45.




『無い』
モニターに映る景色が信じられず、ニーナは展望室へと走った。
『無い』
真っ直ぐに伸びた、摩天楼が。
一面に並んでいた、太陽光発電ラインが。
政庁さえ。

『無い』

膝が震え、ガクリと尻餅をついた。
「あ…あ……」
言葉さえも、出ない。
(私は、私が、…私の、FLEIAが)
自らが開発した爆弾が、この光景を生み出した。
撃ったのは枢木スザクだが、造ったのは、原因は、自分だ。
(こんな…はずじゃ…)
壁に付いた手を握る力さえ、抜け落ちた。

FLEIA(フレイヤ)1発で、何万もの人間が…消えたというのか。

「…スザク君、下りてきませんね」
ボロボロのランスロットを見上げて、セシルがぽつりと零した。
ロイドは相槌を打たず、駆けてくる足音を振り返る。
「あれ? マルディーニ副官?」
険しい表情でやって来たのは、シュナイゼルの副官であるカノンであった。
ただならぬ様子の彼に、こちらも警戒が湧く。
「ニーナは?」
間髪入れず問われ、周囲を見渡した。
「ニーナ君? さっき駆け出してったけどねえ…」
「…そう」
「あの、彼女に何か…?」
セシルの問いに数秒の躊躇を挟み、カノンは口を開く。
「彼女に会ったら、『身を隠しなさい』と伝えてくれるかしら?」
「え?」
どういうことだろうか。
カノンは意味ありげにロイドを見た。
「貴方なら分かるでしょう? アスプルンド伯。この事態で、殿下が『FLEIA投下』に対して何と言うか」
ロイドとて人間だ。
この想像以上の事態で、頭は混乱しているのだが。
「うーん、そうだねえ…」
ニーナは確か、FLEIA搭載にあたり『シュナイゼルの許可を貰った』と言っていた。
「…もしかして、『撃てと言った覚えは無い』とか、そういうコト?」
沈黙は肯定だ。
しかしロイドは驚かない。
「了解。伝えとくよ」
「助かるわ」
ロイドの返答に笑み、カノンは即座に格納庫を後にした。
セシルには訳が分からない。
「どういうことですか?」
「どうって…」
シュナイゼルは、そういう人間だってことだよ。
嘘偽り無く返したロイドに、彼女は目を丸くするばかりだ。
「でもニーナさんは…」
彼女はシュナイゼルが引き抜き、傘下のダラス研究所へチーフとして配属させた。
開発を勧めたのはシュナイゼルで、それを受けて主導したのはニーナ。
「それって…」
酷くないですか? と。
口に出さなかったのは、彼女の賢明さだ。
セシルが無言に託した言葉へ、ロイドはあっさりと返す。
「そういうものだよ」
そうして徐(おもむろ)に携帯電話を取り出し、相手がコール音に気づくことを少しだけ望んだ。
(ま、どうせここに戻ってくるだろうケド)
どんな絶望に苛まれているか知る気もないが、ニーナは必ず、この格納庫へ戻ってくる。

枢木スザクに、会うために。



ハッと目を見開いた。
携帯電話が、ひたすらにコール音を奏でている。
「……はい、」
目の前の風景から視線を外せぬまま、着信相手を確認せぬまま、ニーナは電話に出た。
『気分は落ち着いたかな〜? ニーナ君』
「…ロイドさん」
あの、妙なテンションで間延びした、独特の声が聞こえてきた。
『君の気分なんかどうでも良いんだけどサ。君、今"FLEIA"の構成データって持ってる?』
「えっ?」
突然、何の話だろうか。
戸惑うニーナに構わず、ロイドは話を続けてくる。
『持ってなかったらさ、コピー出来るもの全部、USBあたりにコピーしておいで。今すぐ』
彼はいったい、何を言っているのか。
「ま、待ってくださいロイドさん! それ、どういう…」
『君だって、死にたくはないデショ? 説明は後でしてあげるよ〜』
じゃあね〜と間延びたやる気の無い声が、一方的に切られる。
通話の切れた携帯電話を、ニーナは呆然と見つめた。
(どういう…こと?)
死にたくはないでしょ? なんて、意味深すぎる言葉など。
けれどニーナは、来たときと同じように展望室から駆け出した。



白に包まれた、世界。
それは、いつか見た光景とよく似ていた。
(前に見たのは…いつだろう?)
ランスロットのモニターが存在するはずのそこに、懐中時計が揺れている。
(ああ、あの時だ)
ズブリ、と突き刺した手応え。
何とも言えない、悲鳴のような呻き声。
倒れた場所から広がる、赤色。
チャリ、と微かな音を立てて転がり落ちた、懐中時計。
(父さんを殺したときに、見た)
この白い世界を。
懐中時計は、スザクの目の前で時を刻んでいる。
カチコチカチコチ、無情に針を進めて。

パキ…ンッ!

不意に表面に走った、亀裂。
(このヒビは、確か)
『自分には、撃てません。…撃ちません』
(ルルーシュに再会した、ときの)
思い出す。
驚愕の眼差しでスザクを見上げた、アメジスト。
それに宿る光を見て、気づいたじゃないか。
(変わっていない。変わって、なかった)
彼は"ここ"に居るんだと、気づいたじゃないか。
ガラスがひび割れた懐中時計は、あれから刻む時を止めた。
ひと針も、進むこと無く。
それに、父は白に包まれて消えたりしなかった。
(ああ…)
そういうことだ。

「俺は、ルルーシュを殺したのか」

自らの声で、白の視界がクリアになる。
目の前には、シャットダウンされ、真っ黒になったモニター。
スザクは一度目を閉じ、深呼吸の後に俯けていた顔を上げた。
見下ろした両手は白のグローブに包まれ、赤くも黒くもない。
ランスロットのハッチを開ければ、セシルの驚いたような声が響いた。
「スザク君!」
ロイドとセシルの姿が見える。
どうやらニーナは居ないらしい。
「スザク君、怪我は…? 大丈夫?」
自機ランスロットを振り仰いで、スザクはセシルの問いの意味を知った。
(さすがに、酷いな…)
彼女の隣で、ロイドがいつものように掴めぬ笑みを浮かべていた。

「おめでとーう、枢木卿。英雄になった気分はどうだい?」

―――1つの殺人は犯罪者を作るが、100万人の殺人は英雄を作る。
過去から残る、誰かの言葉だ。
誰のものかは知らなくても、誰もが知っている言葉。
(100万で済む話じゃ、ないじゃないか)
スザクは何も答えず、ロイドを鋭く見返した。
その視界の端に、ジノとアーニャの姿が入る。

「トリスタンも酷かったけど、ランスロットの方が酷い…」
ぽつりと零したアーニャに、ジノは苦笑した。
「あの紅蓮に攻撃喰らえば、なあ…」
紅蓮には運良く(さもなくば意図的に)標的とされなかったジノは、一度だけ見た武装スペックを思い出す。
(おそらくは、故意に第7世代を超えるスペックにしたんだろうな)
ロイドを見れば、彼は肩を竦めた。
「お2人のKMFはご無事で?」
同じく、肩を竦めて返した。
「いや、まったく」
「モルドレッドは、いちおう無事」
またブログを弄っていたらしいアーニャが、ようやく携帯電話を仕舞う。
彼女はスザクへ近づき、単刀直入に尋ねた。
「枢木。あれは何?」
「あれ?」
「トウキョウ租界を消した、あの爆弾」
「あれは…」
「あれはFLEIA。私がシュナイゼル殿下の元で指揮を執り開発した、大量破壊兵器です」
スザクの声に被せる説明が、ジノの後ろから発された。
小柄な少女が、格納庫へ入ってくる。
(彼女がニーナ・アインシュタインか。ミレイ会長の言ってた)
ジノはふと思い出す。
アーニャは彼女へ足音高く近づき、真正面から強く見据えた。

「あなたのせいで、私たちは死にかけた。政庁も何もかも、消えてしまった。
あなた、この状況をどうしてくれるの?」

常と変わらぬ表情で、ナイト・オブ・ラウンズとしてアーニャはニーナへ詰め寄る。
ニーナは何も答えられない。
「ミサイルを撃ったのは枢木ね。でも軍人って、そういうもの。
戦いに出たことの無い人には、分からないだろうけど」
窮地に立たされて、他に武器がなければ。
きっと自分も撃っただろうと、アーニャは予測出来る。
一方のニーナは彼女の剣幕に圧され、おどおどと口を開閉させるだけだった。
「ねえ、どうしてくれるの? 何か言ってよ」
戦闘による神経の高揚と、眼前に迫った死への恐怖による、恐慌状態。
それが常のアーニャには見られない、威圧的な態度を生んでいる。
…これでは何を言われても、ニーナは答えられないだろう。
ロイドは仕方なく、彼女らの間に入ることにした。
「アールストレイム卿の言われることは、尤もなんですが。ちょーっとだけ、保留にして貰えませんかねえ?」
横槍を入れられ、アーニャは眉を寄せた。
おお怖い! などと嘯きながら、ロイドは仲裁を続ける。
意味ありげに声を潜めて。
「実はそのFLEIAのことで、ニーナ君は早くも窮地に立っているんですよ」
「どうして?」
「彼女の上司はFLEIAの使用を許可しましたが、被害はブリタニアの国益自体にまで及んだ。
…となると、『撃てと命じた』なんて、言うわけが無いですよねえ?」
アーニャは少し考え、こくりと頷く。
「租界がなくなったし」
ロイドも頷きを返した。
「ということは、ですよ。責任の所在が不明になっちゃいますねえ」
「…それで、この子?」
今度は大きく頷きを返し、最後の一押し。
「現に、つい先ほどですが。シュナイゼル殿下の副官が、馴染みのよしみで忠告してくれましたよ〜」
「えっ?」
初めてニーナが声を上げた。
ロイドはそちらへ視線を向け、肯定を示す。
「本当のことだ。早く身を隠した方が良い。どこへ行くかは、君次第だけれど」
姿を消した彼女を追うのは、シュナイゼルの手の者だけではないだろう。
皇位継承権を上げたい他の皇族も、ブリタニアを排したい他国も。

「ふむ。それなら、アッシュフォード学園はどうだ?」

彼らの遣り取りを静かに見守っていたジノが、口を開いた。
「君はアッシュフォード学園の生徒だったと、アッシュフォード嬢から聞いた。
木の葉を隠すなら、森だ。いつまでも、ってわけにはいかないだろうが」
ジノの言葉に、ロイドもぽんと手を打つ。
「うん、それが良い! ミレイ君には僕から言っておくよ」
「あ…。でも、」
ニーナの脳裏には、中華連邦で再会したときの物別れが過(よぎ)る。
(…ミレイちゃん)
彼女の返答など聞きたくもなくて、自分はすぐにあの場を立ち去った。
自分が投げつけた言葉で、ミレイは何を思っただろうか。
(ああ、でも)
逃げろと言われても、ニーナには他に逃げる先が見つけられない。

ジノと同じく口を挟むことを控えていたスザクも、会話に加わる。
「君のことまで手が回るのは、だいぶ後になるはずだ。それなら早く準備を。
セシルさん、彼女を送ってやることは出来ますか?」
話を振られたセシルはやや悩み、そして頷いてみせた。
「ええ、大丈夫。ニーナさんがマリーさんのフリをすれば、不審がられないわ」
「マリー?」
スザクにはまったく覚えの無い名前に、セシルは困ったように小首を傾げた。
「そうだったわね。スザク君とは結局、顔合わせ出来ないままだったわ。
貴方が本国に居た頃、ここで働いていた女性の方でね。家の都合で、半年前に辞めてしまったの」
「そうなんですか」
ほら早く、とロイドはニーナを急かした。
「急いで。時間はあまりないよ。セシル君、ニーナ君の変装とかは任せたよ」
「はい。ニーナさん、まずは部屋へ」
「あっ、はい!」
駆け出した彼女から視線を外すこと無く、スザクは告げる。
ただ、言葉だけを。

「見に行くよ。FLEIAの生み出した『結果』を。僕と君は、見なくちゃいけない」

ギクリ、とニーナの足が止まった。
戦慄く唇で、言葉を絞り出す。
「………分かってる。ちゃんと、見に行くわ」

自らが生み出した、『結果』を。
れでもぼくらはいきている

…ああ、かみさま

前の話へ戻る閉じる
11.2.20