46.




歴戦といえる経験を積んだ兵士でさえ、戦闘を中断する。
それほどの閃光だった。
ギャラハッドと神虎もまた、例に漏れず動きを止める。
「なんだ、あれは…?」
有り得ないようなことが、起こっている。
星刻は視界を塞ぐ血を拭うことも忘れ、ただ目を見張った。

トウキョウの方角から至った、閃光。
それが爆弾の炸裂した瞬間であったと解ったのは、機体が揺れるだけの衝撃を受けた後だった。
上空において、意図せず位置が変わるだけの衝撃波。
『どうやら、勝負は持ち越しのようだな』
刃が触れたことで繋がっていた接触回線に、相手の声が入る。
刹那の後、ギャラハッドがその場を離脱した。
対して助かったと思ったのは、紛うこと無く星刻の本音である。
「…さすがに、強いな」
右目を覆う血を拭い、視力に異常がないことを確かめる。
一度の深呼吸で思考を切り替え、星刻はモニターを再度見下ろした。
(ブリタニア軍が撤退していく…?)
中華連邦軍は、『黒の騎士団』ほどの戦闘力がない。
ゆえにトウキョウまでは踏み込まず、キュウシュウを主とした外海を支配下に置くための戦いを繰り広げていた。
モニターに通信回線が開き、香凛の姿が映る。
『星刻様。ブリタニア軍が、すべて防衛ライン奥まで撤退しました』
どうやらあの閃光は、ブリタニア軍も与り知らぬ"何か"のようだ。
香凛は中華連邦軍の中枢、天子と神楽耶が座す戦艦・大竜胆(ターロンダン)の守備に付いている。
星刻は彼女へ先に着艦するよう指示し、ややの間を置き同じ指示を指揮下の者たちへ発した。

「合衆国中華、及び他の合衆国軍へ告ぐ。全軍、母艦へ帰投せよ。被害状況の把握を急げ!」

太陽と見紛うばかりの閃光は、大竜胆のブリッジを白で埋め尽くすかという勢いであった。
いくつものモニターが連なるそこで、天子と神楽耶はただ目を見張る。
「…今のは、なに?」
呆然と神楽耶の口を突いた、言葉。
有り得ないことが起きていると、脳が理解するのはただ1点のみだ。
KMFの着艦を示すアラートが、途絶えること無く鳴り響く。

ふと途絶えた音の合間に、扉の開く音。
険しい表情でブリッジへ戻ってきた香凛は、モニターを一瞥しても状況が変わらぬことに苛立ちを募らせた。
「斑鳩との通信は?」
「先ほどから何度も試みているのですが…」
言い知れぬ不安が背を駆け抜けた、あの閃光の所為だろうか。
「香凛! 星刻は?!」
椅子から身を乗り出し、天子は己の側近へ問い掛ける。
この大竜胆を守るために、星刻が捨て身の戦法を取った一瞬を、見ていた。
香凛は強張った己の表情がやや緩んだことに気づく。
「…ご安心ください。重傷ではありません。医務室で治療を受けておりますので、終わり次第こちらへ」
神楽耶の表情もやや軟化し、天子はホッと微笑を浮かべた。
「そう、…良かった」
守られるしか無い立場の歯痒さは、身を蝕むかと思うほど。
けれどそれが人の上に立つ者の勤めでもあるのだと、天子は痛いほどに教えられてきた。
(ルルーシュ様は)
ピピピッ、と違う電子音が鳴る。
『神楽耶様、天子様、ご無事ですか?!』
ようやく繋がった通信は、斑鳩の司令室を映し出した。
騎士団の副司令である扇と、広報担当であるディートハルトの姿が見える。
「扇殿! そちらの状況は?! あの閃光はいったい…」
暇を与えず問うた香凛へ、画面向こうの扇は苦しげに息を吐く。
『おそらくは、爆弾だと思う。こちらも詳しいことはまったく分かっていない』
「爆弾…? 被害状況は?」
『被害、は…』
言い淀んだ扇の言葉の先を、星刻はブリッジへ入ると同時に聞いた。

『…トウキョウ租界が、消えた』

消えた?
「どういう意味だ、それは!」
焦りさえ交えて問い返した星刻の様子に、誰も疑問など浮かばなかった。
…"トウキョウが消えた"という、その言葉の意味が分からないのだ。
険の篭る視線は、モニター越しであるはずの扇をも容赦なく貫く。
たじろいだ扇は、言葉を叫びで絞り出した。
『言葉通りの意味だ! ブリタニアの総督府さえも消えたんだ!!』
「総司令! これを!!」
重なって響いた通信士の声にそちらを見れば、トウキョウの様子が映し出されていた。
目が、離せない。
「トウキョウ…が…」
呟いたのは神楽耶だった。
しかし彼女は、自身が呟いたことさえ気づいていないだろう。

巨大なクレーター。
元は何があったのかさえ分からない、赤茶けた大地。
上空に何機かのKMFが見えるだけで、地面に動くものは見当たらない。

これが、トウキョウ?

『…租界周辺は、まだ通信が通じない。ブリタニア側も狼狽えてる』
それはつまり。
「ゼロ様の無事も、分からないのですね?」
毅然とモニターを見返した神楽耶に、扇は苦々しくも頷いた。
『…その通りです』
隣で天子が息を呑んだように、神楽耶は同じ思いで胸を抑える。
(どうか、ご無事で)
想いが無力であることも、彼女は嫌悪を覚える程にはよく知っていた。

星刻は無理矢理に目を閉じ、情報を一時(いっとき)遮断する。
(今は、どうすることも出来ない)
通信も出来ぬ状況では、安否確認など不可能だ。
「扇副司令、騎士団の状況の把握は貴公らに任せた。こちらは合衆国軍を再編する。
30分後に、再度連絡を」
『了解した』
斑鳩との通信が切れたモニターは、瞬く間に合衆国軍の各司令からの報告で埋まる。
素早く状況を整理してゆく星刻の背を見つめて、天子は奥歯を噛み締めた。
(一番心配してるのは、星刻なのに)
『ゼロ』の安否を気遣う点では、自分も神楽耶も星刻も香凛も、同じだろう。
けれど、その"重さ"は。
モニターに洪からの通信画面が割り込む。
『星刻、神虎の調整が暫定的に終わるそうだ』
皆まで言われずとも、星刻は言われた意味を正確に理解する。
「了解した。すぐにそちらへ向かおう」
香凛と軽く二言三言交わし、彼女へ権限を委譲する。
そうしてずっと感じていた哀願に近い視線の元を辿り、微苦笑を零した。
(それだけ強い目が出来るなら、大丈夫だろう)
"天子"が揺らがず在り続ければ、中華連邦という国も二度と揺らぐことは無い。
星刻は言葉を返さず、ブリッジを後にした。

最初にコール3回。
1分後にコール2回。
その次の1分後にコールが無ければ、『こちらへ掛け直せ』。

携帯電話が着信を知らせたのは、ほんの少し前。
ブリッジを後にし格納庫へ向かいながら、星刻はまったく同じ要領で着信相手へ掛け直した。
最初に3コール、1分後に2コール。
さらに1分後は、普通にコール音を鳴らし続ける。
『どうやら、お前も無事みたいだな』
コールが通話に変わっても、挨拶さえ交わすことはない。
名前を確認することも無い。
「そちらも無事なようで、何よりだ。…それで?」
端的な言葉で通じるだけの、優先事項がある。
『…無事だ。でも、記憶が保証出来ない』
端的な言葉でなければ、周囲に刃を剥かれる位置に居る。

誰が聞いても当たり障りの無い言葉を、必要最低限までに削って。
削りに削り取られた言の葉たちは、だからこそ事実のみを語る。
『錬金術師には伝えた。盤外の貴族に預けて、盤上の貴族が見守っている。だから後は…』
「連絡を待つだけ、か」
途切れた声の先を続ければ、肯定が返り。
『帝国の、参謀に注意してくれ』
最後に一言、通話は切れた。

目的地へと進める足を止め、利用の意味を無くした携帯電話を見下ろす。
(記憶が保証出来ない…)
星刻の脳裏に描かれたイメージは、"トウキョウ租界であった"場所。
総督府はこちらのターゲットであり、戦闘の中心となることは解り切っていた。
最前線に出た"彼"は、巻き込まれたと考えるのが妥当。
(『黒の騎士団』は、おそらく捜索隊を出している)
だが。
(無事だが、意識が無い。下手をすれば記憶が無い。…つまり、)
蜃気楼は発見されないだろう。
いや、蜃気楼というKMFは発見されたとしても、『ゼロ』は発見されない。
(帝国の参謀が、手を出して来なければ)
苦い思いが込み上げ、舌打った。
神聖ブリタニア帝国の参謀など、1人しか居ない。

(シュナイゼル・エル・ブリタニア…!)

大宦官たちを取り込み、天子とオデュッセウス・ウ・ブリタニアの政略結婚を押し進めようとした。
現在のEUは、当の手腕のおかげで虫の息。
そしてルルーシュの危惧の、根源。



格納庫に辿り着き、整備の担当者と神虎の調整を行う。
洪と中華連邦軍についての調整を付け、香凛からの通信を受け取る。
再び『黒の騎士団』と情報共有を計りつつ、回線越しで各司令たちと協議の場を開くことを決定した。
「洪、中華本国との調整を頼めるか」
「ああ、了解した。インド側も纏めよう」
「頼む」
1カ所に留まることなく、星刻は大竜胆にて状況を把握し指示を出し続ける。
担当を二分出来る『ゼロ』が不在の今、巨大な"合衆国軍"を纏める手腕を持つ者は、星刻ただ1人。

だが星刻は、立ち止まる隙の無い"総司令"という己の立場に、感謝した。
巡る、

時は味方となり得るか?(反語)

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11.3.27