巨人の影響色濃い時代に逢ったこと。

(4.あの向こう側へ)




森の向こうに、雪を被り切り立つ山脈が見える。
「ねえリヴァイさん。あの山の向こうは、何があるんですか?」
今回の旅の行程は、この森までだ。
あの山を越えるには装備が足りない。
「リヴァイさん…?」
いつもなら何かしら反応を返してくれるリヴァイが、そこにある何かを睨むように山脈を見ていた。
「…知らねえ」
「え?」
絞り出すような声音は、まるで何かに耐えているような。
「あの山は、越えられなかったんだ」
それきりリヴァイは黙り込んでしまい、エレンもまた言葉を発する機会を失ってしまった。



街へ戻ってからも、エレンにはリヴァイの言葉が引っ掛かって離れない。
その足は知らず、ユミルの執務室へと向かっていた。
「おー、エレン。どうした?」
思いがけず尋ね人に後ろから声を掛けられ、驚く。
「ユミルさ…あ、いや、ユミル」
言い直したエレンに満足げな顔をして、ユミルはがばりと後ろからエレンの肩に腕を回した。
「旅から帰ってきたってのに、しみったれた顔してんな。今回はどこに行ったんだっけ?」
エレンが行き先を告げると、彼女は神妙な顔付きになる。
「…リヴァイ兵長、大丈夫そうだったか?」
ああ、とエレンは拳を握った。
「やっぱり、ユミルは何か知ってるんだな」
ふい、と目を逸らしたエレンに苦笑して、ユミルは彼に向き合うように体勢を変える。
「気になるなら兵長に聞いてこい、エレン。その後にアタシにも聞きに来い」
どういう意味かと問う金色に笑み、こつりと額を合わせた。
「あの場所はな…エレン。当時のアタシらが、一番失くしなくないものを失くした場所だ。
けど、エレン。これだけは忘れないでくれ」
今生きているのは、お前だってことを。
「今生きて、笑ってるお前がアタシらには一番大事なんだって。
今アタシの目の前に居る『エレン』が、一番大切だってことを」

今度はユミルの言葉が頭を離れず、エレンは街の中をぐるぐると歩き回っていた。
気づけば人も疎らな街外れ、頭(こうべ)を巡らせるとそこは墓地であった。
「墓…」
この街に来たばかりの頃に、誰を参るでもなく訪れたきりだ。
墓は街に近い側がもっとも古く、この街を拠点として興した調査兵団の兵士たちのものだという。
宛もなく墓標に沿って歩き、エレンはとある一角で足を止めた。
「……」
刻まれた名は、『エレン・イェーガー』。
(どんな人だったのかな…)
ぼんやりと、突き立つ十字架を見下ろし考えた。
(オレと同じ名前の兵士。たぶんこの人が…)
『人類の希望』
「エレン?」
呼び声に振り返ると、そこにはリヴァイの姿があった。
「リヴァイさん…」

ーーー不思議な光景だ。
『エレン』の墓の前に、エレンが佇んでいる。

「リヴァイさん?」
また、だ。
何か眩しいものを見るように、リヴァイが目を細めてこちらを見ている。
(今なら…)
今なら、答えてくれるだろうか。
「リヴァイさんに、聞きたいことがあるんです」
彼の機嫌を損ねるかもしれないという危惧を抑え、エレンは問うた。
「…あの山のことか」
リヴァイには、エレンの思考などお見通しであったらしい。
気分を害した様子もなく、彼はいつものようにエレンへ答えた。
エレンはゆっくりと頷く。
「聞いても、良いですか?」



"あの日"は、晴れの空が瞬く間に暗雲に覆われた。
20日に及ぶ遠征から戻ったジャン・キルシュタインは、山は魔物だ、と溢したらしい。
「俺の話をする前に、てめえに言っておきたいことがある」
幾度にも渡り使用されている野営地で火を起こせば、明々と燃え立つ炎が山脈を黒々と浮かび上がらせた。
エレンがリヴァイを見つめ直せば、彼の目は不思議な色合いをしている。
「話を聞いていて、不快になるだろうと思う。だが勘違いすんじゃねえ。
俺にとって大事なのは、今目の前に居るてめえだ」
同じことを言ったユミルも、彼と同じ色の目をしていた。

翌朝、森を抜け駆ければ山肌に差し掛かる。
エレンは2馬身先を行くリヴァイの言葉を思い出し、空を見上げた。
(晴れてる)
もう少し気象を学んでおけば良かった、と思わないでもない。
とうに踏み均され山道となった細い道を、馬で登っていく。
ふとリヴァイの馬の速度が落ちた気がして彼を見れば、リヴァイは右手に聳える切り立った山肌を見上げていた。
手綱を握る手が微かに震えていることに、気付いてしまう。
(ああ、)
此処で、『エレン』は死んだのか。
正確には巨人化を行って、それが元で死んでしまったのか。
ひとつ唇を噛み締め馬の速度を上げると、エレンはリヴァイの馬と並走する。
「リヴァイさん」
名を呼ぶと、彼はハッと我に返ったようにエレンを見た。
「行きましょう、リヴァイさん」
そう笑ったエレンは、直視するには眩し過ぎた。
「……」
言葉の代わりに振り切るように前を向き、リヴァイは馬の速度を上げ走り抜けた。

嵐は、来ない。



沈黙が、少しだけ痛かった。
木片を炎へ投げ込んで、エレンは詰めていた息をそっと吐く。
…この辺りの詳細地図によると、今暖を取っている洞窟の少し先から、山脈の反対側に抜ける洞窟があるらしい。
明日の朝からはそのルートか、と旅程を思い描く。
エレンはそうして、外からの風が届かぬ位置で燃やす火をぼんやりと見つめていた。
リヴァイはエレンの斜め向かいで、同じようにじっと炎の揺らめきを映している。
(リヴァイさんもユミルも、死んだ『エレン』と"俺"は同じだって言った)
前世の記憶、とでも称すれば良いだろうか。
彼らの過去の記憶は彼らの生きてきた証であり、そうでないエレンたちにとっては『前世』…前の時代の記憶である。
理解しようとするには難しく、受け入れるには抵抗が強い。
つまりエレンは2人から自分自身の話をされた訳だが、だからと言ってどうすれば良いのだろう?

微かな衣擦れの音に視線を上げると、リヴァイが立ち上がるところだった。
もう寝るのだろう。
エレンも寝支度をしようと腕に力を入れ、立ち上がろうとした。
しかし、それは叶わなかった。

いつの間に回り込んだのかエレンの後ろから腕が伸び、気付けば閉じ込められていた。
エレンは突然のことに思考が停止し、言葉が音にならず掻き消える。
「エレン」
後ろから耳元に囁くように名を呼ばれ、悪寒以外の感覚にぞわ、と背筋が粟立った。
あまりのことに、心臓が早鐘を打ち始める。
「エレン」
後ろから抱き締めてくる腕に力が篭り、少し苦しい。
(っ、な、なに…!)
こんな接触、今まで無かった。
雪の平原を見に行ったときは暖を取るために抱き合って眠ることもあったが、それにしたって。
「…エレン」
堪らず、エレンは強く目を瞑る。
(そんな声で呼ぶな…!)
そんな熱の篭った声で、そんな甘い声音で、囁かないで欲しい。
早鐘を打つ心臓から昇った熱が、首に、顔へ集まる。
エレンは戦慄く唇を必死に固め、息を吸った。
「な、ん…ですか、リヴァイさん」
情けない、声が震える。
けれど彼は気にしないようだった。
「…お前は、」
生きているな? と。
絞り出すように問われた言葉は、氷を呑み込んだような感覚をエレンへ齎した。
ひやり、と熱くなっていた身体が冷めていく。

エレンはまだ、近しい人を亡くしたことがない。
かつての自分が彼らにそこまでの影響を与えていたのか、それも信じるには悠(とお)すぎた。
それでもエレンは、自身の前に回るリヴァイの硬く強い手に自らの掌をそっと添える。
「…生きてます。俺はちゃんと、此処に居ます」
そうか、と答えが返る代わりに、回された腕の力が強くなった気がした。



次の朝、リヴァイの様子はいつもと変わらないようにエレンには思えた。
「地図は頭に入れたか」
馬を引き一夜を明かした洞窟から出たところで問われ、エレンは頷く。
「はい。次の洞窟の位置と、山を降りる道は全部」
「なら良い。行くぞ」
「はい!」
この先はもう、馬を引いて行けるような道幅はない。
騎乗したまま登り次の洞窟はすぐに見つかったが、洞窟の中が難所であった。
「…っ」
まさか、洞窟の中で立体機動装置を使うことになるとは思いもしない。
エレンの米神を、汗が一筋流れ落ちる。
辛うじて馬が単独で登れるような急勾配、侵入を阻む脆い鍾乳石。
エレンにはどこがアンカーを刺せる場所なのか判断できず、ひたすらにリヴァイの指示を漏らすまいとしていた。
馬たちは各々で登るための道を見つけ、慎重に登ってくる。
(こんな道、どうやって)
この道を拓いたのは、ユミルの同期であったジャン・キルシュタインとその隊だ。
立体機動の技術に長けた彼であったからこそ拓けた道だと、リヴァイは内心でそう評した。
今でこそ勾配にロープが張られているが、初めは鍾乳石にアンカーを刺してしまい、落下した者も居ただろう。
それでも彼らは引き返さず、山脈の向こう側を目指した。
リヴァイが今、見つけようとしている景色を求めて。
(『エレン』が行けなかった、あの向こう側に)
篭もる湿気に滑り易くなっている地面で、慎重に足を運ぶ。
前方に外からの明かりが入り込んでいる箇所を見つけ、リヴァイはもう一度アンカーを発射し、飛んだ。
「出口か…!」
洞窟の終わりが、ぽかりと口を開けている。
振り返り、エレンの居場所を確認して声を投げた。
「俺の登った方向は見ていただろう、そちら側はどこに刺しても飛べる」
「はい…!」
外へ出るために手を掛けた洞窟の壁、リヴァイはそこに刻まれた文字を見つけた。
よく見れば、てんでバラバラだがあちらこちらに文字が彫られている。
『おめでとう』
『新たな一歩だ!』
そんな形の言葉が並んで、立体機動装置で繋げられていた道はまた地面へと戻る。
「…これは」
とうに均された道筋に、不自然に出来上がった踊り場がある。
踊り場に足を向け、リヴァイは目を見開いた。

『 人類の希望と、人類最強へ 』
『 この先の景色を、2人に捧げる 』

光度の差があり過ぎて白にしか見えない、洞窟の出口を見遣って。
(聞いてねぇぞ、こんなものは)
リヴァイはもう一度、地面に刻まれた文字を読んだ。

『 8xx年 調査兵団第2遠征隊 』

この、刻まれた年数が事実であるなら。
ちょうどリヴァイが立つ場所が、踊り場のように踏み均されているのは。
(今までずっと、彫り続けてたって言うのか)
あの遠征から、百年以上の時が経った。
その間に、両手の数以上にこのルートは調査兵団により使用されているはずで。
(通る度に、文字が消えねえように彫ってたって言うのか)
ザッ、と聞こえた足音に顔を向ければ、ちょうどエレンが登り終えたところだった。
彼はリヴァイが中途半端な場所に居ることが気になったのか、こちらへやって来ようとする。

「リヴァイさん? そんなところでどうし…っわ?!」

つるり、とエレンの足元が滑り、リヴァイは咄嗟に彼の腕を掴み引き寄せた。
ぶつかるようにリヴァイへ倒れ込んだエレンは、謝ると同時に痛みに顔を歪める。
「った、痛いですリヴァイさん!」
それは転けそうになったエレンの腕を掴んだ、リヴァイの指の力が余りにも強かったからだ。
喚いた彼を、答える代わりに抱き締める。
「…うるせぇ」
エレンが体勢を崩した瞬間、リヴァイの心臓は止まるかと思った程に軋んだ。
(あんな、思いは)
あの日にエレンが巨人化した瞬間、同じように軋んだ心臓は。

「…こんなとこで、油断してんじゃねえ」

震えるような声が耳朶を震わせ、エレンは己の失態の深さを悟った。
「……ごめんなさい、リヴァイさん」
エレンは素直に己の失態を詫びた。
(だってここは、)
この山脈は、『エレン』が死ぬ原因となった地で。
まだ山を越えたわけでもなくて。
(昨日、答えたのに)
安堵を息に吐いたリヴァイが、抱き留めていたエレンの身体をようやく離した。
「…気ぃ抜くんじゃねえぞ」
けれど掴んだ腕は、離せそうにない。
「あ、あの、手を」
「手?」
掴んだままのエレンの腕を見下ろし、次いでエレン見た。
「腕、じゃ…なくて。手を、繋いでくれませんか?」
これじゃあリヴァイさんを掴めない、と。
少しだけ頬を赤らめて、それでも視線は逸らさないエレンの進言を、リヴァイは聞いてやった。
腕だって十分に細いが、指も自分より細いエレンの手を握る。
するとエレンもまたぎゅ、と手を握ってきた。
(…そうか)
だから、"繋ぐ"と云うのか。
「あの、何を見てたんですか?」
そもそもは、リヴァイが立ち止まっていたことが気になっていたのだ。
尋ねたエレンに、リヴァイは自身の足元を視線で示してみせた。
「俺とお前宛ての、手紙だ」
リヴァイの足元に刻まれた、短くも多くを込められた文字。
エレンは息を詰まらせる。
(これは、リヴァイさんと…)
他でもない『エレン』自身に宛てられた、前の時代のコトノハ。
「この先の、景色…」
リヴァイの向こう側、薄暗い洞窟からでは真っ白にしか見えぬ出口。
カチンカチン、と金具のぶつかる音が聞こえそちらを見れば、リヴァイとエレンの愛馬たちが登ってきた。
は、とリヴァイが吐息に笑みの気配を混じらせる。
「初めは、馬が登れる道だってなかったろう」
馬たちも、主たちに置いていかれまいと道を拓いた。
野生で産まれ生きたわけでもなかろうに、その執念深さもよく似て。
「調査兵団は、諦めの悪さと執念深さが一級品だからな」
リヴァイに手を引かれながら、エレンは愛馬の手綱を取る。

エレンの右手はリヴァイの左手と、左手は愛馬の手綱を握り。
リヴァイの右手は彼の愛馬の手綱を、左手はエレンの右手を取って。

全員が繋がっていることが何となく嬉しくなり、エレンは笑った。
「この先は、何が見えるんでしょうね?」
子供のように笑ったエレンに、リヴァイは手を握る力をほんの少しだけ強めた。
「自分で見りゃ良い。すぐそこだ」



眩しい。
それから、寒い。
暗闇に慣れた目が光の許容量をオーバーし、エレンの視界はしばらく真っ白なままだった。
けれど目の前が徐々にはっきりするにつれて、彼の目は大きく見開かれた。

ーーー"海"だ。
水ではない、雲で出来た…海が。

足元はすぐに崖。
そうでなければ、エレンは確実に走り出していたに違いない。
「…すごい」
初めて海を見たときも、エレンは言葉を失いそれだけしか言えなかった。
(これが、"前の俺"が見れなかった景色…!)
死と隣り合わせの行程だ。
それでもこの光景があるなら、…いや、なくたって、エレンはこの山脈を越えようとしただろう。

だって其処には、新しい世界が広がっている!

真下を見ないように山肌を見下ろしたエレンは、崖が広く突き出し広場になっている箇所を見つけた。
「リヴァイさん、あそこまで降りましょう!」
「…ああ」
始終無言であったリヴァイが頷き、繋いでいた手が離れる。
(あ…)
途端にひやりと冷えた右手に、エレンは切なく感じた感情を握り締めた。

『雲の海を発見』
『8xx年 調査兵団第2遠征隊』

今度は碑に近いものが、エレンとリヴァイを出迎えた。
「おい、エレン!」
崖の広場に着くなり馬の手綱を離したエレンに、リヴァイは咄嗟に声を上げた。
エレンはリヴァイを振り返り、笑う。
「大丈夫です!」
地上より遥かに近い太陽が、その輝きを相乗する。
彼の姿は、まるでーーー。
「……」
リヴァイは喉へ出掛かった言葉を呑み込んだ。

エレンが広場の端までやって来ると、崖の真下でさえも雲に覆われていた。
「雲より高い処に居るんだ…」
けれど上を見上げれば空があるし、雲もある。
天候に詳しくないエレンには、まだ雲と高度の関係性が理解出来ていない。
そしてエレンの好奇心は、早くも次へ移りだす。

「ねえリヴァイさん! この雲の下は何があるんでしょうね?」

そうして楽しげに問いながら戻ってきたエレンを、傾き始めた日が横から照らし出す。
(ああ、)
リヴァイは内から湧き出た感情に逆らわず手を伸ばした。
「エレン」
呼ばれたと思えば強い力で抱き寄せられ、エレンは目を瞬く。
「リヴァイさん?」
未だ成長し切っていない身体はしなやかで、容易くリヴァイの腕の中に収まってしまう。
『巨人症』の為に成長しないその身体が、鳥のように舞ってみせることをリヴァイは知っている。
「…エレン」
抱き締めた身体を離し、両手でエレンの柔らかな頬を包み込む。
リヴァイは胸の奥から溢れる想いを、溢れるままに舌へ乗せた。

「エレン、お前が好きだ」

だからエレンよ、お前の未来を俺に寄越せ。
「…っ、」
呼吸が、止まるかと思った。
エレンはこれでもかと云う程に目を見開く。
…すでに成人しているエレンであるが、色恋には深く関わったことがない。
それは単純に、相手を本気で好きになったことが無かった所為だ。
戸惑いと葛藤、それから期待を孕んだ金色の眼差しが、くるくると色を変える。
「俺…は、」
エレンにとって、リヴァイは"特別"だ。
けれどそれがどう"特別"なのか、エレンにはまだ判らない。
きゅっ、と一度引き結ばれた唇が、ゆっくりと開かれる。
「貴方の未来を、俺にくれるんですか?」
強い色に戻った金色を慈しむように、リヴァイはエレンの目元を撫でた。
「俺がお前に付き合ってやれるのは、あと5年と少しだ。その時間をすべてお前に捧げよう、エレン」
どうする? と。
銀灰に音もなく問われ、エレンの心は決まった。

「ください、貴方のその時間を」

突然に明確にされた、確固たる別離。
それに引き摺られたとは言わないが、要因のひとつとなったことは否めない。
リヴァイはくつりと喉の奥で笑い、エレンの頬をそろりと撫でた。
「それで?」
「え?」
「お前はどうなんだ?」
どうなのか、と問われたエレンが、求められた解に思い当たるには時間が掛かった。
俯いたエレンは表情を隠そうとしたのかもしれないが、残念ながらリヴァイ相手では意味がない。
…以前と変わらず、エレンの方がリヴァイよりも背が高いので。
「エレン」
即すように滑らかな頬から右手を滑らせ、彼の頤に手を掛ける。
目線を固定されてしまったエレンは、観念したように口を開いた。

「…貴方が好きです。リヴァイさん」

でも、貴方の言う"好き"と同じか、分かりません。
うっすらと目元を赤く染めたエレンが、困ったように眉尻を下げる。
リヴァイは今度こそ笑みを浮かべた。
「餓鬼だな」
頤を右手で掴んだまま、左手をエレンの後頭部へ回す。

「同性の俺にこんな触れ方させた時点で、同じだろうが」

ぐいとリヴァイの側へ引かれたエレンは、間近に迫った銀灰色に反射で身体を引こうとした。
「リヴァイさ…」
「目ぇくらい閉じやがれ」
何をされるかくらい、エレンにも判ったろう。
それでも金色が瞼の向こうに隠れた様を見届けて、リヴァイは山風に冷えた唇を重ねた。
温度を移すように、熱を生むように、それから…思い出すように、何度も。
(エレン)
愛しい愛しいと心が泣く。
(エレン)
季節が6度巡るまで、この身のすべてを賭けてお前を守ろう。
「エレンよ」
呼び掛けに応えるように、ふるりと睫毛が震えた。
「は、い。リヴァイさん」
頬まで朱を走らせたエレンに、愛おしさが増す。

「どうか、俺の傍に在ってくれ」

それは余りにも切実な響きを持って、エレンに届く。
だからエレンが手を伸ばしたのは、無意識だった。
「居ます。リヴァイさんが俺の傍に居てくれる限り、ずっと」
抱き締め返した身体はエレン等よりずっと強く、けれど何処か頼りなげで。
"人類最強"と呼ばれた男も人間であったのだと、エレンには少しだけ嬉しかった。



*     *     *



(あ、変わったな)
それがユミルの印象である。
彼女たちが"カエルゥム(空の山脈)"と名付けた遠征ルートから帰還した、エレンとリヴァイのことだ。
他の兵士たちはユミルのそれを聞くと、一様に首を傾げる。
曰く、出発前とほとんど変わらない、らしい。
しかし何十年かの空白はあれど、伊達に彼らを見続けているユミルではない。
彼らの間にあった距離が限りなくゼロに近いことなど、お見通しだ。
Eren調査兵団本部の訓練場で言葉を交わす彼らに、ユミルは沸き上がった暖かな想いのままに呟く。

「良かったな」

それはエレンにもリヴァイにも、そしてユミル自身にも向けられた言葉だった。
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2013.11.24
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