2.




特派にニーナ・アインシュタインを迎えてから、半年。
新たにもう1人、人材が入って来た。

「マリー・アスプルンドです。よろしくお願いします」

ニーナはその女性を見た瞬間に、ドキリとした。
…なぜかは分からない。
ただ、彼女を直視出来ないくらいに胸が高鳴ったことを覚えている。
横でセシルが、『マリー』という少女に話し掛けた。
「アスプルンド…? ロイドさん、彼女は?」
ニーナの上司でもある主任のロイド・アスプルンドは、いつものようににへらと笑って答える。
「あ〜、遠縁の子だよ。身寄りがなくなっちゃって、じゃあ養子来る? って感じで」
ねえ? とロイドは『マリー』へ話を振る。
『マリー』は困ったように微笑んだ。
「転がり込んでしまって…。本当に、伯爵には感謝しておりますわ」
「相変わらず、他人行儀だねえ?」
「わたくしが貴族を名乗れるのは、伯爵のおかげですもの」
にこりと笑む目の奥の冷ややかな光に、ロイドはとうに気付いていた。
(朝からずぅーっとこの調子。よっぽど気に入らないのかなぁ?)
肩より少し長い程度にまで、短くなった髪。
緩やかなウェーブと2つの団子は同じだけれど、違うのは『色』だった。
"彼女"が機嫌を損ねている理由は、ロイドも分かるような気がする事柄だ。
セシルが不思議そうに首を傾げた。

「ああ、やっぱり。マリーさんって、ユーフェミア様によく似てるのね」

ニーナはハッとした。
『マリー』は、容姿は違えど敬愛しているブリタニア帝国第3皇女によく似ているのだ。
(ゆーふぇみあ、様)
第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアは、半年前に死んだ。
『黒の騎士団』首領である、『ゼロ』の手に掛かって。
(『ゼロ』)
許すものか。
処刑されたことは分かっていても、『ゼロ』に対する憎しみは燃えるばかり。
ニーナのユーフェミアに対する思いは最早"敬愛"ではなく、狂わんばかりの"崇拝"だった。



数日経ったあるとき、ニーナは『マリー』と2人きりで作業をすることになった。
「あの、ニーナさん?」
「は、はい!!」
「そんなに構えないでくださいな。ひょっとして、わたくしが怖いのですか?」
「なっ、そんなこと!」
「…だって、いつもすぐに目を逸らしてしまうでしょう?」
「それは…」
ユーフェミアに良く似た『マリー』は、とても哀しそうに笑った。
なぜ? と問われて、ニーナは小さな声で答える。

「…ユーフェミア様…に、よく、似ているから。違うって分かってても、でも、」

『マリー』はことりと首を傾げた。
「そういえば、セシルさんも仰ってましたわね。でもユーフェミア様って、こんな髪色だったかしら?」
決定的な違いと言えば、確かに"それ"だった。
ニーナはまた、ぽつりと答える。
「綺麗な、桃色でした」
「でしょう? わたくしの髪色、とてもじゃないけど綺麗じゃないもの」
「そんなこと…っ」
「嘘は駄目ですわ。あまりに気に入らないから、また染め直そうと思っていますし」
「…そんなに、嫌いなの?」
「ええ、大っ嫌い。"あの方"のような、艶やかな黒が良いの」
『マリー』の髪は、鈍い光沢を放つブラックブラウンだ。
彼女は"あの方"を思い出しているのか、目を輝かせて語る。
「黒が無理なら、インディゴブルーでも良いわ。そうね、そうしましょう!
確か、『ゼロ』の衣装もそんな色でしたもの」
瞬間的に、ニーナは頭に血が上ったのが分かった。

「駄目っ! そんなの、『ゼロ』なんか、ユーフェミア様を殺した『ゼロ』の色なんて絶対に…っ!!
許さない! たとえこの手で殺せても、私は『ゼロ』を絶対に許さない!!」

無関係なことまで叫んでしまってから、ニーナは我に返り青くなる。
「…あ、」
いや、我に返った理由は、そんなことではない。
とても冷たい、相手を蔑み憐れむような視線に、射抜かれたのだ。

「ねえ、ニーナ。貴女は『ユーフェミア』が大好きなのでしょう?
それなのに、どうして『ゼロ』が嫌いなの?」

意味が分からなかった。
『マリー』は作業の手を止めて、まっすぐにニーナを見つめる。
浮かべられた笑顔が、とても恐ろしいものに見えた。
「『ユーフェミア』はね、自分で飛び降りたのよ。
己を囲むすべてから抜け出すために、アヴァロンから身を投げた」
「…え?」
「『わたくし』が死ななくては、余計に"あの方"の手を煩わせた。
"あの方"に仕える"魔女"を納得させるには、それでも足りなかったくらいだもの。
でも、魔女には負けますけれど、わたくしだってずっと"あの方"をお慕いしていたのよ」
ねえ、分かるかしら?
死んでしまったと聞いたときには、死にたいくらいに悲しくて。
でも、死ぬことなど許されるわけもなく。

ずっとずっと、あの日に『ゼロ』と出会うまで、ずぅっと焦がれて来た。
…たとえそれが、死者であり過去であっても。
念願叶って傍に在ることが出来て、どんなに幸せだろう。
『魔女』と『錬金術師』に負けないくらい、『ブラッディ・マリー』は"彼"に傾倒している。

敬愛? 恋愛? いいえ、これは狂信。

「わたくしを縛り続けた『ユーフェミア・リ・ブリタニア』は死にました。
だから、ねえ、ニーナ。貴女はわたくしのことを愛してくれているのでしょう?」
わたくしのすべては、"あの方"の傍に。
わたくしの持つすべては、"あの方"の為に。
「わたくしのことを愛するニーナが、大好きよ。だから、」
ねえ、幸せでしょう?
大好きな人の傍に居ることって、至福でしょう?
わたくしが"あの方"の傍に在れて、この世の何よりも幸福だと胸を張れるように。

「ゆーふぇみあ、さま?」

突然のことに、それでもニーナは正気を保っていた。
…『マリー』は、『ユーフェミア』なのだ。
違うのは、髪色と髪の長さだけなのだ。
かつてニーナが『ユーフェミア』と敬愛した女性は、大輪の薔薇の如く微笑んだ。

「違いますわ。わたくしは『マリー』、『ブラッディ・マリー』よ」

なんて美しい称号!
ブラッディ・マリーの甘い

掛かった獲物は、可哀想なくらいに盲目な科学者。

前の話へ戻る閉じる
08.4.27/改訂11.7.22