11.
『お前は世界から弾き出されたんだ!!』
知っているよ、そんなこと。
解っているよ、言われずとも。
(そろそろ、疲れて来た)
"刻(とき)"が止まった。
正確には、ルルーシュ以外の"刻"が、だ。
こちらに銃口を向け凄まじい形相で立っている男と、洞窟の外へ駆出していこうとする女。
止まっている2人の人間に、ルルーシュは哀れみの視線を向けた。
(本質を見抜けない男だ、枢木スザク。所詮は口先だけだったか、カレン・シュタットフェルト)
少し期待していたのに、と嘆息する。
かさり、と衣擦れの音が聞こえ、そちらへ銃を向けた。
「はじめまして。"Cの魔女"が惚れ込んだ『王』よ」
長い金髪を持て余した、10歳程度に見える少女だった。
ルルーシュは眉を顰める。
「…誰だ」
数歩先で立ち止まった少女は、笑みを深める。
「ああ…ヤツが惚れ込んだ理由が、よく分かるな。そうだよ。わたしも、このような存在を望んでいた」
こちらの話を聞く気はないらしい。
そう判断したルルーシュは、その少女を観察した。
「…"Cの魔女"と言ったな。アイツの同類か?」
それともギアス能力者か。
少なくとも、この半端に時間が止まった状況は、"ギアス"の成せる技だろう。
少女は年不相応に微笑んだ。
「そうだな、そんなところだ。わたしの名は"V.V(ヴィー・ツー)"。刻を司る魔女」
「刻?」
「そう。Cは永遠を司る魔女だ」
「…不老不死のことか?」
「少し違うが、そんなところだ。ところで王よ、この状況をどうする?」
現実を問われ、ルルーシュは止まった2人へ視線を戻す。
ああ、本当にどうでも良い。
「ナナリーを取り返しに来たのではないのか?」
問われ、ああそうだったと思い出す。
しかしルルーシュにとってナナリーは妹だが、それ以上でも以下でもない。
「…大丈夫だろう。そこの男にナナリーが居ることを教えたからな。
歪んだ正義を発揮してなんとかするだろうさ」
V.Vは、それは愉快だと声を立てて笑った。
「ならば好都合。私と契約を結ぶ気はないか?」
ルルーシュは奇妙なものを見るように、少女を見下ろした。
「お前と契約を結んだところで、俺に何のメリットがある?」
にぃと口の端を吊り上げた少女の額に、蒼いギアスの紋章が浮かぶ。
「見せてやろう。わたしが視た、ここから先のお前の未来を」
V.Vの後に付いて、遺跡でもっとも大きな扉ではない別の扉を潜る。
足を進めながら、ルルーシュは先ほど頭の中で再生された映像を思い返した。
C.C.と最初に契約を交わした瞬間、そしてこの遺跡へ入ろうとした瞬間。
そのときに見た異空間のような場所で見た、"未来"。
目の前を歩く少女が刻を止めなければ、この身に訪れていたという"未来"。
それは、枢木スザクの手により皇帝の元へ突き出され、一切の記憶を奪われるという屈辱に満ち満ちたものだった。
自分の後ろで柳眉を顰めているであろうルルーシュに、V.Vはクスリと笑みを漏らす。
「予想をしていなかったわけでは、ないのだろう?
お前に忠誠を誓っていたはずの騎士は、お前を裏切り背を向けた。
人の本質を見ようとせず己の正義ばかり振り翳す男は、お前がどのような存在なのか考えもしない。
そして、」
足を止め、後ろの存在を見上げる。
「お前の妹であるはずの存在は、"お前に"気付こうとしない」
だってそうだろう?
お前が"ナナリーの兄"を演じていることを、あの子どもは知らない。
それがこの国へ来るずっと前からで、母親が生きていた頃からそうであったことを。
こちらを射抜くアメジストに、V.Vは心の内で呟く。
(そう。このような人間が居るなど、想像もしなかった)
人は、自分の思想と違う者を警戒する。
それがC.C.や自分のような"人外"になると、次は人として扱わなくなる。
『人の形をした何か』という意味では、『ゼロ』も同等の存在であっただろう。
だが、この男はどうだ。
長い通路が終わり、円柱の柱が並ぶ外へ出た。
バルコニーとでも言えるだろうか。
「ここは外からは見えない。レーダーにも映らない。身を隠すにはちょうど良いだろう」
眼下には神根島の森と、一面に広がる海。
ルルーシュはとりあえず、携帯電話が繋がるかどうか試してみた。
(かろうじて、か?)
圏外にはなっていない。
教えられてはいたが一度も掛けたことの無い番号へ繋ごうとして、ふと思い出す。
「おい。俺のことについて、カレンやスザクはどうする気だ?」
V.Vは笑う。
「つい先ほど、お前に見せた未来。そうであるように、すべての記憶を弄るのさ」
お前に関わった者たち、すべての記憶を。
さすがのルルーシュも目を見開いた。
少女は年相応に楽しげな笑い声を上げる。
「ギアス能力者は多い。記憶を弄れる者も居るということだ」
ただし、そいつの記憶は私が弄るが。
クスクスと笑いながら続けた少女に、ルルーシュはC.C.を思い出した。
…この少女の方が、ずっと性質(タチ)が悪い。
「王よ。お前には1年の猶予が出来る。だが『復活』の前に、会ってもらいたい者が居る」
「嫌だと言っても、未来の話で脅すんだろう?」
「察しが良くて助かるな。会って欲しいのは、下の階で"刻"を止めた者だ」
「お前じゃなかったのか」
「そうだ。王よりも年下の、子ども」
そこでルルーシュは、V.Vの変化に気付く。
打って変わって柔らかな笑みになったその表情は、まるで。
(母親のようだ)
感じたものは、おそらく間違いではない。
「アレは"愛"というものを知らない。
わたしの属する嚮団で生まれ、幼い頃にギアスを授けられ裏の世界を生きて来た。
だから王に、家族として接してもらいたい。きっとあの子も、"愛"が何かを知ることが出来る」
なぜお前では無理なんだと問おうとして、ルルーシュは止めた。
代わりに別のことを聞く。
「なぜ、俺なんだ?」
実の妹さえも、それだけでしかないのに。
すると少女は呆れたように笑った。
「自覚が無いとは、困った王だ」
遺跡の入り口、正面にある巨大な扉。
V.Vがそっと手を触れると、重いはずの扉は軽々と道を開けた。
(少し時間が経ち過ぎたか…?)
"刻"を止めている子どもが、少し心配だ。
後もう少しの辛抱だと闇に紛れた子どもに告げて、V.Vは遺跡の内部へと足を踏み入れる。
そこに居るのは、気を失ったナナリー・ヴィ・ブリタニア。
(今日この瞬間から、お前は皇室に戻ったんだよ。ナナリー)
車椅子の肘掛けに頬杖を付き、V.Vは眠る少女を見上げた。
可哀想な少女。
彼女に対して思うのは、単にそれだけだった。
「ナナリー。お前は気付かないままか? お前の兄の、薄情さと懐の深さに」
彼の持つ本質に。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアこそ、『王』という存在に相応しい。
それが何故か、お前には分からないのかな…?」
目が見えずとも、感じられるものはあるはずなのに。
「ヤツは変わっている。狂ってるとか、そういう次元じゃあ無い。
マリアンヌは"それ"に気付いていた。だからこそ危惧していたし、愛していた。
妹であるお前の存在が、ルルーシュを繋ぎ止めると期待していたのさ」
逆に、"それ"に期待を掛けたのがC.C.だ。
「愛というのは、薄っぺらだったり海よりも深かったりする。お前の兄は後者だよ。
ただし、普通ではないから並の人間は気付かないし、当人も気付かせようとしない」
言ってみれば、"それ"に気付いた者だけが、ルルーシュの領域に入ることが出来る。
気付いただけでは駄目だけれど。
「さて、無駄話が過ぎたな。わたしはそろそろ戻るよ」
これから忙しいんだ。
V.Vはこれから始まるすべてを思い、クスリと笑みを零した。
「お前の兄はすべてを愛しているよ、ナナリー。『すべてを』ね。
世界の全てを愛するなんて、人間の、それも子どもが出来るなんて有り得ない」
有り得ないけれど、在るのだ。
"ギアス"という、超常と謳われる力の存在のように。
モルガンは愛を哲学する
お前の好きにはさせないさ、V.V.(ブイ・ツー)
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08.7.6