24.  

カイトがソウジの電話を受けたのは、自宅へ戻ろうとノノハが腰を浮かせたところで。
「え? 軸川先輩?」
どうしたんですか、と続けたカイトの顔色が、変わった。
「…っ?!」
息を詰めた彼に、嫌な予感が胸を過(よ)ぎる。
「カイト。今の電話…」
おそるおそる問えば、カイトは呆然と。
「…が、病院に運ばれたって」
そう答えた。
…彼らにとってあまりに突然で、あまりにも想像できないことが。
それでも彼らが言葉を失ったのは、ほんの数秒のことだった。
「行くぞ、ノノハ。大学の付属病院だ」
「う、うん!」
2人で家を飛び出した。

スクールバスはまだ走っている時間帯で、毎朝の停留所からバスへ飛び乗る。
付属病院は高等部の停留所の先だが、ノノハは降車ボタンを押した。
「私、アナとキューちゃん呼んでくる」
降りる直前に告げてきた彼女にカイトは頷きを返し、確認したノノハは降りると一目散に校舎へと走った。
より近いのは、キュービックの研究室だ。
「キューちゃん! キューちゃん、いる?!」
扉を叩いても返事がない。
引き戸を引いても、鍵が掛かっていて開かない。
ノノハは拳を握り締めた。
「キューちゃん、ドア壊してでも開けるよ! さんが大変なの!!」
どこを蹴れば1発で開くだろうか、とノノハが1歩下がったそのとき。
バサバサと中から物の落ちる音が聞こえ、鍵と共に扉が勢い良く開かれた。
さんが大変って、どういうこと?!」
資料の雪崩落ちた音だ。
ノノハは第2美術室への行程を思い浮かべながら、答える。
「私もさっき聞いたばかりで、分からないの。軸川先輩からカイトに電話があって…。
カイトは先に行ったわ」
カイトの名を出した瞬間に曇ったキュービックの表情を、ノノハは見逃さない。
「キューちゃん」
その場へしゃがみ、彼を見上げた。

「キューちゃんがカイトを避ける理由は聞かない。
でも『友達』っていうのは、辛いときこそ支え合えることを言うんだって、私は思ってる」

逸らされていた視線が、ノノハに向けられる。
次の言葉には、時間が掛かった。
「…ボクのことは、後で話すよ。今は早く病院に行かなくちゃ」
幼いながらも強い瞳にホッと笑みを返し、ノノハも頷いた。
「うん、そうだね。私はアナ呼びに行くから…」
「待って、ボクも行くよ!」
2人で第2美術室へと走った。



奥まった位置にある第2美術室は、静かだった。
「アナ、いる? 入るよ?」
ノックをしても返事が無いので、ノノハは勝手に扉を開ける。
「きゃっ?!」
すると、出てこようとしていたアナと危うくぶつかりそうになった。
「び、びっくりした!」
ノノハは慌てて後ろへと下がり、アナが美術室から出てくる。
「…久しぶりだね、アナ」
「うん。そうだね」
キュービックが声を掛ければ、彼女もやや眉尻を下げた。
アナの視線はノノハへ向く。
「病院、行くんだよね?」
今から行こうとしてたの、と続けた彼女に、ノノハの目が丸くなる。
「えっ? どうして知って…」
「"とりとも"が言ってたの。さんが倒れたって」
早く行こう。
急かした彼女に、ノノハもキュービックも頷いた。



病室に居たミハルに、カイトは目を見開く。
「ミハル?!」
何でここに、と呟いた。
君を見つけたのが、彼女なんだよ」
ソウジの言葉にカイトへぺこりと頭を下げ、ミハルは口を開く。
「私、いつも海沿いの公園を通って帰っているんです。
あそこは景色も良いし、それに…このお兄さんが飛んでいるのも見られるし」
ミハルの視線を追えば、ベッドに眠るの姿。
「今日も、見掛けたんです。そしたら…」
飛翔の最中(さなか)にバランスを崩し、落ちはしなかったが着地した後に意識を失ってしまったと。
「そう、か…。ありがとな、ミハル」
彼を見つけてくれて。
告げれば、彼女は照れたようにはにかんだ。
「軸川先輩、の容態は…?」
カイトは最も危惧していた点を問う。
しかし、ソウジはなぜか首を傾げた。
「…それが、まったく問題ないそうなんだ。外傷はない。内臓にも障害は見当たらないって」
どういうことだ、と返そうとしたカイトは、不意に口を噤む。
「カイト君?」
その不自然さに、ソウジは眉を寄せた。
ベッドに近づいたカイトに気を利かせ、ミハルが座っていた椅子から立ち上がる。
礼を言って枕元の椅子へ腰を下ろし、カイトはそっとの頬へ手を触れた。
「……」
心当たりは、あった。

「カイト!」

呼ぶ声に顔を上げれば、病室へノノハとキュービック、アナが入ってくる。
そういえば、随分と久しぶりだった。
「よお。久しぶりだな」
声を投げたカイトに、キュービックとアナはややぎこちなく笑みを返した。
「…そうだね」
「うん。久しぶり、カイト」
けれど、挨拶はそこまでだ。
ノノハはミハルの姿に驚いたが、すぐに視線はベッドへ向けられる。
「カイト、さんは…?」
カイトは何も答えず、眠るに視線を戻した。
「カイト…?」
口を開かぬ彼に代わり、ソウジはもう一度、同じ説明を繰り返した。
「怪我はないのに、倒れた?」
鸚鵡返しのアナとは対照的に、キュービックは口籠る。
「…それはつまり、精神的なもの…ってことだよね」
ハッと顔を上げたノノハは、改めてカイトを見遣った。
「カイト。知ってるの…?」
彼の返答は、遅かった。
「…ああ。心当たりは、ある」
「そんな…」
沈黙した室内で、ミハルが突然に声を上げた。
「あ、あのっ! 私、そろそろお暇しますね。皆さんも来られましたし」
お兄ちゃんも、帰ってきてるかもしれません。
そう笑った彼女へ、ノノハは曖昧な笑みしか返せなかった。
「…そっか。そうだよね。ありがとね、ミハルちゃん」
「はい! あっ、そうだ」
カイトさん、と呼ばれ振り向いたカイトに、ミハルは鞄から出したものを差し出した。
そうして渡されたものに、カイトは息を呑む。

「これ、空を飛ぶお兄さん…さんって言うんですね。
お兄さんに渡しておいてください」

倒れたときに落としちゃったみたいで。
言葉の続きは、耳に入らなかった。
「あ、ああ…」
何とか声を絞り出し、カイトは受け取った手を見下ろす。
(なんで、これが…)
ミハルを見送り、アナとキュービックもカイトへ近寄った。
「それ、アナが見つけたパズル?」
問うた彼女に、カイトは首を横に振る。
「…いや、違う」
カイトはポケットから、両親のパズルと共に持っていたパズルを取り出した。
「えっ、まったく同じ…?」
ノノハはカイトが両手に持つパズルを見比べるが、ほとんど違いは見当たらない。
年月によるささくれと、名前が彫られているくらいで。
カイトは手にした2つのパズルを、呆然と見下ろした。

「なんで、がこれを…?」

どちらのパズルも、ルークが創ったものだ。
それもミハルが渡してきた片方は、つい最近創られたもので。
カイトはただ、答えぬを見つめることしか出来なかった。
Reach out your hand in the wind.


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12.2.27

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