06.  

ノノハを道案内に、坂道を駆ける。
シャッ、と小気味良い音を奏でる相手を横目に、カイトは問いかけた。
「飛ばねえのか?」
地面を走る様は、インラインスケートと変わりない。
アディラリアは苦笑を返す。
「何も分からない状況で目立つのは、さすがにね。
でも学園長が、今日の内に上手い言い訳考えてくれるってさ」
「へえ」

辿り着いたのは、ぽつんと置き去りにされたような廃工場。
先客はまだ中へは入っていなかった。
「おいギャモン! 端末返せ!」
「あぁ? ちっ、追い付いてきやがったのか」
ほらよ、と投げ渡された白い端末を、カイトは危なげなく受け取る。
廃工場へ足を踏み入れると、やたらと廃車が並んでいた。

【ようこそ、賢者のパズルへ】

マイクで響いた声の主は、中2階に差し渡されている足場の上に。
【私が今回のギヴァーである。我が称号は"クラッシュ"。今回君たちが解放すべき"財"は、この車だ】
示された車は見たことのない種類で、かなりレトロな造りをしている。
クラシックカーだろうか。
乗り込むよう指示され、カイトとギャモンは競うように車へ乗り込んだ。
ノノハは後部座席へ。
「あれ? さん?」
正面を向いたノノハは、が入り口に佇んだままであることに気がついた。
そこで初めて、ギャモンは彼の存在を目にしたらしい。
「誰だ? あの綺麗な兄ちゃんは」
「なんだよ、お前見てなかったのか?」
「はあ?」
カイトの不思議そうな顔に、ギャモンが首を傾げる。
彼らの会話に被せて、フロントパネルからギヴァーの声が響いた。

【では、ルールを説明しよう】

左の座席に座っているギャモンが、何やらタッチパネルらしき物を操作している。
ガコォン! と鳴った音と共に、並んでいた車が1台スライドした。
(へえ…。本格的だな)
止めどなく順に車が動いていることから、すでに解が見えているのだろう。
(それは良いけど…)
は視線を上向ける。
クラシックカーの進行方向、即ち出口へと繋がる直線上。
吊り下げられた、廃バス。
(危険なパズル…ね。確かに)
制限時間内に解けなければ、あのバスが落ちてくる。

「!」

ゴールへ導かれようとしたクラシックカーが、不自然に止まった。
【腕輪の契約者でもない者に、私のパズルが解かれるなど有ってはならない!】
えっ、とギヴァーの男へが視線を移した瞬間、廃バスを吊るワイヤーが緩んだ。
軋む音と、大量の埃が舞う。
(制限時間? けどあいつらは…)
ノノハとギャモンが、外へ出ようと必死になっている。
何事かと駆け寄った。
「おい、何が起きたんだ?!」
「あっ、さん! 開けるの手伝ってください!」
くぐもった声には、多大なる焦りが。
「あいつ、ギャモン君に解かれそうになったからって、車が動かないようにしたんです…っ!」
だから不自然に止まったのか。
はクラシックカーの扉を見たが、鉄枠が嵌められており手では開けられそうにない。
(…天井を"切れ"ば出られるな)
A.T(エア・トレック)は、走るだけでも、飛ぶだけのものでもない。
特に、が履いているような『オリジナル』は。
「良い。このパズルは解ける」
「えっ?」
やけに落ち着いた声音の主を見て、は息を呑んだ。
(右眼が…)
タッチパネルを睨むカイトの右眼が、鮮やかな赤色に染まっている。
加えて、左腕の辺りが光っていた。
「カイト…またあの時みたいに」
ノノハの呟きは、外のには聴こえなかった。

。危ないからどいてろ」

解けるって何言ってんだお前!
そんなギャモンの叫びも、カイトの視線を動かすには至らない。
は沈黙を挟み、返した。
「分かった」
ノノハの驚く声に構わず、1歩の後ずさりではパズル枠の外へと跳ぶ。
「なっ、なんだありゃ?!!」
どう考えても、人間があのように跳べるわけがない。
目を剥いたギャモンに、ノノハはやや間を置いて口を開く。
「…うん、後で説明するよ」
命の危険が迫ったここで、話せるほど短い話ではない。

パズルの外へ出たは、クラシックカーと吊られた廃バスの側面へ回った。
万が一、カイトが間に合わなかった場合に備えて。
キィンとA.Tのモーター音が響き、の周囲に風が生まれる。

A.Tは、走り、飛ぶための道具。
だがその使い方だけでは物足りないのが、暴風族(ストーム・ライダー)だ。
…あらゆる力学と原理を元にした、"武器"。
それがA.Tのもう1つの顔。
ただし、既製品には存在しない機構の核(コア)を積んでいる必要がある。
(助走が効かないから、Lvは4…)
取り込み圧縮した空気を放てば、廃バスを吹っ飛ばせる。
それが鉛弾の大砲で撃った形か、火薬で爆発した形か、巨大な爪で切り裂かれた形か。
どうなるかは、撃つものの種類による。

クラッシュ音が響き、は目を見開いた。
(2台同時に動かした?)
ぐらぐらと揺れる廃バスの下で、新たにスライドパズルが展開されていく。
(すごいな)
廃バスの後部がガクリと下がった。
出口へと開いた道、動かないクラシックカーに代わって後続の廃車が動かされる。

再度のクラッシュ音、廃バスが落ちてひしゃげる衝撃音。

濛々と舞った大量の埃を風で払い、はクスリと吹き出した。
(無茶するなあ)
足場を見上げれば、ギヴァーの男が呆然と出口を見下ろしている。
(…にしても、)
気にいらない。
挑戦状を突きつけておいて、攻略される直前に禁じ手とは。
は足場へと飛び上がり、ギヴァーの男へ近づいた。

「大人気ない上に最低だな、アンタ」

ギョッと男がこちらを振り向き、しかし携帯電話の着信音がその先を阻む。
(あ、そうか。ケータイ…)
持っていることを忘れていたが、元の世界と何か違うのだろうか?
 カタン!
着信相手と言葉を交わしていた男が脱力し、携帯電話を落とした。
男は落としたことに気づかず、呆然としている。
「……」
転がった携帯電話を拾い上げれば、壊れてはいない。
はしばし考えた。



「あれっ? さーん!」
ノノハの呼び声に、が廃工場から出てくる。
欠伸と共に立ち上がったカイトは、日がやや傾いていることにため息をついた。
(また眠っちまったのか…)
封じられていた"財"はひしゃげてしまったが、全員が無事だった。
これ以上のことはない。
「おう、あんた! さっきのどうやったんだ?」
待ち構えていたギャモンに唐突に問われ、アディラリアは目を瞬く。
「さっきって?」
「1歩ですっげえ距離跳んだろ? あれだよ」
「ああ…」
周囲を見回せば、閑散とした川沿いの風景があった。
目撃される心配はなさそうだ。
「説明するのも説明聞くのも、今日は疲れたよ。とりあえず…」
怪訝な表情のギャモンの目の前で、は高く後ろへ飛ぶ。
そのまま廃工場の壁を蹴って宙返り、再び同じ地点へと着地した。
「こういうことかな」
悪戯な笑みを浮かべれば、ギャモンは宇宙人を見たような顔になっていた。
「なっ…」
言葉も出ない。
一連の出来事を見つめていたカイトは、徐に方向を変え歩き出す。
「早く帰ろうぜ。腹減った」
同じく歩き出しながら、ノノハが彼の腕輪を指差した。
「またこの腕輪に助けられちゃったね」
「ちげーよ。これはオレの実力!」
彼らの隣をゆっくりと並走しながら、は伸びをする。

(長い1日だな)
Encounter to P.O.G.


<<     /     >>



11.11.13

閉じる