12.




「どうでした? 中華連邦は」
「ああ。上手いこと、星刻の立てた計画と一致したからな。
思った以上に首尾よく運んだ。こちらはどうだ?」
「特に、何も。ヴィレッタ先生も大人しいですよ。もっと抜け道を探したりするかと思ったのに」

地下通路と繋がる水槽。
これでは研究施設ではなく水族館だ、と誰かが笑ったことを覚えている。
(しばらく、こちらに居るのはロロだけか…)
ロイドとユーフェミア、ジノは本国へ戻るだろう。
星刻には、情勢が落ち着くまでは天子の補佐をしろと言っている。
C.C.にも同じく、中華連邦に留まるよう言った。

(中華連邦がどれだけ早く"マトモ"になるか。それが、これからの鍵)

影武者を務める咲世子と交替し、ロロと共に学園の図書室へ出る。
この出入り口も、誰かに見つかる確率は高いなと考えながら。
「ねえ兄さん。今日の夕飯はボクが作るよ。何が良い?」
「その様子だと、腕を上げたようだな。じゃあ…」
生徒会室のある棟まで出ると、どうも騒がしい。
なんだろうかと揃って首を傾げたそこへ、シャッター音が聞こえた。

「「……」」

これは珍しいものを見た、と思ったのはジノだった。
シャッター音の主は、同僚のアーニャ・アールストレイム。
ジノとアーニャの2人はスザクとミレイ・アッシュフォードの発案で、この学園へ短期留学することが決まっていた。
自分の姿を見つけたルルーシュの目が、ぱちりと大きく瞬かれる。

(ああ、本当に、)

思わぬものを拝した。
他の…たとえばロロやC.C.なら百分の一でも、自分では億に一程度の確率。
そんな、常に余裕を携えた表情ではない、偶然のみが呼び出せる表情。
8年前に両手で足りる数だったうちの、ひとつ。
ここからは、己の演技力が勝負だ。

ルルーシュの横で、ロロが息を呑んだ。
「ナイト・オブ・シックス?! それに、」
(ジノ…?)
あまりに突然で、思考がついて行かない。
ミレイとリヴァルが生徒会室から顔を出した。

「あー、来た来た! 我が校No,1の話題力を誇るランペルージ副会長!」

ね〜ロロちゃん! とミレイが話題を振れば、ロロは我に返る。
「それは…否定しませんけど。あの、」
ミレイは満面の笑みで答えた。
「そうよ〜。ラウンズのお2人、ジノ・ヴァインベルグ卿とアーニャ・アールストレイム卿。
学園生活っていうものを送ってみたいんだって」
なんだそれは。
その言葉を表に出さなかっただけでも、上出来というべきだろう。
ルルーシュが我に返ったのは、さらに後だった。
「……ラウンズは、もう十分だ」
ああもう、面倒くさい。
驚きからもの凄く微妙な感情に移り変わったアメジストに、ジノは苦笑した。

「あれ、スザクってそんなに問題起こしてたのか?」

聡い主のことだ。
砕けた口調と向けた話題で、すぐに本来の意味を悟ってくれるだろう。
(…なるほど?)
ジノの予想通り、ルルーシュは皮肉を交えた笑みを返す。
「さあ、どうでしょう? それはあなた方の振る舞いにもよりますね」

ヴァインベルグ卿?

ルルーシュに敬語を話され、こちらは敬語を使わない。
この違和感を拭う日は永遠に来ないだろうな、とジノは思う。
けれど、出来ることなら楽しんでしまえと考えてもいる。

なぜならジノは、誰よりもルル ーシュと関われる時間が少ないからだ。





窓から溢れる光が、床板を照らす。
ぼんやりとその光を見つめながら、本棚にはほとんど日が当たらないことに感心した。
(さすがアッシュフォード。よく考えてるな)
優れた人間というのは、優れた部分を見える部分に出さない。
それはさりげなく、あくまでも上品に。
飾り立てるなどという無粋な真似もしない。

「ジノ?」

己の名を呼ぶ心地よいテノールに、ふっと意識を呼び戻される。
「まさか、ずっと待ってたのか?」
問われて初めて、時間の経過に気が付いた。
「うーん…待ってたつもりはなかったのですが」
「?」
首を傾げたルルーシュに、ジノは今自分が思ったことに名前をつける。

「こうしてルルーシュ様のお傍に居られて、幸せだなぁと思って。
考えてたら、いつの間にか時間が経ってしまいました」

そう言ったジノが本当に幸せそうに微笑むものだから、ルルーシュも自然と表情が和やかになる。
「ありがとう。ジノ」
総合的に見ても、ルルーシュがジノと直接に関わった時間は余りにも少ない。
アッシュフォードとヴァインベルグはそれなりに良好な関係であったから、会う機会は多い方だった。
けれど9年前の話、2人が子供であったこともまた事実だ。
(8年の間ジノがどうしていたのか、俺は知らない。
それはお互い様で、俺が8年間どのように過ごして来たのか、ジノは知らない)
互いに聞くことはない。
だが、聞く必要もない。

過去よりも、今。
今よりも、未来を。

「気が変わった。お前もイケブクロに行くか?」
「そりゃ、ルルーシュ様が行かれるなら行きたいですけど。何があるんです?」
「行ってからのお楽しみだ」
意味ありげに笑ってみせてから、ルルーシュは自分よりも背の高いジノを見上げた。
「…しかし、お前に学生服は似合わないな」
「そうですか?」
「礼服が板に付き過ぎてるんだろう。見慣れてないだけかもしれないが。
だから、私服のセンスも微妙だ」
図書室を出て人の気配を感じた瞬間に、彼は空気を入れ替える。

「ひっどいなぁ、ルルーシュ先輩。だったら先輩、見立ててくれます?」

それを合図にして、ルルーシュも演技を再開するのだ。
「別に構いませんよ。ヴァインベルグ卿が良いなら」
学園生活もなかなかに楽しいものだ、とルルーシュは久々に思う。
C.C.の言う通り、さっさと辞めてしまえば楽になるのだが。



窓から外を見下ろすと、連れ立って出掛ける主従の姿が見えた。
…先を行くルルーシュの、半歩斜め後ろ。
それが騎士であるジノのポジションだ。
このような場所では、気付く人間の方が少ないけれど。

「いいなぁ…」

無意識のうちに、ロロは呟いていた。
誰よりもルルーシュという人物に出会った日が浅いから、いつも言い知れぬ感情を呼び起こされる。
「一緒に行かれてはいかがですか? ロロ様。留守ならば私1人でも務まります」
咲世子の進言に、首を横に振った。
「そうしたいのは山々だけど、それじゃあ余りにここが手薄になってしまう」
そんなときに、総督付きのラウンズが現れでもしたら。
忌々しい、と吐き捨てた。

「前に会ったときに、殺しておけば良かった」

思わず呟いた言葉を、咲世子がやんわりと咎める。
「いけませんよ、ロロ様。学園に居る間は、『子ども』で居て下さい」
ロロには"普通の時間"が必要だ。
それは一般家庭に生まれた子供が辿る、ごく普通と呼ばれる生活のことで。
ルルーシュに頼まれずとも、咲世子はロロがそのような生活を送れるよう努力するつもりだった。
(守ってみせます、ルルーシュ様。貴方とロロ様が、平穏だと思えるこの学園を)
元の主であったアッシュフォード家が、今日まで守り抜いて来た場所を。
そして願わくば、かつて世話をしていたナナリーが笑顔で戻って来れたなら。



予期せぬ来客があったのは、ルルーシュが出掛けてわずか15分後のことだった。
世界はって過ぎてゆく

神でもなければ、先は読めない。

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08.8.9