20.
樹形図のようなパネルに、手を掛ける。
「始まるのは、パズルタイムじゃない」
ガシャン、とセットされた刃が、動き出す。
『 Lord of INFERNAL ROAD / Lv.3 』
ーーー真っ赤な龍が、嘶く。
「ソウジ君。管理官との面会時間を、2時間ずらして貰えませんか?」
日本へ帰り着き、時差ボケと闘いながらの真夜中。
学園長からの要請に応えぬ理由もなく、ソウジは指定された地点へとバイクを止める。
(一体、何事なんだろう)
POGジャパン研究施設へ、一緒に連れて行って欲しい者がいる。
さらに告げてきた解道は、それが誰なのかは言わなかった。
ザッと風が抜け、顔を上げる。
不意に上空に現れた影が目の前に着地し、ジャッ、と聞き慣れた音を立てた。
「お待たせ」
「君?!」
カイトたちと共に日本へ戻ってくるはずの、だった。
なぜここに、と続けたが、彼は意味ありげに笑むばかり。
「POGの施設って、この学園都市の外だろ? 前行ったときはヘリだったし、乗せて貰おうと思ってさ」
そういうことか、とソウジはようやく腑に落ちた。
(君は存在しない人間だ。√学園の外は、彼を守るものがない)
バイクの座席下から予備のヘルメットを取り出し、へ手渡す。
「なるほどね。じゃ、行こうか」
彼がなぜPOGジャパンへ行くのか、ソウジは尋ねようとはしなかった。
POGジャパン研究施設。
(時間通りだ)
執務室へと入ってきた人物に視線をやり、見えぬ角度で笑みを浮かべた。
「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。クロスフィールド管理官」
「構わないよ。解道バロンの頼みだしね。"ミノタウロス"」
立ち上がり、机を挟んだ向かいの椅子を示した。
「まあ、掛けなよ」
すると礼を言いながらも相手が後ろを気に掛け、扉からもう1人の客人が顔を出す。
「俺は後でいいよ。ちょっと話があるだけだし」
の姿に、ルークは今度こそ口角を上げた。
「僕の部下が手間を掛けさせたね、さん」
すると彼は愉快気に笑う。
「よく言うよ。わざとやったくせに」
はルークの座っていたテーブルセットではなく、反対側のソファへ向かった。
「さん」
呼ばれ振り向いた先に、放物線を描いたもの。
受け止めた手を開けば、見覚えのある形。
「これ…」
木で創られた、球体の組み木パズル。
イギリスの遺跡グレートヘンジで、アナが見つけた過去の忘れ物。
疑問と共にルークを見返せば、青い目は懐かしみを込めて細められる。
「…あの日に失くしたと思ってたんだ。あのパズル」
幼少の、輝く思い出の終わり。
9年もの年月を経て渡したかった相手へ渡るなど、思いもしなかった。
余りにも懐かしくて、つい創ってしまったのだ。
(9年前の僕が、持てる全部を出し切ったパズルだった)
パズルを眺めすがめつ、どうやって崩すんだと呟いたに、図らぬ笑みが漏れた。
「ダ・ヴィンチに言っておいてくれないかな? "パズルを届けてくれてありがとう"って」
ソウジはその言に目を見張る。
(これは…)
どういうことだろうか。
ルーク・盤城・クロスフィールドという人間が、掴めない。
「自分で言えよ、って言いたいとこだけど。良いよ、伝えとく」
は快諾し、ルークから視線を外すと組み木パズルを崩しに掛かった。
さて、とルークはソウジへ向き直る。
「僕に訊きたいことがあるそうだね。ミノタウロス」
新たに浮かんだ疑問を仕舞い込み、ソウジは頷いた。
「ええ。SectionΦを廃止した理由を、お伺いしたいんです」
"ファイ・ブレイン"の育成を目的とした部署、SectionΦ。
この部署はトップに解道バロンを擁し、小さいながらも世界各地に部署が存在していた。
ルークは元座っていた位置に戻り、展開されていたチェスピースからポーンを取る。
「必要なくなったから、と言ったけれど。それでは不満ということだね」
彼の向かいにソウジが落ち着くのを待ったルークは、新たに手にしたナイトの駒を軽く掲げた。
「チェスは出来るかい?」
ソウジは頷き、気づく。
「管理官にチェスで勝てたら、詳しい答えを頂ける…ということですか?」
「察しが良くて良いね」
だがルークが次に見せた笑みは、不穏なものを含んでいた。
「他にも聞きたいことがあるんだろう? それにも答えてあげるよ」
勝てるものならね。
テーブルの隅に置かれていたリモコンを手に取り、彼は電源ボタンを押す。
「ちょうどこっちも、始まるところだ」
全面のモニターに映ったのは、カイトたちの姿だった。
「カイト君?!」
今は飛行機に乗っている時間なのに、と続いた声に、ルークは笑う。
「パズルNo.18。イタリアの都市ヴェネチアと併せて創られた、愚者のパズルさ。
どうやらカイトじゃない人間が挑戦するようだけど、どうかな?」
「愚者のパズル…?!」
腰を浮かせたソウジに、先攻は君だよ、と声を投げた。
揺らがぬ自信を見せるルークに、ソウジは知らず唾を呑み込む。
「さあ、パズルタイムの始まりだ」
時を同じくして、画面の向こうでボートが水飛沫を上げる。
「あ、崩れた…」
バラバラと膝上に散らばった組み木に、は独り呟いた。
霞1つない月が、凪いだ海に映る。
街の端、海のみが見渡せる道へ出ると、日本ではお目に掛かれない西洋画の風景がそこに在った。
「うわぁ…!」
歓声を上げたノノハの隣で、カイトは月を映す水面を見つめる。
…言い様のない寂しさが、過(よ)ぎった。
ここではないどこかを見るカイトに、ノノハはわざと話題を引き戻す。
「ギャモン君もアナも、ちゃんとホテルに戻れるかなあ?」
"愚者のパズル"を攻略した後、ギャモンはどこかへ行ってしまった。
キュービックはホテルに篭りっぱなし。
アナはノノハと共に居たのだが、途中で画材屋の並びを見つけてそちらへ行ってしまった。
カイトは月へ背を向け、街の中へと引き返す。
「大丈夫だろ。ギャモンは英語出来るし、アナは英語無理でも鳥とか猫に教えてもらうだろうし」
「…ナチュラルに言うわね、カイト」
ぽつぽつと、明かりが石畳を照らす。
「明日の飛行機は10時発だから、店見るなら今のうちだな」
きょろりと周囲を見回したカイトの言に、ノノハが嘆きの声を漏らす。
「うう…もっとヴェネチア観光したかったのに」
「たとえば?」
「え? それはもちろんパ…」
「食いもん以外でな」
「うっ、うーん…、やっぱりベネチアングラス?」
観光ガイドの情報程度しか持っていないが、やはり気になった。
カイトは足を止め、くるりと引き返す。
「んじゃさっきの通りだな。いくつか店が並んでた」
入った路地は狭く、人気もほとんど無くなっていた。
店の看板は仕舞われておらず、まだやっているようだ。
ショーウィンドウに並ぶ硝子のランプシェードに、ノノハはうっとりと息を吐く。
「ほんと綺麗よね〜」
しかし気軽に買えるような値段ではなく、なんとか溜め息は呑み込んだ。
「…学生が買える値段じゃないのよね。ワイングラスとか買っても使えないし」
困ったなあ、と呟いて横を見ると、カイトの姿がない。
「あれ? カイト?」
左を見て右を見遣れば、2件先の店先にその姿を見つけた。
歩み寄り、彼がじっと視線を注ぐショーウィンドウを覗いた。
指輪、ネックレス、ピアス、時計、ブレスレット。
(アクセショップ…)
1つ1つのガラス細工が小さい為か、値段も手頃だ。
「カイト、このお店入ろうよ!」
「え? ああ、良いぜ」
チリン、と風鈴に似た音が鳴る。
「Posso aiutarla?」
店主らしい初老の淑女の笑みに軽く会釈し、早速アクセサリーに見入った。
(あ、これ可愛い! こっちのも綺麗…!)
どうしようかと迷う内に、後ろで「Grazie.」という声が聞こえた。
「えっ、カイト、買い物終わっちゃった?」
包み紙を受け取ったカイトが、ノノハを振り返る。
「ああ。けど、別に急がなくて良いぞ?」
「…それは有り難いんだけど。どれも素敵で決められなくて」
手伝って欲しいな〜と苦笑いすれば、カイトも苦笑を返した。
「仕方ねえなあ」
散々迷ってノノハが購入したのは、ブレスレットとネックレス。
(片方はお母さんに贈ろう)
もうすっかり暗くなり、広い通りを選んで歩く。
「ねえ、カイトは何買ったの?」
気になっていたことを尋ねれば、購入した包み紙を渡された。
「それ。つい気になってさ」
開けてみると、出てきたのはピアスだった。
小さな蒼と緑の硝子球の下に、角丸正方形の硝子細工が連なっている。
四角い硝子細工は、中に6色の色彩が配置されていた。
ピアスを見たノノハは、思わず吹き出す。
「もう、こんなとこでまでパズル馬鹿発揮しなくても良いじゃない」
「うるせえ」
まるでルービックキューブのような色の、ベネチアングラス。
月明かりで煌めくそれは、きっと太陽の下でも美しく輝くだろう。
しかし、単純な疑問が湧く。
「…でもこれ、カイトが付けるわけじゃないよね?」
尋ねれば、カイトは頷いた。
「ああ。高校生の間はどうせ付けれないし」
(えっ? ってことは誰かに贈るの?! まさかアナ?!!)
彼女も同じ高校生だということをすっかり忘れている。
だがノノハの混乱を知ってか知らずか、彼女の危惧をカイトはあっさりと覆す。
「に渡そうと思って」
「えっ…?」
カイトはそれ以上答えようとはせず、時計を確認する。
「早く戻ろうぜ。さすがに暗くて不安になってきた」
「あっ、そうだね!」
荷物を仕舞い、駆け出した。
ーーー彼の耳にピアスホールがあることは、知っていた。
付けないのかと訊いたら、付けたいものがないのだと言っていた。
「あいつらに貰ったものだったから、付けたくなかったんだ」
親友同士であった友人たちが決別した日に、捨ててしまったと。
Dream of Glass sculpture.
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