ。
「なにを…」
反論さえも"黒翼"の言葉に呑み込まれ、誰かが辛うじてそう問い返すのみ。
だが彼女が再び口を開く前に、無線機が鳴った。
弾かれたように扇が無線機を取る。
「はい、騎士団本部。…え、『ゼロ』?!」
ぎょっと腰が浮いた。
思わず"黒翼"を見遣るが、彼女は軽く首を横に振っただけだ。
扇は気を取り直し、無線機の向こうに居る司令の声に集中し直す。
「ああ、済まない。こちらの話だ。それで…?中華連邦の男?名前は…マオ?
背が高くてサングラスにヘッドホン…ああ、分かった。すぐに始める」
「扇さん、『ゼロ』は何を?」
「ああ、要注意人物を捜して欲しいと。騎士団の情報を漏らされるかもしれない」
「え?!」
情報担当の井上が、真っ先に立ち上がった。
合わせるように"黒翼"も立ち上がる。
「お邪魔なようですので、本日はお暇させていただきましょう。何かございましたら、こちらへ連絡を」
名刺サイズの真っ白なカード、そこにたった1行書かれたアドレス。
それを見たカレンは、"黒翼"の騎士団に対する感情そのままのようだと思った。
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原因と結果、それは世界の理。
2008.2.9