結狂夢ノ零銀

二.弐之鳥居



*     *     *



ぱんぱん。
柏木を打って、お辞儀して。

『きれいな きれいな おきつねさまは
おくにのもりで こいをした』

子どもたちが輪になって歌う。
手を繋いで右へと回り、ステップを合わせて次は左へ。

『きれいな きれいな おおかみさまと
しょうがいをかけた こいをした』

じゃんけんをする。

『けれどにんげん あまつかみへゆみひき
おきつねさまと おおかみさまは
りふじんに いのちをうばわれた』

勝った方が剣を握る真似をして、負けた方を切る。
切られた方はきゃっきゃと笑って逃げ惑った。
しばらく逃げて、切った方と切られた方が向かい合う。

『あはれにおもった つくよみさま
おきつねさまと おおかみさまを
おなじりんねへ とうじます』

向かい合った者同士で手を繋ぎ、橋を作る。
離した片手を隣と繋ぎ、また輪へ戻って。
繋いだ手を頭より高く上げ、近づき輪をぎゅっと縮める。

『つぎこそ どうかしあわせに
おきつねさまと おおかみさまは
すがたはたがえど またこいにおちます』

『さぁさ、のりとをささげましょう』

上げた手を下ろしながら後退り、輪は元の大きさへ。
最後に柏手を2回打ち、祝詞を唱える。


『こっくりさま こっくりさま
いらっしゃいましたら どうぞわれらにかまわれますな』


コンコン。
指で象る狐が鳴いた。



 ∞



昼休みは騒がしいものだ。
弁当を食べ終わりお茶を飲んでいると、コニーがやって来た。
「なあなあエレン、お前『こっくりさん』知ってるか?」
「そりゃまあ、知ってはいるけど」
ミカサが自分の弁当箱を仕舞う。
「それがどうかしたの?」
「おう、それがさ。この間事故って入院した2年生いるだろ?」
「確か女子生徒だっけ?」
アルミンの相槌に、コニーは頷き声を潜めた。
「なんかさ…その前の日に、『こっくりさん』でその人が怪我するようにお願いしたヤツがいるらしいって」
「はあ?!」
「本当なの?」
「オレが見たわけじゃねーし、噂だけどさ」
けどなんかさぁ、あり得るよな? と気味悪げに眉を寄せたコニーの心情は、エレンにも分からなくはない。
(だってそれって、呪い殺してるってことだろ…)
アルミンが首を傾げた。
「でも、それが事実だとしたら」

お願いした人も、無事では済まなそうだよね。

なぜかその時だけ静まり返った教室に、アルミンの言葉が溶ける。
「えっ…そりゃどういうことだよ?」
コニーが目を丸くしてアルミンへ問い返す。
すると彼は逆に、当然じゃないかと不思議そうだった。
「だってさ、考えてもご覧よ。例えば僕がコニーに『日直を交代してくれ』と言ったら、君はどうする?」
「んー、『代わっても良いけど、明日の学食はお前の奢りな!』」
言った後で、コニーもあっと気づく。
アルミンは軽く肩を竦めた。
「友だちの僕らでこれだよ? 縁もゆかりもない相手にお願いするのに、タダなわけがないと思うな」
水筒を片付け、ミカサが席を立つ。
「…アルミンの言うことは正しい」
エレンも飲んでいた紙パックのお茶を空にして、欠伸をひとつ。
「そういうの、なんて言うんだっけ?」
「人を呪わば穴二つ、かな」
「自分も同じ目に遭う?」
「そんな感じだね」
因果応報とも言うかな、と注釈したアルミンの声をバックに、エレンは教室の窓向こうを見上げた。
(あ、雨降りそう)



昼間にエレンが思った天気予報は、どうやら当たりそうだ。
空はどんよりとした低い雲に覆われている。
陸上部のミカサが帰り支度を済ませ、エレンの元へやって来た。
「今日は自主練になった。ので、一緒に帰ろう」
部活連絡網であるLENEで連絡があったらしい。
エレンは頷いた。
「おう、良いぜ。一緒にアルミン待つか」
「あ、それなんだけど」
そのアルミンが寄ってきた。
「マルコたち学級委員が、今日委員会なんだ。だから僕はマルコと帰るよ」
心配しないで、先に帰ってて。
エレンはミカサと顔を見合わせ、そうかともう一度頷く。
「ん、分かった。じゃあ先に帰るな」
「エレンのことは任せて。でも、アルミンも気をつけて帰って」
お前は一言多い! とミカサへ苦言を呈するエレンに苦笑し、アルミンはそうだともうひと声。
「サシャが明日は晴れるって言ってて、それなら皆で運動公園行かないかって話してたんだ」
途端、エレンの表情が輝いた。
「行く!」
エレンの保護者は、彼が1人で出掛けることを良しとしない。
それは行動を縛るという意味ではなく、1人では危険だからという意味だ。

エレンは日常的に危険な目に遭う。
それも、誰か他者が関わる『危険な目』だ。
(まるで呪いのよう)
ミカサはいつも思う。
だから願う。
そのすべてを自分が肩代わり出来ればと。

エレンが遭う危険な目は、分かりやすい話で言うと交通事故。
軽微なものならひったくりや恐喝、痴漢も含まれる。
後者はエレンが自分で彼いわく『駆逐』してしまうが、前者はそうはいかない。
だからミカサやアルミンが周りを注視し、エレンを守る。

誰にもエレンを奪われないように。



『こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたら"はい"へお進みください』
『こっくりさん、こっくりさん。哀しんでいるあの人を慰める、一番良い方法は何ですか?』
『! な、なるほど…! となると…』
『こっくりさん、どうぞお帰りください』
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2015.5.23(むすびきょうむのこぼれぎん)

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