17.
樹形図のようなパネルに、手が掛かる。
それは地獄に等しき迷い道への、片道切符。
ーーーさあ、パズルタイムの始まりだ。
ゴォンッ!
突然に腕を引かれたたらを踏めば、鈍い音で目の前が閉ざされた。
「?!」
何が起きた?
真っ暗闇に、ぼわんとランプの光が灯る。
「このパズルは1人用なんだ。下手をすれば、あなたがカイトを阻害してしまう」
灯りを振り返れば、ルークの姿。
咄嗟に開こうとした口を閉じ、は彼を見返した。
「…お前、やっぱり"ビショップ"じゃない方か」
POG幹部のビショップに渡された、携帯電話。
登録されている番号の内1つは、√学園学園長への直通。
もう1つは、ビショップか彼の上司への直通。
ルークの目が軽く見開かれ、笑んだ。
「…どこから気づいてた?」
「確証はなかったな。ただ声が若いから、俺とそんなに歳は離れてないと思ってた」
「なるほどね」
身体が浮遊感を覚え、エレベーターに乗っているのだと気がついた。
「ここは何だ?」
カイトが手を掛けた、板。
あれがパズルを作動させる鍵であったことは、想像に難くない。
ランプの灯りに、ルークの笑みが浮かぶ。
「『愚者のパズル』。"ファイ・ブレイン"育成にのみ注力された、命懸けのパズルさ」
「ファイ・ブレイン?」
「簡単に言うと、"神のパズル"を解ける人間のことだね」
錆び付いた音が響くエレベーターが速度を落とし、ガクンと止まる。
ルークの後に降りれば、上下に空間があった。
(塔?)
吹き抜けた中央。
周囲に半円形の床が貼り付き、各階を作り上げている。
鳥籠のようなエレベーターが、半円の床1つにつき1基、設置されていた。
「カイトは今、地下1階にいる。もうすぐ1階に出てくるよ」
このパズルは1階から最上階へ上り、最上階にある鐘を鳴らすことで解答となる。
ルークはを振り返り、たった今降りたエレベーターを示した。
「このエレベーターに乗れば、最上階に着けるよ」
降りるエレベーターでは無いけど、あなたなら何とでもなるよね。
無言の確認に何事かを返すこと無く、は彼の青い目を見つめた。
「…お前さ、」
問うて良いものか迷い続けてきた言葉を、口にする。
「カイトを殺したいのか?」
最上階は円形の土台が段違いに並び、天井の梁からワイヤーで吊られていた。
うっかりすると、落ちかねない。
不気味な人の顔を模した鐘を通り過ぎ、は違和を覚える。
(…出口は?)
考えてみれば、ここは塔だ。
格子の嵌められた窓は、元より開けるためのものではない。
外に階段があることも考えにくい。
「……」
考えることを止め、は吊られた床の隙間から身を躍らせた。
塔の内部で留まり続けていた空気が、の"エア"で風へと変わる。
("遊ぶ"には、ちょうど良いのにな)
この世界へ落ちてから、もう3ヶ月が経とうとしていた。
…ビル街を飛べなくなって、久しい。
このような高さと広さのある場所は、閉鎖的であることを除けば求める"遊び場"に近かった。
「?」
ジャキンッ! と、理解に苦しむ金属音が下から響いた。
それも断続的に。
"15"と書かれたエレベーターの並ぶフロアに降り立ち、暗闇が飲み込む下階を覗き込む。
「?!」
反射で地を蹴り、中空へと宙返る。
刹那の後、が立っていた場所を巨大な刃の歯車が駆け抜けた。
そのスピードは弾丸に等しく、僅かでも反射が鈍れば避けられない。
…ゾクリ、との感覚が泡立つ。
「カイト?」
数フロア下、カイトの姿を見つけた。
周囲を見回し、何かを探している。
はカイトの居るフロアへ降りるため、重力に逆らうことを止めた。
("ファイ・ブレイン"…)
ルークの話は、偽りではないだろう。
とすれば、ここで彼の解を阻害する物たちを破壊してはならない。
「…俺はここでも、『傍観者』か」
自嘲に口元が歪む。
左からの刃を飛び退き避ければ、右向こうから別の刃が発射される。
追われるように隣の床に移動したが、正面を見逃した。
「…っ!!」
避け切れなかった刃がカイトを襲い、衝撃で身体が中空へと投げ出される。
左腕と胸に走った鋭い痛み、そして落下。
(このまま落ちたら…!)
「カイト!!」
上から響いた声に、ハッと目を見開いた。
腕を掴まれ、不意の落下が故意の落下へと変化する。
「1階に降りれば良いか?」
各フロアの僅かな厚みを壁として、カイトを引き止め増した落下スピードを緩める。
問うたに、カイトは下を指差した。
「あそこにルークが!」
「え?」
半円のフロアが不規則に円を描く塔の内部は、中央を横切って飛べば刃の発射口に感知されない。
もっとも、それが可能なのはだけだ。
さらに下の階に倒れている人物を見つけ、の言葉はさ迷う。
「…分かった」
彼が返答する前の、1秒に満たない沈黙。
カイトは内心で首を傾げたが、それは目的地へ降り立った瞬間に掻き消える。
「ルーク!」
再びエレベーターを昇ったカイトを見送り、どうしようかと考えた。
「行かなくて良いの?」
その背に尋ねたルークへ、は肩を竦める。
「どこまでなら影響が出ないか、判断に迷ってる」
義務的な回答には、頭が下がるばかりだ。
「本当に、あなたは徹底しているね」
こちらとしては有り難い限りだけど、と続ければ、ゴーグルに隠された目が塔の天辺へ向けられる。
「別世界に落ちてまで同じ役割なんて、冗談じゃねえよ…」
どちらかに加担すれば、拮抗した関係が崩れる。
どちらのことも嫌いじゃないから、どちらにも刃は向けたくない。
けれど本来居るべき世界なら、他にも遊び相手がいた。
だがここは、パラドックスを補う相手が居ない。
(…これは、)
の様子が今までのどれとも違うことに、ルークは眉を寄せた。
「この塔って、カイトが解いたら用済み?」
「…そうなるね」
唐突に尋ねてきた彼に、得体の知れぬ恐怖が湧く。
「ふぅん」
呟いただけで、はルークの居るフロアを離れた。
小気味良く登っていった彼をも見送り、ルークは恐怖の意味を悟る。
(あれは、殺気か…?)
冗談じゃないと吐き捨てた彼から滲み出たそれは、本音ではないのか。
Stairway to Babel.
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12.2.5
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