12.

『アナが思うに〜…この子、なんか寂しそうなの』

スタジオの外に出れば、夜風が髪を撫でた。
欠伸を噛み殺し、カイトはしっかりと自分の足で立つ。
「さて、帰るか…」
ノノハが後ろを振り返り、釣られて背後を仰ぐ。
(…ギャモン?)
閉じた自動ドアの向こう。
すでに真っ暗で、スタジオなど闇に溶けている。
その先をじっと見つめて、ギャモンが動く気配はなかった。
カイトは正面に視線を戻し、軽く腕を組む。
(うーん…)
隣に佇んでいた気配が風を呼び、顔を上げた。
?」
澄んだ夜空を見上げ、は言葉だけをカイトへ投げる。
「あのお姫様ってさ、」
「うん?」
「こうやって空見上げたこと、あるのかな」
そりゃ、あるだろう。
だがカイトは、彼の笑みを目にして言葉を飲み込んだ。

「俺は、見上げてないと落ち着かない。けどあのお姫様は、アナの言った通りなら…違うかもね」

姫川エレナ、人気絶頂のアイドル。
歌もダンスも演技でもこなし、パズルだって驚くような腕だった。
けれど彼女は、驚く程に"仲間"という言葉を拒絶した。
「ノノハ。お前、もうちょっと夜更かしできるか? も」
唐突な問いに、ノノハは目を瞬く。
「へ? 別に良いよ、明日休みでしょ? あ、何か思いついたの?」
も同じく頷き、確認したカイトは再度ギャモンを振り返る。
「おいギャモン、行くぞ!」
「ああ? 行くって、どこに?」
帰るんじゃねーのかよ、となお問う言葉を無視して、カイトは歩き出した。
「じゃ、。頼むぜ」
「了解」
その場にのみを残し、3人は夜道へと駆け出した。
カイトは明確な目的を持って。
ノノハはよく分からないながら、ワクワクしつつ。
ギャモンは首を捻りながらも。
彼らを見送り、はテレビ局の正面玄関の上へ飛び乗る。
(あと15分ってとこかな)
待ち人が来るまで。



(私のパズルが、敗けた)
足取りは、ともすればトボトボと聞こえそう。
姫川エレナは伏し目がちに自身のパズルを振り返り、すぐに足を出口へと向けた。
自動ドアを潜れば、いつもの迎えが居る。
しかし、そこからがいつもと違った。
「あ、やっと出てきた」
「えっ?!」
ひらり、とエレナの隣へ降り立った人影。
いや、そもそも"降り立つ"という表現がおかしいのだ。
「あ、あなた…」
確かカイトたちと共に居た彼らの仲間で、だがパズルには一切の口出しをしなかった。
アイドルとして生きているエレナから見ても、美しい容姿の少年だ。
(ガリレオたちより年上っぽいけど)
驚くエレナを他所に、相手は笑む。
「ねえお姫様。30分くらい時間貰えない?」
言葉を返そうとしたSP(目付とも言う)を手で制し、エレナは彼を見上げた。
「別に構わないけど、タダで?」
彼の頼みならばタダでも構わないと思ったが、聞いてみたくなった。
ほんの数秒だけ考えた相手は、首に下げていたゴーグルを嵌める。
「じゃあ、空の散歩でどう?」
「は?」
意味が分からず、エレナは素っ頓狂な声を上げた。
少年は彼女のSPたちへ、1枚のカードを見せる。
「俺の身元保証人は、√学園学園長。問題はないよな?」
彼らがざわめくのも無理はない。
√学園総責任者の名は、この街では知らない方が珍しいだろう。
「30分後に、√学園高等部まで迎えに来てくれれば」
その発言に戸惑うSPへ頷き、エレナは少年に向き直る。
「√学園へ行くなら、車で行けば…きゃっ?!」
突然の浮遊感に、悲鳴を上げる。
「ちゃんと掴まってなよ」
抱きかかえられた浮遊感は、次いで風に変わった。



信じられない。
エレナはただ、視界を飛び去る景色に目を丸くしていた。
「と、飛んでる…。すごい…」
電柱、外灯、人気のない歩道で速度を上げ、ビルの上へ。
他より少しだけ高いテナントビルの屋上で、彼は一度足を止める。
「言ったろ? 空の散歩でどうかって」
ま、最初からこのつもりだったけど。
ゴーグルに隠されてもなお綺麗な面(おもて)を間近で見つめ、エレナは問う。
「ねえ。あなたの名前、聞かせてくれないかしら?」
始めはこの『空を飛んでいる』ことについて尋ねようとしたのだが、やめた。
相手はこちらを見下ろし、また軽く笑む。
。本名か偽名かは、適当に判断すれば良い」
行くよ、と告げられ、エレナは再び彼にしがみついた。



街を抜ければ、昼間に来たばかりの景色が広がる。
ロータリーを抜け、緩やかな上り坂で速度が上がった。
エレナがあっと思う間には校舎の正面玄関へと飛び、さらに外壁を駆け登る。
最後に一際高く飛び上がり、ジャッと小気味良い滑走音と共に屋上へと着地した。
(ほんと、すごいわ…)
彼の履いているローラースケートらしきものが、可能にしている技だろう。
けれどこれは、彼自身の技量も大いに関係しているはずだ。
「お待たせ」
「おう! お疲れ、
が誰かへ声を投げ掛けたことで、先客の存在に気づいた。
地面へ降ろされ、エレナは乱れた髪を手櫛で直す。
「あんたたち…」
居たのは、先ほど別れたばかりの3人。
「あっ、エレナさん! 空の散歩ってどんな感じだった?」
好奇心いっぱいに尋ねてきたのは、ナイチンゲール。
「何企んでんのかと思ったら、そういうことかよ…」
嫌そうな声と、嫌ではなさそうな態度でこちらを見たのは、ガリレオ。
そして瞬時に向こうへと移動したと話す、アインシュタイン。
(なんなのよ…)
本当に、意味が分からない。
「どういうつもり?」
アインシュタインへ向けての言葉だったが、必然的に傍にいるも対象となってしまう。
仕方が無いので、首謀者らしい男の名前を付け加えた。
「一体何企んでるのよ、アインシュタイン」
言われエレナを振り返ったカイトは、何も、と笑った。
「ただ、さ。いっつも下ばっか見下ろしてるみてーだから」
「え?」
そうして、彼は上を指差す。

「たまには、空も見上げてみろよ」

今は1人じゃねーから、寂しくないだろ?
続けられた言葉は、エレナの矛先を鈍らせた。
(それは…)
まるで、自分も"それ"を知っているかのような。
(1人きりで夜空を見上げたときの、あの不安を)
彼は知っているというのだろうか。
「そういや。エレナのパズル、解けたか?」
「無理。前にパズル部の人が挑戦してたのすら無理なんだから」
「うーん、ディスクタワーは結構イイ線行ってたのになぁ…」
「…私は十分凄いと思うんだけど。ダメなの?」
「順序ってもんがあんだよ。の場合は空間パズルに偏ってんだ。
他のは基礎からやらねーと、アントワネットのパズルはレベルが高ぇんだよ」
オレ様には簡単すぎたけどなぁ?
にかりと笑ったガリレオにムッと眉を寄せつつ、エレナは言い返すことを止めた。
たまには、素直に褒め言葉を受け取っても良いだろう。
はカイトとギャモンの評価に苦笑した。
「なんというか、ああいうの苦手なんだよ」
「ああいうの?」
「AとBがCであった場合はD、みたいなヤツが」
ゴーグルを外したが、こちらを見る。
「……っ」
その柔和な眼差しに、エレナは喉がつかえた。
(やめてよ)

私は、違う。

表情の消えたエレナに気づかないのか、カイトが声を投げる。
「おい、エレナ! お前って人にパズル教えるの得意か?」
「……」
吐かれようとした否定形を、エレナは無理やりに飲み込んだ。
俯けた顔が不自然でないように、大仰に腕を組んでみせる。
「あったりまえでしょ? 私はパズル・クイーンなんだから」
言って勢い良く顔を上げ、ギャモンへ台詞の続きを投げつけた。
「ほら、ガリレオ! あんたそんな称号なんだから、私に星の説明くらいしなさいよね!」
この私の時間を、空を見上げることに使わせてるんだから!
「ああ? …ったく、わがままな女王サマだな」
ギャモン様のありがたーい講釈だ、よぉく聞けよ!

空を見上げ、星の話へ耳を傾けながら。
エレナはこの空気が嫌いでないことを悟った。
Let's walk facing upwards.


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11.12.12

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