14.  

「ねえカイト。今日の夕ご飯、もう決めてる?」
一日の授業が終わり、廊下に出たところでノノハの声。
カイトは首を横に振る。
「いや。スーパー寄って考える」
するとノノハの顔がパッと輝いた。
「じゃあさ、久々にやらない? 寄せ鍋」
カイトはぱちりと目を瞬く。
「あー、そうだな。最近やってねえよな…」
2人が住んでいるのは、√学園の生徒と関係者のみが入居しているマンション。
カイトの身元引受人が解道であることと、ノノハが彼の幼馴染であることが考慮された結果だった。
階数は同じ。
ノノハが朝食を2人分作ったり、カイトもまた気が向けば夕食を2人分作る。
そんな彼らが、互いに半端に余りがちな食材の消費に行うのが、寄せ鍋だった。
多くてもせいぜい月に3度ほどだが、最近はすっかりご無沙汰だ。
階段へと歩きだしながら、ノノハは考える。
「けどカイトと2人でっていうのも、いつもと変わらないよね」
カイトは微妙な表情を浮かべた。
「あいつら呼ぶ気か? 部屋の広さ的に無理だろ」
「あ〜、だよねえ…」
2人が思い描いたのは、展望テラスに毎度集う面々だ。
ワンルームマンションではないが、さすがに5人も集まるのは厳しい。
階段の手前まで来て、ノノハはくるんとカイトを振り返った。
満面の笑みで。

「じゃあさ、さん呼ぼうよ!」



学生が1人住むには、中々に豪華なマンションだ。
「ノノハ、カセットガスあったら念のため1本な!」
「りょーかい!」
部屋の前で会話が交わされたその後に、はカイトの家へと足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「どーぞ」
こざっぱりと綺麗な部屋だった。
「スリッパいるか?」
「いや、別にいいよ」
銀色に龍の浮き彫りが入ったA.T(エア・トレック)が、玄関先に並ぶ。
(履いてねえの見たの、初めてだ)
思わず観察してしまったカイトに、は苦笑を返した。
とりあえず自室に荷物を置きに行けば、机に並んだパズルにの目が丸くなる。
「えっ、これって全部パズル?」
パズルかどうか分からぬものも多い。
カイトはの様子を見て、笑った。
「すげえだろ? パズルって、人の数だけ種類あるんじゃないかって思うよ」
やりたいのあったら教えるから、と言われ、考える。
(やってみたいパズル…)
1つだけ、あった。
玄関のチャイムが鳴り、カイトはそちらへ向かう。
「お前、鍵持ってるだろ!」
「そうだけど、ほらさんもいるし! たまにはお客さんらしく」
「いらねーよ、んな1回だけの気遣い!」
彼らの会話を耳にして、つい吹き出す。
に気がついたノノハが、照れたように頭を掻いた。





カチカチ、と制限された位置へとピースを嵌め込む。
(…あれ? これも違う)
途中で行き詰まり、組み立てていた部分も含めてすべてバラバラに崩した。
床に散らばったピースを、じっと見下ろす。
すでに同じことを3度繰り返しているを、カイトは感嘆の意で見つめた。
(すっげぇ集中力)
がやりたいと言ったパズルは、カイトのお守りでもある組み木パズルだった。
まず完成された形を崩すことにも苦労していたが、今はこの通りだ。
カイトは彼の隣でPOGのパズル端末を弄っていたが、パズルはあまりよく見ていない。
楽しそうなについ気を取られ、やはりパズルは良いものだと頷く。
(あ、電気付けてねーな…)
ノノハが帰った後お互いにパズルに熱中してしまい、部屋の明かりを付け忘れていた。
「…あ、」
床に直接座り込んでいるが、不意に声を上げる。
ベッドに腰掛け彼を見下ろす形になっていたカイトは、その手元を見遣り笑みを浮かべた。
(おっ、気づいたか?)
今度は止まること無く、カチカチと組み木が重なっていく。
あの金平糖のような星型が、見えてきた。
「出来た!」
子供のような笑みを満足気に湛(たた)え、はパズルを完成させた。
「おう、おめでと」
カイトの褒め言葉ににこりと笑み、完成させた組み木パズルを眺める。
「すっごいな〜、これ」
パーツを組み合わせてこの形になることも、これがパズルという『遊び』であることも。
組み木パズルをカイトへ返せば、彼もまた嬉しそうに笑った。
(そうか。その組み木パズルは…)
カイトにとって、己の誇りと同等のものなのだろう。
彼の両親の想いと、彼の両親への想いと、パズルに対する想い。
そのすべてが込められた、特別な。
が知らなかった世界が、ここに在る。
「…なあ、カイト」
呼べば、懐かしげにパズルを見つめる視線が合わされる。
言葉は自然と零れ落ちた。
「俺さ、パズルがこんなに面白いもんだって知らなかったよ。
カイトに出会わなければ、知らないままだったかもしれない」

だから、お前や他の奴らに会えて、良かったと思ってる。

の言葉に、カイトは息を呑んだ。
…それは、彼が初めて口にした『肯定』。
カイトが彼に出会ってから、彼が一度も口にしなかったもの。
驚きに言葉を失ったカイトにくすりと笑って、は立ち上がるとその隣へ腰を下ろした。
部屋は暗いが、月明かりのせいか相手の顔はよく見える。
疑問を問うてくる眼差しに、答えを届ける。

「俺は、ここで後悔したくはないんだ」

呆けていた思考が、走り出した。
薄闇に映える蒼と深緑を見返して、カイトは思う。
(オレだって、そうだ。だって…)
今日、ノノハがを誘ったのだって。
ギャモンやアナ、キュービック、ソウジたちが、何かと彼に構うのだって。
(そんなの…決まってる)

は、この瞬間にも居なくなってしまうかもしれないから。

(…いつか必ず、居なくなるんだ)
"絶対に来る未来"、なんて。
そんなものが有り得るのだと、カイトは知りたくもなかった。

外されてしまった視線に、はその意味を量(はか)る。
(なんでこう…)
切なさの湛えられた瞳は、言の葉をも閉ざしてしまうのだろう。
の脳裏には、本来在るべき世界の、大切な友人たちが映る。
(みんな、そうだ。俺が応えられないと知っているから、口を閉ざした)
己の立ち位置が、そうさせてしまった。
どんな回答も返せない、だから抱えて、より一層苦しむ。
そうなってしまうことを危惧してくれたから、皆はに対し何も言わなかった。

「カイト」

こっちを向いてと請う声に抗えず、再び視線を合わせて。
カイトの刻(とき)は止まった。

寄せられた面(おもて)、頬を撫でた指先。
重ねられたのは…唇。

必死に築き上げてきた境界線は、いとも簡単に踏み越えられた。
「…っ!」
途端に溢れ出した衝動が、手を伸ばす。
離れた温もりを追い、カイトは自ら唇を重ねた。
軽く見開かれた色違いの双眼はすぐに細められ、応えが返される。
(なん、で…!)
惜しむ心を振り切って、離れた相手の頬を両手で包み込んだ。
境界線は、もうどこにも無い。
「っ、なんでだよ! 解ってるなら、何で!!」
悲痛に顔を歪めるカイトに、は微笑みかける。
「…伝えずにいれば、必ず後悔する。その後悔は、時が経つほど重くなる」
その重さはいずれ、命と同等にまでなるだろう。

「俺は、伝えずにする後悔より、伝えて後悔することを選ぶよ」

お前がどっちであろうと、関係ないんだ。
そう、後悔なんてしていない顔で、嬉しそうに笑うから。
カイトは彼を抱き締めるしかなかった。
…ぽたり、と頬を伝い落ちた涙が悲哀か喜びか、判別すら出来ずに。
その耳元で、はそっと囁く。


「…カイト、俺を抱きたい?
The wind too, fell in love.


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12.2.18

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