3.




「伯爵!」
「あーはいはい、そんなに急かさない」

今は『マリー』と名乗る、ユーフェミアの伸ばした手。
それに逆らわず、ロイドは持っていた封筒を素直に渡した。
キラキラと星が散るかと思うほどに目を輝かせる彼女は、それでも育ちの良さを窺わせる仕草で中身を取り出した。
…上質な白い封筒の中身は、白い便箋が3枚。
それはユーフェミアとロイドが至上と仰ぐ主が、己の近況を記した手紙だった。

1枚目には、彼の居場所と近況が。

「まあ! ルルーシュは中華連邦に?」
「あれ、そうなの? どこに行かれたのかと思ったら」
「…さすがですわ。あちらの幼帝を育てている最中ですって」
「幼帝…? ああ、15歳いってるかどうかの女の子だったっけ?」

エリア11より離れた彼とその魔女が、どこへ行ったのか。
半年前に忽然と姿を消してしまったルルーシュに、2人はどれだけ気を揉んだだろう。
無事であるということは、たった1度だけ繋がった電話で知った。
…あのとき以降、彼の携帯電話は不通のままだ。
あれは確か、『黒の騎士団』がエリア11ブリタニア軍本拠へ戦いを挑んだ…7日後。

2枚目は、意外なことにC.C.の書いたものだった。

「えっ? わたくしたちの知らぬ間に、あの方の騎士となった者が…?」
「えぇっ?! ちょっとぉ、それでラクシャータとか言われたら最悪なんだけど」
「いいえ、その点は心配ご無用のようですよ?」

C.C.は、口は悪いが人を見る目に長けている。
文字になっても変わらぬ毒舌ぶりだが、その"新たな騎士"に対する悪い感情は見えなかった。
「…あの魔女が認めたのか。会うのが楽しみだよ」
どこか嬉しそうに、ロイドは2枚目の便箋を読み返す。
ルルーシュを確実に護れる人間が乏しいことに、危惧を覚えていたのかもしれない。
ユーフェミアはそんなことを思った。

「あら、3枚目は追伸ですわ」

首を傾げて視線を落とした、3枚目の便箋。
彼女から先に渡された手紙を読み上げたロイドは、笑みの種類を変える。

「へ〜え、貴族もなかなか、捨てたもんじゃないねえ?」

それは、『錬金術師』の笑みだ。
いったい何が、と追伸に目を通したユーフェミアは、ああ、と即座に納得した。
(だって、まさか)
このようなこと、誰が予想するというのか!
「わたくしの言えた口ではありませんけど、伯爵の言う通りですわね…」
いや、貴族でなければ、"8年前"という数字は出て来まい。
読み切った手紙をもとの通り封筒へ仕舞い、ユーフェミアは壁に掛かる時計を見上げた。

「では、すぐにでも手配致しましょう。魔女さんがこちらへ来られる前に」





円卓の、6の席を預かるアーニャ・アールストレイムは、本宮の一角で立ち止まった。
「…ジノ?」
視線の先に居るのは、同じラウンズとして名を連ねる同僚だ。

勅令となる任務が発生しない限り、ラウンズは皇宮の本宮での待機が基本。
その間の時間の使い方は、各々の裁量に任されている。
アーニャが今見つめている先の男はいつも、天気が良ければ日向ぼっこをしていた。
そうでなければ他のラウンズと剣を交わしたり、新たな7のラウンズを構ってみたり。
けれど、今日は何かが違うように思えた。
彼はいつものように、日向ぼっこをしているように見えるのに。
(…何か、違う)
携帯電話でブログを弄る手を止めて、アーニャは彼に近づいた。

「ジノ」

ジノ・ヴァインベルグは、行動を共にすることの多い少女の呼び掛けに顔を上げた。
なぜ多いのかというと、2人が専用機としているKMFの特性が大きな理由だろう。
「おう、アーニャも昼寝するか?」
太陽のよく似合う男だと、そう評されることの多い人間だ。
金髪碧眼という容姿も伴って、この男は貴族の令嬢たちから相当に熱い視線を受けている。
『ヴァインベルグ』という、名門中の名門と言える貴族の出であることも、魅力的な餌なのかもしれない。
まあ、それはさておき。
彼の傍まで近づいたアーニャは、その手に変わったものを発見した。

「…ラブレター?」

皇宮という場所に不釣り合いな言葉だが、他に何と言えば良いのか。
アーニャの視線に捉えられているのは、白に上品な金縁が飾られた、上等な封筒。
(本当に、珍しい)
書類としての仕様でないなら、私的な手紙としか言い様がない。
今時、ローカルな手紙などそうそうお目に掛かれないだろう。
加えてジノの、その封筒を扱う仕草の丁寧なことときたら。
適当に遊んだりはしているらしいが、色恋沙汰に本気では手を出していないと思っていたのに。
(ああ、気になる。枢木よりも、楽しい話をしてくれそう)
新たな7のラウンズを、アーニャは嫌いではなかったが好きでもなかった。
好奇心に勝つことをあっさり止めて、尋ねてみる。

「ラブレター…、誰から?」

次の瞬間、ケータイのカメラを向けなかったことを、アーニャは本当に後悔した。
(わたしの、ばか)
本当に撮りたい瞬間というものは、不意打ちでやって来る。

まさか、あんなにも優しく、真剣な顔の出来る男だったとは!

常に乏しいアーニャの表情から、彼女が少なからず動揺していると悟ることは可能だろうか。
どちらにしろ、行動に違いはなかっただろう。
尋ねたアーニャに、封筒の淵をそっと撫でたジノはふわりと笑んだ。
それはもう、しあわせだと言わんばかりに。

「8年越しの、ラブレターさ」
待ち続けたンドブルム

リンドブルム:飛竜(ドイツ語)

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08.5.8/改訂11.10.9