22.
酷い。
あまりにも酷い。
研究者と子供たちを庇う為に、盾となったC.C.。
それでもKMFに搭載されている武器の前では、人の盾など無意味だ。
「C.C.…っ!!」
恐いね。
あんなのがいっぱい外に居るの?
ロロに比較的近い場所に居た子供たちが、口々にそう言った。
「…させない。生きる為に、君たちはここから出なくちゃ駄目なんだ」
ルルーシュが自分を守ってくれたように、守ってみせる。
己の力が及ぶ限り。
「君たち、ジェレミアがどこに居るか分かる?顔の半分が仮面の男だ」
何人かが頷いた。
「うん。あっちの方」
ロロは彼らが指差した方角を見つめ、そしてまた向き直る。
自分と年の近い何人かに、託す他ない。
「ジェレミアは頼りになる。彼らと合流して、エヴァンさんが戻って来るまで頑張れるかい?」
ボクは、C.C.とあの子たちを助けに行く。
建物の影から窺えば、C.C.たちを撃った暁が新たな獲物を捜している。
1人の少年が、また別の方向を指差した。
「あっちに、乗り物が隠してある」
「乗り物?」
「そう。ながーい乗り物。よく神官が出入りしてる。あそこに集まったら…たぶん」
「…分かった。必ず合流するから」
それだけを残して、ロロは駆け出した。
あの暁が、飛び立ってしまう前に。
操られた暁が、ロロの姿を見つけ銃を構える。
操り主をその傍に見つけ、構うことなく"ギアス"を全開にした。
(っ、さすがに…)
どこに要因があるのか未だに不明だが、ロロの"ギアス"は不完全だ。
…体感時間を止めている間、自身の心臓が止まる。
それは乱発も併用も長時間の持続も不可能な、諸刃の剣。
長くて10秒が限界だ。
距離が距離だけに、"操りのギアス"を持っていた子供を殺害するまでの時間はギリギリだった。
「…っ、」
べっとりと血に染まったナイフを、投げ捨てる。
(ああ…)
本当に、酷い。
血の海の中に元は人であったものが飛び散り、直視したくない。
ふと微かな声が聴こえたような気がして、折り重なるように死んでいた研究者と子供を見遣った。
「!」
一番下に居るらしい子供の手が、動いた。
暁からもっとも遠い位置に居たのだろうか。
声も出せずに硬直していたのは少女で、ロロは血の匂いを堪えながら力尽きた人間の下から助け出す。
無言でしがみついてきた力は、本当に子供なのかと思うくらいに強かった。
「…っ!!!」
ヒッ、と少女が引き攣った声を上げる。
見上げれば、別の暁がロロの傍に降りてきた。
(これは…確か副隊長の、)
スピーカーを通して、震えの隠せていない声が疑問を投げる。
『これ、は…これは、どうして…』
返答を求める先は、生きて活動しているロロだろう。
恐怖に一層しがみついてくる少女の手を引いて、ロロはゆっくりと倒れたC.C.へ近づいた。
(ああ、死んでる…)
身体中が穴だらけだ。
不意にガタン、という音が響き、操られていた暁のコックピットが開く。
どうやら生きていたらしい。
「な、なんだこれは?!お前がやったのか?!!」
瞬時に感情が沸騰して、言葉も出なかった。
突然にするり、と握っていたはずの少女の手が抜け、ロロの感情は一時的に蓋をされる。
「……」
少女は気を失い、倒れていた。
屈んでその小さな身体を抱き起こしながら、零番隊の副隊長(名前は忘れた)の怒声を聞く。
怒声は殺害犯である団員へ向けたものだったが、ロロにとってはどちらも同じ。
静かになったと思えば、2人分の視線が向けられていた。
身の内で猛るのは、例えようのない怒りだ。
少女を抱き上げC.C.の遺体(今はまだ、)の傍で、深く息を吐く。
「…『ゼロ』がなぜここへ入るなと言ったのか、考えようともしなかったお前たちのせいだ」
何が親衛隊か。
"零"の名を冠していながら、守るべきものさえ守らない。
「ここに居る人間は、誰が味方で敵なのか判別出来ない。だからこそ、『ゼロ』は入るなと言った。
…これだから騎士団は嫌いなんだ。自分たちのせいなのに、すべて『ゼロ』のせいにして」
『ゼロ』はここで、1人も殺していないのに。
言葉もないのか単に現状について行けないのか、答えはない。
「!」
C.C.の口が、微かに動いた。
V.V.の亡骸を前に、コーネリアはどういうことだと自問を繰り返す。
「そんな…そんな馬鹿な…。ほんの数十秒で生き返った人間が、そんな…」
それ程までに、V.V.を倒すことに命を賭けてきたのか。
申し訳程度にそんなことを考えながら、星刻は開かぬ扉を見据える。
(…これが分かるのは、C.C.か)
エヴァンの姿までもが消えたことを思うと、扉の向こうに"ギアス能力者"という条件がありそうだ。
どれだけ待ってみても、心の臓に己の手を置いてみても、結果は変わらない。
コーネリアは愕然としながら、混乱する思考を纏めようと努めた。
V.V.の亡骸から目を離し、扉を睨み続ける男を見遣る。
(思い出した。この男、確か…)
自国の情勢には、無関心ではいられない。
当然のことながら、兄シュナイゼルが中華連邦と条約を結ぼうと画策していることは知っていた。
「黎星刻…そうか、お前が…」
天子を擁護する中華の逸材。
こちらを見た星刻に、再度同じ疑問を投げつけた。
「分からんな。なぜお前ほどの人間が、ルルーシュに剣を捧げる?」
主は天子ではないのか、と暗に込めて。
するとくだらない、と感情の籠らぬ声が返った。
「お前も騎士を持っているだろう。その騎士がなぜお前に従うのか、私には分からない」
それと同じだ、とだけ答えて、星刻は再び扉へ視線を戻す。
(騎士…)
ギルフォードはどうしているだろうか、とコーネリアは唐突に思う。
そのずっと後方で、KMF独特の滑走音が響いた。
『わたしを、きょうしゅのまへ』
C.C.の吐息に等しい声は、確かにそう言った。
ロロは気を失った少女を抱きかかえ、操られていた暁へ飛び乗る。
「なっ!」
『おい?!』
副隊長機と操られていた本人が、同時に驚きの声を上げた。
コックピットの淵で、こちらを見上げる"虐殺犯"にナイフを突き付ける。
「降りろ。そして消えろ。お前は騎士団にさえ居る価値がない」
黒の騎士団。
いずれ正面から壊してやろうと心に誓う。
引き結ばれた意思に釣られ、少女を抱える腕にも力が籠った。
訳も分からず団員が暁から降りるのを待って乗り込み、ロロは操縦桿を握る。
未だ目を開けないC.C.をKMFの掌に乗せて、目指す場所を見据えた。
(嚮主の間…!)
飛び込んできた暁に、星刻もコーネリアも咄嗟に身構えた。
あれは敵か、味方か。
暁はコーネリアを無視し、星刻の前で起動を止めた。
(あれは!)
その手に乗せられていたのは、血塗れの女性。
「C.C.?!」
駆け寄った星刻を合図にしたかのように、暁のハッチが開く。
「星刻!兄さんは?!」
ロロがコックピットから飛び降り、星刻へ叫ぶように問い掛けた。
問われた星刻は、苦い表情を隠せない。
最悪の事態を想定し、ロロはきしりと歯を食いしばる。
だがそれ以上は何も言わず、暁の掌に倒れたままのC.C.へ近づいた。
「着いたよ。嚮主の間だ」
弱々しく、そしてゆっくりと、金色の眼が開かれる。
「星、刻、」
吐息に混じるか細い声が、星刻を呼ぶ。
「ここに居る」
ゆるりとC.C.の顔がこちらを向き、金の眼に宿る光が酷い懸念に蝕まれていると気付いた。
己の血で真っ赤に染まった右手がぎしりと動き、星刻へと伸ばされる。
「ルル…シュを、たのむ」
その手に触れた瞬間、星刻の意識は真っ白な光に呑まれた。
「消え、た…?」
信じられないようなことが立て続けに起こり、コーネリアは驚くことに疲れた。
星刻の姿は、先ほどのルルーシュのように消えている。
そしてC.C.の額に浮かんだ紅いギアスの紋章も、薄らと姿を消していった。
星刻を送り出したことに満足して、C.C.は再び瞼を降ろす。
(ああ、これは…時間が掛かる…)
眠ってしまったC.C.に己の為すべきことを考えていると、ロロの耳に再び悲鳴が届いた。
弾かれたように立ち上がり、暁のコックピットへ駆け戻る。
見れば、気を失っていた少女が目を醒まし、KMFという存在そのものに震えていた。
「大丈夫。大丈夫だから。これは、動かない」
少女を抱き締め、ロロは大丈夫だと言い聞かせるように繰り返す。
ふと、それがルルーシュの言葉だと思い出して苦笑した。
(兄弟って、きっとこういうことだね)
少しだけ落ち着きを見せた少女を抱え、暁から降りる。
「!」
そこで初めて、C.C.以外の人間に気が付いた。
「コーネリア・リ・ブリタニア?なぜ?」
いろいろと問いたいこともあったのだが、コーネリアの意識は少女に注がれた。
「その子供は…?」
ロロは侮蔑の笑みを暁へ向ける。
「『ゼロ』の命令に背いた騎士団の人間が、虐殺を起こしたんです」
その被害者、この子もギアス能力者さ。
最後に付け足された言葉は、コーネリアを非難していた。
この子も殺すのかと。
混乱するばかりで、コーネリアは何も答えられない。
すべての事情を知るらしいルルーシュも、消えてしまった。
問い詰めるべき相手が居ないのだ。
(父上…!)
この場に現れた父、そしてその父を弟だと言ったV.V.。
詰問者である少年の視線が自分の隣へ向き、コーネリアは思い出す。
(V.V.…貴様さえ死ななければ)
ロロにしがみついて幾分か落ち着いた少女が、涙混じりに呟いた。
「きょうしゅさま、ねてるの?」
違う。
言葉を失ったロロは、そう返せなかった。
ハンプティ・ダンプティ
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08.10.19