5.




その日が『特別』な日だと、ヴィレッタ・ヌウは知らなかった。
『特別』と言ったって、誰かの誕生日だとか学園の行事だとか政治に大きな動きがあるだとか、さっぱり関係ない。
ただ、ヴィレッタの周辺…それもほんの一部に限り、『特別』な日だったのだ。



「…私は、これからどうすれば良いんだ」
ランペルージという名の兄弟が住むクラブハウス近くの木陰で、ヴィレッタは広がる青空を意味も無く睨み上げた。

C.C.という名の魔女を釣る餌であるはずだった、ルルーシュ・ランペルージ。
そのルルーシュを自分と同じく監視する人間であったはずの、ロロ・ランペルージ。
視線を少し動かせば、元凶である彼らの住む部屋の窓が視界に映る。
…裏切りなど、珍しい話ではない。
けれどそれが我が身に降り掛かり、しかも爵位を主としたブリタニアの国是にまったくの無関係であれば、話は別だ。

(最初から仕組まれていただと? いったい、どこから。
皇帝陛下の勅命だというのに!)

ヴィレッタは、稀代のテロリスト『ゼロ』が、ルルーシュだと知っている。
そして騎士団の内部情報をリークし、念願であった爵位を手に入れた。
(それが、どうして!)
なぜ、このようなことになっているのか。
ルルーシュの監視員は自分の他に、ロロしか生きている者は居ない。
その上、ロロは表裏なしにルルーシュの側に立つ人間であるという。
自分はというと、記憶を失っていた間の出来事を肴に、易々と鎖に繋がれてしまった。

『ゼロ』を、甘く見過ぎた。

青空が恨めしくなり、ヴィレッタは学園の地下にある監視員の拠点へ向かう。
もっとも、すでに本来の用途には使われていない。
重たい扉を開けると、常々ここには似合わないと思っていた子供が居た。

「あ、ヴィレッタ先生。ここで会うのは久しぶりですね」

にこりと笑ったロロは、手にしたノートとプリントの束を纏めたところだった。
「…なにを」
本人以上にこの場所に似合わないものを見た気がして、思わず問う。
するとロロが首を傾げた。
「え? 宿題ですけど。地理の先生が五月蝿くて。
来週はどうせ、EUをどれだけ制圧したかとか長々話すに決まってるのに」
場所さえ違っていたなら、年相応の姿だと思っただろう。
ヴィレッタの訝しげな視線に対し、ロロは笑みを深めた。
「そうだ。駄目とは言われていないから、先生も招待してあげます」
「招待…?」
何の話かと目を細めれば、相手の表情も変わる。
ああ、血の繋がりはないというのに、なんと良く似ているのか。
兄譲りとでも言いたくなるような、ルルーシュが相手を突き落とす用途にする笑顔だった。

「もう少ししたら、ここにお客様が来るんです。
その方を、この部屋の真下に案内して頂けますか?」

誰がどう聞いても"お願い"だが、鎖に繋がれてしまったヴィレッタからすれば、それは命令にしか聞こえない。
以前からこの子供には脅威を覚えていたのだが、現実となった今では為す術もなく。
「誰が、来るんだ?」
ヴィレッタの射殺すような視線にも、ロロは同じ笑顔で答えるのだ、いつも。

「先生も、よぉーく知っている方じゃないかと思いますけど」

ブリタニア軍人でそこそこの地位に居るのなら、と続いた。
…ヴィレッタに思い付く人間は1人。
(それはないな)
枢木スザクでは、あり得ない。
このロロの枢木スザクへの憎悪と、ルルーシュの枢木スザクに対するいっそ同情したくなるほどの哀れみ。
どちらも決して、好い感情ではない。
誰だろうかと考え込んだヴィレッタに、ロロは笑った。

「じゃあ、また後で。ヴィレッタ先生」





1人暗いモニターの前に立ち尽くし、何分経っただろう。
突然に感じた人の気配とノック音、返事も待たずにドアは開いた。

「ふぅん、貴女が案内役? 聞いてたヤツと違うな…」

背が高く、若い男だ。
そう認識したのは一瞬のことで、ヴィレッタは開いた口が塞がらなかった。
(そんな、馬鹿な…!!)
一目で貴族と分かる、整った身なり。
確かな存在感に、隙のない身のこなし。
相手に有無を言わさぬ無言の圧力と、…何よりも。
何よりも目を惹く、膝を折るべきブリタニア帝国の紋章。

「ま、さか。ナイト…オブ、ラウンズ…?!」

白の騎士服に、纏うはダークグリーンのマント。
エリア11へ来て、職務にあたるそのままの姿だろう。
男は驚きに目を見張るヴィレッタへ、苦笑気味に声を投げた。

「まずは、自分から名乗るのが礼儀ってもんだろう?」

ジノ・ヴァインベルグ。
帝国軍の枢たる円卓の騎士、それも3の席を手にする者が、そこに居た。
(なぜ…っ!)
それでも問いかけようとする前に、ヴィレッタは敬礼を返していた。
軍人であり、貴族であり、ブリタニア臣民であるという矜持から。
もう、それ以外にヴィレッタが持っているものはないのだ。
「…失礼、致しました。ヴィレッタ・ヌゥと申します、ヴァインベルグ卿」
「ハハッ! さすがにこの格好じゃあ、バレるよな。けどこれが一番分かり易いしさ。
私はジノ・ヴァインベルグ。知っての通り皇帝陛下直属の騎士、序列は3番目」
まるで、太陽のような人間だと思った。
(なぜ、このような場所に)
ヴィレッタの戸惑う視線を無視して、ジノは告げる。

「早速だが、私の目的地へ案内してもらおうか。あまり時間が取れなかったんだ」

問いは許されない。
「……Yes, my Lord.」
この部屋の真下にある、本来は避難用シェルターである広い空間。
いったいそこで、何があるというのだろう。
すべての疑問を無理矢理に呑み込み、ヴィレッタは与えられた役目をこなすために立ち上がる。
「…こちらです」
何だというのだ、これは。
溢れる疑問が頭の中を飛び回り、ラウンズである人間を前にした身体は、緊張に強張っていた。
(いったい、何が!)
目的地を閉ざす分厚い扉の前で、立ち止まる。
ラウンズの男の、笑う気配がした。

「案内してくれた礼だ。1つだけ、問いに答えてやろう」

男はとても上機嫌な様子だった。
扉を開けようと重い取っ手に手を掛けたまま、ヴィレッタは背の高い男を見上げる。
あれだけ溢れていた疑問は、途端に弾けて消えていった。

「……なぜ、卿はこのような場所へ…?」

それは最初に浮かんだ疑問だ。
回答は、予想していたもののどれとも違った。

「騎士が主に会いに来るのは、当然のことだろ?」



なんという矛盾かと問う術を、ヴィレッタが持っているわけがない。
に上れぬ貴族

何も知らされず、知るのはただ過ぎる時間だけ。

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08.5.23