33.  

朝、さてカイトを起こしに行こうかと時計を見上げたノノハを、当人からの電話が留めた。
どうしたのだろうと訝しげに電話を受け、息を呑む。

「ルーク君に会う?!」

それきり通話を切られてしまい、ああもう、と地団駄を踏んだ。
こうしてはいられない。
家に押しかけても、どうせ黙(だんま)りだろう。
ならば、とノノハは通学カバンを掴むと、家を飛び出した。



海沿いの自然公園に繋がる、街の交差点。
その一角には待ち合わせスポットとして、妙な形をした彫刻が立っている。
「カイト!」
通勤と通学のラッシュを過ぎ、人のまばらになった朝の10時。
こちらに向かって手を振る少年に、カイトは手を振り返した。
「よお、ルーク。早かったな」
「僕は送ってもらっただけだからね」
「そっか。お前、メシ食ったか?」
「ううん」
「じゃ、先になんか食おうぜ」
カイトの足は商店街へ向き、ルークはその後を付いて行く。
彼があまりにも物珍しげに辺りを見回すので、カイトは訝しげに問い掛けた。
「…別に、そんな珍しいもんはねーだろ?」
するとルークは困ったように笑った。
「いや、興味深いよ。だって」
僕は街を出歩いたことがないから。
「え?」
どういう意味だと続けようとしたカイトを、ルークの上げた声が遮る。
「ねえカイト、アレ何?」
「…たこ焼きの屋台だな。ちょうどいい、あそこで食うか」
「タコヤキ?」
「蛸が入ってんだよ。octopusな」
「…日本人って、変わったもの食べるんだね」
心底感心したようなルークに、カイトは図らずも苦笑した。

√学園旧校舎、1階の西。
キュービックの研究室では、部屋の主とソウジ、そしてノノハがモニター画面を睨んでいた。
「どう? キューちゃん」
「商店街でたこ焼きを食べてるみたいだね」
「…何で音声無いのにたこ焼きって分かるの……」
朝、カイトから連絡を受けたノノハは、真っ先にキュービックの元を訪れた。
ちょうどソウジも来ており、彼女はナイスタイミングとばかりに今朝の電話の件を伝えた。
今、ルークと接触するということ。
それはPOGとの戦いの、絡み合った糸の最後の一点を解くチャンスだった。

「あ、本屋さんだ。ねえカイト、パズルの本も売ってるの?」
「おう、結構並んでるぞ。入ってみるか?」

ルークがうっかり書き込んでしまったパズル雑誌を購入し、2人は本屋を後にする。
「へえ、いろんな人がパズルを作っているんだね」
歩きながら書き込んでいくものだから、カイトは彼が転けやしないかとひやひやした。
とりあえずは海沿いの自然公園へ足を向ける。
公園は人がまばらで、空いているベンチもすぐに見つかった。
パズルを解くルークの手元を覗き込んでいると、おや? と彼のページを捲る手が止まった。
「どした?」
開かれたページには、やや難易度の高いブロックパズル。
カイトの表情が輝いた。
「おっ、地動哲のパズルか! 相変わらず良いパズル創るな〜」
ルークは軽く目を見張る。
(カイトは知らないのか…)
『地動哲』というペンネームを持つのが、逆之上ギャモンであることを。
(まあ、僕が言うことでもないか)
良いパズルであることは、確かだ。
解きながら、ルークの脳裏にも新たなパズルのアイデアが浮かび上がる。
「今のパズル見てたら、新しいパズル思いついたよ」
「おっ、ほんとか?」
「うん。ちょっと待ってて」
パーカーのポケットからメモ帳を取り出し、パズル雑誌はベンチの脇に。
このメモ帳では少々小さいが、仕方ない。
ものの1分でメモ帳はパズルへと様変わりし、出来上がったそれを切り取りカイトに差し出す。
「はい」
「同じブロックパズルか。お前も相変わらず、格好良いパズル創るな」
機嫌よくペンを手にし、カイトはルークのパズルと向き合う。
(ひっさびさだな、この感覚…)
グレートヘンジ遺跡で、こうしてパズルを創って解いて、遊んでいた。
「なあ、ルーク」
解いたパズルへ視線を落としたまま、カイトは問い掛ける。

「ジンは?」

猜疑と信頼を等しく混ぜ合わせた瞳。
ルークはただ、笑む。
「…そうだね。カイトの想像する"悪いこと"の内、2割くらいが該当するかもね」
「なっ?!」
目を見開いた彼の言葉を、ルークは先に声を発することで遮った。
「『神のパズル』の開放条件は、"ファイ・ブレイン"であるギヴァーとソルヴァーが全力で戦うこと」
もう知っているよね? と問われ言葉を飲み込んだカイトに、続ける。
「君は一度"オルペウスの腕輪"に呑み込まれた。だから、見たはずだ」
脳が限界を超えて加速を続けた、その果てにあるものを。
ぞわり、とカイトの背筋を悪寒が走る。
(パズル以外が見えなくて、聴こえなくなった…あの世界)
たとえ触れた手が守りたい人のものでも、ただの恐怖しか生み出さないような。
「じゃあ、ジンは…」
ルークの視線は、公園が間際に望む海へと向かった。

「あの人はピタゴラス伯爵と戦って…『神のパズル』に心を奪われてしまったよ」

相手を認識しているかどうか、それも分からない。
ただパズルを、そしてチェスに代表されるゲームを、解き続ける。
まるで、それが課せられた贖罪であるかの如く。
「そんな…」
「今頃、解道バロンがジンを見つけて、どうすれば彼が戻るか考えているんじゃないかな」
「…、えっ?」
今、何と言った?
ルークはカイトに苦笑して、また手元のメモ帳へペンを走らせ始めた。
「僕もね、何度か呑まれかけているんだ。"オルペウスの腕輪"に」
力を与える"何か"は、代わりに"何か"を奪っていく。
それは五感であったり、感情であったり、判断能力であったりする。
「でも不思議なことに、カイトとパズルをすることで加速するはずのそれは、抑制されてきた」
はい、と手渡されたメモ用紙には、虫食いパズルが描かれていた。
行に1つずつ空いた枠にアルファベットを入れると、単語や文面が浮かび上がるものだ。
最後のアルファベットを埋めたカイトは、ハッと息を呑む。

現れた文面は G u y w i t h W i n g …Guy with Wing『翼持つ人』

のこと、か?)
思わずルークを見返せば、彼は伸びをして立ち上がった。
「なんかお腹減ってきたね」
そういえば、確かに。
公園の時計を見上げれば、もう12時を過ぎている。
解いたパズルをポケットに仕舞い込み、カイトも立ち上がった。
「んじゃ、メシ食いに行くか」
空腹が満たされれば、まだマシなことを考えられる気がする。



「…んなの何に使うんだよ」
「まあ、見てて」
ファーストフード店に入ったカイトは、ルークの注文の一部にぽかんと口を開けるしかなかった。
(まあ、でも…)
レジ係の女性たちは彼に見惚れて、注文内容などどうでも良さそうだった。
西洋人でなおかつ、やや細みに見えるルークだ。
ほどではないが、目立つなという方が無理がある。
(√学園に通ってたら、ファンクラブでも出来そうだよな)
窓際の2人掛け席に着き、ルークは大量のシュガースティックに手を伸ばす。
「あ…」
カイトは目の前、2人のトレーの間に形作られていくものに唖然とする。
シュガースティックで組み上げられた、立体パズルに。
「…良いパズルだな」
ぽつりと漏らしたカイトの呟きを聞き、ルークは嬉しそうに笑った。
そうして1本だけ残ったシュガースティックを開け、注文したカップコーヒーへ注ぐ。
さらさらと落ちていく白い砂糖粒に、目を細めた。
「あの人は、こんな感じだ。まったく異質なはずなのに、いつの間にか"日常"となっている」
ブラックコーヒーという液体に、シュガーという固体を。
異なる存在であるのに混ざり合って溶け合って、いつの間にか同化して。
「ねえ、カイト」
フレッシュミルクを深い茶色にぽとりと落とせば、かき混ぜた円の形に白が溶け込んでいく。

さんはどうしてるの?」

答えるには、少しの時間が必要だった。
「…元気だよ。昨日も夜中にちょっと話したし」
電話だけど、と続いたので、自分が電話した後のことかとルークは思い至る。
と話したと言う割に、カイトの表情は一向に晴れない。
「話すことは出来ても、会うことが出来るとは限らない?」
尋ねられ、カイトは曖昧に笑った。
「…そうだな」
覚醒している時間の、異様としか言えぬ短さ。
もはや、1日の1/4もは起きてはいまい。
(酷いな…)
ギャモンがPOGへ加入した際に話した彼を思い出す。
あの時よりも、状態は悪化しているということか。
黙々とハンバーガーを食べていたカイトの手元が、空の包み紙のみになる。
ポテトを飲み込んだルークは、そのタイミングを計らい口を開いた。

「カイト。君は『神のパズル』を求めてる。それは何のため?」

カイトに直接訊きたかった事柄は、これだ。
ピタゴラス伯爵逝去の後、実質的POGのトップであるルークには、『神のパズル』に対する責任がある。
ーーーPOGの悲願は、目の前に。
だからこそ、ルークは今ここに居る。
カイトはそんな彼をじっと見返した。
(解らねえ。ルークの考えてることが)
カイトとて愚かではない。
無条件に彼に応える信用という名の言葉は、"愚者の塔"で一度投げ捨てた。
「…それに答えたら」
「え?」
「お前が何をしようとしてんのか、教えてくれるのか?」
それを知るために、カイトは今ここに居る。
ルークはやや呆気に取られたようにカイトを見つめていたが、次いでふっと笑んだ。
「教えるよ。そのために、君に会ったんだ」
POGのこと、『神のパズル』のこと、そして自分のこと。
「…そっか」
カイトも肩の力を抜き、笑みを浮かべた。
「んじゃ、食ったら場所変えるか。その前に…」
自分の襟首に手を回す。
案の定、服の折り目に隠れるように、小さなメカがくっついていた。
「それは?」
「キュービックの追跡メカだよ」
「へえ」
"エジソン"の称号は伊達じゃないね、と感心するルークに、カイトは乾いた笑いを零す。
何せ、カイトにとって厄介なものしか造っていないのだ、キュービックは。
「こいつには囮になってもらうか」
どんな話をするにしても、邪魔は入らない方が良いのだから。
A little, I will speak here.


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12.12.9

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