26.




「兄さん!」

ハッと目を開ければ、そこは嚮主の間だった。
「良かった…無事で」
泣きそうなロロの笑顔が見える。
(戻って、来たのか)
だが自ら"CのCODE"と名乗った人物との会話は、記憶に刻まれている。
(Cの世界…アーカーシャの剣…CODE…。時間が欲しいな)
この目で見てきたものと、聞いたものを整理したい。
「星刻?」
ルルーシュは、自分の後ろで驚く気配を見せた星刻へ問う。
彼の視線はロロの隣に固定されていた。
「生き返った…?!」
何を、そんなに驚く必要があるのか。
C.C.が生き返る様を、彼は幾度か目にしてきたはずだ。
ロロの隣で、金髪の子どもが笑む。

「ふふ。神根島以来だな、我が王よ」



−私は、Cと呼ばれるCODEとも言える。
どういう意味だ?
−CODEの起源は誰も知らない、私も知らない。
気付けば存在していた?
−そう。"私たち"はそうして生まれ、存在してきた。
他にも、仲間が?
−私がごく最近で確認出来たのは、Vだけだったな。
死んだ、ということか…?
−いいや。CODEは消滅こそすれ、死にはしない。
意味が分からないんだが。



「…お前は、V.V(ヴィー・ツー)か」
「そうだよ。覚えていてくれて良かった」
そうして"彼女"が浮かべた笑みを、ルルーシュは知っている。
神根島で、まるで母親のようだと思った、それ。
ふと気付いた。
「C.C.…?」
アーカーシャの剣に現れ、Cの世界へ脱出させた張本人は?
見慣れたライトグリーンは、すぐ目の前にあった。
「C.C.!」
暁の掌で、仰向けに倒れている姿が。
血塗れだが、傷は既に消えている。
「おい、C.C.! 起きろ!」
死んでもすぐに目覚めていたはずが、今回は状態が違う。
C.C.へ呼び掛けるルルーシュを見つめていたロロは、背後で砂利を踏む音を聞いた。

「…どこへ行く気ですか? コーネリア・リ・ブリタニア」



−CODEはいずれ力を失い消滅するが、それがいつかは分からない。
それで?
−人に宿っていないだけで、存在し続けているCODEもあるから。
人に宿っていない?
−そうだ。"生きる"という強い意志がCODEを呼び、宿す。
生きる…。
−空に、地上に、海に。獣や鳥たちの方がよほど意志が強い。
お前たちに分からないだけで、他のCODEが世界のどこかに存在し続けている?
−ああ。そしてまた人へと宿る、そんなCODEもあるだろう。
ギアスは、その一端か?



「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ちゃんとしますから…!」
ルルーシュの呼びかけでパチリと目を開けたC.C.は、目を見開いて後ずさった。
ぽかんとしたのは、何もルルーシュだけではない。
コーネリアに銃を向けていたロロも、彼らを見ていた星刻も。
「C.C.…?」
思わずルルーシュが問い返すと、彼女ははたと気付いたように目を瞬いた。
それでも彼女は、彼らの知るC.C.とはあまりに違いすぎる。
「あ、あの! 新しいご主人様ですか?!」
C.C.はじっと見つめてくるルルーシュに何を勘違いしたのか、おどおどと指折り話し始めた。
「わ、わたし、ちゃんと働きます! 出来ることはお掃除とお洗濯と…。
お料理は下ごしらえまで、数は20までなら…。ええと、それから…」
まさか、とルルーシュの脳裏に記憶図書館の絵画が過(よぎ)った。
「C.C.…お前、」
手を伸ばそうとすると、彼女は途端に悲鳴を上げた。
「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい…!!」
自分の頭を庇うように両手を交差させる姿は、嫌でもルルーシュに確信を持たせた。
触れようとした手を収め、脅かさぬよう優しく話し掛ける。
「大丈夫だ。誰もお前を殴ったりしないよ」
怯える兎のように、C.C.は交差させた腕の隙間からそっとルルーシュを見上げた。
「少しの間、ここで静かにしていてくれるか?」
ふわりと笑んだルルーシュに、彼女は僅かに頬を赤らめてこくりと頷く。
彼女がぼんやりとしてる間にルルーシュはその頭をそっと撫で、立ち上がる。
まずは、目の前のことから片付けなければ。

「このまま貴女を行かせるわけにはいかないので、少し話をしませんか? 姉上」



−ギアスはきっと、貴方たちの言う"願い"だよ。
願い?
−そう。生きたいと願う力そのもの。
お前が見てきた者たちは、皆そうだったのか?
−なぜ生きたいのか分からぬまま、けれど死を拒絶したのは貴方もだろう?
ああ、そうだな。
−我が友の愛する王よ、貴方はギアスとCODEを、何だと思う?
今、お前が言っただろう。
−それは私の推測であり、他の人間が言った言葉でもある。
俺の知っている人間は、悪魔の力だと言ったよ。
−面白い意見だ。神の力だと言われていたのに。
『神』など、この世界に居るのか?
−さあ? 私には、人間の概念はよく分からない。



「話、だと?」
「そうですよ。俺に尋ねたいことが随分とお有りでしょう?
俺も、貴女に訊きたいことがいくつかあります」
カツンとブーツの踵を鳴らし、コーネリアはルルーシュへと向き直る。
ルルーシュはコーネリアに銃を向けるロロへ声を投げた。
「ロロ、銃を降ろせ」
案の定、懸案に満ちた声が返った。
「…なぜですか?」
危険だと分かっている相手に銃を向けることは、ロロにとって当たり前のことだ。
それがルルーシュに対する敵意だとすれば、なおのこと。
だが当の本人は、ロロへ微苦笑を向ける。
「その子が怯えている」
「え?」
まったくの想定外であった回答は、ロロに子どもの存在を思い出させた。
銃を降ろさぬままそちらを見れば、彼が救い出した少女は戸惑いと怯えを交えた目でロロを見上げていた。
その目は時折、救いを求めるようにルルーシュへと向けられる。
少しだけ、肩の力が抜けた。
(…いざとなれば、"ギアス"が在る)
兄さんには適わないな、と胸の内で呟いて、ロロは銃を懐に仕舞った。
そうして少女へ苦笑を向け、彼女の視線に合わせて屈み込む。
「ごめんね。もう、大丈夫」
暁は誰かが乗らない限り動かないし、ルルーシュも星刻も、コーネリアも武器は表に出していない。
彼らをそっと1人ずつ見た少女は、ロロへ駆け寄るとぎゅっとしがみつく。
ロロは少女の背をあやすように軽く叩いて、彼女が落ち着いたところで抱き上げた。
ルルーシュを振り返れば、良く出来ましたと柔らかな笑みがロロに注がれる。
(…もう、本当に)
この人には、適わない。



誰かが『神の力』だと言ったなら、お前たちの存在がそうだったんじゃないか?
−ふふ、残念ながら、それを見事に否定した人間が居たよ。
どうやって?
−あの人間は言った。『神は死んだ』と。
それは…哲学者か。
−そう。『神は死んだ』として、人間の生を強く主張した。
となると、"ギアス"は本当に人の"願い"が形になっているのかもな。
−こら、私の言葉で答えを左右されないでくれ。
されてないさ。俺は神も悪魔も信じていないし、そう言われるのはいつだって人間だ。



(これは、なんだ?)
コーネリアはルルーシュと少年、そして幼い少女のやり取りを、理解出来ないものとして見つめていた。
(『ゼロ』は、ユーフェミアを殺した)
最愛の妹に最悪の汚名を着せ、挙げ句に妹は遺体さえ遺さず死んでしまった。
異母弟クロヴィスも、殺された。
『ゼロ』は同じ異母弟である、『ルルーシュ』だった。
(これは、なんだ…?)
では目の前で、少年へ母親のような笑みを向けている人物は?
9年近く前の記憶でしかないが、あの笑顔は知っている。
慈しむようなあの優しい顔は、彼の母が彼とその妹へ、そして彼自身が妹へと向けていたものだ。
『わたし、ルルーシュのおよめさんになるの! ね、ルルーシュ!』
『だめです! おにいさまはわたしのです! ユフィねえさまにはあげません!』
今でも鮮明に思い出せる、美しい思い出がある。
だからこそコーネリアは、目の前の状況を理解出来ない。
いや、理解したくなかった。



今の俺が似たようなものだろう。評価は救世主か悪魔か、そのどちらかだ。
−貴方を賛美する者は貴方を『神』と呼び、貴方を憎悪する者は『悪魔』と呼ぶ?
そう。決めるのは結局、『人間』だ。神でも悪魔でもない。
−では、私たちという存在は?
さあ? それこそ、"神のみぞ知る"だ。
−…躱さないでもらいたいものだな。だが、中々に興味深い意見だった。
それは…褒められたと思っていいのか?
−おや、魔女と人間の価値観は違うのだろう? 意趣返しだ。
…黙れ魔女。
−ふふ、私はC.C(セィ・ツー)だからな。



コーネリアの"迷い"という感情を見たルルーシュは、彼女へと片手を差し出す。
「真実を知る勇気を、貴女は持ち合わせていますか?」
「なに…?」
差し出された手の意味を、計れない。
ルルーシュは表に向けていた掌を、なぜか裏返してみせた。

「貴女が見てきた事実、信じていた現実。そのすべてを覆す『真実』を視る。
帰る道の無いそれを目にする勇気が、姉上にはありますか?」



−貴方のもう1人の仲間も、じきにここへ来るよ。
エヴァンか。
−彼も興味深いから、少し話を聞いてみようかと思って。
じゃあ、俺たちはもう行く。
−そうか。出口はもう、知っているか。
ああ。匿ってくれてありがとう。
−どういたしまして。貴方が二度と、ここを訪れずに済むことを祈るよ。

−さようなら、"ルルーシュ"。

さようなら、"CのCODE"。
との遭遇

誰もが知っている「つもり」

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09.1.15