31.
ガタン、という列車特有の衝撃も無く、窓の外の流れが止まる。
「どうやら着いたようだ」
座席からぴょんと降りて、V.V(ヴィー・ツー)は前の車両へ向かった。
がらりと車両を繋ぐ扉を開ければ、そこに居る人間は2人だけだ。
「ゴットバルト卿」
その片方へ声を掛ければ、ジェレミアはぎょっと振り向いてからああ、と息を吐く。
「やはり…慣れるには時間が掛かりそうだ」
言うまでもなく、V.V.(ブイ・ツー)とほぼ瓜二つの容姿についてだ。
詫びのようなそうでないような言葉に、V.Vは肩を竦めてみせる。
「構わないさ。ところで、着いたようだが降りて良いのか?」
ジェレミアは頷き、窓の外を見た。
「大丈夫だ。ルルーシュ様に仕える者が控えている」
安全の保証(100%ではないが)を手にしたV.Vは、くるりと踵を返し元居た車両へ戻る。
「さて、許可が出た。降りよう」
V.Vの声に、その車両に居た子供たちの目が輝いた。
ここは変わらずブラインドが下ろされたままなので、外はほとんど見えない。
「なあ、ここどこだったっけ?」
主語の抜けた問いに、V.Vは求められた答えを正確に返した。
「オーストラリアだ」
また光を透過しないバイザーを掛けているエヴァンは、軽く舌打ち立ち上がる。
「…最悪だな。目が見えてるか、夜にならないと試せない」
外と繋がる車両のドアを開けようとした彼を、V.Vが引き止めた。
「こら、お前が先に出てどうする」
するとエヴァンは、不思議そうに首を傾げた。
「他の奴らを先に出すよりマシだろ?」
分かっていないらしい彼に、仕方の無い子供だと苦笑する。
「お前のやるべきことは、お前が倒れたら他の全員が狼狽えることを自覚することだ」
扉を開ければ、強い日射しが目に飛び込んだ。
地面は予期した通りほぼ砂地で、周囲に木立はあるが砂で反射された光も中々に強い。
加えて、目の前(といっても少し距離がある)に建つ屋敷の色も、白い。
あまり古くはない建物のようだ。
そして屋敷に繋がる小道には、2人の人物が立っていた。
片方は日傘を差した少女。
彼女は白いレースで飾られた、淡い緑を基調としたワンピースを着ている。
もう1人はメイド服を着た女性で、視線に僅かな疑念が宿っていた。
「…V.V.(ブイ・ツー)?」
砂地へ降り立つと、地面の熱気が足下から立ち上ってくる。
夜は寒そうだと考えながら、V.Vはメイド服の女性へ求められているであろう答えを返した。
「V.V.は死んだよ。私は『V.V』、V.V.ではない」
それが真実正答であろうとも、解る人間が果たして居るだろうか。
エヴァンは軽く息をつく。
「もう良いか?」
外へ出たくて堪らないのは、エヴァンではなく彼の後ろで大人しく(表面上は)している子供たちだ。
未だV.Vに猜疑の視線を向けるメイド服の女性に、日傘を差した少女が声を掛けた。
「大丈夫ですわ、咲世子さん。だって、『信用出来る』と言っていましたもの」
"サヨコ"と呼ばれた女性は思案の様子を見せ、そして頷く。
「それでは、後ほど事情をお教え願えますか?『ヴィー・ツー』さん」
「もちろんだ。…しかし、我が王ながら用意周到さには恐れ入る」
V.Vの言葉をとりあえず信用することにしたらしく、メイド服の女性は視線に込める剣を和らげた。
すっと慣れた仕草でお辞儀をし、微笑む。
「ようこそ。ルルーシュ様の別荘へ」
次々に車両から降りて来たのは、大人よりも子供の方が多かった。
太陽の光に目を細めたり砂を蹴ってみたり、辺りを物珍しげに見回したり。
彼らは落ち着きが無いというよりも、はしゃいでいるように思えた。
日傘を差した少女はパンパン、と手を叩き、子供たちの注意を惹く。
「あまり外に長く居ると、日射病になって倒れてしまいますわ。
まずはお茶とお菓子で落ち着きませんか?」
にこりと笑った彼女に、研究者の何人かと子供たちがざわめいた。
気づいた少女が一番近くに居た子供の側へしゃがみ、ふわりと笑顔で問いかける。
「なんですか?」
その子供は回りの子供たちと顔を見合わせて、少女を見上げた。
「お姉さん、見たことあるよ。でも、前に『ゼロ』に殺されて死んだはずだよね?」
そうだよ、と周囲が同意する。
エヴァンは隣に居た研究員へ尋ねた。
「誰が何だって?」
研究員は眉を寄せ、呟くように答えた。
「あの少女…。1年と少し前、エリア11でイレヴンを虐殺した第3皇女に瓜二つなんです…」
基本的に、エヴァンが持っているここ数年の情報は、人伝に聴いたものしか存在しない。
当事者でないことも手伝って、エヴァンの興味は脇へ逸れる。
「そんな話は後で良いよ。それよりも俺は…」
子供たちの間を抜けて、彼は少女の傍まで進み出た。
「なあ、アンタの隣に誰か居るんだよな? さっきV.Vと話してた…」
少女は立ち上がり、不思議そうにエヴァンを見つめ返した。
「あの…?」
すでにエヴァンの視線は、彼女の横へ向けられている。
「…居るのは分かるけど、気配がほとんど無いからさ」
"見えている"者には、何の話か理解し難いだろう。
だが問われた女性は驚きに軽く見開いていた目を細め、控えめに微笑んだ。
「これは…お見逸れ致しました。わたくし、ルルーシュ様の"影"を務めておりますサヨコ・シノザキと申します。
失礼ですが、目がご不自由なのですか?」
ああこれ、とエヴァンは掛けているバイザーに触れる。
「今は見えてない。こいつを外したら見えるはずだけど…」
そこで彼は、思い出したように尋ねた。
「中、入って良いのか?」
サヨコと名乗った女性は頷く。
「はい。入って最初の廊下を右に曲がれば、すぐに洗い場がございます」
少女がまたパン、と手を叩いた。
「では参りましょう。わたくしは『マリー』、亡くなられた"ユーフェミア皇女"ではありませんわ」
それにしては、あまりにも似過ぎている。
誰かのそんな疑念の言葉と多くのざわめきは、V.Vがさっさと払い落とした。
「我が王の身内であることは、ロロから聞いている。
とにかく屋敷へ入ろう。本当に、日射病で倒れてしまう」
言いながら歩き出した彼女は、エヴァンの手を掴むとそのまま引っ張った。
「なに?」
「お前が一番危ない。さっきも言っただろう? お前が倒れたら、他の全員が狼狽える」
とりあえず歩き出したエヴァンは、ふと出迎えの2人を振り返る。
「先頭車両にブリタニアの皇女が乗ってる。俺たちに、あいつを近づけないでくれ」
殺したくなるから。
最後に続けられた言葉は、咲世子でさえひやりと感じる"本物"だった。
まだ名前は聞いていないが、彼がルルーシュの言っていた『エヴァン』という青年だろう。
(ルルーシュ様が私とマリーさんを手配したのは、このためだったのですか)
咲世子だけでは、あの人数を(大人も多いとはいえ)見ることは出来ない。
しかしユーフェミアだけでは、ああいった危険なタイプの対処が出来ない。
…あの青年が言った、"ブリタニアの皇女"についても。
彼らが降りて来た車両よりも前、先頭車両からジェレミアが降りてくる。
ユーフェミアがにこりと笑みを向けた。
「ご苦労様です、ジェレミア卿」
ジェレミアは軽く目礼を返したが、彼の次の行動は勢い良く車両から飛び降りて来たもう1人に遮られる。
「ユフィ…ユーフェミア…っ?!!」
ザアッと吹いた風が、砂と共に彼らの間を駆けていった。
乾き切った風は、彼らの間を表すように。
「セシルくーん、そっちはどうだい?」
「終わりましたよ。見てください、ロイドさん。これ、ここにブレイズルミナスの…」
「あーナルホド、それもありだねぇ。じゃあ輻射波動もどんどん弄っちゃえ!」
エリア11、キャメロット開発拠点。
彼らが中華における軍事クーデター絡みで手に入れた、ラクシャータ・チャウラーのKMF。
紅蓮弐式と名付けられたそれを目の前にしてからのキャメロットは、非常に活気に満ちていた。
情勢が情勢なだけに、科学者という者は不思議な人種である。
「ところでロイドさん」
セシルはコンソールから顔を上げ、隣で別の部分を解析している上司を見遣った。
「ニーナさんはともかく、マリーさんはどうされたんですか?」
同じキャメロット所属の研究員であったニーナ・アインシュタインは、ひと月ほど前にこのチームを辞めた。
彼女が向かった先は、以前からスカウトを受けていた"インヴォーグ"と呼ばれる研究チーム。
元を辿れば同じ第2皇子シュナイゼルの直轄だが、研究・開発するものが違う。
彼女が辞める直前、マリーと言い争いをしていたことも記憶に新しい。
(とても仲が良かったと思うんだけど…)
未だにセシルは、少女2人が仲違いした事実それ自体が信じられない。
ここでセシルが発した問いに戻ると、2週間ほど前にマリーが休職願いを提出したことに遡る。
彼女は元から準助手扱いであったため、今のところその不在が大きな問題にはなっていない。
ロイドは画面から目を離すこと無く、簡潔に答える。
「別荘の方で子供を預かることになっちゃってね〜」
ああ、とセシルもそれで納得した。
マリーはこのような物騒な場所よりも、子供に関わる場所の方が似合う気がする。
「そうだったんですか。でもマリーさんなら、子供たちもすぐに懐きそうですね」
自分で納得して作業に戻ったセシルは、ロイドが浮かべた皮肉な笑みに気づくことは無い。
(どうだろうねえ、懐くかなぁ?)
子供は大人に比べて感受性が高く、何かを察することに優れている。
確かに、見た目だけなら子供に好かれるタイプだろう、"彼女"は。
だが内面も同じかというと、必ずしもそうではない。
(まあ、ロロ君みたいな子の方が多いと思うけど)
共通点は、『ギアス』。
(…研究分野としては、ラクシャータのが専門だねえ)
一時は生体バイオ工学の権威とまで言われた彼女は、"ギアス"を知るだろうか。
(あの方が、彼女を放っておく訳が無い)
今ルルーシュの意識は、実妹であるナナリーよりも義弟であるロロに向いている。
ロロに向いているということは、『ギアス能力者の子供』に向いているということだ。
元々、彼はナナリーの足がどうにか治らないかとラクシャータを捜していた。
もしも"嚮団"とやらで似たような存在に出会ったなら、きっと取る行動も同じだろう。
(…それにしても)
ロイドは意識を紅蓮弐式へ戻す。
(カレン・シュタットフェルトだっけ。彼女はどうする気なのかなぁ?)
過去にルルーシュを裏切った事実はあれど、無くすには惜しい腕だ。
ジノがそう思っているように。
砂色交差点
あの人はどうするだろうか。
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09.6.21