22.
「ようこそ、POGへ」
眼前に広がる摩天楼。
百万ドルとまでは行かないだろうが、なかなかに良い景色だ。
部屋が暗いのは、この夜景を楽しむためだろうか。
パチン、と何かを嵌める音が聴こえ、ギャモンはそちらを振り向いた。
「?!」
なぜ、彼がここに。
驚くギャモンへ1度視線を向けたのみで、彼はまた自分の手元へ意識を戻す。
(パズル…か?)
暗闇に見えた深緑と深蒼が、やけに印象的だった。
「じゃあ、本題に入ろうか」
ギャモンが夜景に見入った間に自らの定位置へ腰を下ろしていたルークは、向かいのソファーを示した。
新たなギヴァーが腰を据えたことを見計らい、切り出す。
「君の称号は、今までと変わらず『ガリレオ』だ。立場は次席。ビショップの次だね」
ああ? とギャモンは不満を零した。
「アイツなら、さっきオレ様が完敗させたろーが」
ルークは口角を上げる。
「ビショップを甘く見ない方が良い。君が彼の立場になるには、あと9回完勝して貰わないとね」
「チッ、しょうがねーな…」
軽い舌打ちだけで、ギャモンはその話題を終わらせた。
「で? 前みたいに、パズルを創る支援が来るって思って良いんだな?」
「もちろん。『愚者のパズル』と為り得るパズルを創れるのは、僕とビショップだけだったからね。
そちらを目指してくれると助かる」
「ふん、意外と人材不足なんだな」
「否定はしないよ」
契約書を渡され、視線を落とす。
「"神のパズル"は?」
視線は絡まずに、探りの間合いだけが絡まった。
「オレが『"神のパズル"へ挑戦する資格を得た』って言ったろ」
「確かに、そう言ったね」
けれど、そう簡単に手の内を晒すとでも?
笑みの気配の消えないルークを見遣り、ギャモンは片眉を上げた。
(ま、そーだろーよ)
再び契約書へ視線を戻し、息をつく。
「んじゃまあ、カイトのヤツに挑戦状叩き付けるとすっか」
アイデアならば、いくらでも在るのだ。
解ける人間が居ないだけで。
パチリ、パチリと横合いから響いていた音が、止んだ。
ディスプレイの光源のみを落とし、ルークは立ち上がる。
「じゃあ、彼が君に用があるみたいだから、僕は一度外すよ」
それこそ、ギャモンにとっては意外だった。
(…敬意、か?)
実質No.1であるルークが気を回す相手など、本来ならば"ピタゴラス伯爵"とやらのみのはず。
だが今、彼は明らかにへ気を回した。
「ギャモン」
2人きりの部屋で名を呼ばれ、見れば暗がりに何かが放物線を描く。
手を差し出し受け取ると、やや小ぶりの丸いものが。
「これは…」
見覚えがあった。
「組み木パズル。アナがカイトに届けたものと同じやつだ」
イギリスの遺跡、グレートヘンジで。
過去にルークがカイトへ渡そうとしていた、組み木パズルだと。
「解いてみて」
言われ、断る理由も無かったギャモンは組み木を分解する。
バラけたピースは、ローテーブルに広がった。
(こいつは…)
カチカチとピースを嵌めながら、目を見開く。
表情の変化に気づいたらしいが、くすりと笑った。
「凄いだろ、それ。何度やっても飽きなくてさ」
カイトが持っていた両親の組み木パズルと、同じように。
(マジかよ…)
確かに、面白い。
それに緻密だ。
ピースの隅に小さな数字が書いてあるのはおそらく、の為だろう。
カイトの持つパズルには書いていないと、妙な確信があった。
「お前がクロスフィールドのレベルに達するには、あと3年くらい必要だろうな」
「冗談。1年以内にいけるぜ」
パズルを解く手は休めずに、言葉だけを返す。
すると、の声音が笑みを含んだ。
「そのパズル触って、思っただろ? "次元が違う"って」
カイトに対して思ったように。
ピースを嵌める音が止まり、険の篭る目線がを見据えた。
「んだと…?」
彼の長所であり欠点は、熱いことだ。
はさらに煽る。
「ギヴァーとしてなら、お前はカイトより上だ。ほぼビショップと同レベル。
それに気づいたから、クロスフィールドの誘いに乗ったんだろ?」
「…てめぇ、何が言いたい?」
「ソルヴァーとして居たのでは、何の力にもなれないと気づいたんだろう?
現に、お前とカイトの実力差は開く一方だ」
「!」
立ち上がったギャモンはへ近づいた。
「おい、。勝手なこと言ってんじゃ、」
その襟元へ伸ばした腕は、間際で掴まれ阻まれる。
「ギヴァーとして、高レベルのパズルをカイトへ出し続ければ。
そうすれば、この戦いをもっと早く終わらせることが出来る」
そう思ったんじゃないのか?
今度こそ、ギャモンは息を詰めた。
(こいつは、何を言ってる…?)
POGへ鞍替えしたのは、己の評価が跳ね上がると解っていたからだ。
大門カイトに勝つことが、彼を潰すという目的が、ここに居れば達せられるからだ。
(それを、こいつは)
掴まれていた腕が、離される。
「お前はお前が思っているほど、非情に成りきれないんだよ。ギャモン」
カイトがそうであるように。
言葉を失くしたギャモンの耳に、着信音が響く。
電話はのものだった。
『話は終わったかい?』
無論、この部屋にも監視カメラがあることは認識済みだ。
「ああ。俺はもう出るから」
は通話を切り、唖然とこちらを見つめるギャモンへ笑みを向けた。
「ありがとう。お前やカイトたちといるのは、楽しかったよ」
じゃあな、と告げられ、ギャモンが咄嗟に伸ばした手は空(くう)を切る。
部屋を出るその姿を、ただ見送ってしまった。
「何なんだよ、おい…」
一体何処に、彼から礼を言われるような筋合いが在ったのだろう。
何も掴めなかった右手を見下ろして、ギャモンは独り呟く。
「…お前、」
どうしちまったんだ? と。
尋ねる相手は、もうどこにも居なかった。
POG管理官執務室を出れば、ちょうど向こうからルークがやって来た。
「場所、サンキュ」
「どういたしまして」
そのまま擦れ違おうとして、腕を掴まれたは足を止める。
「クロスフィールド?」
次いで、逆の手がこちらの目元へ伸びてきた。
「酷い顔を、しているよ」
「え?」
青い目が、じっと注がれる。
「あなたが常に見守る必要は、もうないんだ」
カイトはもう、立ち止まらない。
後ろを振り向きはすれど、"神のパズル"へ至る道を引き返すことは無い。
「だから、あなたはもう休んでも良いんだ」
ルークの言葉を咀嚼するのに、時間を要した。
「何を…」
言いたいのだろう。
その反応の遅さこそが、ルークが的を射ていることを裏付ける。
戸惑う2色の瞳には、翳が差していた。
(もっと、澄んだ色をしていたのに)
カイトも気が付いているだろう。
しかしこれは、彼にもどうしようもないことだった。
「あなたに必要なのは、結果だけのはずだ。"神のパズル"が解かれるか、否か。
解かれたのなら、それがあなたに必要なものなのか…否か」
過程を仔細に見続ける必要性など、ないでしょう?
ようやくルークの意図を噛み締めたは、発しようとした何事かを飲み込んだ。
そろりと頬を撫でた指先が、離れる。
「目を閉じて耳を塞いで、眠ってしまえば良い。
どうなるにせよ、結果は必ずあなたの元に届くんだから」
それまでは何も見ず、何も聞かず、ただ自分を守ることこそが使命だと。
「あなたは壊れちゃいけないんだよ。さん」
ルークは彼が、嫌いではなかった。
カイトの隣に居て羨ましいと思いはすれど、排除しようと考えたことは無い。
何より、彼とカイトが話し笑う様は、好ましかった。
「…お前が、」
「え?」
言葉を途切れさせたに、聞き返す。
「お前がカイトの親友だってこと、なんとなく分かったよ」
そう笑った彼は、ただ危うさばかりが際立った。
「ありがとう、クロスフィールド」
礼を告げられたルークは、廊下の向こうへ彼の姿が消えるまでその場を動かなかった。
(…嘘ではなかったんだよ、カイト。『愚者の塔』へ入るまでの、僕は)
9年ぶりに彼と会い、そしても共にイギリスへ。
ほんの2日程度の行程だ。
だがそれは9年前と遜色ない、色鮮やかな思い出だった。
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12.2.26
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