24.




硝子の砕けるような音の次は、ガラガラと崩れ落ちる音。
ルルーシュが驚いて振り返れば、そこにはあの黄昏れた空が在った。
「これは…」
『行け、ルルーシュ』
背後から、C.C.の強い声が飛ぶ。
彼女はルルーシュに背を向け、シャルルを見据えていた。
『エヴァン、お前もだ。お前はルルーシュの協力者であり、ギアスを通じた共犯者でもある』
「C.C.…?」
問い返す言葉に彼女は答えず、なおも叫んだ。

『早く行け、ルルーシュ!お前を呼ぶ声が聞こえるはずだ!』

お前が閉じ込められては、元も子もない!

砕けた箇所から覗く黄昏れの空に、終わりは無い。
地上が見えないことが恐怖を助長するのだと、初めて知った。
ルルーシュは空を見下ろして(我ながら矛盾してる)、再度C.C.を見遣る。
すると肩越しに笑う彼女と目が合った。
『お前に何かあれば、私が文句を言われるんだ。前にも言っただろう?』
己の名を呼ぶ、声が聞こえる。
ルルーシュは苦笑に近い笑みをC.C.へ向けた。
「…本当に、どうしようもない魔女だ」
僅かな躊躇いの後に、ルルーシュは黄昏の空へ飛び込んだ。
落ちたのか飛んだのか、その判断は誰にも出来まい。
「…そうさ。私は"C.C."だからな」
ルルーシュの居た場所を再度見つめ、C.C.は微笑む。

「お前の願いは"CODE"を移し、死ぬこと。なぜルルーシュを庇う必要がある?」

シャルルの問いに、C.C.は視線を正面へ戻した。
『私はお前たちが信じられなくなったから、嚮団を出た。
杞憂だったか、と気まぐれに戻ったのがエヴァンのときだ』
「しかしお前は、再び姿を眩ませた。アーカーシャは完成していたというのに」
『そうだ、シャルル。マリアンヌが死に、お前がルルーシュとナナリーを日本へ送ったから。
そしてまた私は、お前たちの計画に疑問を持った』

マリアンヌがいつも自慢にしていた、息子。
日本へ渡ったC.C.は、身を隠しながらルルーシュを見守っていた。
…帝国が、戦争を仕掛けるまでは。
クロヴィスに捕らえられたのは不覚だった、と懐古する。
「あれはお前が言ったものだったな。シャルル」

大事なものは、遠ざけておくものだと。

いきなり腕を掴まれ、C.C.は勢い良くそちらを見た。
『エヴァン?!』
本来の色彩をした眼は美しい珊瑚礁の海を思い出させ、ハッと息を呑む。
「ほら、お前も戻るんだろ?」
エヴァンはまるで当然のように、そんなことを言った。
『待て!私は…!』
「残してったら、俺がルルーシュに文句言われそうだからな」
呆気に取られたC.C.越しに、皇帝の姿が見える。
もう少し話を聞いてみたかった気もするけど、とエヴァンは小さく呟いた。

改めて黄昏の空を見れば、やはり果てしない。
(すげーな…)
迷いなく飛び込んだルルーシュは、やはり大物だ。
「?!」
飛ぶか、と覚悟を決めたそのとき、不意にC.C.の腕を握っていた手が空を切った。
慌てて自分の手を見下ろすと、そこには何も無い。
「な…」
『時間切れ、だ。ルルーシュに感化されたな、私も』
少し無茶が過ぎた。
粒子のような光になって、呆れたように笑ったC.C.の片腕が消える。
腕だけではない。
彼女の姿それ自体が薄くなり、光の粒に化けていく。
事態を察し口を開こうとしたエヴァンを、C.C.はまだ形の残る片手で遮った。
『しばらくの間だけだ』
だからお前も、ルルーシュを頼む。

C.C.は柔和な笑みを浮かべ、エヴァンを黄昏の空へと突き落とした。



ピクリとも動かない、長い金髪をした子供。
ロロは震えそうになる身体を抑えて、ゆっくりと近づいた。
「V.V.が、死んだ…?」
なぜ?
不老不死で、死なない存在であったはずなのに。
おそるおそる指先だけで落ちた手に触れれば、とても冷たかった。
呼吸をしている気配もない。
(ああ、本当に)
死んだのか、V.V.が。
目の前に片膝を付いてしゃがみ、ロロは震える声で囁く。

「…"母さん"、V.V.が死んだよ」

その場に留まっていたコーネリアは、自分を睨みつけた少年の挙動を注視する。
V.V.に肉親を殺されたのだろうかと考えるが、誰が被害者で加害者なのか。
本当に、何を憎めば良いのか。
コーネリアは眉を寄せて考え込み、危うく奇妙な言葉を聞き逃すところだった。

「母さん。"そこ"に居るんでしょう?早く、出て来てよ」

どういう意味だ。
少年は明らかに、V.V.の亡骸に対して語りかけている。
(まさか、狂ったのか…?)
そこまでV.V.の存在が大きかったと言うのか。
彼は亡骸へ問い掛けることを止めない。

「…ねえ、早く。早くしないと、身体が使えなくなる!」
V.V.の姿であったことに意味が在るのなら、早く!

叫んだ少年へ、コーネリアは思わず駆け寄った。
「これはただの死体だ!お前は何を言っている?!」
目を醒ませと肩を強く掴まれても、ロロはコーネリアを振り返ろうとはしなかった。
もう一度、声を張り上げる。

「母さん!!」

カッと足元が輝き、コーネリアは咄嗟に飛び退いた。
V.V.の亡骸を中心に円を描いた光は収まりを見せず、さらに異様な光景を彼女に見せつけた。

無風の中で、長い金の髪がふわりと巻き上がる。
負っていた傷が、瞬く間に消えていく。
白く土気色に変わりかけていた肌の色が、温度を持つ色に変化する。
閉じられていた瞼が微かに震え、スローモーションのように持ち上げられていく。

その額には、蒼い鳥のような紋章が浮かび上がった。



「ルルーシュ!!」

強く名を呼ばれ、ルルーシュは方角も分からぬまま反射的に手を伸ばした。
伸ばした手は途端に痛い程に掴まれ、落下が止まる。
ハッと目を開けると自分の足が下に見え、身体の全体重が掴まれた片腕のみで支えられていた。
「そのまま、動くな…!」
声を見上げれば、自分を支える星刻が見えた。
「星、刻…」
程なくして地面のある場所へ引っ張り上げられ、ルルーシュは反動でそのまま星刻へと倒れ込んだ。
「ここ、は…」
見渡せば、最初の黄昏れた遺跡だった。
シャルル・ジ・ブリタニアは、『アーカーシャの剣』と言ったか。

また、ガラガラと何がが崩れる音がした。
音の方向を見遣ったルルーシュは、目に入った光景に眉を寄せる。
「不味い。早く出ないと…」
いったいどこから落ちて来るのか、霰(あられ)のように黄昏の空から瓦礫が降ってくる。
星刻はルルーシュを立たせ、周囲を見回した。
「…魔女が、別の出口を用意すると言っていた」
「C.C.が?」
揃って黄昏れた空間へ目を走らせると、一角に視線が吸い寄せられた。

遺跡が途切れる接地面から、空間を斬るように線が走る。
線は縦に長い長方形を描いて、次の瞬間には真っ白な扉に換わった。
真っ白な扉は、2人を誘うように独りでに開く。

他に出口は無い。



ゆっくりと開かれた眼は、ロロに似た赤みがかった菫色をしていた。
静かな笑みを刻んだ唇が、彼の名を呼ぶ。

「しばらく見ない内に、良い顔をするようになったな。"ロロ"」

焦燥に彩られていた表情に、僅かながら光が射す。
「母さん!」
抱きついてきた彼をそっと抱き返して、"V.V.であった者"は笑みを零した。
(ああ、やはり…"王"に頼んで正解だった)
この子がこのような表情をするなど、想像さえ出来なかったというのに。
自分の手をぎゅっと握って立ち上がったロロの向こうへ、"彼女"は同じく微笑みかける。
「どうした?化け物を見たような顔をして」
お前たちが"化け物"と呼ぶ存在には、散々出会って来ただろうに。
言われたコーネリアは、開いた口が塞がらない。
「そんな…バカな…!」
V.V.が息絶えたと知り吐いた台詞を、違う意味で再度吐く。

「どういうことだ!V.V.は…あの化け物は、死んだはずだ…っ!」

"化け物"という言葉に少年の視線が鋭く変化したが、構う余裕などあるはずもない。
コーネリアのもっともな疑問に対し、"彼女"はあろうことか頷いてみせた。
「そうだよ。V.V.は死んだ。わたしはV.V.ではない」
まったく同じに見えて、違う。
V.V.の声は、このような高めのトーンだっただろうか。
V.V.の手は、このような柔らかみがあっただろうか。
V.V.の眼は、このような色だっただろうか。

その額に、蒼い紋章など。

震えそうになる声で、コーネリアは問う。
「ならば…ならば貴様は、誰だ?」
"V.V.であった少女"はルルーシュに良く似た笑みで、儀式の如く告げた。


「わたしの名はV.V(ヴィー・ツー)。刻(とき)を司り、『時』と共に在る魔女」
 は 満 ち た

さあ、億の夜でも足りぬ物語を

前の話へ戻る閉じる
08.12.5