25.  

カイトは自分が持っていたパズルを仕舞い、ミハルに渡された方を机の上で分解する。
バラバラと散らばったピースに、ソウジが目を見張った。
「なんて精巧なパズルなんだ…!」
幼少の頃のカイトに、同じく幼少であったルークが贈ろうとした、パズル。
「…同じだ」
呟いたカイトに、アナはピースを1つ手に取る。
彼女は手にしたピースをそっと掌で握り、目を閉じた。
「…うん、同じだね」
戸惑うカイトへ、微笑みかける。
「同じって、何が?」
尋ねたノノハに、カイトは戸惑いを残しながらも口を開いた。

「パズルだけじゃない。パズルから感じるものが、同じなんだ」

カイトはパズルの"声"を聴く。
パズルの"声"とは、パズルを創った者が込めた"想い"だ。
「それって…」
何と続けようとしたのか、ノノハは自分でも解らなかった。
アナから返されたパズルのピースを見下ろし、ふとカイトは気づく。
「これ…」
机に散らばるピースをもう1つ手にして見れば、やはり。
「…そっか」
ただ、笑みが零れた。
それは負の感情ではない、ルークと楽しそうに話していたカイトだった。
「カイト…?」
訝しげに見上げてきたキュービックに笑って、カイトは持っていたピースをノノハへと投げ渡す。
「これ、お前でも解けるかもしれねーぜ?」
「ええっ?! 無理だよ! だってこれ、ルーク君がカイトの為に創ったパズルでしょ?」
幼少の時点で、パズルに対するレベルが次元違いであったカイトだ。
その彼の為に、ルークが創ったパズルだというのに。
するとカイトは悪戯に笑み、ピースを指差した。
「よーく見ろよ。小さく数字が書いてあるだろ?」
言われ、アナとキュービックも散らばるピースを手に取り、眺める。
「あっ、ほんとだ。これ"5"って書いてあるよ」
「アナのは8〜」
「うそ、何で数字が…?」
ノノハが持つピースは"2"。
カイトは"1"と書かれたピースを手にした。
「これは"1"のピース。こいつに、お前の持ってる"2"のピースを嵌めて、出来た形に"3"を嵌める」
「あ…! そっか、それなら私でも解けるかも…!」
ピースに記された数字は、解答として示される1つの手順。
解き方が無数に生まれる組み木パズルを、必ず1度は解けるようになっている。
カイトは手にしたピースを握り締め、見えぬ友へと語りかけた。

「これはのために創ったんだな。ルーク…」

変わったと、変わってしまったのだと、思っていた。
けれどカイトの為に創ったパズルと同じように、彼はパズルを創れるのだ。
今でも。
(それならオレは…)
お前を引っ張り出すまでだ。
新たな決意と共に顔を上げ、ピースを机の上に戻す。
カイトは再びベッド脇の椅子へ腰掛け、閉じられて見えぬ双眼を想った。
「…さっき、心当たりあるって言ったよな。オレ」
彼が倒れてしまった、原因に。
視線が集まり、カイトは口を濁した。

「…限界なんだよ、もう。の精神はもう、限界なんだ」

しん、と降りた静けさの音が、聴こえそうだった。
「それって…」
またも続きの言葉を失くしてしまったノノハに、ゆるりと首を横へ振る。
はこの世界の人間じゃない。オレたちにとっての当たり前が、こいつにとっては当たり前じゃないんだ」
彼がただの一般人であれば、こうはならなかったかもしれない。
「一度だけなんだ。がこの世界を肯定したのは」
世界を肯定する、という言葉をすぐに呑み込んだのは、ソウジだった。
君が、この世界に来て良かったと思ったことが…かい?」
頷いたカイトに、キュービックが愕然とする。
「そんな…」
彼は楽しそうだったのに。
ふと時計を確認したソウジは、いつの間にか18時を過ぎていたことに気づく。
「僕は一度学園に戻るよ。君に何かあったらすぐに連絡が行くよう、手配しておくから」
「お願いします」
カイトの真摯な視線を受け、彼は了解の頷きを返した。

病室を出て、ソウジはPOGの携帯端末を取り出す。
(このことは、今度でも良いか)
表示されたのは、先日イギリスのSectionΦメンバーから送られてきた写真だ。
十数枚に渡るそれは、クロスフィールド学園外れにある"愚者の塔"の内部を写していた。
(鋭い爪で引き裂かれたような内部。そして"目撃された"のが、幻影のドラゴン)
"愚者の塔"内部は、復元不可能な程に破壊されている。
さらには、地元の新聞とインターネットニュースで1面を飾った、『赤いドラゴン』。
『赤いドラゴン』が塔で蜷局(とぐろ)を巻き嘶いたと、多くの生徒や関係者が証言したという。
病院を出て、ソウジは建物を振り仰ぐ。
「そんなことが可能なのは、君しか居ないんだ」
だが、腑に落ちないことがある。

(僕らがいつも見ていた"龍"は、青かった)



もう、陽が落ちる。
「カイト。私、そろそろ帰るね」
一人暮らしとはいえ、あまり遅くまでいる訳にはいかない。
ノノハの言葉にキュービックとアナも顔を見合わせ、おずおずと続いた。
「…じゃあ、ボクも研究室に戻るよ」
「アナも、今日は帰るね」
そっと出入り口を開けると、無言を通していたカイトの声が引き止めた。
「キュービック、アナ」
2人が足を止め振り返れば、アナが"蒼い太陽"と称した笑みが向けられる。

「ありがとな。来てくれて」

返す言葉に詰まってしまった理由など、2人はすでに知っていた。
「カイトはどうするの?」
「…まだしばらくはいるかな」
キュービックとアナの不自然な沈黙には気づかぬ様子で、カイトとノノハは言葉を交わす。
当分帰る気のないことを悟ったか、ノノハが眉を寄せた。
気づき、カイトは彼女に苦笑する。
「安心しろよ。日付変わる前には帰るって」
「…もう。気を付けてよ? 途中で倒れちゃっても、助けられないんだから」
「分かってるって」

静かに閉じた、扉の向こう。
「遠くに居たのは、アナだったのかもしれない」
不意の呟きにアナを見遣ったキュービックは、自分の両手を見下ろし、ぎゅっと握った。
「…よし。頼まれてたもの、造らなくちゃ」
「頼まれてたもの?」
尋ねたノノハに、頷く。
「うん。ちょっと前に、さんにね」
「そっか」
ノノハは笑い、3人連れ立って病院を後にした。
「私は明日も放課後に行くけど、2人はどうする?」
家へ直行するノノハは、高等部の入り口で問い掛ける。
アナがにこりと微笑んだ。
「うん、行くよ。放課後じゃなくても」
「…アナは授業出なくても良いんだっけ?」
「うん」
カイトとギャモンはきっちりと授業に出ているので、目の前の2人は例外かもしれない。
「キュービックは?」
アナの問い掛けに、彼は悩む様子を見せた。
「うーん…頼まれてたものの、出来次第かなあ? あ、でも放課後には一度行くよ」
彼らがカイトと距離を置いていた訳を、ノノハは訊かない。
「分かった。じゃあ、また明日ね」
それでも彼らが居た方が良いなと、心から思う。
カイトとにとってもそれは同じだと、彼女は疑っていない。
Fragments peaceful mind


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12.3.9

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