16.




「ルルーシュ、ひとつ聞きたいことがある」
「何だ?」
「ギアス嚮団を攻めるのはいい。だが、利用はしないのか?」

C.C.はチーズ君を大事そうに抱えて、裏腹に深刻な話題を場に乗せた。
彼女の問いに、ルルーシュは苦笑に近い笑みを零す。
「利用したいところだが、どうしたものかと思ってな。
お前たちの話が本当なら、相当な人数のギアス能力者が居る」
絶対尊守のギアスを持っているとはいえ、こちらが掛けられる可能性も高い。
それでは本末転倒だ。
ルルーシュの返答に、C.C.は再び思案の様子を見せる。
ソファに放り出していた地図をテーブルに広げ直して、ルルーシュは尋ねた。
「嚮団に、何か気に掛かることでも残っていたか?」
どうやらC.C.は、その"気に掛かること"を思い出そうとしているようだ。
「…神官と研究者どもが選んでいるのは、子供だ。ロロのようなパターンは少ない」
彼女の口から、前後の繋がりのない言葉が出て来た。

嚮団の人間は、『ギアス』を崇拝する者たちと研究する者たちに分かれる。
前者にとってのギアス能力者は"神の使い"であり、後者にとっては"研究対象"。
どちらにせよ、ギアス能力者を増加させるという意向は一致している。
世界を侵略するブリタニア帝国のおかげで、戦災孤児など見ない方が難しい。
そこでC.C.はハッと顔を上げた。

「ルルーシュ、1日だけ計画を延ばしてくれ」

嚮団の前嚮主であった頃の、ある記憶が引っ掛かった。





"今の嚮団"の位置は、すでにルルーシュが掴んでいた。
(今更だが、あいつの頭脳は恐ろしいな)
もっとも、情報源には困っていなかったようだが。
C.C.が嚮主であった頃、嚮団はブリタニア帝国本土の片隅に本拠を置いていた。
その前は確か、すでにエリアとして存在していた国に在った気がする。
途中までロロに暁で送ってもらい(何せヴィンセントは目立つ)、孤島の断崖へ降り立った。
「迎えはいらん。明日の作戦時に合流する」
『…了解』

暁がレーダーに引っ掛かることなく飛び去ったことを確認し、C.C.は周囲を見渡す。
(街ごと移動するといっても、遺跡を通じて転移するようなものだ。
街の構造はほとんど変わっていないはず…)
十数年前の記憶を頼りに、茂みの中を歩く。
(…そしてV.V.が気付いていなければ、そのまま残っている)
嚮主であった頃の楽しみはといえば、こっそり抜け出して神官たちが慌てる様を見ることだった。
欲しいものは大抵手に入ったが、本当にその程度しか楽しみがなかった。
だから、いくつも抜け道を造ったのだ。
当時の間にほとんどを見つけられて潰されてしまったが、1カ所だけ、絶対的自信のある抜け道。
記憶にある場所に立ち、C.C.は口の端を吊り上げた。

「さすがは私の造った"道"だ。見つからずに過ごしたか」



少なくとも10年ぶりに足を踏み入れた嚮団は、大して変わった様子も無かった。
目立つ髪を隠すキャスケットを深く被り直し、目的の場所が記憶と変わらぬ位置であることを祈る。
(区画E、階層は地下3階…)
もっとも最新式の設備が整っている、区画Eの研究所。
機械の構造は知らないが、どうすれば探知機に引っ掛からないかは知っている。
どうやら監視カメラの位置も昔のままらしく、意外といい加減な新嚮主に感謝した。


C.C.がそっと地下階段へ消えた後、同じく研究所を探る人影が通路を通り過ぎる。
どちらも互いの存在には気が付かなかった。


ガチリ、と妙に堅い音が響き、足元を見下ろす。
(…監視カメラの残骸?)
よくよく天井を見れば、取り付けてあるダミーカメラも壁に埋め込まれているカメラも、すべて壊されていた。
(都合が良いじゃないか)
これならおそらく、集音マイクも壊されているだろう。
壊された理由など考えることなく、C.C.は先へと足を進める。
「…見つけた」
防弾硝子と遮光硝子で二重に遮断された、簡素な部屋。
薄く濁らされた硝子越し。
C.C.の声が聞こえたのか、中の住人が振り返った。

「その気配…。まさか、C.C.か?」

V.V.は昨日来たばかりだから、当分は来ない。
そう言った人物に、C.C.はさすがだなと笑った。

「私が消えた後、一段と拘束が強化されたようだな? "エヴァン"」

エヴァンと呼ばれた人物は、皮肉な笑みを返す。
「よく言うよ。契約履行可能なのに、契約者を放り出した魔女が。
ま、これは2年前に替わった所長のせいだけどな」
「だから戻って来てやったんだろう?」
「まさか! あんたが自惚れるなんて、随分と珍しいじゃないか」

相手の眼は、サングラス(というよりも、計測装置のようなバイザーだ)でまったく見えない。
薄紫がかったマゼランブルーの髪は、どうやら伸びっぱなしというわけではなさそうだ。
(定期的に誰かが切ってるのか?)
まあ、こいつはギアスユーザーの人望が厚いからな、と納得し、C.C.はじっと相手を見つめた。
…肌色が白過ぎる。

「お前、太陽光に当たったら焼け焦げるんじゃないか?」
「俺もたまに思う。試してないから分からないけど」

視界を閉ざされているこの部屋の住人は、名をエヴァン・スールと言う。
今からかれこれ8年前(マオよりも前だ)、C.C.が西ヨーロッパで出会った契約者だ。
(確かあのとき、14だと言っていたな。だとすると…もう22か)
当時すでに嚮主を譲っていたC.C.は、己の目的を達成した彼を嚮団まで気まぐれに連れ帰った。

ルルーシュやマオと違うのは、ここからだ。

彼はほとんど例のない、発現当初から両目に紋章が浮かんでいたギアス能力者だ。
もちろんマオのように常時発動しっ放しではなく、制御出来る。
それを面白がったV.V.は、彼が自身の目的を達していることを理由にこう持ちかけた。

『ねえ、ボクとも契約してみない?』

ギアスを他人に与えることが出来る者を、"CODE所持者"と言う。
世界に2人、とは残念ながら断言出来ないが、とにかくC.C.とV.V.はCODE所持者であり。
例になく契約元が2人となったエヴァンの"ギアス"は、進化した。
…それも、制御不能となることなく。

「それで? 何の用なんだ?」

C.C.はエヴァンの問いに回想を中断する。
「お前、『ゼロ』を知っているか?」
念のために尋ねてみると、馬鹿にするなと笑いが返った。
「出入り出来る研究者の何人かと、他の子たちが情報を持って来てくれるさ。
それで? ブリタニアに反逆してる『ゼロ』がどうかしたか?」
「私の今の契約者だ」
ピュゥ、と口笛が吹かれた。
「へーぇ、そいつは面白い話だな。それで?」
「明日、『ゼロ』がこの嚮団を襲撃する」
「…話が飛び過ぎだ」
「まあ、聞け。アイツは変わった人種でな、この私が心底惚れ込んだ男なんだ」

気持ちよく続いていた会話のキャッチボールが、初めて途切れた。
「…あんたからそんな話を聞く日が来るとはね」
真実驚いたらしいエヴァンに笑いつつ、C.C.は続ける。
「思い出したのさ。私がお前をここに連れて来たときに、お前が言った言葉を」


−−−ギアス持ってるからって、裏の世界ばっかり見せる必要ないのにな。


エヴァンの口元が深く弧を描く。
「ふぅん…? つまり、その『ゼロ』に協力しろって?」
C.C.は頷いた。
「話は私が付けておくさ。お前、ロロという子供を知ってるか?」
「ロロ? …あ、早くから暗殺要員にされてたヤツか?」
ふわふわしたシェナブラウンの髪の、男の子だったっけ?
「2年くらい前に、長期任務だからって報告に来たよ」
それを聞いたC.C.は、何となく呆れてしまった。

「お前…本当に懐かれてるな…」

人望を集める人種というのは、いろいろな種類が居るものだ。
嘆息しているC.C.に、エヴァンは肩を竦めてみせる。
が、彼が次に発した言葉はまったくの別物。

「24時間以内に、大部分のギアス使いと友好的な研究者たちをまとめることは出来る。
ただし、『ゼロ』に対してどうするかは俺が決める」

C.C.はいつものように、高慢に返した。
「ああ、それで良い。その返答だけで、もう私の用は済んだ」
期待しているよ、と残して去ろうとしたC.C.を、エヴァンは呼び止めた。
「ちょっと待て。もう1つあった」
「?」
振り返っても、珊瑚礁の海を思わせるラピスブルーの眼は見えない。
(あのバイザー…。まさか、ギアスに浸食されたのか?)
だとしたら残念だ、と思いながら、エヴァンの言葉を待つ。

「数を減らしたくなかったら、最低限の人数で来い。KMFも外で使えって言っておけ」

それもそうだ、と苦笑した。
「ああ、忘れてたよ。ちゃんと伝えておく」
お前のギアスについては、面白そうだから伝えずにおくさ。
C.C.の笑みに、楽しみだとエヴァンも笑った。
明日、彼のラピスブルーを目に出来ることを願って、C.C.はくるりと来た道を引き返す。

(ルルーシュ、お前はどう対するんだろうな? "最凶のギアス能力者"に)
デンの林檎と蛇

さあ、どっちがどっち?

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08.9.7/改訂11.7.26