10.




くやしい。
くやしいくやしいくやしい。

なんて、なさけない。

(なんて最悪! よりにもよって、ラウンズなんかに…!!)

紅蓮弐式のコックピットから引き摺り落とされ、拘束される。
床に倒された衝撃で打ち付けた肩が痺れたが、そんなことはどうでも良い。

「パーティのときも思ったけど、やっぱり手配写真より良い女だよな」
「…ジノ」
「そういうお前も、写メはやめとけよアーニャ」
「…やっぱりダメ?」
「当たり前だ。アーニャもジノもそこをどいて。その人間を運べないだろう」

ああ、なんて憎い。
猿轡を噛まされたが、視界は自由だ。
カレンは話し声の元を睨み上げる。

磨き上げられたブーツ、純白のスーツ、言葉に出すのも嫌なほどに憎い紋章を掲げたマント。

「このKMFを落としたのは私だ。少しくらい好きにさせてくれたって良いだろ?」
「…ジノ、君は」
「少し話すだけだって。それに、お前の言うことを聞く気はないよ。なあ? アーニャ」

紅蓮弐式を地面へ叩き落とし、カレンをこのような目に遭わせる原因となったKMF。
戦闘機とKMFという、二形態の型を持った白と青の。
(この男が…!)
鮮やかな翠のマントを颯爽と纏う、金髪に背の高い男。
この男がジノという名前なら、アーニャというのは赤紅のマントの少女だろう。
もう1人が誰か、言う迄もない。
アーニャという少女は、携帯電話を仕舞いながら枢木スザクへ言った。
「聞かない。ラウンズの名折れ」
「……」
何の話か知らないが、彼らは仲が良いわけではなさそうだった。
その先は分からない。
すぐにカレンは乱雑に扱われながら、薄暗い牢へ放り込まれたのだから。





ーーーずっと望んで、望まれていて、それでも隣に立てないこの想いが、分かるか?
すでに地に墜ちたくせに、真から望まれているでもないのに、隣に立てるお前に。





「5分経ったら入って来ていい。それまでは誰も近づけるな」
「Yes,my Lord」

人の話し声が聞こえる。
うっすらと閉じていた目を開ければ、2人分の靴が見えた。
(片方は、ラウンズ…)
牢へ入って来たのは、普通のブーツを履いたもう片方だ。
目を細めたまま眺めていると、なぜか猿轡が外される。
不思議に思った瞬間には、また牢の扉は堅牢な鍵を掛けられてしまった。
牢の向こう側から去る足と、微動だにしない足。
別の扉が閉じる音を聞いてから、カレンは枷で自由に動かせない身体をなんとか起こした。

「…何の用」

ゆっくりと牢の壁に背を預けて座り、一息つく。
顔に掛かる髪が鬱陶しい。
いくら待っても格子向こうの相手が答えないことも、忌々しい。
カレンは殊更ゆっくりと、視線を上へ移した。
「捕虜になんの御用? ラウンズ様はお忙しいでしょうに」
これが枢木スザクだったなら、容赦なく罵声を浴びせただろう。
あの男はこちらを蔑み憐れむような顔をして、適当な言い訳を吐くのだろう。
だが、この男は違った。
余裕ある笑みのまま、高みから見下ろす視線も色を変えやしない。

「忙しいのは技術系だけさ。"騎士"は闘うのが仕事だ」

その通りだ。
多くの騎士は補佐よりも、その手に剣を掲げて戦う。
『騎士」に求められるものは、何よりも『主を守れる力』なのだから。
納得し考えてしまったカレンは、だから気付けなかった。
格子向こうの男が、浮かべた笑みをより一層深めたことに。

「ほーんと、勿体ないよなぁ」

だから、それは揶揄の言葉だと思ったのだ。
この男に敗北した自分は捕虜であり、そして女であったから。
男が1歩、格子に近づいた。

「なあ、その場所はどんな気分?」
「…良いわけがないわ」

言いながら、見える箇所に冷や汗が伝いやしないかと焦る。
男は"5分"と言っていたから、最悪の事態にはならないだろうが。
警戒を隠そうともしないカレンに、今度こそ男は笑い声を漏らした。

「違う違う。牢屋が居心地良いわけないだろ?
私が言ったのは、あんたが今まで立っていた場所のことさ」
「え…?」

牢の半歩前で立ち止まり、見下ろしてくる男の目。
「っ?!」
それは抜き身のナイフを目元に突き付けられたような、それほどまでの恐怖をカレンに与えた。
死地をくぐり抜けて来たはずなのに、一瞬で喉がからからに渇いてしまうほどの。
(この、男は)
干上がった喉は、息を呑むだけの余裕も無い。
そんなカレンがよく見えているはずなのに、男は切っ先を研ぎ澄ますばかりだ。
恐怖に声を失ったカレンに、男は再度勿体ないと呟いた。

「なあ。あんたはもう、"あの方"の『騎士』じゃないんだろう?」

騎士? とカレンの唇が動く。
ああ、本当に分かっていないのか。
ただそこに在ることが出来るだけでも、本当に羨ましいのに。
ジノは彼女を見下ろしながら、ただ事実のみを述べた。

「お前は裏切ったんだろ? 見捨てたんだろ? 忠誠を誓った主を、いとも簡単に」

牢の監視カメラや音声録音は、この5分間だけ細工をしてある。
今なら、何を言っても他の誰にも聞こえない。
気付いたのだろうカレンの瞳が絶望に沈む様子を、ジノは無感情に見ていた。
「あんた、は、」
からからに乾いた喉は、途切れた言葉しか生み出さない。
カレンが忠誠を一度でも誓ったことのある人間は、ただ1人。

『ゼロ』

何を問えば良いのか、カレンは言葉を見つけられない。
格子向こうの男は、時間を確認する素振りを見せた。

「1つだけ、どんな問いにも答えてやろう。君のKMFの実力に敬意を評して、ね」

普段のカレンならば、そのような敬意など要らないと怒鳴っただろう。
なぜなら、この男に敗北し捕虜となった時点で、自分が格下だと認めざるを得ないからだ。
しかし今の彼女に、告げられた事実は厳し過ぎた。
辛うじて絞り出した問いは、なんとも味気のないもので。

「あんたは…、『ゼロ』を知ってるっていうの?」

なんてありきたりで、なんと無意味な問いだろうか。
この後また猿轡を噛まされ薄暗い牢に独りきりになってから、カレンは文字通り後悔したのだ。

「知っているよ。私は"あの方"の騎士だからな」

あの方が『ゼロ』となる、ずっと前から。
(ルルーシュの、騎士、?)
『ゼロになる前』ならば、示されているのは確実に『ルルーシュ』のこと。
カレンに追い討ちをかけたのは、次の台詞だった。


「私の後に騎士となり真実認められたのは、中華の武官だけ」


つまり自分は、騎士ですらなかったというのか。
騎士となる過程の最中、自らその道を放棄したと。
(中華の、武官…)
黎星刻のことだと直感した。

残念だなあと再度口にした男に、カレンはなんて空虚な言葉なのかと頭の隅で思った。
ああ、光が消える。
怒れるに集う風

今なら、たとえ劫火でも掻き消せる。

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08.7.12