15.




本当に、邪魔ばかりする男だ。
カレンは強化硝子越しに、近づいてくる男を睨みつける。
せっかく、なぜか皇族でしかもエリア11の総督であるナナリーと、『ルルーシュ』について話そうと思ったのに。
硝子を箱にする鍵を開け、開口一番、男は言った。

「シャーリーが、死んだ」

思わずぽかんと口を開けた。
「うそ、」
「本当だよ。衝動的な、自殺だと」
自殺?そんな馬鹿な。
ブラックリベリオン以来カレンは学園へ近づいていないから、詳しいことは知りようがない。
だが、彼女は自殺を選ぶような人間じゃあない。
少なくとも自分などより、ずっと心が強かったと思っている。

「彼女が自殺なんて、そんなことは有り得ない。だから君に聞きに来た」
「なに、を?」
「ルルーシュが『ゼロ』なのかどうか」
「!」
「ルルーシュはずっと学園に居たと、すべての人間が言っている。でも、彼が『ゼロ』なら?
殺さなければならない理由が出来れば、迷いなく殺す。たとえ友人でも」

男の言葉を否定出来ないことが、カレンには哀しかった。
(そうね、きっと切り捨てる。私が二度と、同じ位置へ立てなくなったように)
必ず助けると自分に言ってくれた言葉が真実だと、確信はある。
けれどその理由は、『カレンが大事だから』ではないのだ。

「『ゼロ』の正体は知らない。それは前にも言ったわ」

復活した『ゼロ』が以前と同じ存在なのか、ブリタニア側は誰一人として知らないのだ。
男は淡々と言葉を返す。

「僕はルルーシュが『ゼロ』だと疑っている。でも確証がない。
だから、もう手段は選んでいられない」
「?!」

突き出されたのは、"リフレイン"。
カレンが日本を取り戻そうと誓った理由、母が溺れてしまった最悪の麻薬。
効果はまさしく、自白剤だ。

ふいに笑いが込み上げた。
これを笑わずしてどうする!

「ふっ、あはははは!正しい道がどうのこうのってばっかり叫んでた男が、墜ちるところまで墜ちたものね!
さすがにラウンズ様ともなると、捕虜に何をしようとも自由ってわけ」

パンッ!と小気味良い音と同時に左頬が痺れた。
ますます笑える。

「あんた、今あたしが言ったこと聞いてた?
あんたの正義は、ブリタニアそのものだって言ったのよ!!」

今度は首を掴まれた。
着ている服が襟のないドレスなものだから、さすがにキツい。
「自分の立場を分かってないのは君だろう?カレン」
この男が直情型の人間なのだと、よく分かる。
ギリギリと武骨な指が喉に食い込んだ。

「今の『ゼロ』は、ルルーシュか?」

最初からこうすれば良いものを。
偽善を気取るから、その仮面が簡単に剥がれるのだ。

カレンが口を噤んだのを見て、男は肯定と受け取ったのかもしれなかった。
いや、誰が何を言おうと、そうとしか受け取らないだろう。
そんな勝手な人種なのだと、カレンは悟っていた。
案の定、男は激昂する。

「あいつは悪魔みたいな奴だ!あいつのせいで人が死んで、皆が不幸になる!!」

乱暴に突き放され、背中が硝子にぶつかる。
咳き込みながら、カレンは首に指の跡がついていそうだと思った。
(悪魔?そうね、否定しないわ)
同時に、目の前の男が哀れでならなかった。
今さら離れられない自分と、同じように。

「可哀想な男ね、枢木スザク」

最初から最後まで、『ルルーシュ』のことしか考えていない男。

捕虜であるからと遠慮する理由など持っていない。
蹴りの1発くらいは返してやろうと、カレンはドレスに隠れた足をそっと構える。


「はいはい、そこまで。ナナリー総督がお怒りだぜ?スザク」


場にそぐわない、明るい声が響いた。
(ジノ・ヴァインベルグ…!)
枢木スザクの何十倍も性質(タチ)の悪い男に、このような場所で再び会うことになるとは。
「"捕虜と話す暇があるなら政策を吟味しろ"って、ミス・ローマイヤもお怒りだ」
カレンは既に、目の前のラウンズなど見ていなかった。
(今度は何を言いに来たってのよ!…それとも、)

ルルーシュの命に従って?

枢木スザクは忌々しげにジノを見遣りカレンを見、リフレインを懐へ仕舞う。
また箱に戻った硝子の中で、カレンは必ず殺してやる、とディープブルーのマントと紋章を睨み据えていた。
同僚の姿ががらんどうの空間から消えてから、ジノは呟いた。

「まったく。スザクは女性に対する態度がなってないなぁ…」

お前が言うのか、と出掛かった言葉を、カレンは辛うじて呑み込む。
騎士服の着こなしようといい言動といい、この男が生粋の貴族であると分かるからだ。
「…あんたは何の用よ?」
ナナリーに対していた言葉遣いではない。
かといって、枢木スザクに対していたような態度でもない。
『ルルーシュの騎士』だと言ったこの男に、殺意と期待という相反する感情を抱かずにはいられない。
カレンの声ににこりと笑ったジノは、以前に牢から見上げた男と同一人物なのかと疑いたくなる。
「残念ながら、君が期待しているものは何も持っていない」
そう断りを入れて、ゆっくりと彼女の目の前までやって来る。
「でも、気まぐれに土産は持って来たぜ?」
ジノが片手に抱えていたのは、しっかりとした作りのアルバムだった。
訝しげなカレンに構わず、その1ページ目を開いて見せる。

「!」

アッシュフォード学園の、生徒会の写真だった。
前半部分は所々抜けていて、おそらくはカレンの部分を抜き取ったのだろうと知れた。
そして後半は、いつもの生徒会メンバーからニーナとナナリーを除き、見知らぬ少年を加えた写真。
「生徒会の、みんな…」
見知らぬ人物が誰かと考える前に、カレンは僅かながら平和であった思い出に浸る。
だが、シャーリーの写真を見つける度に心が軋んだ。
「…スザクが言ったのか?」
表情が歪んだことに気付いたのだろう。
問うて来たジノに、嘘をつく理由も無いので静かに頷いた。

「誰が、殺したの?」

気付けばその言葉が出ていた。
ジノはカレンを咎めるでもなく、けれど澄み切った青空のような眼だけは笑っていない。

「"あの方"ではないよ。けれど、私と同じ位置に立っている」

遠回しに自分の身内だと答えたジノに、拳を向けてやりたかった。
「出来れば止めたかったよ。私とアーニャは、短いけれどあの学園で過ごしたから」
「……」
嘘ではないのだろう。
殺してやりたくとも絶望的なほど差のあるこの男は、嘘をつく人種ではない。
ぱたり、とアルバムが閉じられた。

「さて、私の気まぐれはここまでだ。…シュタットフェルトの名を使えば、すぐに出られるのに」
「私は日本人、紅月カレンよ!二度とその名前を呼ばないで!!」

カレンの激高にジノは肩を竦め、意味ありげに笑う。

「そうか、残念だ。せっかく、風変わりな錬金術師が紅蓮を改造しまくってるのに」
「え…?」
「強くて潔い女の子は、好みだけどな」

次の気まぐれはないと手を振って、ジノは颯爽と背を向け去っていった。
ダークグリーンのマントと紋章を見送り、カレンは呟く。
「…錬金術師、ですって?」
ルルーシュに忠誠を誓う人間は、騎士だけではないのか。
「いったい何者なのよ、"あいつ"は…!」

ナナリーが総督であるということはつまり、皇族だというのか。
皇族でありながら『ゼロ』であり、反逆していると?
不戦敗のウト

だって、ホントもウソもわからない。

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08.9.6