15.  

ルークを見送りこれから荷造りだなあと歩き出したカイトを見つめ、ノノハは声を発し損ねた。
(あんな風に笑うカイト、初めて見た)
に向ける笑みとは、また違う。
カイトへ胡乱な目を向けていたギャモンは、何なんだとため息に近いものを吐く。
「んだよ、ありゃあ…」
"大門カイト"という人間が、不意に掴めなくなった。
あの、ルーク・盤城・クロスフィールドという人間と話す彼を見て。
「ギャモンが言ってることは、正しいよ」
ルークの乗り込んだ車が去った方角を見つめ、アナは呟く。
渋い顔のまま、キュービックが彼女を見上げた。
「ボクたちが、カイトのことを全然知らないってことが?」
答えず軽く首を傾げ、アナはぽつりと。
「カイトとあの子、本当に仲良しさんなのかな…」
不思議そうに、零した。
「どう見てもそうだろーが」
「そ、そうだよ。あんなに楽しそうなカイト…」
ギャモンとノノハの言には答えず、彼女は星の見え始めた空を見上げた。
「アナが思うに、2人は遠すぎる。カイトは蒼い太陽、あの子は緋い月」
なんとも言えぬ比喩に、ノノハたちは押し黙る。
アナは空を仰ぐ目を閉じた。

もうすぐ、満月。





ホテルに荷物を置き分解していたA.T(エア・トレック)を組み上げ、ようやく地に足を付けた感覚を覚えた。
はモーターの回転をロックし、部屋を出る。
「組むの早過ぎねえ?」
「そうか? まあ、慣れてるからな」
A.Tを見たカイトにそう返せば、彼は半信半疑のようだった。
「ほんとかよ…。あ、ルークは下のロビーで待ってるってさ」
「OK」
さすがに飛ぶのは無理だが、それで十分。
A.Tの見た目が珍しいだけに視線は受けたが、やはりローラースケートとでも思われたようだ。
実際、モーターの稼働を抑えてしまえば、ただのローラースケートと変わりない。
イギリスの空気は、少し肌寒かった。

クロスフィールド学園を目前にして、驚きの溜め息が出る。
(すげぇ敷地)
√学園は学園が都市を有する形だったが、こちらは敷地が広大だ。
古い建築様式を残した本校舎は、教会のように中央に伸びる塔が目を惹く。
敷地が広大なだけに、他の校舎は遠そうだ。
本校舎の敷地へ繋がる門の前で、カイトとルークが笑い合う。
「おかえり、カイト」
「お前もな。おかえり、ルーク」
ここはカイトにとって、故郷にも等しいのか。
そんなことを思いながら、彼らの後を付いてクロスフィールド学園へと足を踏み入れた。

今日は休日らしく、誰も居ない。
日本とは様子の違う林の小道を抜けながら、2人の後を追う。
「…?」
ふと開けた場所に出た。
日当たりの良い地面に、何やら落書きが残っている。
滅多に雨が降らないのか、よほど深く掘られて描かれたのか。
「まだ残ってんのか、これ」
カイトの驚いたような声が聞こえた。
ルークは首を横へ振る。
「違うよ。カイトをここに呼ぶって聞いて、久々に来てみたんだ。
そしたらうっすらと跡が残っててね」
僕が上から描き直したんだよ。
続けられた言葉に、カイトは地面に刺されていた棒切れを手に取る。
「ははっ、だよな。9年前だもんな」
描かれたマス目に近づけば、それがパズルであることが分かった。
カイトが魔法のように解いていく様を、いつものように感心しながら見つめる。
さんは得意? パズル」
ルークに問われ、は否定した。
「いや。ルービック・キューブ6面が20分で組めるくらい」
意外そうに目が見開かれた。
「それは、一般に照らし合わせると凄い方じゃないかな」
「だろ? ディスクタワーも結構イイ線行ってるんだぜ!」
ルークの素直な疑問に、カイトが合いの手を入れる。
…解かれた落書きのパズルを後にして、さらに林の奥へ。
「キューブとディスクタワーってことは、立体パズルか。
じゃあもしかして、エッシャーの作品とか、すぐに可笑しな箇所見つけられるんじゃない?」
「エッシャー…? ああ、騙し絵の?」
思い描いたものに肯定の頷きが返り、はやや間を空けて頷いた。
「…確かに、それはあるな」
が考え込むと、ルークが何か思い出したように声を上げる。
「じゃあ、迷路は?」
カイトが首を捻った。
「迷路って、あの教会もまだ残ってんのか?」
彼らの話す内容の、意味が分からない。
「…教会と迷路に何の関係が」
「行ってみりゃ分かるって!」
そう笑って駆け出したカイトとルークの後を、追った。



地下は、あまり好きではない。
だが目の前に広がった光景には、好奇心が勝った。
「すっげ…」
一面の迷路。
どれだけの手間が掛かっているのか、どうでも良い問いが浮かぶほどに。
階段を降り迷路へ足を踏み入れて、A.Tのロックを外す。
ひょいと迷路を迷路たらしめている壁に飛び乗れば、端は闇に飲まれて見えなかった。
「…広すぎだろ」
を見上げ、ルークは苦笑する。
「子供の頃にカイトと何度か挑戦して、迷っちゃったんだよ」
懐中電灯を正面の道へ向けて、カイトも頷く。
「そうそう。あの人が居なかったら、マジでやばかったよな」
稀にカイトの口から出る、誰かを形容する言葉。
「あの人っていうのは?」
名前を知らないのだろうか。
カイトは曖昧に首を捻った。
「青年Xとか名乗られたんだ。だから名前は知らねーんだ」
彼は道に迷ったカイトとルークを、見事に出口まで連れていってくれたらしい。
少し先へ降りたをライトに照らして、カイトは思い出す。
「そういやあの人、特に技も使わずに1本道で歩いてたよな?」
確認されたルークも、当時を回想する。
「…そうだね、確かに」
ふっと吹いた風に横を見れば、がいつの間にか戻ってきていた。
「風、だろ」
「え?」
「この迷路の出口、扉とかないだろ?」
なぜ、知っているのだろう。
の言に戸惑う2人へ、彼は楽しげに笑む。
「この迷路なら、俺も解けると思うぜ。
出口からしか風が通らないなら、風を追えば出口まで辿り着く」
カイトとルークは思わず顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「さっすが
「それはもう、立派な技だね」

せっかくだから、解いてみようか。
The beautiful garden.


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12.1.31

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