11.  

学園の名が冠された都市は、学園のイベント時に最も盛り上がる。
大きさにすれば当然、文化祭が筆頭に上がる。
幼稚園から大学院までが存在する√学園の文化祭は、4日間。
中等部と高等部、大学部と大学院がセットで、2日ずつ開催される。
特に盛り上がるのは、ミス・ルートボーイコンテストを擁する高等部だ。
しかし、今年はどうも様子が違う。
「なんだこれ?」
来場者たちはロータリーのゲートを通り抜け、総じて首を傾げながら校舎へと歩く。
「見ろよ、こっちもだ」
「すっごい数だねえ…」
忙しなく駆けまわる、高等部と中等部の生徒たち。
校庭には様々な屋台が並び、趣向を凝らした装飾が校舎の内部へも招き手を広げる。
が、校庭の入り口付近から人の波がなかなか動かない。

道から校庭から至るところに設置されている、それは柱。
屋台用テントの余り物らしきものや、授業に使う足場のしっかりしたポール。
とにかく、基本的には鉄やアルミの鈍い銀色が、邪魔にならない程度にやたらと立っている。
飾りが付いているわけではない。
本当に、設置されているだけだ。

「おいっ!」
「えっ、うそっ?!」

誰かが発した声が来校者たちに広がり、視線が一点に集中した。
屋上からひらり、と舞った影に。
危ない! と叫ぼうとした人々の声が、立ち消える。
見上げていたのは生徒たちも同じだった。

…勢いを殺さず屋上の手摺を蹴り、校舎から飛ぶ。
その目に映るのは、現在位置から校庭、そして校舎入り口のエントランス上へ飛ぶ、1本の"道"。
本物のシムカのように軽やかでないことが、残念だ。
(ま、せっかくだから目指してみるか)
生まれた影技(シャドウ)が龍であるだけに、の走り(エア)は鋭利だ。
"ツバメのシムカ"を模すのはかなり難しい。
けれど、"魅せる"機会などないのだ。
中空に生まれた道を駆け、据えられたポールを足場に技(トリック)を繋げる。
「…いやぁ、凄いねえ」
屋上から彼…いや彼女?…を見下ろしていたソウジは、言葉もないやと笑った。
長い髪が後ろへと靡く様を見れば、彼が『ツバメ』と言った意味が分かる。
「つーかさ、本当にいいのかよ?」
カイトは複雑な表情を隠すことなく、横目でソウジへ問い掛けた。
やはり苦笑が返る。
「学園長と君の意見が一致しちゃったからね。反対する理由がないだろ?」
「そうだけどさ…」

カイトの隣に居た美少女がであると知ったときの衝撃は、10万ボルトに匹敵する。
立ち直ることに時を要したのは、何もソウジだけではなかった。
あの学園長たる解道でさえ、平静を取り戻すのに3分は掛かっていたのだ。
がすっかり楽しんでいる様子で、こう告げるまでは。

『これなら俺だとバレないし、俺だけじゃないって錯覚も与えられるだろ?』

ふわり、と校舎のエントランス部分へ舞い降りた美少女に、来場者たちは目が釘付けになる。
少女は眼下を見下ろし、両手を広げた。
「√学園文化祭、高等部へようこそ!」
どうぞ楽しんでいってくださいね♪
抜群の笑顔を群集へプレゼントし、少女は再び飛び上がる。
見ていて楽しくなってしまうような、そんなエアと共に。
誰もが、並び立つポールの理由に至った瞬間だった。

今日もまた普段とは違う視線を多量に受けながら、はカイトと共に催し物を回る。
「あっ、ギャモンだ」
「どこに? げっ、マジで女装してやがる…」
が早速駆け寄ると、自然に人垣が割れた。
焼きそばの屋台では、メイド姿のギャモンが焼きそばを鉄板に散らしている。
「やっほぅ、儲かってる?」
ガタイの良いギャモンに女装は少々難有りだが、さすがはアナ。
なかなかに良い感じに見えた。
「ぼちぼちだな。…じゃねえ、シムカ。ただでやるから宣伝してきてくれよ」
ほれ、と出来立ての焼きそばを渡され、はパッと顔を輝かせる。
「ほんと? じゃ、女の子のお客さん連れてきてあげるよ」
隣で彼らの会話を眺めていたカイトは、午後の予定を思い出してげんなりとした。
(バックれてぇ…)



ーーー炎が、回る。
ミノタウロスの介入でなんとかパズルは解けたが、逃げ場がない。
テントの内部は炎が出口を塞ぎ、骨組みが支えを失い溶け落ちてくる。
「っ!」
鉄骨と木組みがバラバラと轟音を立て、カイトは腕で顔を守る。
火の粉で衣装が燃えたら、洒落にならない。
「カイト。ノノハを抱えて動くな」
?!」
カイトを庇うように立つの周囲を風が渦巻き、炎を遮る。
…見上げた彼に、あの青磁の龍が重なった。
A.T(エア・トレック)が唸りを上げ、後輪から火花が散る。
「天井を撃ち抜く」
溜め込んできたエネルギーを、ゼロ加速と共に放って。
「なっ?!」
カイトの目に、落ちてくる鉄骨が映った。

「『DrAgon-HoWL / Lv.5』」

巨大なテントの天井を突き抜けた、炎を取り巻いた風の塊。
それは√学園高等部の屋上からでも視認でき、かつ、円心から広がった衝撃波が周囲のすべてを強く揺すった。
風は文化祭真っ只中の校庭と校舎をも襲い、誰もが突然の強風に顔を覆う。
(気のせいでは…ないですね…)
テントを食い破った風に、解道は昇る"龍"の姿を垣間見た。
(中の火も、今ので掻き消されたでしょう)
ホッとした様など微塵も表に出さず、前方に立つ男へ声を投げる。
「どうやら、彼らの方が上手(うわて)だったようですね」
極東本部長殿?
双眼鏡を下ろし、ヘルベルト・ミューラーは大きく舌打つ。
(なぜ解けた?!)
決して解けないはずが、なぜ!
彼は踵を返し解道を一瞥しただけで、屋上の階段へと消えた。
解道はため息と共に肩を下ろす。
「チェックメイトが近そうですね、極東本部長殿も」
黒い煙を朦々と上げるのみとなったテントを見下ろし、ふっと笑む。
「そろそろ”統括”も動くでしょう」
ファイ・ブレイン育成が仕事とは言っても、やはり人の親。
心配する気持ちは、減ることなどないのだから。




「あああっ! 待ってカイト! ちょっと待って待って!!」
「なんでだよっ!!」
「写真! せめて写真撮らせて!!」
さん…じゃなかった、シムカさんとギャモン君と一緒に!
叫んだノノハに、カイトは冗談じゃないと断固拒否する。
「んな黒歴史作らせるか…っ!!!」
ピンクのドレスに金のティアラ、そんな格好が写真に残されるなどとんでもない。
カイトは必死に突っぱねるが、残念ながら味方が少なかった。
「アナも一緒に写真撮る〜」
「ボクもボクも!」
「ノノハが撮りたいってんなら、別にいいぜぇ」
最後の望みはだったが、彼は首を横には振らなかった。
「良いんじゃない? 別に」
ガックリと項垂れたカイトを見下ろして、は軽やかに笑う。

カメラを三脚に据えたソウジが手を振った。
「じゃあ撮ろうか。そうそう、アナ君とキュービック君はそっちに…」
並びに満足し、タイマーをオンにする。
「や〜、何だか演劇部みたいだねえ」
カイトは周囲を見回し、それは当たってるなと呟く。
姫と王子は自分とノノハ。
アナとギャモンは召使だとかその類。
キュービックとソウジは裏方。
「じゃ、私は特別ゲストかな」
異世界から来た旅人とか?
他意なく発したに思い出した事実を、カイトは辛うじて口に出さず飲み込んだ。



ーーー彼は、いつか必ず居なくなる。
To protect you...


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11.12.31

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