07.  

公園に仕掛けられた、賢者のパズル。
残された短すぎる時間の中で、あのレベルの魔方陣が解けるわけがない。
…なんとかカイトたちに連絡を。
拘束された腕を解こうと、キュービックは白衣の下に隠している発明品を動かそうとする。
『まちづくり課長』という称号のギヴァーは、公園を眺めやって満足気だ。
(くそっ、まさか本気で…)
人殺しをする気なのか。

「ねえ、爆発の範囲ってどれくらい?」

夕焼け色に染まろうとする空の内側、影ばかりになった屋上の手摺の上に。
しゃがんでこちらを見つめる者が在った。
キュービックは目を丸くする。
(いつの間に…っていうか、どうやってあそこに)
あんな場所、人が立てるような…ましてはしゃがめるような場所ではないのに。
まちづくり課長もまた、突然の訪問者に唖然と口を開いた。
「君は…いったいどこから来たのかな?」
(そうだ。エレベーターは動いていないのに)
太陽を背にした相手の表情は影となり、上手く捉えられない。
だが、笑う気配がした。
「爆発の範囲ってどれくらい?」
まったく同じ言葉を投げられ、まちづくり課長は肩をそびやかした。
「聞いて何になるのかね? これから爆発するというのに!」
手摺の上の人影が、立ち上がる。
「!」
蹴り上げた足は、まちづくり課長の顎下に。
「あんたは、人を殺せる度胸があるようには見えねーんだけど」
急所に据えられているのがインラインスケートであると、離れていたキュービックには見えた。
(な、なんだあれ…!)
人の出せるスピードではない。
それにあんなインラインスケート、見たこともない。
機械を造り続けてきたキュービックだからこそ、確信があった。
両手を上げ、まちづくり課長は冷や汗を流す。
「ば、爆発するのはパズルを解く場所と、公園内の数字が隠されていた場所さ」
「ふぅん、人が居ようと居まいと?」
「そ、それは…」
そうか、とキュービックも思い当たる。
(人がいる間は爆発しないっていうのもあり得るのか!)
「…カイトたちが居る場所だけ、人が居ても爆発するわけだな」
なるほど、と呟いた闖入者が離れる。
ホッと肩の力を抜いたまちづくり課長は、同時に余裕を取り戻したらしい。
「い、今から行ってももう遅い! 私の勝ちだ!」
ひょいと手摺に飛び乗った相手は、肩越しにこちらを振り返る。
「パズルはまだ途中だろ? それに、」
誰が間に合わないって?
突如ざっと吹きつけた風に顔を庇い、腕の隙間に見えたものは。
(えっ?!)

龍、が。

黄昏る空に鱗を乱反射させ、白亜の牙を向いた龍の姿が。
「ひっ?!」
まちづくり課長が悲鳴を上げ、後退った。
キュービックは目を擦る。
「そんな、伝説上の生き物が現れるなんて、」
そんな馬鹿なことが。
零したキュービックは、さらに驚愕した。
…手摺に乗っていた人物の姿が、向こう側に消える。
「ちょっと?!」
慌てて手摺に取り付き、キュービックはこの世で最も驚くべき光景を目にした。
「な…」
人が、空を飛ぶだなんて。



魔方陣。
入れられた数字が縦横どの列を足しても、同じ数にするパズル。
数字の入ったパネルに向かうカイトの左腕は、金色の輝きを放っている。
「カイト、逃げよう! これじゃあ…!」
叫んだノノハに、魔方陣のパネルを後ろから睨んでいたギャモンも相槌を打った。
「もう間に合わねえ!」
だが、カイトは答えない。
「ノノハ! ギャモン!」
ジャッと滑る音にハッと見れば、がいた。
さん!」
「爆発するのはここだけだ。2人は早く逃げろ」
こちらを視認するなりそう告げてきた彼に、ノノハとギャモンはすぐには頷けない。
「逃げるって、でもカイトは」
カイトのすぐ傍まで移動し、は2人へ向き直る。
ーーーゴウッ
キィンと鳴ったモーター音に風が渦巻き、砂や枯れ葉と共に周囲を飲み込む。
竜巻の中心のように。
「大丈夫」
風に気圧されるノノハとギャモンへ、微笑んだ。

「カイト1人くらいなら、守れるよ」



ぐらりと倒れる身体を、抱き抱えた。
(さすがカイト)
カウントパネルの数字を見やり、お疲れ様、と呟いた。
「カイト! さん!」
公園の入口まで退避していたノノハが駆け戻ってくる。
後ろからギャモンも走ってきた。
「ちっくしょ、寿命が縮まったぜ…」
カイトを掲示板の柱に寄り掛けて座らせ、は夕日に目を細めた。

♪〜♪〜

「あれ? 誰のケータイ?」
カイトの着信音とも違うし。
首を傾げたノノハを見て、は口の端を上げた。
「先に戻ってていいよ」
「えっ?」
彼女が返事をする前に、その場を飛ぶ。
少し離れた街灯の上へ降り立ち、手にした携帯電話の通話ボタンを押した。

「ようやく電話してきたな。こっちからは掛けようがないから、待ちくたびれたよ」

言葉を発する前に投げられた微かな非難に、ビショップは通話口で眉を寄せた。
「こちらはPOGジャパン統括部でございます。
確認が遅れたことに関しては、お詫び申し上げます」
巨大なモニターには、分割された√学園都市が映っている。
相手の携帯電話は、GPS機能をOFFにされていない。
割り出され映し出された監視カメラの映像は、海沿いの自然公園のものだ。
監視カメラの映像は次々に切り替わり、その内の1つはカイトたちの姿を映していた。
ビショップは通話の本題へ入る。
「その携帯電話は我々が管理しているものですので、ご返却頂きたいのですが」
1週間ほど前だろうか。
駐車場パズルを出題し敗れ去り、あろうことか負けを認めなかったギヴァー。
すでに解任したその男に支給されていた携帯電話だ。
通話音声が、笑いを含み返ってくる。
『返してもいいけど、その前に質問』
「…なんでしょうか?」
来ると思った。
しかし続けられた問いは、予想もしていないもので。

『"神のパズル"を探してるんだけど、それってあんたたちが持ってる?』

思わず上司へ視線を向ければ、続けろと青い目が告げる。
ビショップは少し考え、通話相手へと口を開いた。
「…その問いにお答えするには、貴方が何者であり、なぜ"神のパズル"を求めるのか答えて頂く必要があります」
言いながら、モニターへ視線を走らせる。
GPSの反応は変わらず公園に在るが、通話しているような素振りの人物は誰1人として映らない。
(なぜ?)
カメラに死角がないとは言わない。
それにしても、写っていないということはあり得ない。
…監視カメラの形をしていないカメラも、複数存在しているのだから。
『あり得ないということは、あり得ない』
「は?」
『到底信じられないような状況に陥って、"神のパズル"が関係あるんじゃないかと行き着いた。
けど、ここに居るだけでは情報が少なすぎる』
そんな答えに再び上司を見やれば、目線はモニターへ向いたまま言葉だけが落ちる。
「…ここ、っていうのは、"彼ら"の傍のことかな?」
視線の向き先は、先ほど公園のパズルを解いた少年たちに。
『"賢者のパズル"を管理しているなら、"神のパズル"の情報は、多かれ少なかれ持ってるだろ?』
俺はパズル解けないんだけど。
苦笑と共に零された言葉で、確信が持てた。
「ビショップ、代わって」
上司の命に頷き、ビショップは通話相手へ断りを入れた。
「…失礼、上司が貴方と直接話したいそうです」
電話を受け取ったビショップの上司、POGジャパン総責任者であるルークはモニターを見上げる。

「随分と興味深い人のようだ。その携帯電話は、貴方に貸し出しということにしよう」
『…それはどうも。番号知らないから、こっちからは掛けられないけど』
そんな返答に、ふっと笑う。
「いずれ直接会うこともあるだろう。その時に、別の携帯電話と交換してあげるよ」
『そう? なら有り難いけど』
ところで、とルークは問い返した。
「貴方はどこに居るのかな? GPSの反応はあるけど、姿が見えないのが不思議でね」
『ああ、そんなこと』
笑った声音は、楽しそうだ。

『監視カメラの死角って、どこだと思う?』

思いもしない問い掛けに、ビショップと顔を見合わせた。
「…そうだね。カメラの真下と、レンズの画角外かな」
それらの死角を排除するために、カメラは複数設置されるのが定石。
『残念。それじゃあ満点にはならない』
愉快気な駄目出しに、困惑した。
『俺の姿、映ってないだろ?』
確認され、隠すことでもないので肯定する。
「そうだね。だから訊いたんだ」
カメラのレンズが捉えられない範囲が死角であるなら、他にどこが?

『監視カメラは上を向かない。だから俺の姿は映らない』

じゃあな、という言葉を最後に、通話は切れた。
「上…?」
携帯電話を返せば、受け取ったビショップもまた意味が分からず首を捻っている。
「まさか、カメラの上に人が居るわけもないでしょうし…」
改めてモニターを見れば、カイトたちが移動を始め、新たに1人加わっていた。
「…ルーク様?」
じっと彼らを見つめるルークにビショップは疑問符を上げるが、応えは返らない。
同じように画面を見ても、先ほどの謎掛けの答えは見えない。
Who am I ?


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11.12.18

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