結狂夢ノ零銀
十.封ノ札
* * *
日常、というものは何ら考えの及ばないもので。
気づけばあり、そして過ぎていくものだ。
「ハンジせんせー! さようなら!」
「はい、さようなら。また明日ね」
夕方の鐘が鳴って正門を駆け出していく生徒たちを、ハンジは手を振り見送る。
そろそろかな、と思っていると、上空から1羽の鳥が飛んできた。
「おっ、来た来た」
鳥とは名ばかりで、それは鳥の形に折られた式札だ。
折り畳まれた鳥を開けば、そこには『翼の組織』に来た次の依頼内容と自身の為すべき役割が書いてある。
「ふんふん…例によって私は教師かい」
職員室へ戻り荷物を取ると、お先に、と他の教師たちへ挨拶して更衣室へ。
中には誰も居ない。
自分のロッカーを開け、ハンジはいつも着ている白衣を脱ぐ。
もう夏の盛り、白衣の下はあっさりとした半袖シャツだ。
襟ぐりの開いたTシャツに半分ほど隠れている鎖骨の端、その下。
(いったいいつ出来たんだろうねえ、これ)
ハンジの指先がなぞるのは、僅かに引き攣れ皮膚色の濃い、火傷のような痕だった。
ロッカー扉の鏡で映したそれは、花の形をしているように見える。
(確か、場所は違うけどミケとかペトラにもあったな)
おそらくは、全員が就いた大規模任務で何らかのヘマをしたゆえだろう。
だが、それを誰も覚えていない。
(よーく見ると、何となく…)
蓮の形をしているような。
サウンドをオンにしたスマホが音を鳴らし、ハンジはハッと我に返った。
「うっ、やばいやばい。モブリットに急かされてるんだった!」
着替えを済ませ、さっさと更衣室を出る。
校内を出て返し電話をすれば、メンバーの急かす声が聴こえてきた。
「ごめんごめん、今出たからさ! もうちょっとだけ待って!」
ちょっと駆け足になりながら、緩やかな下り坂を下る。
逆に登ってくる近隣の中学生たちは、こちらに家があるのだろうか。
ハンジは通話しつつ進行方向の男女3人組の学生を避け、下り坂を駆け下りていく。
「だからあとちょっとだってば! もう大通りだし!」
こちらから遠ざかっていく声を、エレンは何ともなしに振り返った。
「エレン、どうかした?」
気づいたアルミンも足を止める。
エレンの視線は下り坂を走る女性に向けられていて、ミカサが尋ねた。
「あの人が気になるの?」
いや、とエレンは首を傾げる。
「…どっかで会ったことあるような気がして」
するとアルミンが不思議そうな顔をした。
「そうかなあ? エレンが会ったなら、僕とミカサも知ってるはずだよね」
「そう。気のせい」
幼馴染2人に言われ、エレンは納得したのか女性の後姿から視線を戻した。
「そっか。じゃあ気のせいだな」
ーーーにゃあん。
彼の足元で、オフホワイトの猫が同意するように鳴いた。
『こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたら"はい"へお進みください』
『私は3年のxx君が好きなんですが、彼には彼女が居るんです』
『だから、彼女と別れさせる方法を教えて下さい』
『……ありがとうございます、こっくりさん。どうぞお帰り下さい』
人の欲が、
好奇心が、
『こっくりさん』を引き継いでいく。
∞
「あなたの願いは、叶ってるんだね」
嬉しそうに微笑んだのは、月読尊…ヒストリア。
彼女は良かったと小さく呟き、『現世(うつしよ)の鏡』を静かに裏返した。
---むすびきょうむのこぼれぎん end.
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2015.7.1
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