40.




何が起きた?
あれは何だ?

ハッと意識を覚醒させたジノが思ったことと言えば、その2点に集約されていた。
改造を施された紅蓮弐式。
つい先刻爆発した、あのミサイルを積んだランスロット。
真っ白な光によって、すべてのKMF(自分も含め)がLOSTした瞬間。
ぐるぐると脳内を駆け巡った数秒前…もしかしたら数分前の出来事を、ジノは強く頭(かぶり)を振って追い払う。
打撲で痛む身体に舌打ちながら、トリスタンのハッチを開けた。
今は、己の身に構っている場合ではない。
たとえ目撃され、軍に追われようとも。

身体を鍛え抜いて来て良かったと、心の底から思ったのは初めてだった。
そうでなければ首は鞭打ちで動かせず、腕はきっと衝撃で折れるかヒビが入るかしただろう。
ブリタニアの最新技術で織られたパイロットスーツで、このザマだ。
それから、トリスタンが高速機動に重点を置かれた機体で良かったと、幾度目かの感謝を。

ジノはトリスタンから飛び降り、衝撃で走った足の痺れを無視して隣の機体へと駆け寄った。
頼むから開いてくれよと半ば念じて、ハッチ傍のキー端末を押す。
その一瞬すら、もどかしい。
「ルルーシュ様っ!!」
ハッチが開いた瞬間に叫んだ名は相手に届かず、ただ消えた。
二度、三度と呼んでも、彼は睫毛一筋動かしはしなかった。
…『ゼロ』の衣装を纏った、彼は。
ジノは己の身の中で、サッと血の気の引く音を聴く。
だが白い首筋に手を触れれば、強くはなくとも脈打つ応えがあった。
(どうする?)
意識の無い身体に触れて動かしてしまわぬよう、細心の注意を払って蜃気楼の索敵モニターを覗き込んだ。
…ただの脳震盪なら良いのだが、そうでなければ症状を悪化させてしまう。
モニターも蜃気楼の機能も、どうやら無事なようだ。
それはもちろん、トリスタンが蜃気楼をあの爆心から庇うように押し出した為に他ならない。
証拠にジノの機体は背面が融け、飛行など出来る状態に無かった。
(どうする?)
レーダーが使えない状況は、長く見積もって後5分程だろう。
その前に、蜃気楼を隠さなくては。
何よりもまず、ルルーシュを医者に見せなくてはならない。
ほんの10秒程でこれからの結論を出したジノは、蜃気楼の機動モニターを表示させる。

―――トウキョウ租界一部蒸発より、15分が経過していた。





これはなに。
これはなに。
わたしはここでしぬの?
じぶんのしんじつをみつけられないまま、しぬの?

「…っ!」

悪夢だ。
これは等しく、悪夢だ。
過呼吸を繰り返し肩で息をして、は、と我に返る。
見開いた目の先には、自分の手が、足が見えた。
ホッと目を閉じ、アーニャはこれが夢ではないことを悟る。
「生きてた…」
自機モルドレッドのモニターを見れば、LOSTと大きな見出し文字。
即座にレーダーから外の景色へとモニターを切り替えると、ぱっくりと抉られた地面の端が見えた。
「…なに、これ」
目の前に広がる景色の意味が分からず、アーニャはこの景色に至る前の自分を思い返す。
確か、『ゼロ』の機体を見つけたので攻撃と防御の力比べをした。
途中で騎士団の機体に邪魔されブラッドリーも横槍を入れて来たので、雑魚を片付ける為にその場を離れた。
それから紅い機体が…、ああ、思い出した。
「壊してって、言ったのに」
レーダーに映った瞬間に、こちらを吹っ飛ばしたスピードとパワー。
そういえばブラッドリーは、あの機体に最初に屠られたのだった。
紅い機体が『ゼロ』の機体を庇い、そして枢木の機体へ向かったことまでは、覚えている。
(そういえば、あの紅いのとランスロット…)
モルドレッドの上体を起こし、抉られた大地の中央へとカメラを向ける。
紅い機体は随分と上空に留まっており、白のランスロットはちょうど爆心の中央のようだ。
「…?」
ふと視界の端で何かが動いたような気がして、アーニャは自らの目線を動かす。
動いたような、というのは気のせいであり、目に入った物体は微動だにしなかった。
(ジノのトリスタン……と?)
目を瞬いた。
あの爆発の被害を受けたのであろうトリスタンの、隣。
真っ黒なあれは、
(『ゼロ』の、機体…?)
また思い出した。
確か爆発の閃光が間近に迫った瞬間に、聴こえたのだ。
アーニャも知っている人物の名を呼んだ、ジノの声が。
(あれは…)
そうだ、おかしい。
(だって…)
アッシュフォード学園の、生徒会で知り合った友人の名を。
ジノはこの場に居るはずの無い人物を、ルルーシュ・ランペルージの名を、呼んだ。
その上、呼び方は"ルルーシュ"でも"ルルーシュ先輩"でもなかった。
(『ルルーシュ様』って、言った)
いったい、どうして?

―――トウキョウ租界一部蒸発より、13分が経過していた。





ルルーシュは、己が身内以外に非情であることを理解していた。
相手が敵と認識されるものであれば、それは留まるところを知らない。
サクラダイトの活動を停止させ、特定のKMFを動かぬ的とすることも。
総督府内部の一部の人間に"ギアス"を掛け、『黒の騎士団』が動きやすいよう細工をしたことも。
その騎士団とて、被害を最小限に留めるとはいえチェスで言うポーン程度の認識である。
逆に懐に入れた者には相当に甘いのも、やはりルルーシュという人間であった。
C.C.曰く、『お前を落とそうと崖っぷちでお前に手を掛けているのに、それを助けようとしているようなもの』だと。
しかも一度懐に入れた者はルルーシュ自身にどんな被害を与えようと、当人はある程度まで許してしまう。
その部類に当て嵌まる筆頭が、『枢木スザク』であった。
カレン・シュタットフェルトの扱いなど比ではない。
なぜなら彼女は優秀な"ナイト"であり、ルルーシュの中ではそちらの意味合いの方が強かった。
だが枢木スザクだけは、違う。
他の誰が意見しようとも、彼を殺すという選択肢はルルーシュの中に存在しない。
そうでなければ、
『僕は生きなくちゃいけないんだ!』
"生きろ"などという、他人には迷惑極まりない"ギアス"を掛けたりはしない。
これから先も、ルルーシュはスザクへ"ギアス"を掛けたことを後悔しないだろう。
その為に己が死んだとしても。

驚異的な機動力と破壊力を以て繕われた紅蓮弐式は、破格の強さを誇っていた。
蜃気楼を捕らえていた『ブリタニアの吸血鬼』とその部隊を、瞬く間に排除出来る程に。
その紅蓮弐式を駆るカレンが、次の標的として枢木スザクの機体へ向かったことも必然であった。
『黒の騎士団』創設からここまで、重要な場面で騎士団を窮地に陥れて来た憎き機体を逃す理由など、無い。
(私はもう、迷わない。紅蓮と共に…最期まで)
カレンは覚悟と言うには悲壮であり、悲壮と言うには希望に満ちた眼差しで敵を見据えていた。
枢木スザクが爆弾の話を持ちかけて来てもそれはハッタリだと思ったし、ハッタリでなくても撃ち落とす自信があった。
白い光が、自身の視界を奪うまでは。

ただの『白』で埋め尽くされた、世界。
こんなものは、誰もが見たことの無い世界であっただろう。
白兜と呼ぶ枢木スザクのKMFから発射された、ミサイル。
紅蓮の攻撃が僅かも届く隙なく、それは炸裂した。

予想しない出来事が起きることは、戦場では珍しくない。
味方ですら予想し得ない出来事を起こすことは、自らを有利に運ぶ手段である。
ルルーシュに欠けていたのは、そうした出来事を味方へ甚大な被害を与えてもなお実行する、そんな存在の考慮だ。
今までの『ゼロ』の所業を顧みれば、そう大差がないと言えても。
もちろん、トウキョウ租界から旗艦アヴァロンが離れたことを、不審に思ってはいた。
しかし深い意味があるなど、考えようもなく。
ルルーシュの知るシュナイゼルという男は、数ヶ月前のチェスと8年前までの記憶、それだけだ。
ゆえにシュナイゼルがどのような人間であるのか、対コーネリアのように掴むことは出来ていない。

たとえば、ロイドが伝えてきた『爆弾』の話であったり。
ナイトオブワンの参戦で相当に梃子摺っている、中華の軍であったり。
(ナナリーとロロは、無事だろうか)
ルルーシュがふと思ったことはといえば、そんなもので。
「ルルーシュ様っ!!」
己の騎士の必死の声だけが、耳に残り。
記憶はそこで途切れた。

―――トウキョウ租界一部蒸発より、2秒が経過していた。





もう、終わりにしよう。
スザクの決意を邪魔する者は誰1人として居らず、また、勝てる見込みも無いに等しかった。
翼を持った紅蓮弐式は、もはやランスロットでは太刀打ち出来ない。
だから、死ねると思ったのだ。

『 生 き ろ 』

可能性を考慮していなかったわけでは、ない。
ただ引き金を引いた後にハッと目を見開くと、真っ白な世界が襲いかかってきた。
…あれは一種の呪いだと、ブリタニア皇帝の肉親だという少年がいつだったか告げた。
V.V.という名の、長い金髪の少年が。
『可哀想に、枢木スザク。君はルルーシュに捕われちゃったんだね』
あの時は否定したが、否定自体が肯定であるとスザク自身が分かっていた。
善し悪しは、すでに混沌の檻の中。
残念なことに、スザクはルルーシュに"お前さえ居なければ"と思ったことはあっても、"出会わなければ"と思ったことは一度も無かった。

紅の機体を駆る人間が、僅かな同族意識を持って投げつけてきた言葉が蘇る。
嘲笑と自嘲を等しく織り交ぜ、彼女はスザクに真実を吐いた。

『可哀想な男ね、枢木スザク』
最初から最後まで、『ルルーシュ』のことしか考えていない男。



―――トウキョウ租界一部蒸発まで、残り3秒。
生へ向ける曼珠沙華

後悔など出来るものか

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10.7.11