35.




まるで火花を散らすように、輝きが瞬く。
ああ、と意図せず声が漏れた。

「星なんて、何年振りに見たかな…」

地上の視界を遮るものは、屋敷を囲う樹々。
仰いだ天を遮るものは、己の視野という限界。
離れた場所でその様子を見つめていたV.V(ヴィー・ツー)は、ただ問いかけた。
「…見えるか」
エヴァンは天を仰いだまま、言葉だけを投げ返す。
「ああ。見えるよ」
見えて、良かった。
言葉にされず仕舞われた思いを、問うことはしなかった。
V.Vも彼に倣い、星の瞬く夜空を見上げる。
…満天の星灯りは、遥か彼方の時を刻む。
砂利をタイヤが擦る音が聞こえ、揃ってそちらを振り向いた。

「ゴットバルト卿か?」

声を掛けたエヴァンを見、ジェレミアは彼の後ろのV.Vにギョッとする。
そうしてまたしまった、と胸の内で舌打ちした。
車のエンジンを止め運転席から降りれば、子供の姿が肩を揺らしている。
だがV.Vの苦笑する気配は子供のそれではなく、子に微笑む母親だ。
それはそれで、居心地が悪い。
「そっちは誰だ?」
エヴァンは近づくことはせず、しかしジェレミアの向こう…助手席から降りた男を注視する。
明らかに、持つ気配が軍人のものだ。
「…ユ、"マリー"様の客人だ」
ジェレミアの言葉を理解した瞬間、ハッ、と嘲りの声が漏れた。
「またあの皇女かよ」
どいつもこいつも、と嫌悪感も露に言い放つ。
皇女という単語に何かを感じたギルフォードが言葉を発する前に、ジェレミアは彼を片手で制する。
「申し訳ない、ギルフォード卿。ここは抑えてください」
言われたギルフォードは、オレンジ如きが何を言っているのかと思わないではなかった。
だが、優先順位は確かに違う。
「ならば、早々に案内してもらおう」
「もちろん」
2人の軍人は足早に(ジェレミアはこちらに黙礼して)、屋敷の中へと消えた。
屋敷の玄関が閉まったことを目視してから、エヴァンは苛立ちを吐き出す。
「…さっさと手の届く範囲から消えろってんだ」
V.Vは再び星空を仰ぎ、もう少しの辛抱だろうと苦笑した。



「夜更けにご苦労様ですわ、ギルフォード卿。お待ちしておりました」

これは何だ?
自分を出迎えた"彼女"は、誰だ?
「ユーフェミア、様…?」
ギルフォードは目の前の状況を理解しようと努める。
だが己の思考は意志に反し、混乱を極める。
結局ギルフォードは、扉を開け部屋へ足を踏み入れようとした状態から動けずにいた。
…いや、この状況を理解出来ないわけではないのだ。
大いなる矛盾と疑問に対して、目を瞑れば。
何が可笑しいのか、"彼女"はクスクスと口元を抑えて笑った。
「ギルフォード卿ってば。お姉様に会いに来たのに、わたくししか見てませんよ?」
ハッと"彼女"から視線を引き剥がし、ギルフォードは部屋に捜し求めた主の姿を認める。
「姫様!!」
よくぞご無事で、と足早に近づき跪いた己の騎士に、コーネリアは喜びと何とも言えぬ感情を併せた笑みを返す。
「ギルフォード…。久しいな、本当に」
手放しで喜べぬまでも、1人の味方も居ない状況から脱せられるのは、十分に喜ぶべきことだ。
「ではお姉様、わたくしはこれで」
主従の再会を見守っていたユーフェミアは、姉の視線がこちらへ向いたと見るや暇を告げた。
「客間はこの部屋と、出て左の部屋が空いておりますわ。どうぞお使いくださいね」
そうして彼女は、もの言いたげなコーネリアへ"彼女のユーフェミア"の笑顔を向ける。
「わたくしが居ては、なんの相談も出来ませんでしょう?」
おやすみなさい、と挨拶を残して、扉はパタリと閉じられた。
それは至極、あっさりと。
未だ信じられぬ面持ちのギルフォードは、戸惑いのままに主を振り返る。
「姫様…」
固く握った右の拳を左の掌で握り込み、視線を落としたコーネリアは言葉を搾り出す。

「…ユフィ、なんだ。本当に。彼女は私の妹、ユーフェミアだ」

自分と同じく絶句してしまった己の騎士へ、真実を語る。
コーネリアにはもう、他に残されていない。
(他に何が出来る?)

『貴女が見てきた事実、信じていた現実。そのすべてを覆す"真実"を視る。
帰る道の無いそれを目にする勇気が、姉上にはありますか?』

ルルーシュに告げられた、あの言葉の意味。
(マリアンヌ様ご存命の頃から、ユーフェミアの心の内はそうだったのか?)
それは違うだろう、とコーネリアは頭(かぶり)を振る。
昼に差し向かいで言葉を交わしたときに、ユーフェミア自身が言ったではないか。

『どうしてルルーシュは死んでしまったの? そんなのうそ!』

日本とブリタニアの開戦後、齎された2人の幼い皇族の死亡報告。
何度も、何度も何度も何度も。
ユーフェミアは出会うすべての人に尋ね、叫んでいたではないか。
…気づく為の切っ掛けならば、疾うに在ったのだと。





超合衆国創案。
『ゼロ』が騎士団の幹部たちへ示して見せた未来へのビジョンは、誰もの度肝を抜いた。
「中華連邦には、すでに賛同の声を貰っている。後は、いかにして周辺各国の同意を得るかだ」
日本、中華連邦。
この二ヵ国は、地図上ですでに同じ色で塗り分けられている。
この色をどれだけ拡大させ、かつ、草案を纏められるか。
それは大国ブリタニアと同等の国力・戦力を集められるかという、常に付き纏う問題への解答でもある。
(この問題に対処できるなら、奇跡はもう必要ない)
奇跡とは、起こるものではない。
奇跡とは、起こすものだ。
(人の手に余る出来事を『奇跡』と呼ぶのなら、Cの世界の方が余程『奇跡』だろう)
またも戻りかけた思考を、ルルーシュは発声と共に現実へ引き戻した。

「周辺諸国への働きかけは、君たち幹部諸君に任せよう。良い結果を期待している」

超合衆国への参加を勧める国々の数は、候補だけでもそれなりのもの。
よって『ゼロ』が出向くのは、"その国が参加を表明する前後"になる。
発せられかけた異論を、『ゼロ』は素早く踵を返すことで封じることにした。
「あ、そうだゼロ。頼まれてたもの、出来たわよ〜?」
もっとも、"こういう"タイプの人間には効かない。
煙管をくるりと指先で回したラクシャータが、司令官席から去ろうとしたルルーシュを引き止めた。
「頼まれてたもの?」
扇たちが彼女を見遣り、問う。
ラクシャータは、再度煙管をくるりと回転させた。
「そ。カレン用の新しいパイロットスーツよ」
「えっ?」
別に、この場で伝えるべき重要さはなかったはずだ。
けれど仕方なく、ルルーシュはラクシャータへ向き直る。
「そうか。仕事が速くて助かる」
まあね、と悪びれもせず、彼女はひらりと片手を振った。
「アタシが願うのは、アタシの紅蓮が分解されてないかってことよ」
もちろん、紅月カレンの生存も。
満足に動かせるパイロット在っての、KMFだ。
ルルーシュは仮面の下で笑みを作る。
「今のところは無事なようだが。詳しい話は、ディートハルトに訊けば良い」
ラクシャータが真実欲しい答えは、そんなものではない。
ルルーシュはそれを知っていて、答えを得るべき先を答えたのだ。

(…騎士団内部で探すなら、そっちってこと?)
今度こそブリッジを出て行った『ゼロ』を見送って、ラクシャータは広報担当へ視線で尋ねる。
彼はやはり、頷いた。
「紅月隊長も紅蓮弐式も、無事なようです。…どうやら、現在のエリア11総督は彼女と既知のようで」
「えっ?!」
「カレンとナナリー・ヴィ・ブリタニアが?!」
なるほど? と、煙管を弄る手を止めて一息つく。
(これで、話が繋がってきた)
納得に反して、ラクシャータは眉を寄せる。
(カレンとナナリー殿下、そしてルルーシュ殿下。繋がる先は、)

「アッシュフォード学園」

固有名詞を前触れもなく発すれば、他の幹部は驚き口を閉じた。
ラクシャータは構わずに続ける。
「…思い出したわ。ブラックリベリオンのとき、ガニメデが出て来た。
あれは昔アッシュフォード家が開発した、第3世代KMF。当時の最新鋭機」
さらに繋がる先に居るのは、『閃光のマリアンヌ』だ。
第98代ブリタニア皇帝の第3皇妃、庶民出の騎士候。
後ろ盾は…そう、アッシュフォード家だ。
ラクシャータはそれ以上を問うことを止め、単なる疑問を口にした。
「なーんでナナリー・ヴィ・ブリタニアは、エリア11の総督なんかになったのかしら?」
「は?」
「なんでって…」
相変わらず、ここの幹部は察しが悪い。
ロロが苛立つのも、その辺りが主な原因なのかもしれない。
ラクシャータの疑問に対し言葉を発したのは、珍しいことに朝比奈だった。
「そういえば…。就任式で、『兄を捜してる』とか言ってませんでした?」
考え込んでいたディートハルトが、思い出したのか同意を示す。
「そうですね。しかし…そのためだけに"矯正エリア"へ派遣するとは、とても思えません」
彼女の皇位継承権は第87位、気の遠くなるような下位である。
矯正エリアへ捨て駒として送り込んだとも言えるが、真相ははっきりしない。
「まあ、敢えて他と違うとすれば、足と目が不自由ってこと?」
結局は、現地の同情を引く目算があったのでは、という結論に落ち着く。
『ゼロ』と『黒の騎士団』は、『弱者の為に』を合い言葉としているのだから。

事実はそうではない、ラクシャータの結論は違う。
それは、確信だった。

(現皇帝は、『ゼロ』の正体を知ってる)

腹違いではない。
実の妹を総督として据えることで、『ゼロ』の矛を弱体化させようとしたのではないか。
(事実、ナナリー総督になってから、騎士団絡みの暴動がエリア11にない)
沈黙が連なったブリッジで、ディートハルトがおや? と首を捻った。
「ナナリー総督の兄…というと、すでに死亡しているのでは」
え? と全員の視線がそちらへ集まる。
ディートハルトはややの間に再考したらしく、言葉を変えた。
「いや、確か彼女も、昨年までは鬼籍に入っていた。ということは…」
「彼女が捜しているという"兄"が、エリア11で生きている?」
「可能性としては」

とりあえず、自分のやるべきことは(騎士団の為に、ではなく)実行した。
「じゃ、アタシは格納庫に戻るわ。後は適当にやっちゃって」
もうこの場に用はないとばかりに、ラクシャータはブリッジを出る。
なぜなら、己の仕事は交渉事ではない。
(紅蓮は置いといて。斬月の修理、月下の数合わせと修理。それから、)
蜃気楼の調整は、入念にやらなければ。
足はいつものように、斑鳩のKMF格納庫へ向かう。
ふと、『ゼロ』の私室のある階に繋がる階段の前で足が止まった。
上へと伸びる階段を見上げ、何もない踊り場の壁に己の思考を書き留める。

状況は朧げに掴めた、けれど足りない。
(…ルルーシュ殿下は、何かを成そうとしてる。でも、何を?)
日本を取り戻す?
(幹部連中と違って、『ゼロ』の思考スケールは常に"世界"。それは過程)
弱者を切り捨てない世界?
(弱肉強食のブリタニアを倒す分には、確かに)
妹のナナリー・ヴィ・ブリタニア?
(何か違うような気が…)
思考はまったく纏まらず、ラクシャータはくしゃくしゃと自身の髪を掻き混ぜた。

(っていうか、何で『ゼロ』の正体を星刻が知っているの?)

星刻だけではない。
先日の様子からすると、天子も彼と同時期には知っていたとみて良い。
何が違う?
どこが違う?
『騎士団』と彼らは、何がどう違う?
(信用? 信頼? 敬意? 有能?)
解らない。
四方を囲まれた中の波のように、行き止まりに嵌り込んだ。
ラクシャータはそうと判断するが否や、書き留めた思考を叩き割った。
それはもう、潔く。
「やーめた! アタシがうだうだ考えてたって、どうせ答えは出ないもの」

向かう先に居る"KMF(こどもたち)"で、自分は手一杯なのだ。
いの雲より、いざ

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10.2.12