13.




「あれ、ルル…?」

シャーリーの声に、スザクもそちらを振り返った。
(…ジノ?)
彼女に話があると呼び出され、やって来たイケブクロのショッピングモール。
西と東に分かれる建物を繋ぐ、橋の中央。
振り返ったウエストタウンに見つけた人物は同僚で、つい先日アッシュフォード学園に短期留学したジノ。
そしてシャーリーの想い人である、ルルーシュ。
彼らはどうやら、ウィンドウショッピングに興じているらしい。
(なんだ…?)
スザクは少し遠くに見える同僚に、常とは違う雰囲気を感じた。
…何が違うのかは分からない。
けれど、ルルーシュと共に居る姿がとても"自然に"見えた。

「ねえスザク君。気付いてる?」
「え?」

主語の抜けた問いに彼女へ視線を戻せば、哀しそうな苦しそうな、それでいて複雑そうな苦笑が向けられていた。
「気付いてるって、何が?」
スザクの返した言葉に、シャーリーは自身の記憶を顧みて目を伏せる。

「こわいかお、してるよ」

彼らに気付いたのはジノだった。
「ルルーシュ様、あれ…」
「何だ?」
ジノが指差したのは今しも見ていた、硝子越しの服。
正確には、その硝子に映った自分たちの、背後。
少し遠い橋の景色に、見覚えのある人物が2人映っている。
「…シャーリーとスザク? 珍しい組み合わせだな」
「スザクのヤツ、暇なのか…?」
総督補佐を名乗り出たくせに、と言いかけて、ジノはああそうかと思い当たる。
(ミス・ローマイヤに追い出されたか)
エリア11総督付きの女性は、前総督コーネリアのように明確にナンバーズを区別していた。
例の『百万人のゼロ』以来、特にスザクに対する良い感情は捨てたらしい。
自分やアーニャには相応の礼を取るが、彼には表面的な礼すらも取ろうとしていないのだ。
「とりあえず、声掛けてみます?」
「…ああ。気付かないのも不自然だろうな」
そんなわけで、ジノはたった今気付きましたという体(てい)で彼らに手を振った。

「あれ? シャーリーじゃないか!」

続いてルルーシュも、ジノの言葉で気付きました、といった具合に振り向く。
(8年知らなかった間に、狡猾になったな…)
抜群の演技力と言える己の騎士に、胸中で苦笑した。

「あ…」

ルルーシュのことを、スザクに聞こうと思っていた。
けれどその本人が居ては、何も聞けない。
シャーリーは曖昧な感情を笑みで誤摩化し、ジノへ手を振り返す。
(あれ? でも…)
スザクは、ルルーシュの親友ではなかったか?
ならばなぜ、彼はあんなにも恐い顔でルルーシュを見ていたのだろうか。
「こんなとこで会うなんて、面白いな。ひょっとしてデートだった?」
だとしたら邪魔だったなと笑うジノは、太陽のようだと思う。
スザクはつい先刻の表情を覆い隠し、ルルーシュへ笑いかけた。
「珍しいね。君がこういうとこに来るの」
「ヴァインベルグ卿が煩かったんだ」
「ジノが?」
「そーだ、聞いてくれよスザク! ルルーシュ先輩、俺の私服センス無いって言ったんだぜ!」
お前だって似たようなものなのに、と続いた言葉に、スザクはムッとした。
「…僕が?」
聞き返せば、迷いなく頷かれた。
「そーだよ。まあ、ミレイがアーニャの服も微妙だって言ってたけど」
ああそんなことを言っていたな、とシャーリーは思い出す。
留学生のラウンズは、名門貴族出身なだけに常識がない。

「どうしたんだ? シャーリー。元気がないな」

半ば下らない言い争いを始めたラウンズ2人を他所に、ルルーシュはシャーリーの隣へ移動する。
しばらくは、ジノがスザクの相手をしてくれるだろう。
シャーリーは自分と同じように手摺に腰掛けたルルーシュを、そっと見遣った。
(…なんだろう)
いつもと違うような、気がした。
このような場所で聞くことではないけれど、喧噪のあるこんな場所だからこそ、聞けると思った。


「ねえ、ルル。ルルは…私のこと、好き?」


唐突に、思い出したことがある。
…あちらこちらに貼られた、新総督のポスター。
その幼い少女は、ルルーシュの妹であったはずだ。
同じ生徒会に属し、兄と共に過ごしていた少女であったはずだ。

そして1年前、自分は『黒の騎士団』によって父を失った。
人に向けて、銃を撃った。

スザクに尋ねたかったのは、ルルーシュと騎士団の関係。
ナナリーが総督である理由。
ルルーシュの、素性。

おそらくルルーシュは、自分が今出した問いが本来のものと違うと気付いている。
だが彼は話に合わせて答えを返すだろうと、確信があった。
ルルーシュは驚きに見開いていた目を細め、シャーリーへ微笑を返す。

「…好き、だ。でも俺の"好き"はきっと、シャーリーの言う"好き"とは違う」

玉砕、というのだろう、こういうものを。
予想済みであった答えとはいえ、やはり気分は沈む。
(…ルルは、)
誰を見ているのだろうか。
そう思ったが、思いがけず彼から言葉が続けられた。

「俺の持っている"好き"という感情は、他の誰ともまったく違うんだ。
誰かしら、誰かと一部が似ているものなんだが、俺のは本当に別物らしくて」

どういうことなのだろう、と首を傾げるしかない。
誰かと一部が似ている、というのはきっと、"恋"のことだろう。
好きな人のことを考えるだとか、結婚して一緒に暮らすだとか、"愛"にも繋がる"恋"の話。
シャーリーの不可解な表情に気付いたルルーシュは、苦笑して記憶を手繰り寄せる。
(昔、母上に言われたことがある。そのときの母上の表情は、一体何を語っていたのだろう?)
母はあの日、幼かった自分の額に己の額をコツンと当てて、静かに笑ったのだ。


『私の可愛いルルーシュ。貴方がたった1人を愛する日が、来るのかしら?
それとも貴方は、すべてを愛するままかしら?』


出来ることなら…と母の声は続いたが、ルルーシュの記憶はそれ以上を辿れない。
母は嬉しそうに、そして同じだけ哀しそうに笑っていた。
彼女の言葉を借りるなら、今の自分は後者なのだろう。


なぜならルルーシュは、あの皇帝でさえも憎んではいない。


不意に誰かの携帯電話が鳴った。
「ああ、ごめん」
ルルーシュはシャーリーから離れ、少し距離を置いた場所で通話ボタンを押す。
「…ロロ? どうした?」
弟から矢継ぎ早に告げられた話は、ルルーシュに取り繕うことを忘れさせた。
誰から見ても…シャーリーから見ても、彼が不都合な事態に陥り焦っていることが分かる。

「その電話、普通の内容じゃあないみたいだね」

やや低いスザクの声で、通話を切ったルルーシュは己の失態を悟った。
(…こいつが居たか)
スザクの中で、『ゼロ』=ルルーシュは確定事項らしい。
その部分は真実だとしても、1年前の記憶が偽りであることを教えてやる義理はない。
とにかくこの場から、シャーリーとスザクから離れることが先決だった。

「ジノ、すまない。買い物は次回に持ち越しだ」
「…急用なら仕方ないよな。次は絶対だ!」

軍人として、騎士として磨いてきた対応能力に、ジノは自ら称賛を贈る。
(あのロロが、焦ってルルーシュ様に連絡をしてきた。…何が出た?)
ルルーシュが己を名で呼んだのは、"騎士であるジノ・ヴァインベルグ"に対する言葉であるが故。
ならば為すべきことは、1つ。

「おいスザク、どこ行くんだよ! お前、シャーリーとデートなんだろ?」

ルルーシュを追おうとしたスザクを、呼び止めた。
邪魔をするなとでも言いたげに振り返った彼は、完璧にここがどこだか忘れている。
(分っかり易いなぁ…)
いつもの笑みで、ジノはスザクへ近づいた。

「お前さあ、ルルーシュ先輩を追い掛けるにしても、女の子ほったらかしってどーなんだよ?」

せめて一言断るとか、と眉を寄せるジノは、シャーリーも良く知る彼だ。
ジノは貴族であり騎士であり、物腰は柔らかで明るく、女性に対しては特に優しい。
それはルルーシュも似たようなものであるが、冷たい印象がない分ジノの方が取っつき易いと評判だ。
そんな彼に同意を求められれば、反射的に頷いてしまう。

「そうだよ! 私、スザク君に用があったんだから!」

だからこっち! と、シャーリーはルルーシュが去った方向とは逆にスザクの手を引っ張った。
(ルルの邪魔をしちゃいけない)
シャーリーはただ、そう思ったのだ。
…ジノが居るからルルーシュは大丈夫だと、何の根拠もなく。
どちらにせよスザクは、彼女に呼び出されたことは本当だったので従うしかない。
渋々といった様子を見たジノは、思わず吹き出す。
(ホント、分かり易い)
もっともジノは、シャーリーがルルーシュに不利にならない行動を取ると考えていた。


「じゃあね、ジノ! また明日!」


だからスザクを引っ張りつつ笑顔で手を振って来た彼女に、感謝を込めて手を振り返す。
(…ルルーシュ様を捜さないと)
彼女たちに背を向けて、ジノはルルーシュを追う為に駆け出した。
ノルンがしたその日

誰も覆せない、運命と呼ばれた。

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08.8.23