20.




前方に突如として落ちて来たのは、おそらくKMFだった。
轟音と衝撃波が辺りを薙ぎ払い、瓦礫と爆風がすべてに容赦なく襲いかかる。
ルルーシュはあっと思う間も無く星刻に庇われ、一帯が静かになるまで何も分からなかった。

仮面をしていたことが、今回は限りなくプラスへ働いたらしい。
「っ、星刻!」
最強の騎士候と謳われた母の能力が、なぜ自分には無いのか。
ルルーシュが己の力を嘆くのは、こういった危機的状況に陥ったときだ。
砂塵が舞い周囲も見えないこの状況では、仮面などさらに視界を狭めるものでしかない。
何とか起き上がったルルーシュは、もどかしくも仮面を剥ぎ取る。
「星刻!」
ルルーシュの声にゆっくりと身を起こした星刻は、身体を支えた左腕に鈍痛が走り眉を顰めた。
それを見逃すルルーシュではない。
だが星刻は何かに気付いたのか、素早く片膝を立て剣を構えた。
カチン、と微かに鳴った鍔の音が、ルルーシュにも別の誰かの気配を伝える。
(誰だ…?)
星刻は、収まりを見せて来た砂塵に目を凝らす。
エヴァンの気配ではない、別の人間の存在。
それが、そう遠くない位置にある。
瓦礫や砂を踏みつける、堅い音が断続的に響いた。

「えぇい!V.V.!!」

突然に大声を発したその気配は、どうやら女らしい。
星刻の後ろでルルーシュがハッとするのと、その女がこちらの気配に気付いたのは同時だった。
キン、と剣を抜く音が鳴る。
「…そこか」
低い、それは戦いに慣れた武人の声だ。
慎重に近づいて来た硬質な足音が、星刻の間合いに入る。

瞬間、聴覚を切り裂くような金属音が鳴った。

鍔迫り合いの相手を見て、星刻はどこかで見た顔だと記憶を探る。
一方の相手は、星刻を見て忌々しげな言葉を吐いた。
「ちっ、新手か…!」
何手か交わし、距離を取る。
左腕に上手く力の入らない星刻は、相手の技量を静かに見極めた。
(少し、手こずるな)
だが不意に驚いたような顔をした相手は、星刻の後ろを見ていた。
砂塵が、消える。
「ル、ルーシュ?!貴様、なぜここに…!」
星刻の剣を持つ手にそっと触れ、ルルーシュはその前に出た。

「それはこちらの台詞ですよ。コーネリア姉上」

道理で見覚えがあるはずだ、と星刻は納得する。
1年前まで、彼女は皇族でもっとも名の出ていた存在だ。
(マリー・アスプルンドの姉か…)
以前メディアで目にした頃と髪型が違う為か、彼女の妹であった存在とよく似ている。
…やはり"姉妹"ということか。
レイピアの切っ先を降ろさず、コーネリアはルルーシュを見据えた。
「『ゼロ』が、この施設に何の用だ?」
ルルーシュは口を開かなかったが、その表情には余裕が戻った。
それが気に食わないのか、他方コーネリアの表情は険しさを増す。
「貴様、まさかV.V.と共謀しているのか…?」
ハッ、と嘲笑が返った。

「随分と単純な答えですね」

明らかに嘲りの言葉だ。
隠そうとしない辺りに、ルルーシュの本音がちらついている。
視線に込めた敵意を強めたコーネリアだが、自分の背後から飛んだ声にぎょっと振り返った。

「へぇ…KMFって、今はこんな綺麗な形してんだな」

星刻とルルーシュの2人とは逆の位置で衝撃を避けていたエヴァンは、落ちて来た物体に興味津々だった。
バイザーを外し、過去に見たことしかないKMFを間近で観察する。
3人分の視線が無意識の呟きに集まったが、それも気にしない。
(ん?2機…?)
砂塵が収まると、KMFの姿がより鮮明になった。
戦闘で体当たりを仕掛けた勢いで落ちたのか、一帯を破壊した主は2機のKMFのようだ。
片方は薄い青で、ルルーシュたちに剣を向ける女性が降りて来たもの。
「…?これ、人型じゃないな」
そしてもう1機は、刺々しいという感想を抱く、色も黄土と緑という奇妙な組み合わせのKMF。
ルルーシュもまた落ちて来たものが2つであったことに気付き、目を細める。
「なぜ貴女が暁に乗っているのですか?姉上」
零番隊には、中へ入るなと命じたはずだ。
「答える義理はないな」
返答は予想通り。
ややこしい事態を想定して、ルルーシュはどうしたものかと考える。
しかしその思考は、暁と共に沈黙しているKMFを判別した途端に飛び散った。
(ジークフリート…!)
エヴァンが首を傾げるKMFは、ブラックリベリオンでジェレミアが乗っていたものだ。
ブリタニア軍には正規で入っていない、それこそ嚮団で開発されたKMFだと本人の口から聞いていた。
(それがここにある…しかもコーネリアと戦っていた?)
となると、高い確率である予測が立つ。

ルルーシュとコーネリアの睨み合いは、上から投げられたエヴァンの声で中断された。
「おい黎、ルルーシュ抱えてここ上れるか?」
声の方角を見上げると、エヴァンはただの障害物と成り果てているKMFを足場にしている。
ジークフリートの上に落ちている暁の肩の辺りまで上れば、天井に空いた穴が近い。
ルルーシュを見下ろすラピスブルーが、笑った。

「嚮主の間は、この上だ」



何度か感じていた地響きが、ついに目に見える形で天井を破壊した。
嚮団の地下街から見れば、"空"にいくつも開いた大穴。
"空"であった瓦礫はそう離れていない箇所へ次々と降り、地響きが増す。
「あれは…」
天井の大穴から1機、また1機と暁が侵入してきたことに、ロロは驚いた。

「あいつら、兄さんの命令を…!」

なぜルルーシュがこの地下街へ入るなと言ったのか、考える頭もないのか。
元より、ロロは騎士団の人間が嫌いだ。
『仮面』を盾にして『ゼロ』を信用も信頼もしない彼らが、理解不能だった。
少し先へ行っていたC.C.が、同じく足を止め"空"を見上げている。
「…ちょうど良い。1機奪わせてもらうか」
「?」
意味が分からず眉を寄せたロロに、C.C.はにやりと笑う。
「KMFの方が、出口を塞げるのさ」
ここから抜け出すのは得意だったんだと言う彼女に、嚮主という名も困り果てたに違いない。
「それよりもロロ、お前は見分けがつくんだ。早く行け」
嚮団に足を踏み入れるのが何年ぶりかというC.C.は、子供たちの見分けがつかない。
エヴァンを慕う友好的な存在か、それとも嚮団の柱となっている存在か。
間違えてしまえばこちらの生命線に関わり、洒落にならない。
あちらこちらで散発する銃声や悲鳴が、それを如実に語る。

(なあ、ルルーシュ。すべてを愛するというのは、とても難しいな)

ロロを見送り、C.C.は銃声の向こうでどんな子供が、研究者が、神官が死んでいるのだろうと思った。
(今でもよく覚えている。私にしては珍しく)
"ギアス"の力で生き延び己の目的を達成したエヴァンを、嚮団へ連れて来た日のことを。
外部から新たに入ってくる人間なんて、研究者か"研究材料"のどちらかに決まってる。
そのどちらでもないエヴァンの存在はとても貴重で、そして同じくらいに邪魔だった。

外の世界の方が絶対に良いと、絶望に生きていた子供たちに希望を与えてしまった。
(外から見れば、嚮団のなんと薄暗いことか!)
ただ従順であることよりも、己の意思で受け入れ拒絶する権利を教えてしまった。
(誰よりも自由奔放だった。ルルーシュとはまた違う方向で、この私を振り回す)
何より、嚮団の嚮主だけが対等で在れる『強者』だった。
(暴走直前で進化したギアスを、飼い馴らしたのだから)

考えてみれば、この嚮団という小さな世界でのエヴァンは、今ルルーシュが立っている立場によく似ていた。
(そう。ヤツを慕うか厭うか、そのどちらかだ)
自由と己の存在を手に入れるか、それとも感情を殺してそこそこの平穏を得るか。
嚮団内の小さな"戦争"も、根本は同じだ。
今ある日常を壊したいか、それとも壊されたくないか。
戦っているのが子供たちなら、きっとただ、それだけの話なのだろう。
闘っているのが大人たちなら、あらゆる損得勘定が入って来るのだろうけれど。

不意に風が吹き、暁がすぐ傍に降りて来た。
「C.C.?!なぜここに…『ゼロ』はどこだ?!」
零番隊の人間らしいが、C.C.は幹部以外、騎士団の人間は碌に顔も覚えていない。
質問に答えてやるほど、優しくもなかった。
「お前、これはどういうことだ?『ゼロ』には中に入るな、と命令されたはずだろう」
思った通り、KMFから顔を出していた団員は言葉に詰まった。
「そ、それは…あまりに遅過ぎるからと副隊長が」
(どいつもこいつも、責任転嫁か)
醜いな、と感傷的になっていたC.C.は心中で毒を吐く。
どうせ後には、『ゼロ』が何を考えているのか分からないとでも言い出すのだ。

パン!とどこかで放たれた銃撃が、暁のフレームに命中した。
「な、なんだ?!」
慌ててKMF内部へ戻った団員は、周囲を見回す。
「おい、その副隊長とやらに伝えてさっさと外へ出ろ。話がややこしくなる」
C.C.としては忠告したつもりだったが、どうやら聞こえていないらしい。
別の暁がこちらへ近づいて来るのを認めた彼女は、面倒だと眉を寄せた。
「!」
殺気を感じて咄嗟に建物の影へ飛び込むと、マシンガンの銃痕が砂岩を抉った。
「C.C.だ!」
「嚮主様が捜していた女だ!」
そんな声に混じって、別の方向からC.C.を呼ぶ声がする。
何人かの子供を連れた研究者だった。
「た、助けて下さい!隠れていたら見つかって…逃げ場が、」
ふっ、と自分たちの上に影が出来た。
「避けろ!!」
C.C.はその研究者と子供たちを思い切り押し、自分も一拍遅れて飛び退く。
半瞬後に、先ほどここへ降りて来た暁がこちら目掛けて拳を落とした。
すぐ傍でコンクリートが砕け散り、破片が襲ってくる。
「だから言ったんだ…!」
あの団員は、訳が分からず操縦席で混乱しているだろうか。
それとも、すでに意識もないだろうか。
遠目に、暁を操るように両手を動かす子供が見えた。
「C.C.!これはいったい何だ?!」
近づいて来た別の暁から、外部へ音声が響く。
答える余裕はない。
暁の腕に内蔵されている銃が、まっすぐにこちらへ向いている。
「バカ!よせっ!!」
暁からの怒鳴り声が銃口を向ける暁へ飛ぶが、何も状況は変わらない。

(駄目だ。私が避けたら…!)

後ろで震えている子供たちに当たる。
敵であろう子供からも守れない。

遠目にロロが目撃したのは、凄惨な光景だった。
手が届かなければ守れないと悟るには、十分過ぎるほどの。
「C.C.?!」
もう遅かった。
青空の下の

焦げ茶色の空の向こう

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08.9.28