27.
エリア11、ヨコハマ港。
ギルバート・G・P・ギルフォードは、指定を受けた倉庫の扉を用心深く開く。
中には誰も居ないようだ。
(時間も場所も、ここで合っているはずだが)
事の発端は、数日前に入った発信相手の分からぬ電話。
『貴方の探している皇女の居場所を、知りたいですか?』
機械で変えられた声は、性別すらも分からない。
相手は場所と日時のみを一方的に告げ、こちらの返事も聞かずに通話を切ってしまった。
無視することも出来たが、ギルフォードはこうしてここまで来ている。
(…姫様)
コーネリア・リ・ブリタニアが姿を消して、もう1年近くの時が過ぎた。
自ら姿を消したからには相応の理由があろうが、ギルフォードには己の力のみで彼女を捜す力が足りない。
「!」
カツン、という靴音が響き、ギルフォードは音の方角へ銃を向ける。
「お待ちしておりました。ギルバート・G・P・ギルフォード卿」
暗くて見難いが、どうやら女性らしい。
「…君が、私をここへ呼び出したのか?」
「お知りになりたいのは、そのことですか?」
問い返され、ギルフォードは押し黙る。
暗がりの女性が、右手に持つ何かをこちらへ見せた。
「ここに1枚の航空券があります。着いた先の空港へ、ジェレミア・ゴットバルト卿を迎えにやりましょう。
…それが、私の仕える主の指示です」
ここへ置いておきますね、と女性は自分の足元へ重しと共に"それ"を置いた。
一礼し再び姿を消そうとした彼女へ、思いつきのように問う。
「君の主が誰か、訊いても?」
彼女は笑ったようだった。
「私はただのメイドゆえ、出過ぎた真似は致しません」
スッと暗がりへ姿を消した相手を追えば、気配も無い。
仕方なく銃を仕舞い、ギルフォードは床に置かれたチケットを拾った。
手持ちのペンライトで紙片を照らせば、便名も空港もすべて正規の航空便だ。
行き先には『Australia』と書いてある。
「なぜまた…あのような何もない国へ?」
南の五大大陸が1つ、オーストラリア共和国。
国土の半分以上が砂漠か乾燥地帯、サクラダイトのような資源も出ない。
そのため、ブリタニアの侵略地図から免れている地域だ。
もしこの国にコーネリアが居るというなら、いったい何のために?
「その皇女が、俺たちを害さない根拠はあるのか?」
強い敵意を込めた声が、ルルーシュの背後からコーネリアへと投げられた。
声の主を見たコーネリアは、ギクリと身体が強張る。
(なんと禍々しい!)
紅か緋色か、美しく輝く赤の眼が、一対。
ルルーシュよりも年上であろう青年が、忽然と現れた。
「嚮団に資金を出し続けているのはブリタニア。研究者を引き入れるのもブリタニア。
戦場から子供を連れて来るのも、実験するのも、殺させるのも、すべてブリタニア」
ゆっくりと距離を詰めてくる青年に危険を覚えるが、そこで気付く。
(身体が…?!)
ルルーシュは振り返らず、声の主が自分より一歩前で立ち止まるのを見ていた。
エヴァンはギアスを発動させたまま、なおも続ける。
「ブリタニアの論理は『強者の支配』だ。当然、アンタもそれに殉じる覚悟を持っているよな?」
再び足を進めた紅い眼の青年は、もうコーネリアの目の前に立っていた。
首に手が掛けられ、背筋が凍る。
「アンタは『強者』じゃない。俺たちの世界を壊そうとするなら、」
すぐにでも殺す。
首を絞める動作だけで、エヴァンはコーネリアから離れた。
まだ、身体は動かない。
「気が済んだか?」
「少しはな」
ルルーシュを振り返った彼の眼は、元のラピスブルーに戻っていた。
ギアス能力者を"生産"し続けたブリタニアの人間に、とやかくいう権利は無い。
その"ブリタニアの人間"の中にルルーシュが含まれるかどうか、現段階では不明だ。
ルルーシュはロロへ尋ねる。
「他の子供のことは、分かるか?」
ロロは少女を抱えたまま頷き、ある方向を指差した。
「この方角に、乗り物が隠してあると言っていました。だから他の子たちを集め、ジェレミア卿と合流しろと」
「乗り物…?」
この嚮団の詳しい話は、ルルーシュには分からない。
エヴァンを見ると彼も首を横に振り、C.C.を振り返ったものの、そういえば記憶喪失だった。
残るもう1人を思い出し、そちらを見る。
「…V.V」
名を呼んだだけで、彼女は笑みと頷きを返してみせた。
「それはおそらく、この嚮団の"引っ越し用"の乗り物だ」
「引っ越し用?」
「そう。世界各地に散らばる遺跡の力を繋ぎ、空間を繋げ、嚮団の人間を移動させる。
人間を移動させてから遺跡の力を強め、街それ自体を移動させるのさ」
神根島の遺跡も数に入るのだろう。
人智を越えたその力は、空想の世界で言う『空間転移』というものか。
V.Vを道案内に皆を先に行かせ、ルルーシュはしばし考え込む。
「…零番隊のことですか」
断定された星刻の問いに、頷きを返した。
「まだ内部に居るだろう。まったく、面倒なことをしてくれる」
さてどうするか、とルルーシュが首を捻る間に、星刻は放置されていた暁へ乗り込む。
残弾数は心許ないが、十分に動きそうだ。
「まずは零番隊を撤退させるか…。おい星刻、腕は」
「問題ない」
「わけがないだろう、まったく…」
ため息をつきながらも、ルルーシュは暁の掌へ飛び乗った。
彼が仮面を付けたことを確認し、星刻は暁を発進させる。
ロロが暁で通った道をそのまま引き返せば、程なく街を見渡せる場所へ出た。
すると『ゼロ』の姿に気付いたらしい暁が数機、こちらへ飛んでくる。
『ゼロ!今までどこへ!』
『この街はなんなんだ?!』
ルルーシュは仮面の奥で再度ため息をつき、予め星刻から受け取っていた内部無線で答えた。
「それを私に問う前に、なぜ私の指示に従わなかったのか答えてもらおうか」
沈黙が返ったそこへ、副隊長機が飛んできた。
『ゼロ! 無事だったのか!』
「…木下。なぜ私の命令を破った?」
『そ、それは…』
「おかげでこの街の住人に、いらぬ犠牲を払わせたようじゃないか」
やはり沈黙が返る。
軽く肩を竦め、『ゼロ』は続けた。
「説明するのも面倒だ。私の代わりに教えてやってくれないか? 星刻。
この街が何なのか、なぜ私がこの街へ来たのか」
『黎星刻だって?!』
大方の予想はしていたので、星刻は特に驚くでもなかった。
が、面倒であることに変わりはない。
モニターの回線を繋ぎ、やれやれと息を吐いた。
「…ゼロ、面倒を押し付けないでもらおうか」
回線の向こうで驚く零番隊の面々を尻目に、クスクスと『ルルーシュ』の笑い声が聴こえた。
「私よりも余程、相応しいじゃないか。ここは"中華連邦の領土"だろう?」
子供たちの"長い乗り物"という表現は、間違いではない。
暗い洞穴へ向かって伸びる線路に、リニアのような列車が停まっていた。
列車の構成は、貨物を含めて8両。
先に集まっていた子供たちは賢明で、列車の窓から見える範囲に足を踏み入れずに居た。
「念のために、中を調べるか」
「そうですね。先に神官たちが乗り込んでいる可能性が高いから」
ロロとエヴァンは、小声でそんな言葉を交わす。
こちらに気付いた子供たちとジェレミアが、ぎょっと息を呑んだ。
彼らの後ろには、小さな子を抱えた研究者たちも見える。
「嚮主V.V.?!」
さらに続けられるであろう問いを、ロロは強く遮った。
「違う。この人は僕の母さんだ。V.V.じゃない」
そのロロの隣で、当人が楽しそうに笑っていた。
「私はV.V、ここの嚮主であった者とは違う。…だが、慣れないうちは居ないものとして認識すれば良い」
言われてハイそうですか、と器用な真似の出来る人間が居るだろうか。
とりあえず努力をしてみようかと考えて、ジェレミアは"彼女"の後ろに居る人物になおも息を呑む。
「コ、コーネリア殿下?!」
なぜここに、と呟いた彼に対し、コーネリアは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
「それはこちらの台詞だ、ゴットバルト卿。なぜ貴様が『ゼロ』に手を貸している!」
今のコーネリアは、自分の命すら守れないような立場に在る。
抑えようの無い苛立ちは、易々と表に現れた。
一方で問われたジェレミアは略式の敬礼を取り、皇族である彼女へと軽く頭を下げる。
しかし答えとしての言葉は、コーネリアの望んだものではない。
「我が忠誠は"あの日"、マリアンヌ様をお守り出来なかった事実こそが原点。
ゆえに私は己の持てる力の限り、ルルーシュ様へ忠義を尽くすのみです」
苦い思いは増すばかりで、収まる気配もなかった。
純血派の筆頭であったジェレミア・ゴットバルトは、『ルルーシュ』と言ったのだから。
コーネリアがさらに口を開こうとしたところへ、KMFの滑走音が聞こえた。
「これで全員か?」
暁の手から飛び降り、『ゼロ』が問う。
答えたのは、別の子供と何事か話していたエヴァンだった。
「全員だ。列車の中にも誰も居ないらしい」
"らしい"という曖昧な表現から、内部に入ったわけではないと推測出来た。
そのような類いの"ギアス"があっても、不思議ではない。
『ゼロ』は視線を列車へ走らせ、楽しそうなV.Vに断定の問いを投げた。
「V.V。お前はこの列車を、"動かせる"んだな?」
もちろんだ、と"彼女"は笑む。
「だから私を道案内に立てたのだろう? 我が王よ」
行き先についての話をしているらしい彼らを見つめながら、エヴァンはロロへ尋ねた。
「この街は、そのままにするわけじゃないんだろ?」
頷いたロロは、あの少女を抱きかかえたままだ。
「一帯を焼いてから、山崩しをすると言っていました」
さすが、スケールが違う。
「ははっ、さすがは世界一のテロリストだ。やることが違う」
もっともそれが、『ギアス嚮団』の存在を葬る最善の方法であることには違いない。
あまりに泣きそうな顔をするので、ロロが助け出した少女は共に残ることになった。
列車に乗り込むのは、子供たちと協力者である研究者たち、エヴァン、そしてジェレミアとコーネリア。
「この皇女の存在は、そんなに重要なことなのか?」
別の車両に乗れば良いとはいえ、いつ危害を加えられるか分からない。
エヴァンの懸念は当然で、けれど『ゼロ』は同じ答えを返すのみだ。
「重要だ。君たちがそう懸念することが分かっているからこそ、ジェレミアが居る」
あまり納得していないようなラピスブルーの眼が、ふと細められた。
「だったら、俺だけが知っていても意味が無い」
エヴァンの行動は早かった。
結果として仮面の下に在ったあまりに若く美しい容貌に、誰もが呆気に取られる。
「…エヴァン、どういうつもりだ?」
射抜くようなアメジストにも、彼は動じない。
「頭の良いお前に、わざわざ教える必要性を感じないな」
驚きざわめく元嚮団関係者たちに、エヴァンは告げる。
「俺たちの知る『ゼロ』は、この男。その事実は必要事項であるはずだ。
名前はルルーシュ・ランペルージと言ったが…」
言葉を止め綺麗な孤を描いたその口から、何が問われるのか。
ルルーシュには分かっていた。
「…お前の行動は読めないな、エヴァン」
ため息混じりにそう言えば、C.C.にも言われたよと返された。
何かの動く音がした
『正義』は偽名なんて名乗らないだろ?
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09.2.11