38.
第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは、つい昨日までの30日間に渡って行方知れずであった。
それがどうだ。
ブリタニア帝国が『ゼロ』と超合衆国による宣戦布告を受けた直後、突然に現れた。
「連絡ひとつ、代理ひとつ立てなかった者が、何を偉そうに…」
神聖ブリタニア帝国皇宮、討議の間。
第1皇女ギネヴィア・ド・ブリタニアは主の帰還を待つ主席を見つめ、苛立たしげに吐き捨てた。
…中枢の不在。
それは皇帝を絶対的頂点とするブリタニアにとって、小さくはない隙だ。
超合衆国による宣戦布告は、この隙を狙って行われたに相違ない。
「おいおい、ギネヴィア。皇帝陛下に対してそのようなことを言ってはいけないよ」
彼女の言を第1皇子オデュッセウスが咎めるが、脅しにもならない。
(ふん。この男は基本的に、自ら行動を起こそうとはしない)
それはギネヴィアとて似たようなものだが、生憎とそれを正面から質せる人間はこの場に居ない。
いかに実力至上主義のブリタニア帝国、それも皇室であろうとも。
『1』という数字の者は、他の者よりも優遇されるのだ。
ギスギスとした空気の中で、第5皇女カリーヌ・ネ・ブリタニアが無邪気に笑った。
「ギネヴィアお姉様もオデュッセウスお兄様も、そんなムキにならなくたって良いじゃない。
エリア11には、シュナイゼルお兄様が居られるんだもの」
シュナイゼルに任せておけば問題ない。
それはオデュッセウスの持論であり、自ら己に能力が無いと表明するようなもの。
だがカリーヌは、出来るヤツがやれば良いと楽観的な思考の持ち主だった。
何より彼女は、エリア11現総督であるナナリー・ヴィ・ブリタニアが大嫌いだ。
今回の『黒の騎士団』との戦闘で、死んでくれればこの上ない。
(総督や副総督なんかならなくたって、地位は上げられるのよ)
カリーヌはまだ、ブリタニアで学生として暮らしている。
最近は皇宮へ呼び出されることが増えたが、それでも辞める気はない。
(ほんと、ユーフェミアは可哀想。コーネリアが妹可愛さに呼んだばっかりに)
3番目の姉は、自由な学生生活の終わりを余儀なくされ、挙げ句に狂って自殺した。
2番目の姉は『ゼロ』に敗北し、今どこで何をしているのやら。
1番目の姉は、目の前に見えるままのこの調子。
(ギネヴィアはあたしを可愛がってくれてるから、良いけどね)
4番目の姉は、なぜか突然2年前に生存が確認され、その後エリア11へ派遣された。
11番目の兄が生きているから捜したい、と言っていたそうだ。
(…ま、どうだって良いわ)
カリーヌにとって、『黒の騎士団』は海を隔てた火事であり、継承権争いは対岸の火事だった。
超合衆国の宣戦布告を受け、エリア11ではブリタニア軍の布陣が整いつつあった。
指揮を取るのは、言うまでもなく帝国宰相シュナイゼルである。
しかしブリタニア皇帝の命により、新たに戦力に加わった者たちも居た。
作戦会議に同席していたロイドは、その"新たな戦力"に危機感を抱かずにはいられない。
「なあ、シュナイゼル殿下。ここの囚人に、ジノが落とした『黒の騎士団』のエースが居るんだろ?
決戦前に始末しなきゃならねぇよなあ? オレに殺(や)らせてくれよ」
…ナイト・オブ・テン、"ブリタニアの吸血鬼"の異名を持つルキアーノ・ブラッドリー。
(ヴァインベルグ卿が、騎士の風上どころか風下にも置けないって言ってたっけ)
すでにこの会議室の上座には、エリア11に居るラウンズも揃っている。
アーニャは普段通りだが、ルキアーノの言動にジノのみならずスザクも不快げに目を細めていた。
(そしてこれが…)
「ブラッドリー卿、この会議はそのようなことを決める場ではない」
ルキアーノを静かに黙らせた、他のラウンズ以上の存在感を持つ男。
(ナイト・オブ・ワン…。帝国最強の騎士、ビスマルク・ヴァルトシュタイン)
うわぁ、大物! などと心中で嘯きながら、ロイドは眼鏡をかけ直すフリで表情を取り繕う。
(これは際どいですよ…ルルーシュ様)
寄せ集めの超合衆国と、世界の半分に届く領土を武力で開拓したブリタニア帝国。
軍事の差は兵器の数だけではなく、能力のある者の数にも左右される。
…KMFの実力と、戦闘における判断力。
両者を総合してビスマルクに引けを取らないのは、星刻のみであろうとロイドは確信していた。
シュナイゼルの今作戦に関する話は、特に面白いものでもない。
当人も周囲も、つまり『ゼロ』の作戦の予測がつかないことで一致するからだ。
だからこそこの場には、判断力と戦闘力に優れた"ナイトオブラウンズ"が5名も存在する。
決まった作戦を存在させないことで、場所毎の判断を問うわけだ。
それは『ゼロ』とは真逆の方向性であり、『ゼロ』の奇想天外な作戦に対するもっとも効率の良い作戦であった。
会議が終わりキャメロットへ戻ると、思い悩んだ様子のセシルが居た。
「あれぇ? セシル君、どしたの?」
セシルはロイドの姿を見ると、彼が来たばかりの通路の向こうを見遣る。
「…いえ、さっきニーナさんが来ていたんです」
「おや、久しぶりだねえ」
「ええ。それで…ちょっと、聞いてみたんですよ」
明らかに、セシルの顔には"聞かなければ良かった"と書いてある。
が、ロイドは尋ねた。
「何を聞いたの?」
セシルは軽いため息を吐いた。
「マリーさんと仲違いしたからここを辞めたのか、って…訊いてしまって」
ああ、それは地雷だ。
苦笑を隠さず、ロイドはさらに尋ねる。
「で、ニーナ君は何か答えたのかい?」
よく分からなかったんですけど、と前置きして、セシルは続けた。
「『全然違うから許せなかったんです』って」
込み上げる笑いを有りっ丈の力で我慢したロイドを、誰が責められようか。
(あーあー、可哀想に!)
誰かを見るときに混ざる、勝手な解釈。
ニーナのそれは、『ユーフェミア』という人間に対する過剰な解釈の結果だ。
清廉潔白・聖人君子が居ないとは言わない。
だがそのような存在に、人は出会うことが出来るのだろうか?
ロイドは肩を竦め、それはないなと首を軽く振る。
「セシル君、マリー君の話は禁句ね。他の人にも言っといて」
「…はい。あ、ランスロットの調整に入られます?」
「うーん、そうだねえ…って、おや」
何ともなしに自分の来た道を振り返ると、スザクがやって来た。
「お早いお越しで、枢木卿」
黙礼を寄越したスザクは、予想に違わず頷いた。
「いつ戦闘が始まるか分かりませんから。シュナイゼル殿下は、一度トウキョウ租界を離れるそうなので」
(…んん?)
感じた違和感を、そっくり問い返した。
「え、指揮権をナナリー総督に渡すってこと?」
「いいえ。作戦に関してはヴァルトシュタイン卿が」
なるほど、とロイドは1人ごちた。
「…相変わらず、他人には腹の中見せないねえ」
ぼそりと零された呟きは、セシルにもスザクにも聴き取れなかった。
その頃ジノは、自機へ向かう前にKMF保管庫へやって来ていた。
「…ビスマルクに怒られるよ」
「そういうアーニャこそ」
驚異的なスピードでケータイを操りつつ横を歩く同僚に、ジノは笑う。
「だってさぁ、この作戦が始まったら爆破処理するって言ってたんだぜ?
今見とかないと、もう二度と見れないだろ?」
目的の扉を前にすれば、認証システムがラウンズ2名を認識し立ち入りを許可する。
管理コンソール前に居た複数の研究者は、突然の来訪者に慌てふためいた。
慌てて敬礼を返してきた彼らに、気にするなとまた笑う。
「ちょっとこれ見てみたくてさ〜。すぐ出てくから」
「はあ…」
複雑な顔になった彼らを横目に、アーニャが先を隔てる強化硝子へ駆け寄った。
「なに、これ。凄い…」
ジノもその隣へ並び、一見しただけで分かる性能の高さを間近にする。
「うわ…」
研究者にスペックリストを見せて貰えば、正直止めてくれと苦笑が滲み出た。
「…アーニャ、これ見てみろよ。私たちの機体が瞬殺されそうだ」
呼ばれてリストを上から下まで流し見たアーニャが、あからさまに表情を歪める。
「…なに、これ」
表情の動きにくい彼女にしては、珍しい。
かつてこの機体は、紅蓮加翔式と呼ばれた。
アーニャはややの沈黙を挟んで、不意に研究者の1人へ告げる。
「今から爆破して」
そんな無茶な。
言われた研究者は、申し訳ないと眉尻を下げた。
「…いえ、残念ながら今すぐには」
「なんで」
彼は別のコンソールを指差した。
「実は、あれのデータを吸い上げている途中なんです。まだ終わらないんですよ。
アスプルンド伯とクルーミー女史が、任務おかまい無しに改造してくれたおかげで…」
それは御愁傷様なことだ。
しかしこの場に居る研究者たちも、嬉々として改造に手を貸したであろうことは想像に難くない。
再び紅いKMFを視界に入れ、ジノはこっそりと笑みを浮かべた。
…この場所は、総督と面会する囚人が上がる棟と繋がっている。
「これさ、ヤバくなったらすぐ爆破してくれよ?『ゼロ』に盗られたら大変だ」
冗談混じりにそんな台詞を吐き、浮かべた笑みを覆い隠した。
(あとは、こいつを動かす腕があるかどうかだ)
カレン・シュタットフェルトは、未だあの棟に収監されている。
ランスロットの調整が終わった頃。
可能性として考慮したくもなかった存在が、ロイドの目の前に現れた。
険しくなる視線を隠すことなく、スザクは目の前の人物を見据える。
「自分が何を言っているのか、分かってるのか? ニーナ」
言われた当人は、同じ調子でスザクを見返す。
「当たり前じゃない。何度も言わせないで」
ロイドが目の前にしているのは、不穏な空気漂う彼ら2人。
そして、ランスロットへ装備されることを待つばかりのバズーカ砲。
あのバズーカ砲の砲弾は、ニーナが主任研究者として開発した代物。
("Field Limitary Effective Implosion Armament"…。あーあ)
通称、"FLEIA(フレイヤ)"。
これが爆発すれば、半径10km圏内が文字通り消滅する。
「シュナイゼル殿下の許可は頂いたわ! 後は貴方が撃つだけよ!」
「僕は撃たない。そのFLEIAとやらを持つ気もない」
「なによ、貴方は『ゼロ』を殺す為にここに居るんじゃないの?
貴方はユーフェミア様の騎士だったんでしょう? 主の仇を取る気がないの?!」
(あっれ〜?)
ロイドは首を傾げた。
マリーと名を替えたユーフェミアが配属されたばかりの頃、ニーナは彼女の正体に気がついたはずだ。
ならば、『主の仇』というニーナの言葉はおかしい。
"ユーフェミア"が生きていることを、彼女は知っているのだから。
元よりマリーは、すべての人間に対し素性を隠す気があるわけではない。
かつての主の名を出され、スザクの顔色が僅かに変わる。
「ユフィの仇は取る。でも、そんな虐殺兵器で取る気はない」
その言葉に、ニーナの口元が嘲笑を描いた。
「よく言うわ。今までだって散々イレブンを虐殺してきたくせに」
「……」
「とにかく、FLEIAは搭載してもらうわ。『ゼロ』を殺せば、この戦争は終わるんだから!」
これ以上拒否しても、いずれはシュナイゼルから搭載命令が下りるだろう。
スザクは溜め息を吐いた。
「…分かった。でも、たとえ積んでいたとしても、僕は撃たないよ」
反論しようとしたニーナに背を向けることで、スザクは彼女の言葉を拒絶した。
彼はFLEIAが搭載されたバズーカ砲へ近づき、ランスロットを見上げる。
「積むってことは、撃つってことじゃない?」
向こう側から声を投げて来たかつての上司に、スザクは淡々と返す。
「撃たない覚悟も、必要でしょう」
聞いたロイドは笑った。
「あっは、矛盾してるねえ。"枢木卿"になる前から、君の矛盾はまったく変わってない」
ニーナにも、そっくり同じ言葉を贈る。
「君も同じだよ、ニーナ君。スザク君と同じ矛盾だ」
「…何がですか?」
撃つのは彼女ではなく、スザクだ。
けれどそうは言わなかった。
「人間は"カミサマ"じゃないんだよ、ニーナ君」
その意味を、彼女や彼が理解出来る日はきっと来ない。
(誰も、神様を愛することなんて不可能なのにねえ?)
人間だからこそ、愛することが出来るというのに。
「その矛盾はサ、いつか君たちを殺すよ」
生者に女神の微笑みを
笑みが刻まれる地は、
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10.5.9