18.
アッシュフォード学園、クラブハウス。
ルルーシュの影武者としてその姿を借りた篠崎咲世子は、1分後に実行される計画を反芻した。
(ルルーシュ様、ロロ様、どうかお怪我の無きよう…)
ジェレミアという忠義に篤い人間が居るから、大丈夫だろうとは思っている。
酷い一撃を受けたが、咲世子はジェレミア・ゴットバルトを信じることにしていた。
(私の目が節穴でないのなら、あの忠義は紛れもなく本物)
…あと30秒。
咲世子が命じられたのは、ここで最低限『ルルーシュ』という存在を認識させること。
そして、ある人間を欺くための策を打つこと。
…あと10秒。
(『ゼロ』であるルルーシュ様を演じる。確保すべき時間は、10秒)
さあ、時間だ。
目の前にある起動されたままのパソコンの、回線接続ボタンを押す。
画面に映った姿はルルーシュが話したそのままで、咲世子は『ゼロ』であることを己に徹底した。
「やあ、初めまして。V.V.」
この計画は、V.V.の正確な位置を掴むと共に、嚮団の出口をすべて調べ上げ潰すことにあった。
「出口を潰すというよりは…ああ、"出ようとする"連中を叩く?」
「そうだ。特に、研究資料を持ち出そうとする連中をな」
ズシン、という地響きが轟く。
「これは?」
「外だ。直属の隊を展開させている」
「KMF対策?」
「そんなところだ」
適当に流れる会話が聞こえたらしく、C.C.が意味ありげな笑みを向けて来た。
「なんだ、私が危惧するほどではなかったか」
なかなかに気が合うと見える。
ルルーシュは肩を竦めただけだったが、エヴァンはC.C.を面白そうに眺めた。
「あのC.C.が心配…ね。人間、変わるもんだな」
ムッと眉を寄せた彼女に笑い声を1つ投げて、エヴァンは身を寄せ合っている子供たちへ近づいた。
「喜べ。コイツらは、ここから出るのに協力してくれるってよ」
ざわつく彼らの中で、不思議そうに首を傾げる子供が居た。
「だって、『ゼロ』は"せいぎのみかた"なんでしょう?
"せいぎのみかた"って、たすけてくれるひとだって、ぼくきいたよ」
くすり、とC.C.がまたも嗤う。
「有り難い話じゃないか。お前はまだ『正義の味方』らしい」
もはや懐かしいとも言える単語だ。
エヴァンは確認を取るようにルルーシュを振り返る。
「ここから出ようとする人間を逃がしてはいけない。あらゆる資料も持ち出させてはいけない。
…それで良いんだな?」
頷いたルルーシュは、満足げな笑みを浮かべたエヴァンにあっと気付いた。
しかし遅い。
エヴァンは集まっている嚮団関係者すべてに向けて、言った。
「この嚮団と外を繋ぐ出入り口。俺は正面以外まったく知らないけど、お前らはよく知ってるよな?
どんな出口でも良いから抑えて、研究者や神官どもは絶対に逃がすな。
あいつらに手を貸す連中も、お前たちの判断に任せる。
V.V.とその取り巻き連中に関しては、『ゼロ』が何とかしてくれるそうだ」
彼の言葉が終わるか否か。
子供たちは思い思いに誰かの手を取り、あっという間に駆け出して行った。
駆け出さなかった子供はそれぞれ研究者たちにしがみついたり、身を寄せ合ったり。
大人たちは彼らをまとめ、エヴァンとそして『ゼロ』に軽く頭を下げると、複雑な街並みの中へ走り去って行った。
その可能性を忘れていたことに、ルルーシュはため息を吐いた。
「…どうやら、俺も"常識人"だったようだな」
ジェレミアが眉を寄せ、問う。
「ルルーシュ様、それはどういう…?」
この場には、すでにルルーシュたちとエヴァンしか居ない。
問いに答えたのはロロだった。
「ボクたちはここで、任務を遂行するための存在として訓練され、扱われる。
初めての任務で初めて外に出られるから、それまではみんな…黙って訓練や実験に耐える。
でも、邪魔なんだよ。研究者も神官も、邪魔で邪魔で仕方がない」
任務遂行後、戻って来るのが一番苦痛だった。
同じ任務で組まされるチームの人間を殺してしまえば、どこへ行こうにも自由になる。
けれどその場合は、『裏切り者の始末』という新たな任務が発生するだけだ。
「ジェレミア卿、気付きましたか?我先にと駆けて行ったのは、ボクと年の近い子供だって」
「あ、ああ…。それが…?」
「一度外に出たことがある、でも任務がなければ出られない。
嚮団での生活が"当たり前ではない"と知ったから、いつ不穏分子とされてもおかしくない。
それが、さっきの彼らです。もちろんボクもそうでした」
嚮団の任務で動いているのは、せいぜい18歳くらいまでですよ。
それの意味するところを察し、星刻は目を細めた。
「逃げ仰せる為の知恵がつく前に、嚮団の秘密を漏らされる前に、殺させるのか」
裏切り者の始末という名目の元に。
「…忌々しい」
吐き捨てた星刻に、独り言とも取れる言葉を返したのはC.C.だった。
彼女は足元へ視線を落とし、そして子供たちが走り去った方角を見つめる。
「そうか。私がお飾りとして呑気に過ごしていた間も、足元で子供が死んでいたのか」
空の青が、憎いほどに眩しい。
突然に飛び出して来た、ジークフリードと名のついたKMF。
『ゼロ』によりKMF撃墜の命を受けていた零番隊の面々は、苦戦を強いられていた。
「くっそ!なんだこのKMFは!!」
「攻撃が効かない!!『ゼロ』の蜃気楼ならアイツにも…!」
「バカ!『ゼロ』は中に潜入したんだろーがっ!!」
黒の騎士団の主力KMF、暁。
性能は決して悪くはなく、むしろブリタニアの汎用型KMFに比べると格段に良い。
だが今までのKMFと機構の違うジークフリードは、数の不利などあって無いようなものだ。
「さて、何で『ゼロ』は居ないのかな。また前みたいに裏切ったのかな?」
ジークフリードの操縦席で、V.V.はくすくすと笑う。
『ゼロ』の機体は真っ黒な色をしたもの。
それは、向かってくるKMFの中に居ない。
【V.V.様、そろそろ】
入った通信に、そうだねと相槌を打った。
「こんな雑魚で遊ぶのも飽きるしね。嚮団の引っ越し時かな?」
戻ったら引っ越しの準備をさせようか。
呟いて構え直したところへ、妙な位置から砲撃を受けた。
今までにない衝撃がコックピットを襲い、V.V.はチッと舌打つ。
「誰だい?ジークフリードの弱点を知ってるのは!」
地下の街を襲う揺れが、段々と激しくなって来た。
ルルーシュは急ぐべきかと思案する。
「C.C.、ジェレミア、お前たちは"彼ら"のサポートに付け。
不測の事態が起こったら、お前たちがしたいように動くんだ。…俺の意思は考えるな」
「ル、ルルーシュ様?」
「ロロ、お前もだ。お前が助けたいと思うなら、お前の手の及ぶ限り救えば良い」
「兄さん…?」
仮面に遮られ、ロロもジェレミアもルルーシュの表情が分からない。
けれどただ1人、C.C.だけは頷きそして苦笑した。
「本当に、呆れた男だ。その優しさの範囲を狭めても、バチは当たらんだろうに」
訳が分からず動けない2人を、C.C.は引っ張る。
「ほら、行くぞ」
ジェレミアは、それが命ならばと己を納得させたようだ。
しかし、ロロはまだ動かない。
「…兄さん、」
真剣味を帯びた声に尋ねられ、ルルーシュは肩を竦めて仮面を外す。
「なんだい?ロロ」
幾度か口ごもったロロは、ようやく言葉を見つけて吐き出した。
「ボクに、助けることが出来る?」
ルルーシュは、いつも兄として彼に向ける笑みを向けた。
それはロロが大好きなもので、外の世界の明るさよりも眩しいと感じたものだった。
「当たり前だ。俺を守れるお前が、別の誰かを守れないわけがないだろう?」
だから、本当に嬉しくて頷いた。
「…うん」
そして再び仮面の『ゼロ』に戻った兄へ、思い出したことを投げる。
「兄さん!もし"母さん"に会ったら捕まえておいてね!話したいことがいっぱいあるって!」
「ああ、分かった」
先へ行ったC.C.とジェレミアを追い掛け、ロロもまた複雑な街並みへと姿を消した。
彼らの姿を見送ってから、星刻はルルーシュへ尋ねる。
「…彼の母親が、ここに居るのか?」
いいや、と答えたのはエヴァンだった。
「生みの親じゃないな。あいつの両親は、あいつを連れてここから出ようとして殺されたよ」
本人は知らないというか、覚えてないけどな。
酷い世界というものが己のすぐ傍にも広がっていると、痛感する。
「…そうか。ここは、生まれ故郷なのか」
彼らが望む望まないに関わらず、区切りをつけねばならない場所。
ルルーシュはロロたちを送り出した方向に背を向け、地響きの強い天井を見上げた。
「ところでエヴァン。2年も監禁されていたようだが、目的地は分かるのか?」
今さらだろ?と笑いが返る。
「ご安心を、Dragoon。あんたたちが来る前に確認済みさ」
万物の尺度は人である
「人間は万物の尺度である」/プロタゴラス(哲学者)
前の話へ戻る/閉じる
08.9.20