10.  

ノノハお手製マドレーヌをぱくりと口にして、きょとんと目を瞬いた。
「文化祭は分かるけど…なに? そのコンテスト」
ミス・ルートボーイ?
の問いに、ノノハはガッツポーズで答える。
「√学園名物! 女装男子コンテストよ!」
カイトも参加するんだよね! という言葉に、えっと隣を見た。
「マジで?」
どよんとした雲を頭上にしたカイトは、恨めしげにノノハを見遣る。
「お前が勝手にエントリーしたんだろ…」
「だってカイト、女装似合いそうなんだもん!」
絶対見たい! と自信満々に語る彼女は、たぶん誰にも止められない。
「やりたくねえええ…」
呪詛のように呟いたカイトは、そこではたと気づく。
「…ってか、女装ならオレじゃなくての方が絶対適任だろ」
「え、何で俺?」
「あー…うん、そうなのよね。さんもほんと似合いそう…!
なんだけど! 私はカイトの女装が見たいの!」
「結局そこかよ…」
突然に向けられた矛先は、どうやらノノハの見たいベクトルが完全にカイトに向いていたらしく、免れた。
ホッと息を付いたの向かいで、アナがにこりと微笑む。
「大丈夫。さんはー、私がちゃんとやるから!」
「やるって、何を?」
の疑問に対しアナは答えず、彼女と顔を合わせたノノハはなぜか満面の笑みだ。
「さっすがアナ! よく分かってる!」
マドレーヌを1つ食べ終わったキュービックは、ギャモンへと水を向けた。
「ギャモンも出てみたら? 女装コンテスト」
「無理無理。オレんとこは屋台出すんだよ。んな時間あるかっての」
「けど確かコンテストって、一般投票もあるから会場に居るのってちょっとの時間だけじゃない?」
そのまま動きまわっても良い、ということだ。
実際にそれをやる人間がいるかどうかは、微妙なところだが。



文化祭当日の朝、まだ準備の生徒以外がまばらな時間。
「いたー! さんこっちこっち!」
「えっ、うわっ! ちょっ、アナ?」
「あれ? 、どこ行くんだ?」
「俺が聞きたい」
「おーい、アナ! 連れてどこ行くんだ?」
ようやく立ち止まったアナは、カイトを振り返ると微笑む口元に人差し指を当てた。
「ひみつ〜! あ、でもカイトは特別に」
60分経ったら、来てもいいよ〜。
そうしてアナがを連れて消えた、曲がり角の向こうは。
「第二美術室…?」
とりあえず時刻を確認し、何だろうかと思いながら階段を降りる。
するとノノハと鉢合わせた。
「あっ、カイト! ちょうど良かった、これ運ぶの手伝って!」
「いいぜ。…焼きそばの材料か? 結構量あるな」
「うん、ギャモン君のとこだよ。焼きそばとたこ焼きって、結構すぐに売り切れちゃうらしくて」
「へえ」
「そうだ。カイト、コンテストは14時からだからね!」
「……」
「 絶 対 に 出てよね!」
「はいはい…(その笑顔が怖ぇーよ…)」
校庭に出れば、食品を扱う生徒たちが忙しなく動き回っていた。
一角にギャモンの姿を見つけ、段ボール箱を届ける。
「ほれ、届けもんだ」
「おう、そっちのスペースに置いとけ。ついでに中身も出しとけ」
「へいへい」
別の場所へ荷物を届けていたノノハが、駆け戻ってきた。
「おはよう、ギャモン君。ギャモン君もコンテスト出るんだってね!」
「うえっ、マジかよ?!」
信じらんねえ、とげんなりしたカイトへ、客引きだと返ってきた。
「女装男子とか男装女子とか、客引きには最高だとさ。うちのクラス委員長が」
「ああー、確かにねえ」
頷いたノノハに、だが問題がある、とギャモンは腕を組む。
「下手すると客が逃げるから、ちゃんと考えとけとか言われてよお。
考えてみたんだが、さっぱり分からん」
(普通は分かんねえって…)
苦笑いしたカイトとは対照的に、首を傾げていたノノハがパチンと指を鳴らした。
「じゃ、アナに頼もう!」
「へ?」
「カイト、アナに会わなかった?」
「なんか、連れて美術室に行ったぜ? オレは60分経ったら来ていいって」
む、とノノハは眉を寄せる。
「…そう来たか」
「は?」
「…あっ、こっちの話! じゃあカイトが行ってから、10分後くらいに行こう」
「9時半くらいか。なら大丈夫だぜ」
「よし、決まり!」



第二美術室へ向かうと、途中でソウジに出会った。
「おやカイト君。どこへ行くんだい?」
こっちに出し物はないよ?
「いや、アナとが美術室に」
「…また、どうして?」
「さあ…」
アナは個展を開くことになっており、準備は昨日の内に終わっていると言っていたが。
紙パックのりんごジュースを飲み干して、ソウジはひらりと手を振った。
「カイト君もギャモン君も出るんだろ? コンテスト」
楽しみにしてるよ、と言い置かれ、カイトは何とかため息を飲み込む。
なぜ朝っぱらからため息をつかねばならないのか。



「……」
置かれた姿見の前で、くるりとターン。
鏡の奥に映るアナが、感極まったように顔を輝かせた。
「すてき…!」
改めて、は鏡に写る自分の姿を見聞してみた。
「…ほんと、これシムカのコスプレだろ…」

髪は腰下よりも長く、薄桃色。
服は制服アレンジを施されたワンピース。
ミニスカタイプだが、さすがにストレートパンツを合わせてくれた。
アクセントも兼ねて、腰には革ベルトのウエストバッグ。
そして五角形に模(かたど)られた黒のキャスケットを被れば、そこには。

(…ツバメのシムカ、か)

同じ暴風族(ストーム・ライダー)であり友人の少女、シムカが立っていた。
違うのは、喉仏を隠すためにスカーフを巻いていることくらいか。
(こんなリンクって、アリ?)
まあ、彼女ほどのスタイルには程遠いが。
どうしても隠せないA.T(エア・トレック)のハーフ部分は、ブーツに見せるためのファーベルトが覆っている。
実体験して初めて、"ファッションに合うA.T"の需要を理解出来た気がした。
さん完璧っ! これ、ドレスも着せたい…っ!」
いつになく、アナが興奮気味になっている。
(確かに、俺も驚きだけどな…)
喜ぶべきか否か、非常に迷いどころではあるのだが。
それに、良い目眩ましにもなる。
(A.Tが1つではないと思わせる。俺だけが特別ではないと、信じさせる)
何より""であると気づけないだろう、これでは。
アナのメイクの腕前も大いに関係しているが、自分で半信半疑なのだ。
ならば、写真を撮られても問題ない。
(√学園とこの街は、学園長の方針が効くけど)
外部の人間に対して、内部ほどの規制が効くとは思えないのだから。

「おーい、アナ?」

軽いノック音と共に、呼び掛けの声がした。
「あっ、カイトだ」
入っていいよ〜と答えた彼女に、内心でどきりとしたのはだった。
(ちょっ、)
まだ、演じるスイッチが切り替わっていない。
部屋へ入り扉を閉めたカイトの、息を呑む気配がした。

「…っ?!」

美術室の奥、置かれた姿見の、前。
驚いたようにこちらを振り返った人物に、カイトは言葉を失くした。
相手を見つめ立ち尽くすカイトに、アナが満足気に頷いている。
「うん、褒め言葉も逃げる美少女だよね〜」
ノノハも呼んでこよっと。
アナは至極当然のように、いつものメンバーを呼びに出ていく。
がらり、と閉じられた美術室には2人だけ。

(…こんな美少女、居たっけ)
カイトの脳裏で単純すぎる疑問が浮かび、消えた。
(…気まずい)
じっと見つめられたまま沈黙され、はどうしようもない。
バレたか、それとも気づかれていないのか。
「何か言ってくれないと、反応の返し様がないよ。カイト」
軽く首を傾げて苦笑いすれば、カイトはうっと言葉に詰まり赤くなる。
「へっ? あ、悪い…って、なんで名前…?」
カイトの反応に、おや? と目を瞬く。
(気づいてない?)
となると、悪戯心が湧くのも当然の成り行きで。
は軽く両手を広げ、にこりと笑った。
「簡単だよ。当ててみて?」
何より今の"変装"は、重要な点がまだ欠けているのだから。

当ててみて、と小首を傾げた"少女"に、頬が熱くなるのが分かる。
それを隠すためにがしがしと前髪をかき混ぜ、カイトははたと思い当たった。
(…あ、れ?)
アナの友達だろうかと思ったのだが、それは違う。
確かに彼女は、自分が来たときに名前を呼んだ。
しかしそれを加味しても、目の前の人物が『カイト』と紡いだ声に、違和感がなかった。
顔を上げ、もう一度相手を見る。

眼が。

大概がサングラスかゴーグルで隠されている、深緑と深蒼。
…カイトが魅入られた、あの色。
視線をやや下げて、足元を見る。
半分以上がファーで覆われているが、あれは。
「まさか…、?」
肩が竦められ、笑みが苦笑へと変わる。
「正解。ま、シムカの可愛さに惚れるのは可笑しくないけど」
「シムカ…?」
突然の名前に、問い返す。
は机に置いてあったコンタクトケースを手にし、カイトへ向き直った。
「今の俺の姿を、もっと可愛くしてもっとスタイル抜群にした子。
俺の友達(ダチ)で、"ツバメのシムカ"って呼ばれてた」
ややの寂寥には、小さな諦観も混じっているように思えた。
すぐにその色は消えて、ここまでそっくりになるとは思わなかったと彼はまた笑う。
「…カイト?」
黙ってただこちらを見ているカイトに、首を捻った。
呼ばれたカイトは、自分が呆けていたことにハッとする。
「あっ、いや…」
何でもない、とは言えなかった。
「…可愛いと思ってさ」
ふいと目を逸すカイトに、は嬉しそうに返した。
「当然。なんたって、シムカだから」

再び鏡へ向き直った彼は、だから気づけない。
(そうじゃねえよ…)
カイトはその、"シムカ"という少女を知らない。
自身が言うくらいだ、本当に可愛いのだろうし、抜群のスタイルなのだろう。
今の彼の姿が、ほぼ本人であろうことも。
けれど、違うのだ。
(…お前、だから)
もしも"シムカ"という当人に出会ったとしても。
こんな遣る瀬無い想いなど、湧かない。

…自覚したくはなかったのに。
Not want to realize...


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11.11.27

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